改変
聞き間違いではなかったか。首元までに近づいた2本の短剣を眺め、空虚な気持が生まれた。宣言の後に隠していた2つの刃物を抜き、子供とは思えないほどの素早い動きで喉元を掻っ捌こうとした存在にこれからどう対処しようか、考えあぐねていた。深き者共が守ってくれたおかげで、事なきを得たが、どうしたものか。
『上の子よりも少し大きいぐらいか』
自慢の息子だった。好きなことを取り組むときの集中力はすさまじく、大人が作るような設計図のレゴ作品でも難なく作り上げてしまった。自分の思い込みが激しく、周りの声をしっかり聴かないで、別のことをやり始めてしまうと言われたことを忘れてしまうのがところが玉に瑕だった。本当にいとおしいおバカな息子だった。
でも今はもういない。この墨泥と人類によって名付けられた思いの深淵の中を探しても見つからなかった。深淵の中に沈む思いは強く、重くなければならない。俺の家族の思いがこの中に無かったことは苦しまず、怨念抱かずにこの世を離れた証拠であり、幸いだったはずなのに寂しい。
この子は両親を飲み込まれたのだろうか、それから頑張って訓練を積んでここまで来たのだろうか、深き者共も情報が無いらしい。とにかくこの子を送り込んできた愚かな大人たちを後で地獄を見せよう。でもそれは後だ、今は深き者共にこの子を託し、深淵にいざなってもらおう。
俺の意図を理解してか、墨泥が子供を包み込むように覆いかぶさった。終わりだ。さぁ、これから・・・・
ザシュ
目線を落とすと独特な形状をした突起物がわき腹から突き出ていた。
「あっ」
声を出そうとした瞬間にはその突起物は姿を消し、その箇所に窪地にできた水に流れ込むかのように一瞬冷たい空気が流れこんだかと思うと、流れ込んだものは実はマグマだったようで、焼けるように熱く痛い。
「どうしてだい?」
墨泥が包み込む瞬間に後ろを振り向いた。子供から視界を外していたため、俺自身が攻撃を危険だと察知しておらず、深き者共もこの子の突撃を許したのだろう。ただそれよりもなぜこの子が深き者共の世界にいざなわれなかったのかが不思議でならなかった。
『王よ、この子には「思い」がない。』
「どうゆうことだ。」
『われらは人々の思いを枷に導く。しかし思いが無き者は導けない』
「赤ん坊は?」
『赤子は純粋な思いがある。空腹、寂寞、不快。その過程を通れば我らも導くことができる。』
「つまりあの子はその過程を通らずに、現状に至っているということか。赤ん坊にならず、大きくなった。」
最初に深き者共があの子について「情報がない」といっていた。つまり成長する過程で何の思いも抱かずにいたため、深き者共も探ることができなかったということか。
今のやり取りの中で、腹のクレーターは流れ込んだマグマが固まったかのように深き者共が傷口を埋めてくれた。
「君はどういった存在なのかな。君は成長の過程で感情が芽生えなかったようだけど、どうやって育てられたのかな。」
「それは王様にとって重要なことですか。」
「重要ではないよ。ただ僕は君のことが知りたくなっただけだよ。」
「お話しできることはないです。ただ僕は王様を倒すためにいるだけど。それ以上もそれ以外でもないということです。どうやら今のままだと致命的な攻撃を与えることはできなさそうです。困りました。」
こちらも困った。他人に攻撃を与えるとき、本来はそこには悪意や何かしらの意思が芽生えるはずである。そういった感情があれば深き者共が読み取り、自動的に防いでくれる。それができない。例えば包丁を握っているとして、それを人に向ければそこに意志や思いは生まれるが、まな板の上の野菜を切っていて、そのまま指を切ってしまうことには意志や思いない。
そう彼にとっては人ではなくなっているとはいえ、人の形状を保っている俺の脇腹を指すことに怨み、憎しみといった動機もなく、俺を倒すことで得られる名声とかの欲望もなく、無意識化で刺し殺そうとしたのだ。快楽殺人鬼たちのように殺すことを当たり前としても、その行為には何かしらの意思はあるが、この子にはない。自らの言葉でも攻撃といいながら、くしゃみとか言った自然現象と同じ感覚で、攻撃してくるのだ。
