1.ネコミミ少女を救助せよ!
「要救助者の可能性アリ! 家族一名不明!」
「誰だ?」
「ばーさんらしい。見当たらないとご家族の方が」
ごうごうと燃え上がる二階部分、この家にまだ一名、要救助者が取り残されている可能性が出てきた。
新米消防士、日乃本太助は身構える。
全身にまとった防火服。それを着ていても火事場から伝わってくる熱気は防ぎようもない。ヘルメットの下を汗が伝う。
「よし入るぞ。俺が先行、ホース一名、あと新米! お前も付いてこい! ビビるなよ!」
隊長に呼ばれた太助は「はいっ!」と返事して、駆け寄ったが、「空気呼吸器はどうした!」と注意されあわてて消防車に戻り空気ボンベを背負う。
火事なんてそうそう都合よく起こるわけがない。いや、起こらないほうがいいに決まっている新米消防士の太助にとって、配属されて三か月。初めての出場でいきなりの大ポカだ。
バルブを開けようとして、「早いわ! 空気足りなくなるぞ!」と二度目の大ポカ。
「ドア壊せ――!」
斧を振るってガシガシとアルミのドアに叩きつける!
「ノブ壊してどうする! 蝶番だ! 蝶番壊すんだよ!」
三度目のポカ。なにやってるんだと思う。このための訓練は受けたはずなのに。
「開けるぞ、避けてろ」
隊長が開きかけたドアを外に倒す。未燃ガスの爆発は起こらない。
「よし入るぞ! 面体装着!」
出火は二階。ブスブスと焦げて煙を吹き始めている一階天井を見上げて、上の業火に震えがくる。
「捜索だ。離れるな!」
先頭で次々に部屋のドアを開けていく隊長。
ホースで放水しながらバックアップする副隊長。退路の確保に水を撒きながら進む。その二人に挟まれてホースを引きずりながら部屋を見回す太助。
「いない」
「……いないな」
一階の捜索を終えて顔を見合わせる。
「二階か?」
二階から煙が吹き下がってくる階段を見上げる。
「いや、ばーさんだからな。二階には行かんだろ」
「一応チェックだ。新米、ここで待機。ホース確保してろ」
「はい! ホース確保します!」
二階階段に登っていく二人を補佐するため、一階の階段下で放水ホースを引っかからないように手繰り寄せる太助。二階では二人が放水しながら捜索を続行中。
“タスケテ”
……突然に頭の中に響く声に驚く太助。
“タスケテ……”
見回す。どこにいる? その声は、どこだ!?
フラフラと呼ばれるように煙に包まれる部屋を歩き出す。
“タスケテ”
さっき捜索したはずの子供部屋。
誰もいなかったことは既に確認済みの子供部屋。
開けっ放しのドアから急激に煙が噴き出してくる。天井を火が舐める。
「クソったれ! 子供がまだいるんじゃねえか!」
部屋に飛び込んで、見回すといきなり上で激しい爆発音!
「新米! 退避だ! 脱出!」
捜索を断念した先輩二人が階段を転がるように駆け下りてくる。
「新米! どこにいる!」
ガラガラガラ!
爆発音とともに子供部屋の天井が崩れ落ち、丸太でぶん殴られたように次々と自分の体に落ちてくる燃える破片に打ち倒されて太助の意識は薄くなった……。
(持ち場を離れちまった。今日、四度目の大ポカだ……)
「あちぃ!」
気を失っていたのは一瞬か。体にまとわりつく炎が熱い。
起き上がって背中に倒れていた燃える木柱を押し上げる。
「隊長!」
返事がない。周りは煙に包まれてよく見えない。
「副隊長!」
二人、先に脱出しちまったのか? 置いて行かれたのかよ! と思う。
(絶対に子供がいるんだ!)
