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深き者共の王  作者: マルリオ
6/7

対話

 世界を巡り、人類に声をかけて幾分落ち着いてきた。車に乗った人類の使節団を眺め、何と陳腐な終わりなのだろうと感じた。これまで人類はいかに壮大な歴史を歩んできたかを雄弁に語っていたのに、終わりがこれほどまでに平凡な結末になるとは嘆き悲しむべきか。


 いやそもそも雄大な歴史のように語っていただけで、歴史上の出来事など客観的に見たら何の変哲もない出来事だったのかもしれない。それこそ一つの家庭内で起こる夫婦間の諍いや子供たちの喧嘩、上手にパンケーキを焼ける方法を見出したことやそのおいしさを共有できる幸せといった出来事が拡大解釈され、戦争や世紀の大発見と変わりないのかもしれない。


 歴史上名をはせた人物たちは自分たちをどう捉えていたのだろうか。自分の築いたものを偉業として、英雄視的に見ていたのか、それとも冷めた目でこれからの先に世では芥子粒のような出来事だと自傷気味に考察していたのか。


 目の前に迎えいれようとしている彼らは本当に自分たちをどう見ているのだろう。全員が白い衣装で統一し、どす黒く光る私に謁見しようとしている。宗教史の教本に出てきそうな一面でも描きたいのだろうか。そんなに信者の心を打ち震わすような出来事がこれから起きるのか。そもそもそれを語り継がせられることができると思っているのだろうか。行政に操られた政治家が見据える将来像のように甘い目算というか、情勢が把握しきれていない市民が国の方針を理解せずに不快感を示すぐらい思慮不足というか。


 彼らは世界が恐怖する対象に立ち向かい、対話を通じ世界を救えると自分自身に陶酔しているのか、自己を全肯定するのが英雄となろうとする人間に必要な資質なのかもしれない。ただ彼らは英雄ではなく、ただ私の暇つぶしに応えてもらうだけの存在で、彼らとの会話によって、進められていることを止めるつもりは一切ない。深き者共にしてみれば、すぐにでも進展させてほしかったところを、この状況下で人類がどういう対応をしてくるのか、興味が湧いたためにこの機会を設けただけだった。


 人類は深き者共の王となった俺の中に人類を救いたい何かが残っていて、人類に希望を与えたと誤認をしているかもしれない。だからまるで聖人のような衣装をまとっているとしたら、これは完全に俺の落ち度だ。確かにこのタイミングで「最後の問いかけ」といったら、「最後の希望」的な感覚になるかもしれない。「最後」はあくまで「最後」という意味であり、会話が終わり次第と思っていた。終わりの迎え方の過程は変わるかもしれないが、過剰な期待を持たせてしまった。


 車が建物の前に到着した。どんな人物が登場しているのかは深き者共から声が聞こえていたおかげで知っていた。一人は聖職者だと、一人は政治家だと、一人は学者だと、一人は幼児だと、そして最後に起因する者がいるといった。各自それぞれの持論を展開し、俺の考えを改めさせることを目的としてきているのだろう。



 「早速だが、ねぎらいの言葉をかけるつもりはない。それと言語の壁は気にしなくていい。祖国が違えどもここにいる人間が私の言葉を分かるように、この中ではどの言語も理解できている。だから自分の母国語で話してくれ。」


「どういう原理なんだ。」


「素朴な疑問だ、簡単に言えば君たちが墨泥と名付けた深き者共のおかげだ。これらは全世界に沈んで言った思いの結晶と思ってくれ。様々な国に暮らしていた様々な思いが溶け込んでいるおかげで俺は彼らを通して君たちの言語を理解できている。ただ君たちの間の理解は知らないがね」


「地獄の亡者たちが我々の間を取り持ってくれるとは」


「あなたの認識では彼らは地獄の亡者なのかもしれないが、彼らは別に大罪を犯していた者たちだけではない。だからそんな卑下するような表情を浮かべないでもらいたい。」


「卑下等とは思っていません、ただ彼らが私たちの会話の間を取り持つことで良き働きとして天界に導かれると祈っているだけです。それとここに来る際にみんな英語で話すことで一致していますので、ご心配には及びません。ただこの子は英語を話せないので、私が通訳しようと思っていました」


