5.ブレックファスト・イン・ベッド
夜着を脱ぐこともしないまま、ベッドの上で待っているように言われ、私はふかふかの枕を背中に当てて、ぼんやりと体を沈める。
しばらくして戻ってきたウーテの手には、大きなお盆があった。
その上にはケーキスタンドやフルーツ、ジュースなどといったご馳走が所狭しと並べられている。華奢な彼女が危なげなくそれを運んできたことに私は驚いていた。
ウーテは、ベッドの横にトレイを置いた。
このまま、食べるのだろうかーー? そういえば、海外の映画でベッドの上で朝食をたべているのを観たことがある。ここはそうした文化圏なのかもしれない。
目を細めてとても感じのよいほほ笑みを浮かべているウーテと目が合う。
その瞳は、これまで会っただれとも違う、初夏の葉のような色をしている。
正直なところ、今でもこれは夢ではないかと思っている。だって、まるで物語の中に入ってしまったようなのだから。
空には月のようなものが三つもあるし、思い返してみると、あの場にいたのも鮮やかな色彩の人ばかり。
淡いすみれ色や桃色の可愛らしい色、にんじんみたいにパキッとしたオレンジの髪の毛の人もいた。ほんの一瞬だったからあまり思い出せないけれど、あまりにも現実離れしていた。
じっと黙っている私を見て、ウーテは作法がわからないと思ったのだろうか。ケーキスタンドに並べられたパンを一つ、手渡してくれた。
それは、タルティーヌと呼ばれるオープンサンドのように見えた。
こんがりと焼かれた固めのパンは、フランスパンだろうか。香ばしいにおいが漂っている。
具材がいろいろあったけれど、私はその中のひとつを手に取ってみた。パンの上に乗せられているのは、恐らくエビとゆで卵をマヨネーズで和えたもの。
その上には、見たことのないハーブのような葉が添えられている。
恐る恐るかじってみると、想像通りの味だった。ほかには、クリームチーズとサーモン、ミニトマトとグリル野菜などの組み合わせがあり、いずれも美味しい。
「ブリュー・マシュのお茶」と呼ばれたものが、酸味と甘みのある未知の味だったので、安心した。
どれもおいしいのだけれど、気をつけて食べても、パンくずがぽろぽろシーツにこぼれてしまうのがとても気になる。
ああ、こんなふうに汚してしまったら、夫に怒られるーー。ふとそう考えて、いや、ここは死後の世界だったのだと思い直した。
もう彼はいない。私が怒られることはないのだ。
「お口に合うでしょうか?」
ウーテが、少し不安げに瞳を揺らしながら、おずおずと切り出した。私は頷いた。そういえば、よく考えてみると、言葉が通じているのも不思議だ。
ふと思い出して、昨日のことについて尋ねてみることにした。
「あの、私、あまり状況がわかっていなくてーー。なにから質問していいのかもわかっていないのだけれど……」
「ええ、ええ。もちろんでございます。突然違う世界に来られて、困惑なさっていることでしょう」
「違う世界? やっぱり違う世界なの?」
「はい、奥様。そのように聞いております」
「ーー奥様……?」
私が呆けていると、ウーテはしまったという顔をして、それから続けた。
「あなた様は、この国、シュバルツメラン王国の王妃として、神に遣わされたのだとお聞きしています」
「まさか! そんなことがあるわけないわ」
「混乱されるのも仕方のないことです。この王国でも、このようなことは初めてで、私どももどうしていいのかわからずにおります。
ーー何からお話ししたらいいのか……。けれども、陛下の奥方となられるあなた様を、私は心から歓迎いたします」
そう言うとウーテは目を細めて笑った。そこに嘘はなさそうだ。
「そういえば、奥様のお名前は、セーラ様で合っていますでしょうか? ニホンという国からいらしたのでしょう?」
ウーテは、落ち着いた優しい目をして言う。
言い当てられたことにぎょっとしていると、控えめなノックの音がして、黒ずくめの衣装に身を包んだ美丈夫が、静かに部屋に入ってきた。