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10.死霊の町を消火せよ!


 絶叫した太助の耳元に無線パッチを通してルミテス指令の声が聞こえる。


「落ち着け、慌てるでないわ!」

「ぎゃあああああああ!」

 逃げようとする太助に向って多数のゾンビが追いすがる。

「待て! まず足を止めんか!」

 太助は立ち止まり、振り向いて、放水くんをゾンビたちに向ける。

「そこは死霊の町じゃ。中にいるゾンビは無害じゃ! おぬしを襲ったりはせんからさっさと消火をせよ!」

「ええええええええ! そもそもゾンビって生きてるの? 死んでんじゃないの? 死んでるやつ助けて人命救助になんの?」

「関係ないわ! 働け!」

 ルミテスの非情な一喝に太助はなんとか気を持ち直した。

 そうは言っても怖いものは怖い。

 そこで、まず空気呼吸器の面体(マスク)を取って、太助は大声を上げた。


「ゾンビの皆さん! 俺は救助隊の者です! 火事の消火に来ました! 協力してください!」

 そうするとゾンビたちはピタッと足を止めた。

 太助はまず放水くんのノズル口のリングを回し、水をぶわっと上に向って吹き上げた。ゾンビたちが一斉に驚いたようなそぶりをする。


「道を開けてください!」

 ゾンビたちが間隔をあけて、燃え上がる村までの道ができた。

 ダッシュでその隙間を走り抜け、まずは一番手近の燃え上がる廃屋同然の粗末な家屋から消火を始める。

 放水すると燃え上がっている家屋から全身を火に包まれたゾンビがのろのろと出てきて迫ってきた。


「いやあああああああ!」

 もう太助は女みたいな悲鳴を上げてそのゾンビに向って放水する。

 燃えていたゾンビは放水に吹き飛んだが、その全身からの火は消えた。

 吹き飛んだゾンビ、しばらくしてゆっくりと起き上がって、黒焦げながらものたのたと歩いて他の避難しているゾンビたちに合流した。

「……さすがゾンビ、燃えても命に別状ねえ……。いや、最初から死んでるから関係ねえのか?」


 その太助の様子を遠巻きにして眺めるゾンビたち。強力な放水くんによって見る見るうちに立ち上る火が収まり、黒煙が水蒸気交じりの白煙へと変わってゆく。

「誰か手伝える人はいませんか!」


 うぁああぁぁあああああと手を前に伸ばしながらよろよろと歩いてくるゾンビが一名。体は土色に変色し、着ているものはボロボロで目は白濁し口からはよだれが垂れているが、まだ死んで間もない感じの新鮮なゾンビだ。若い男だった。

 右手で脇の下に放水くんをかかえて炎上する家屋に向けながら、左手で背負った放水くんを一本渡す。


「これを火元に向けて、先のリングを回すと水が出る! これで片っ端から燃えてる家に水をかけてくれ!」

 うなずいたそのゾンビの男は、放水くんを受け取ると、先のリングを回して水を出す。その勢いに驚いたのかひっくり返って転んだ!

 ゾンビの男は先ほどのよろよろした動きではあったが、起き上がって、ゆっくり歩きながらノズルから水を噴き上げ別の建物の消火に当たる。


「ほい、次はアンタ、次はアンタね……」

 放水を続けながら太助は自主的に手を伸ばしてくる気味悪いゾンビたちに放水くんを渡してゆく。みんな横目でちらちらと太助を見ながら、見様見真似で水を建物にかけていた。

 最後の一本はもう全身肉が落ちてただの白骨になっているやつに渡した。服も着てなくて骨格標本そのまんまという動くガイコツだ。ホラーである。

「……おい、アンタ大丈夫なのかその体で?」

 白骨男はケタケタと顎を鳴らして笑い、案外素早い動きで放水くんを受け取り、リングを回して噴き出す水に少し驚きながらも、骸骨の体で駆けていった。


 住民のゾンビたちの手を借りながらも、消火活動は意外にも順調に続く。

 夜半には大半の消火が終了し、くすぶる街の残火処理を続行。夜明け前には町の全消火が終了した。


 村人のゾンビたちは町のはずれのまだバラックが燃えずに残っている広場に集まって、焚火を焚いて集まっていた。

 消火活動を終えた太助と四人のゾンビがその集まりに戻ると、ゾンビたちがうぉごごごごごぉおお……と声を上げながら一斉に立ち上がり、太助に頭を下げたので太助は全身に鳥肌を立てながらも、ゾンビたちに挨拶をする。