「あと一つ伝えておくが、確かに俺は最後の問いかけを希望したが、今起こっている事象を止めようとは一切考えていない。つまりこの人類は終息する、これは俺が決定した事項で、覆すつもりもない。」


「何を、ならなぜ今さら会話をしようなんて思ったんだ!!」


「ただ話をしてみたかったから。そこに勝手に希望を抱いたのが人類だった。いや希望を抱かせてしまったのなら申し訳ない。ただ今回のこの機会はただの興味本位であって、希望の手を差し伸べるためのものではないことを事前に伝えておこうと思って。変に期待されても仕方ない。もし話す気分がなくなったのなら、早急に帰ってもらって結構だ。」


「待ってください。」


「あなたの問いかけの前に私から話をさせてもらってもよろしいでしょうか。」


「どうぞ」


「・・・ごめんなさい。私があなたの奥様とお子さんを殺したんです。本当にごめんなさい」


「知っているよ。深き者共がささやいてくれた。彼らは人の本質を読み取る。そして王となった俺に伝えてくれる。彼らのこえははっきりと聞こえるようになった」

 

「今回の出来事は私が発端です。どんな処罰でも受けます。私の命をもって、怒りの矛先を納め、世界への侵略をやめてください。」


「なぜ」


「私があなたの怒りの対象でしょう。なら私が受けるのが筋ではないでしょうか。」


「あなたが俺の家族を惨殺したその3人の命と同等の何かがあるのか。またこの世界で飲み込まれていく命に見合う何かがあるのか」


「命を比べることなんてできません。私の命はそんな大それたものではないです。けど、ただ、ただ、私が犯した過ちがきっかけなら、私がその責任を取るべきでしょう。それでどうか許してほしい」


「自らを犠牲にか、人身御供、まるで良い人のように取り繕っているが、自分の自己犠牲の精神を見せびらかしに来ただけなら、口を紡いでもらえないか。」


「違う、私は、僕は、自分が犯した罪を償いたいんだ。僕は人としての善意を信じて生きてきたんだ。それを父や母、兄弟たちから教わった。教わったはずだったが、自分が壊れてしまった。それが結果的にあんなことをしてしまった。あなたに対して、世界に対して、これしか方法がないんだ。」


「あんなこと、、、つまりは自分を納得させたい、自己満足させたいためじゃないか。犯した罪を受け入れていれているなら、自分の過ちが人類を終わらせることになりましたと今生きている人たちに告白し、石でも投げつけられていればいいじゃないか。」


「違う、そんな責任の取り方は。それに本当に僕はあんなことをする人間じゃないんだ。ただ家族が人としてのやさしさを失っていくことを止められなかった。助けたい人たちが助けられなくなって、助けを求めていた人たちからつらく当たられて、どんどん醜く変わっていった家族を止められずに頼ることもできず、自分がどんどん壊れていったんだ。あの時の僕はどうかしていたんだ。でも自分がしでかした過ちを受け入れて、今ここでそれを償いたいんだ。」


「先ほどと何が違うのかわからないが、一つ。俺の妻と子供の命を奪ったことを突発的な事故のような表現に落とし込むな。お前はしっかりとした意志で俺の妻と子供の命を奪った。」


「そんなことはない、あの時は意識が混濁していて・・・・」


「君が偉い人の子で周りに厳重な監視の目があったことを知っている。精神が不安定で、うつ状態だったとしても、お前は自分の周りにいる者たちを欺き、逃げきって、俺から大切な3つの命を奪った。」


「本当にあの時のことは何も覚えていないんだ、ただ自分の中の何かが・・・・」


「もう一度言うが俺の家族を奪ったことを軽くするな。偶然の出来事の積み重ねで亡くなったように不慮の事故のように扱うな。お前はお前の中にある残虐性を抑えきれず、思慮を重ねたうえで、非人道的に人を、俺の家族を殺したんだ。だからお前を心の底から憎み、激昂できるんだ。お前はその権利すら奪うのか。お前が犯行に及んだ背景なんか知ったこっちゃない。そんなものは何の足しにも、慰めにもならない。お前は自分が仕方なく人を殺したんだと言って、何を望むんだ?そうだね、仕方がなかったねと恩赦でも受けたいのか?ばかばかしい。それなら、快楽殺人鬼どもの方がよっぽど筋が通っている。自分たちの欲求のため悪行を重ねた。だから人は正当にそいつらを憎み、断罪できる。お前はそれが嫌だと言っている。自分はそいつらと違うと言っている。そんなことはない。殺している結果は一緒で、多いか少ないかの違いなだけだ。」