一体どうやったら、そんなことが可能なのか。深き者共が取り込めないこの子は何者なのか。興味が湧いてくる。と思った時だった。
ザシュ、スパッ、
何かを突き刺し、切り離す音に目の前の子どもへ意識を戻す。自分はやられていない。目の前の子供が右手に持った短刀の刃を左の肘の折れ目に入れ、左手に持った短剣の刃を右足に突き刺し、両方を一気に引き抜き、それぞれの腕と足を切り離したのだ。いびつな形で体を残したこの子はふらつくこともなく一本の足と残った腕でバランスをとっている。
意味が分からない。目の前の状況を飲み込めない。それは今まで自分が人類に行ってきたことと同じことだ。幼子のものだった左腕と右足に突き刺さった短刀と短剣が大地に根を下ろす大樹のように血管のようなものを広げていっている。何が起きようとしているのか。
『王よ、あれは危険だ。』深き者共が俺に注意を促す。
次の瞬間、床に落ちた左腕と右足は宙に浮き、形状を変形し、流動物のようにうねっているかと思うと一つにまとまったかと思うと、別れ、切り捨てた左腕と右足部分にこびり付いた。
「あれは何だ」
『王よ、あれは失われし世界樹で作れられた短刀と奪われし神の子の骨で作られた短剣。我々と同じこの世ならざる異なる物、あれは我らも防ぎきれない。』
「なるほど、つまりこの世のものではないがための切れ味か、防げないわけではなく、防ぎきれないのか。それにしても何の躊躇もなく、」
『王よ、あの御子は危険だ。』
「そうだな」俺が言えた筋合いではないが、この子は異質すぎる。
深き者共との会話の間に、子供の失った左腕と右足が出来上がっていた。樹で作られたような左腕は人体の骨のような構図をしており、全腕骨のとなる骨が1本多くその隙間に球体が5つはめられている。右足は真っ白い骨のような材質、乳白色の大理石のような光沢を見せている。足は骨格を模写したような形ではなく、シンプルな現代彫刻を思わせるようなフォルムをしている。
両方とも人体とは思えないが、その滑らかな動きはもともと子供の生まれながら持っていた手足の用だった。
「うん、これなら戦えると思う。」
一言発したかと思うと大きな踏み込み体制からすぐに目の前に飛び込んできた。身体能力も上がっているようだが、子供の動きではない。王として認識した脅威にはすぐに深き者共が対応する。深き者共をしっかりと物質化させ、墨泥の壁がすぐに二人の間にせりあがると同時に壁から迎え撃つとげが突き出てくる。
壁をぶち破ろうと右足で蹴り崩すが、体が空中で止まった瞬間、下から墨泥の杭が飛び出てくる。しかし、子供は体をひねり左手一本の杭掴み、体を引っ張り、杭を蹴りつけ距離を開けると地面に着地し、次の一手に移ろうとしていた。
「少し待て」
「待ちません。」間髪入れずに回答するや否や鋭い踏み込みから人体の急所への攻撃を的確に繰り返す。
「君は作られたのだね。」攻撃をよけつつ彼の耳元でささやく
「はい」返事とともに距離を開け、制止した。彼の眼は光を失ってなく、動揺もなく見える。ただ話をする気にはなったようだった。
やっと彼の情報が入った。深き者共が彼のことを知っている人間を取り込むことができた。
「君はその大きさになるまでカプセルのような中で育てられた。」
「だから何ですか。」
「何でもない。ただ君にお願いをした者たちはすでに墨泥の中に沈んだよ。」
「僕には関係のないことです。僕は王を倒す。それだけです。」
「それは君の意思としてかい。それとも何かほかの理由があるのかい。」
「意思も理由もありません。人は目の前に山があるから登る。同じように目の前に王がいるから倒すだけです。」
「そうか、そしたら目の前から俺がいなくなれば君は俺を倒す必要がないのかな。」
「僕はあなたを逃がしません。ここで決着を付けます。」