もう一度、周りを見回す太助。粗末な板を打ち付けただけの貧乏くさい部屋の奥まで足を踏み入れると、いた。
「げほっ、こほっ。うええぇぇぇ」
子供だ! 煙から逃げるように部屋の隅に這いつくばって丸まってる。
「ぼうや、助けに来たぞ! もう大丈夫だ!」
「うえっ……」
そうして顔を上げた子供を見て太助は驚く。
「えっ……ネコミミ!?」
どういうわけか知らないが、そのぼうや、じゃなくて少女は、頭の上に耳があった。猫みたいな。
着ている服も荒い麻を縫い合わせたような粗末な服。発展途上国だってもう少しマシな服着せてるよって感じのものだ。太助は、今時こんな子供が日本にいることに驚いた。
頭の上の耳は後だ。どうせネコミミカチューシャでも付けていたんだろうと思うことにした太助は、子供を抱きかかえ、自分のボンベに吊るした予備マスクを子供の顔に当て、ベルトを子供の頭に合わせてやる。脱出路であるはずの部屋の扉は既に煙に包まれて炎が噴き出している。戻るのは危険だ。部屋を見回すと、粗末な板壁の隙間から光が見えた。
(外? ……この壁薄くねえ? いやいやいやいやこんな壁が薄い家が今時の日本にあるわけねえ。でもこの壁……)
思い切り蹴ってみる。ベコンッ! 壁が大きく弾み、隙間の光が広がった!
「薄いぞこの壁!」
足元を見回し、落としていた消防斧を片手に、子供を抱きかかえながら壁にめったやたらに振り下ろす。
穴が開いた!
「こんな部屋に子供閉じ込めて、こんな粗末な服着せて、児童虐待じゃねえか! あとで児童相談所に報告してやる!」
壊れそうな穴に斧を振り下ろす、蹴るなどの暴行を加え続ける太助。壊し広げ、人間一人分の穴が開いた。子供と一緒にくぐり抜ける!
「え……」
外に出て驚いた。
そこは見慣れた街じゃなかった。
村……。そう、そこは村としか言いようのない、丸太小屋、木の板のバラック小屋、藁ぶき屋根、砂利も敷いていない土がむき出しのあぜ道。そこらじゅうが雑草に覆われ、そして今自分を見ている野次馬……。
粗末な服を着た、子供から年寄りまで、全員汚いカッコで頭に耳の生えた連中が太助を見ていた。しかも着ぐるみを着ているみたいに全身に毛が生えている。そう、まるで猫みたいに!
「なんだこのコスプレ村!」
女が駆け寄ってきて、太助が抱いている子供に飛びつく。
「ああああぁうあおぅわあ――」
興奮してんのか、なに言ってんのかわかんない。わんわん泣きながら抱き合う二人。ぺこぺこと頭を下げられて、ああこの子の母親かというのは太助にもわかった。よく見ると助けた子供も全身に毛があって、大きな猫みたいだ。
顔も猫みたいである。鼻の横からひげが生えている。
振り返る。炎に包まれて今にも燃え落ちそうな小屋。粗末な小屋。
周りも全部藁葺屋根の家だ。まずい、藁葺き屋根は火の粉が燃え移りやすい。このままだと延焼し第二第三の火事になりそうだ。
消防車は? ポンプ車? 救急車は?
サイレンも、そこらを照らす赤いパトランプも、そこには一切なかった。
「……どうなってんの? まだ燃えてんのにみんな帰っちゃったのかよ」
呆然とする太助の前に、一人の少女がすたすたと歩いてきて、頷いた。
「よし、合格じゃ!」
「消防士」が異世界に行くレスキュー系小説、既に多くあるかと思いましたが、意外と少数でした。
またもや無謀な挑戦を応援してください。
この物語はフィクションであり、架空の消防アイテムが活躍し実在の消防組織とは関係ないことをご承知の上でツッコミ等いだだきたいと思います。
次回「2.ネコミミ村の延焼を防げ!」