7.麻痺
庭園を歩く私たちは、二人きりではなかった。少し離れたところに、ウーテと騎士のような出で立ちの男性が控えてついてきている。私は改めて、非日常さを感じていた。
「星羅、なにか変わったことはないか?」
「変わったこと?」
私が尋ねると、ウルリッヒはうなずいた。
「ーー君は少し違うと思うのだが……、この国には、過去にも君のように異世界からやってきた者たちがいる。彼らは皆、なにか不思議な力を持っていた」
「不思議な力……」
「ある者は砂漠のオアシスを作れるほどの水の魔法を、また別な者は砂漠でも育つような植物を生み出した。絶世の美女になったものもいれば、闇の力を得たものもいるという」
私はてのひらを握ったり閉じたりしてみて、それからウルリッヒを見上げて首を振った。
「今のところ、特になにも感じません」
ウルリッヒと目が合う。吸い込まれそうな瞳の色は青。澄んでいて、美しい。やや色白な肌に、すっと通った鼻すじ。日の光に透けるような金色の髪の毛。ーーとにかく人間離れした美貌の人だ。
私はなんだかいたたまれなくて下を向いたが、ふと思い出したことがあり、彼に打ち明けてみることにした。
「考える力が……?」
「変な話だとは思うのですが……。あの、こんな状況になったら、私の性格だとたぶんパニックになると思うんです。でも、心が凪いでいるというか、当たり前のこととして受け止めてしまっている。怖くないし、悲しくもない。それが変なんです。
ーーそれに、ところどころ、記憶も欠けているような気がします」
私の言葉に、なぜだかウルリッヒは苦しそうに顔を歪めた。
「感情麻痺というものだと思う」
「麻痺?」
「ああ。古代、召喚された者たちを観察した記録が残っているのだが、同じような傾向が見られたようだ。突然見知らぬ場所に放り出され、しかも家族や恋人と引き離されてしまうのだ。そうしないと心が壊れてしまうからなのでは、と、……私は推測している」
その説明はしっくりときた。
「私も召喚されたのでしょうか」
「いや、その可能性はない、……はずだ。召喚は禁術だ。おいそれとできるようなものではないし、この国が建国されてから、ずっと禁止され、その手の情報については、厳しく監視が続けられているはずだ」
ーーそれでも。あの海の中で、私は誰かの鳴く声を聞いたような気がしたのだ。
そこで私はふと思い出す。
「ーー猫!」