「俺はね、君がここに来た時、純真というべき子供の問いかけが来るのかと思っていた。「どうして、人を滅ぼすの」、「父さんと母さんを返して」、「僕たちは生きていてはいけないの」そういった質問にどう返すのか、それで自分自身の本質を見極めたかった。これは俺の勝手だった。」
「ご期待に沿えず、すみません、でもこれで終わりです。」
どうやら彼の希望する掛け合いではなかったようだ。私が彼に求めた会話があったように彼も私に求めた会話があったのだろう。何とも思慮に欠けた会話をしてしまったのだと悔いた感情を抱いた瞬間、深き者共が「王は傲慢でなければならない」というささやきが脳内に響く。
彼は会話の終わりを告げると左腕の中にある球が手のひらから飛び出してきた。すると少年を取り囲むように球体は回転し、四方八方に飛び散ったかと思うと膨張した光の根っこがそれぞれを結びつけるように繋がっていく。
「俺は君がこの世界に降り立った感想を聞いてみたかった。君がどうして、あの短刀と短剣を手にしたのか。何を託されてここにきたのか、話をしてみたかったが、君にその意思がないのが残念だよ。ただ今君の変質した体は徐々に広がりを見せている。どうやら君を侵食しているようだね。俺も同じようなものだ。」
完全に結ばれた球体たちは囲った中の環境を変質しようとしている。人が生きられないような空間に書き換えることで、境界内の生きとし生きる者を消滅させられるのだろう。
「今回の出来事で何か君に不幸が起きたわけでもない。育てられた環境から抜け出す機会になった。感謝されると思ったけど、生まれ落ちた世界がこれじゃそんな気持ちも生まれないか。ましてやその世界がなくなるなら、必死で止めるものなのかな。」
「まだ知らない世界でこれから知ろうとする世界が終わるのです。この世に引き留めるものがないので、特に感情も湧きません。」
「ではなぜ頑なに俺を消滅させたい?」
「何にもわからないから。何もわからず、一番、最初に与えられた仕事を行おうというだけです。」
「そんなものか、案外大層な大志を抱いて英雄となる者などいないのかもしれないな。ただ君は英雄となることはないが」
「お話は終わりです。さようなら王様」
彼の声はこちらには届いていない。空気が無いため、音がこちらに伝わらない。彼が発射した球体からつながった境界内の環境が今は宇宙空間と同一となっている。SF映画のように宇宙空間に出たら、体が爆発するようなことないが、酸素欠乏によって確実に死ぬ、本来なら。
「どうして死なないんだろう」
外で無垢な表情で見つめてくる少年に笑顔を送りながら独り言をつぶやく。
「君に聞こえているかわからないけど、一応俺の周りには空気が周りにあるんだよ。俺の体に纏わりついている深き者共は空間を越えてものを移動させることができる。さっき人を送り込んだりしたのを見ただろう?人を別の場所に移動させることができるんだ、空気だってここに送り込むことができるんだよ。君がこの環境に俺を送り込む際には先に纏わりついている墨泥と呼ばれた深き者共を取り除いてからにするべきだったんだよ。さてでは、送り込む元の空気はどこから来るのか。それを・・・」
ドタッ
誰にも聞こえない独り言を続けていると少年が膝をついて崩れ落ちる。その瞬間球体も一気に光でできた根が砕け床に転がり落ちた。良かった。彼の意識とこれらが紐づいていたのは幸いだった。もし彼が意識を飛ばした後も作動し続けるようなら別の方法を考えなければならなかった。彼自身も自分が仕掛けた酸素欠乏症による攻撃を自分自身が受けることになるとは思っていなかったのだろう。
あくまでも生物。酸素がないと生きられない。確かにその通り、でもそれは彼自身も一緒だ。
「大丈夫、今は意識がないかもしれないが少しすれば意識も戻るだろう。君が取り込んだその遺物が君を存命させるだろうし、深き者共が君を取り込むことができない以上、君は生き残るのは確実だよ。喜ばしいことに君以外にも生き残る者は世界にいるようだ。」