「ちがう、僕はそんな外道じゃない、僕は本当にみんなを救いたかったんだ、昔の父さんや母さんが助けていたように、、、」


「お前は本当に何しに来たんだ。慰めてほしいのか?自分に何かしらの役割があると思っているなら、勘違いも甚だしい。ならいいだろう、お前に役割を与えよう。お前が外道というものにしてやろう」


「そろそろ、私たちも声を出してよろしいでしょうか。」


「ふん、やっぱり差し出しても役に立たなかったか。」


「それよりも先に彼は最後の問いかけといってこのきっかけを作ったのだから、彼から話を進めるべきではないのか。その前に人類にとってこの会話が必要なのかどうかも疑問だが」


「ちょっと待ってください。僕はここに覚悟をもって・・・」


「あなたの贖罪の気持ちは尊いものです。罪の告白はとても勇気がいることです。ですが、今は心に秘めておきましょう。あなたの行えることはすべて行いました。」


「ふん、奴には復讐心はないことが分かっただけでも利用価値はあったな。」


「そう、つまり目の前にいる対象が過去にとらわれているのではなく、これから先に関して動いていることを示している。」


「この会話はお前らが持ち込んだ機械で残った世界の首脳陣に伝わっているようだな。いたるところで、墨泥獣との戦いが激化しているようだ。それにこちらにも軍用機等が再度攻撃を仕掛け始めている。ところで、なぁ、勇気ある幼子よ、君は何か話さなくていいのか?よくここまで来て、大人たちの話を静かに聞いている。えらいな。それに、よくここに来ることを許してもらえたね。」


「うん、大人の人の話が終わってからお話しするように、パパとママから言われていたから。終わるまで待っている。」


「そうか、それならもう少し待っていておくれ、お菓子か何かいるかい。」


「大丈夫。」


「そうか」


「あなたにはやさしさはあるのですね。元来あなたはとても思いやれる人のはずです。優しい心が強かったから今の状況に陥ってしまったのでしょう。それはここにいる青年も一緒です。地獄の亡者たちの声に耳を傾けず、生きとし生けるものたちの声に耳を傾けてください。そうすれば、今あなたが行っている過ちにも気づくはずです。ここにいる彼は気づいた。そしてあなたに懺悔した。受け入れられるかは別として、その姿は正しいと私は思います。あなたも復讐心から始まった過ちを懺悔するのはいかがでしょうか」


「人類が懺悔を受け入れられるかは別としてということか。」


「はい、ただ今回のこの悲劇により、人類は無益な諍いを無くすでしょう。皮肉ですが、あなたという共通の敵が現れたことで国の垣根を超えた共和が生まれた。あなたが世界を巡る際にほとんどの国を巻き込んだことで全員が共通の痛みを知り、同じ方に目を向けることができました。これはあなたの功績です。」


「そして、その後も憎しみの対象であり続けることで世界を一つにまとめると。」


「はい、残酷ではありますが、そうです。ただ一部の者が知っています。あなたの本質を。そしてその者たちがあなたを助けます。」


「俺の功績で世界がまとまると言いつつ、俺が世界に執行していることは過ちとなるのはなぜなのか。」


「すでに墨泥に飲み込まれた者たちを返すことができるなら、話は別ですが、彼らが墨泥獣となり、人を襲っていることを我々は知っています。」


「それは神を信じる者たちの提案か。」


「いえ、我々全体の意思ではありません。私の解釈としては神の思し召しです。あなたという存在が生まれ、今のこの状況が生まれた。それが指し示すものです。神は試練を与え、奪うときもありますが、それを乗り越え、より良き未来を照らす機会もくださるものです。神は試練を乗り越えられる者にしか試練を与えません。」