「お騒がせしました……。消火活動は終了です」

「うごっ……がごぉおお……、た、助かりました……。あ、あなたはいったいどちらのどちらさま……で……?」

 ゾンビ語かどうかは知らない。だがこの異世界言語翻訳能力ってやつは、しばらく会話らしきやり取りをすれば話ができるようになるらしい。


「まあ、なんちゅうか……。説明が難しいんですけど、ある種の慈善団体といいますか、各地で火事の消火をメインに、人命救助をしている救助隊の者です」

 放水くんを持った白骨が太助にそのノズルを返す。

「ありがとうございました。あのままじゃ村が全滅していましたな……。すごいですなこれは」

 白骨なのに喋れるのかよ! と心の中でツッコみながら苦笑いして太助は放水くんを受け取る。白骨だと性別不明なのだが、声は男だ。背は太助より少しだけ低いぐらい。

 次々と他のゾンビたちからも「うぁああぁあ」と声にならない声をあげられて放水くんを返してもらう太助。とにかく気持ちが悪くて全身が震えっぱなしである。


「あの、火事の原因は何だったのでしょう? 普通の火事ならともかく、これほど村全体に燃え広がるのはいくらなんでもおかしいと思うのですが」

 疑問に思っていたことを聞いてみる。ゾンビたちは残念そうな、悔しそうな顔になり、思い思いに一人一人が語りだす。


「……この村は、ゾンビになってしまった不死の者たちを閉じ込めておく牢獄なのです……」

「……私たちはゾンビに変わってしまったばっかりに、捕らえられ、周りの国からここに放り込まれているのです……」

「……人が集まれば、たとえゾンビといえども村ができます。私たちはこの、魔法がかかった囲いの中から出られないまま、ありあわせの物でぼろ家を建て、それでもなんとか共同生活をしているのですが……」

「……こうしてある程度の大きさになると、衛兵どもがやってきて火矢で火をかけていくのです。私たちを処分しようと……」


 なんと気の毒な話か。ここはゾンビたちの牢獄であり、処分所なのだ。


「……ここから出ようとか、もっといい場所で生活しようとか思いませんか?」

「……私たちはここから逃げられません。また、逃げようとも思わない。ゾンビになってしまったらもうどうしようもないのです。体が朽ちるまでここでおとなしくしているのが私たちの役目。もう元の世界に戻ろうとは思わないのですよ……」

 なんとかならないのか。それ、何とか救う手段はないのかと太助はルミテスに通信した。


「なあルミテス様、これ、何とかならないのか?」

「……人間どもが作ったルールじゃ。わちがどうのこうの言える立場ではないしのう。解決する手段などないわ。わちらが手を貸せることなど、今は火を消すことぐらいじゃの」

「そんな……。ゾンビはすでに死んだ人間。人命救助とは関係ないってか?」

 太助は納得いかないが、確かにどうしようもないのは仕方がない。

「その者たちを避難させてパレスをゾンビだらけにするのかの? そんなのはただの一時しのぎじゃ。根本的な解決になっておらん。生き返らせて普通の人間に戻すこともできぬ。魂を昇天させて死体にしても誰も葬ってはくれぬ。今はまだ人間どもの問題なのじゃよ。さっさと戻ってこい」


 ルミテスから通信を切られ、村にシルバーワイバーンのドラちゃんが舞い降りてきた。ワイバーンが舞い降りてきて村民たちが慌てて逃げ出すのももう見慣れた光景だ。それは撤収の時間が来た知らせでもあった……。


 ドラちゃんに乗り込もうとした太助。その元に一人のゾンビが、いや、白骨か? さっきの骨男が歩み寄ってきた。

「……あの、あなたは慈善団体でこの火を消す仕事をしておられるとか」

「そうだよ」

 うんうんと白骨男は頷いた。

「もしよろしければ、私もその仕事、お力になることができますかな?」


 これはアレか、あの「仲間になりたそうにこちらを見ている」というやつなのかと太助は思った。うえええええ、よりによってゾンビ村の白骨男がかよ! と心でツッコんだのは言うまでもない。

 だが、確かにこの白骨男、放水くんで火を消すのを太助と一緒にやったが、なかなか手際が良かったように思う。なにより他のゾンビみたいに動きがのろのろしてなかったし、火を恐れるそぶりもなかった。


「けっこうきつい仕事だぞ?」

「承知です」

「ヘタこいて命を落とすことも」

「私はもう死んでおりますゆえ」

「そりゃそうか……」


 太助の今の悩みは何と言っても人手不足である。今火を消せる奴が自分一人しかない。二人になれば少なくとも半分の時間で火が消せる。一刻を争う火災現場ではそれだけでも十分戦力になるはずだ。

「私は食うことがありませんし、給料もいりませんし、報酬も望みません。お安く雇うことができますぞ?」

「本気か? ほんっとーにこれやりたい?」

「はい」

 白骨で顔は骸骨だから表情は全く読み取れない。だがその言葉は真摯なものであることは太助にも伝わった。


「乗れ!」

 これにはドラちゃんがギョッとしたが、かまわず太助は白骨男の手を取った。

「てなわけで、今日から仲間だ! ドラちゃん、頼む!」

 ドラちゃんは仕方ないなというふうに首を振り、翼を広げて羽ばたきだした。

 ぐんぐん上昇していくシルバーワイバーンのドラちゃん。白骨男は太助の後ろにしがみついて、その村の夜景に感嘆の声を上げた。


「空からの眺めというやつは、素晴らしいですな!」

「ああ!」

 いつもは風景を楽しむどころじゃない太助も、二人で夜明けのどこまでも広がる大地を楽しんだ。これからもずっと自分たちが守っていく大地なのだ。

「俺は日乃本太助(ひのもとたすけ)だ! 太助って呼んでくれ。あんた名は!」

「さあ、ゾンビになった人間は、記憶が無くなりますからな、覚えておりません」

「そっか……。まあ、これからよろしく頼む。毎日こんなことと、あとは訓練だぞ。根性入れてがんばれよ!」

「はい!」

「そこは、『了解!』だ!」

「わかりました! いえ、了解です!」




次回「11.相棒を特訓しろ!」

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