やはり世界は広い。こんな異様な状況を起こせる力を持つものがいるのだ、それにあらがうことができる者がいてもおかしくはない。実際目の前で横たわっている少年もその一人だ。
「さて、それでは進めるか」
意を決して、深き者共に意識を集中する。私を支えてくれた4つの核が中心となり、世界を墨泥の中に沈めてくれている。もうほとんどの世界が墨泥に浸食された。空、海、陸この地球という一つの空間に複雑な感情を持ち合わせた人類が誕生し、長い間放置された池の底に蓄積されたヘドロのような思いが埋め尽くしたのだ。
これ以上深き者共に抵抗している存在を追い詰めるようなことはしない。もう彼らは防戦一方で耐えているだけだ。彼らがこの後も頑張り続けることを切に願う。
黒光りする澱む泥に包まれた地球を感じ、俺は王として目を閉じる。これからは深き者共に俺の意思を、想像をうまく伝達していかなければならない。
両手を前に突き出す。
地球をほうふつとさせる球体を思い浮かべる。
その周りに深き者共が蠢く流動体をまとわりつかせる。
まんべんなく包み込まれた球体を一気に圧縮させる。
流動体が強く内側を圧迫する。
今まで切れ目があった陸地がつながり始める。
一つの大地の塊へと変貌していく。
切れ目にあった海水等が地表にあふれ出る。
陸地がぶつかり合い、人工物もぶつかり合う。
都会に隣接していたビル群は重なり合い、一つの構造物へと変わる。
その上に大地の塊が覆いかぶさる。
世界の遺産だったものが関係なく、構わず収縮させる。
凝縮された球体に墨泥という名の深き者共をしみこませていく。
墨泥が大気と水と大地に溶け込み、混ざり新たな環境を生み出す。
圧縮されたものが取り込むことで膨張していく。
深き者共が抱いた思いを反映させた環境に変わっていく。
新たな世界が構築されていく。
願わくは、この世界がこの改変を生き抜いた人々にとって幸ある世界であるように。
旧世界の汚物はすべて目に分かる怪物として産み出され落ちるだろう。
墨泥に取り込まれた咎人たちは新たな地で異形の姿になり果てる。
死を与えられることなく、死を迎え入れることもなく、己の罪と向き合い続ける。
新たな人類が彼らをことごとく断罪してくれることを祈る。
優しき人々は苦しむことなく、その美しさを保ち、深き場所で輝き続ける。
彼らはすでに意識はない、ただ彼らの歩んだ喜徳が新たな世界で生活の糧となろう。
これまでの人類はこれからの人類のために。
いまだに生き生きと4つの感情たちが躍動している。
憤怒、悲愴、殺意、愛欲、彼らは新しい世界で鎮座し、世界を監視していくだろう。
俺は神ではない。神だとしたら、こんな不条理を押し付けないだろう。
なぜなら神という存在があったとしても何も関せずただ存在するだけだ。
それらは何もしない。
新たな世界が出来上がる。
深き者共となった思いたちが新世界に染み込み、一つの構成物質として世界を支える。
新たな地には自らの力で改変を生き抜いた人類と、王の判断で生き残った人類がいた。
彼らのこれからを俺は深き者共と、深淵の中で眺める。
王の判断で生き残った人間が4人いる。
一人は何もしなかった存在に怒りを覚え、怨みを募らせる
一人は周りにだれもいない世界を見つめ、嘆き、気が狂い
一人は思い上がった行動を恥じ、そんな感情を与えた王に呪い
一人は生き残った人類にいとおしく思い、必要な知識を与える
かつては地球と呼ばれた星は変質した。過去に栄華を極めた文明は巻き戻され、また一から始まる。過去の遺物として空のかなたに浮かぶ物質を見つけるのはいつになるのだろうか。
地下に凝縮された過去の人々の礎はこれから歩む人類に何をあたるのだろうか。じっくりと観察しよう。そしていつか、深淵たる深き者共の王に向かってくることを期待しよう。
私が眠る新たな大陸は後にデルウムンドと呼ばれることになる。
深き者共の王が築いた世界は・・・内容不足な個所もあるかと思いますが、これで終わりです。
これ以前、または平行した話を載せていければと思ってます。