「これまでの成り行きは神のシナリオということか。」


「それはわかりません。実際の選択を選ぶのは人類であり、個人なのです。ただすべての出来事を神はあるがまま受け入れるというだけです。」


「もし神がいるとして、俺が今この場で君を墨泥に飲み込ませるとすれば、神はそれを止めるのか?」


「私が飲み込まれる必要があれば、飲み込まれるだけです。そこに神の意思は介在しません。」


「神は残酷なものだな。君が飲み込まれた後に人類が残る保証はないのになぜ君は神を信じ、人類が生き残り、共和ある社会が構築されると思う。」


「それを願っているのです。私は信じています。あなたの本質はよき人です。あなたの選択によって神は・・・」


「わかった。君が信じている神とやらがどうするのか。終息の後、君自身の目で確かめてほしい。」


「それはどういったことでしょう?愚かな行為は・・・」


「君が先ほど労った青年とともに、時が過ぎるまで待っていてほしい。」


「え、あ、、ちょっと・・」


「い、今のは何だ?」


「深き者共が住まう場所に行ってもらった。大丈夫、彼らに取り込ませてはいない。」


「物質が空間のないところに飲み込まれることなどありえない。つまりは亜空間に取り込まれていることか。なら・・・・・」


「博士、お前さんはここに研究をしに来たのか、それとも交渉に来たのかどっちだ。あんたは何もする気が無いなら、帰ってくれないか。」


「いや、すまない。悪気はなかった。気になることがあると考え始めてしまって。すまない。あらためて深き者共の王と名乗ったあなたに聞くが、我々に最後の問いかけをしたいとのことだが、何かを教えてくれ。併せてこれから終息させる人類どうするのか教えてくれるか。」


「自分の意見ではなく、まずはこちらの話を聞くか。今までの2人とは違う対応だ。良いだろう。俺の問いかけとあなたの質問に対する回答はほぼ同一だ。簡単な話、もし次の人類に何かを託せるとしたら、自分たちの歴史を託したいか、今までの技術を託したいか、それともほかの何かということだ。」


「それはあなたが先ほど言ったこの人類と定義した我々を一定数生き残らせるということか。それとも様々な聖典に書かれているように人類を創造しようというのか?」


「それはそんなに重要か?」


「とても重要ですよ。もし既存の人類を残してくれるというのであれば、その人類の選別をこちらで任せてもらいたい。そうすれば技術を知識として持っている者や歴史を把握している者を残せば良いだけだ。そして託すものとすれば技術を生かすための道具や機械であり、歴史を記している本等を託せばよい。」


「何をばかな、そんな選別できるわけない!」


「感情論でなく、現実を直視して考えなければならない。目の前にいる者に世界は近代兵器の数々で撃退を試みたがすべて玉砕している。人類は破滅させるような兵器を使用しても無理だったのだ。またこちら側が攻撃したのに対して、反撃してこないのは反撃をする必要性がない、圧倒的優位性があるからだと考えられる。その対象が人類を終息させるといっている。これは回避できない事項ということだ。」


「そんなことは指摘されなくても分っている。だからこそ我々が交渉に・・・」


「交渉というが、交渉の対象は何かということだ、人類存続というものはそもそもテーブルに存在していない。それをテーブルに上げるということはもうできないとくぎを打たれている。それなら現状向こうが提示している何を託すかという焦点に最大限含められるものを含めようということになるでしょう。」


「なるほど、合理的な考え方だな。まず俺は人類を創造することはできない、人類はまた一から進化していくのではないかと思うがどうなるかはわからない。だから何か託したいものがあるかという話というわけだ。また人類を生き残らせるとしても俺は選別するつもりはないし、あなた達に生き残るものを選別する権利を委ねることはない。」



「わかりました。ゼロベースで考えて、何を託したいかということでしょうか。それなら、ここに来た際に権限をもらえているわけではないので、何とも言えないですが、私個人の答えとしては何も託す必要はない。です。」


「何も?」


「何を言っているんだ、博士!」


「歴史を見て教訓としろ、技術を残して活かせというのは、今現状の人類が引き継げるのであればという話であって、次の人類となった時にそういったものは無駄な諍いしか生まないと思われます。ならば新たな人類に一から築いていってもらったほうが良いというのが結論です。我々の意思や考え方といった知識を教授する存在がないのであれば、それは危険な要素を含む代物でしかない。次の人類たちがどういう道を歩むかは彼らが決めることであって、我々の影響を受ける必要はない。そこに我々は責任も負えないのであればなおさらです。」


「何を言っているんだ、我々が生き残る手立てがあるだろ!!」


「それはないですね。先ほど目の前の王が攻撃を開始されたといって、今まで何も変化がない。この会話を聞いていて、世界が何もしていないなんでことはあり得ない。それなのにこんなに静寂なんですよ。つまりは人類の終息について何も手立てはないということです。」


「手の中にある策を実行しなくてよいのか。」


「この愚策は渡されたもので、実行するつもりもないですよ。銃弾の雨を降らせても、毒ガスをまき散らしても、核兵器を投下しても瞬時に無効化できる相手に、虚を突いたところで。あなた自身をまとっているまたこの周りに蠢いている物質が対処してしまうのでしょう。無駄なことはしないほうが良い。」


「ああ」


「なら、私の行える範囲はもうないでしょう。倫理観や道徳観を説いたところで、あなたは揺れ動いたり、譲歩したりすることはないようですし。あなたに親族がいれば、感情論に訴えられたのかもしれないが、人間だったころのあなたは天涯孤独。はっきり言って手詰まりです。後は個人的に人類の終息を見せてほしいとお願いするか、この墨泥という物質の研究をぎりぎりまでさせてもらえないか交渉するくらいでしょう。」


「博士、お前、何を無責任に」


「最後の問いかけに対しての答えとしては責任をもって回答しましたよ。人類側の要望としては無責任かもしれませんが、絶望しかないという場所に来て、冷静に対話をしたのであって、責められる方がおかしいのでは?まぁもう少し反論等していいのかもしれないが、そもそもきっかけが不測の事件が始まりだ、どんな話をしても難しいでしょう。」


「博士とやら、なぜここに来たのか聞いていいか。」


「これでも生き残っている人類の中では私は知識も優れていると思っているよ。だから私が話をしてだめならほかの誰でも駄目だろうなという認識でね。うぬぼれかもしれないが。専攻は何であれ、私は机にかじりつく主義ではなかったので、観察は得意な方だ。もちろん人もね。あなたはもうゆるぎない意志で臨んでいるし、覆すことが難しいことは理解している。そうだね、自分自身を納得させたいというエゴから、私が謁見するよう人類を言葉巧みに丸め込んだといったところかな。」


「それなのに、貴様、役割を放棄するつもりか!!」


「放棄ではなく、達成できなかった。やるべきことは試みたよ。役割は果たしたさ。さて王よ、あなたにはなぜこのような物質を手に入れたのか、どう操っているのか聞きたいことが山積みではあるが、私はすでに用済みだ。私をどうさせるのか。聞かせてほしい。前の二人みたいにこの物質に飲み込まれるのか。それとも・・・」


「博士、あなたに新たな役割を与えよう。生き残った人類と会話してほしい。あなたほど冷静な判断ができる人なら、任せられる。願わくば彼らが愚かではないことを望む。」


「ほお、これで私を送り出せるのか、どういう原理なのか、実体験できるのはありがたいな。しかしなんとも、、、」」


「さてこれで残るはあなたと子供だけだ。どうする。先ほど博士に話をけしかけたように、子供に先に話をさせるか?まぁ、博士はそれも承知で話し始めたし、私の問いかけにもこたえてくれた。あなたも別の答えを出しているなら答えてくれて構わないし、用が無いなら、あなたの望むところに送り届けるが、どうする。」


「ふん、これで全員出払ったか。」


「子供がまだいるが」


「あんたの話だと俺の話は分からないんだろ。」


「そうだな」

「なら問題ない。さて時は金なり、時間がもったいない。いや、これまでのあんたとのやり取りで我々人類が生き残ることは不可能というのは十二分にわかった。ただあんたはあんたの意思で人類を生き残らせることができる。それは間違いないかね。」


「あぁ」


「それが分かれば交渉をしたいのだよ。」


「交渉は無意味ということを理解していないのか?」


「そうかな、果たして無意味かな?君は人類全員をあの気味の悪いものに飲み込ませて、すべてを片付けようとは思っていない。違うかね。博士ほどではないが、これでも洞察力は自負しているんだよ。いやいや、私のことなどどうでもよい。先ほどからここに来たものを殺していないし、黒いのに飲み込んだ者たちもうまく利活用しているだろう。だからあんたが人類を破滅させたいわけじゃないのはわかっているんだ。そうでもなきゃ終息って言葉は使わんだろうし、最後の問いかけといったこともなかったろう。ちょっと待ってくれ、最後まで話をさせてくれ。あんたは次の人類に託すものを聞いてきたな。博士は何もないといったが、私や、私を送り出してくれたものの見解は違う。私たち自身を託せないだろうかね。いやいや、生き残りたいというわけではないんだ、うん。つまりはだ、知識や技術ではなく、私たちの意識を託すというのはどうだろうか。人の肉体の器がなくなるのは仕方がないが、墨泥獣だったかな。あの黒いのから生まれた生物。あいつらのように器の見た目が少し変わっても、今の意識をそのまま残して変化したいのだよ。」


「俺がそれを承諾すると思っているのか。」


「それは今からの交渉だよ。我々有能なものが新たな世界であんたを支援するということだ。あんたは深き者共の王といった。つまりはこれから王国を作るわけだ。それなら優秀な家臣が必要だ。そうは思わないかな?あんたが描くどんな世界でも我々は付き従うし、よりよくもできる。我々とあんたが組めば人類はより良い進化を遂げるのではないかな。それこそあんたに降りかかった悲劇が起こらないような世界を築き上げることができる。そうは思わないかね。」


「言いたいことはそれだけか」


「早急に考えてはだめだよ。思慮深くなきゃ。時は金なりとはいうが、別なんでも急げというわけではなく、時間をかけるべき時は時間をかける。有効利用しようということだよ。悪い話ではないだろ?君がこれから作る社会に我々はとても重要な働きをする。保証する。どうだろう。なかなか良い提案だと思うのだが。」


「良い提案をありがとう。それではさようなら。」

「なっ、うわ、ちょっ、まっ、話を聞け」


「無駄な意見だったな。俺は王国を作る気もないし、新たな世界に君臨する気もない。その時点で交渉する対象が違うということだ。交渉ということは根本から存在しない。」


「な、なら、お前は世界をどうするつもりだ。お前が思い描く何かを作るのだろう。違うか!」


「関係ないことだよ。あんたには」


 俺の最後の問いかけ、次の人類に何を託したいか、使節団の一人の博士の回答がまさか何もなしとは驚いた。話を聞いてよかった、最初何か残したほうが良いかと思っていたが、何を残せば良いかわからなかった。しかしそんな考え自体が、愚かしい。彼の意見はためになった。


 政治家が言ったように、俺は人類の選別するつもりはないし、わざと生き残らせようとは思わない。ただ世界で墨泥に対抗できている人がいる。彼らはうまく生き残る可能性がある。そんな彼らを無理やり葬り去ろうとは思わない。


 彼らがそんな力を手に入れたのには何かしらの事情があるし、その力を有する過程で想像できない苦行や枷があったはず。そんな力を有していながら、今まであった世界で表舞台に出なかったのは、力におぼれていないということだ。もし力もありながら悪しき心に染まっているなら、墨泥たちの恰好の餌食だし、時間が経てば飲み込まれていくだろうから心配もしていない。


「さて、周りの大人がいなくなってしまったけど、大丈夫かな?よく待っていたね。君は俺に何を聞きたいのかな。ゆっくりでいい、話してごらん。」


 墨泥の覆われたホテルはゲームに出て魔王が住まう城のように見えるだろう。今俺たちがいる空間も周りの壁や床が墨泥に覆われているため、おどろおどろしいだろう。それなのに、この子はじっと待っていた。大人たちのわけのわからない会話をじっと待っていた。それだけで尊敬に値する。


「あのね」


これが本当に最後の会話だ。この後、俺は世界を終わらせる。この子の話に耳を傾け、終息へ加速させよう。


「僕は、、、、」


「なんだい」


「王様を倒しに来たんだ」決意の言葉と一緒に少年の目はしっかりと輝いていた。


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