進展
「しねぇ~~、ばけもの!!!」
「くそったれがぁ~~~~」
多種多様な罵声の中に響く
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」のダブルフラット
「い゛だぁい゛~~~~~」「ごぉろ、じぃで、やる~~」のナチュラル
「きぃきぃきぃきぃきぃきぃ」のシャープ
ホ短調でまとめられた阿鼻叫喚が奏でる協奏曲が震源地である日本の首都で高らかに流れている。
「化け物どもが止まりません!!!!」
「これ以上被害を広げるなぁ!食い止めるぞ~~~」
必死に抵抗を続ける自衛隊員たちだが、一人、また一人と墨泥から這い出てきた化け物たちに飲み込まれている。厄介なのは人間の手のような翼で空を自由に飛び交い、大鷲のような太い足で人を掴み、上空に連れ去ると、墨泥に獲物を落としている。今まで墨泥獣は墨泥の中でしか活動できなかったはずが、こいつらはその規則が当てはまらなかった。それ以外の墨泥獣は相変わらず墨泥の中だけで活動しているが、徐々に広がる墨泥に人々は恐怖している。
今のところ止める手立てがないため、いつ自分の足元がどす黒い泥のような状態になるのか。そんな恐怖とともに自衛隊員たちは武器を手に取り、墨泥と人類が整地してきたタールでできたアスファルトの境界線に近づいてくる地を這う墨泥獣や領域を犯す空からの侵入者を撃退している。
しかしそれはもはや焼け石に水であり、意味のない行為である。止めるすべがないため、目の前にあるわかりやすい形で撃退できるものに対処しているだけで、根本的な解決にはならない。しかし、愚直に一匹でも多く倒すことがまだ人類が作り出した世界で生活している人々を守ることにつながると信じ、自分のできること信じ、全力を尽くしていた。
その光景は日本に限った光景ではない。深き者どもの王の戦列車が世界を4回駆け回ったあと、その通過した線路のような墨泥の轍からじわじわと墨泥が染み出し、広がっていった。結果世界は墨泥及び墨泥獣に対処することになった。日本で行われた調査は全世界に伝えられてはいたが、科学者たちは根本的な解決は見いだせずにいた。もうすでに墨泥に飲み込まれてしまった国もあり、すでにあきらめてしまった人々は自ら墨泥に身をなげうった。
ただし墨泥に身をなげうつことができるのは自分の人生を後ろ指さされることなく送ってきた人々だろう。なぜなら何かしらの罪を犯した者たちの末路は映像としてすでに全世界に知れ渡っている。または墨泥の岸に見える悲惨な姿を目にしただろう。「あいつ待ちで悪さをしていた・・・・」「たしかゆうめいなギャングの・・・・」「あの人自分の子供を殴ってた・・・・・」町のうわさになっていた悪さをしていた者たちが、自分たちが散々行った行為を自分自身の身で体に痛みとして表現されている。その姿を見て、後ろめたいことをしてきた者たちは自ら墨泥に身を投じることはしないだろう、飛び込む者がいるとしたらかなりの自暴自棄になっているのは間違いない。
日本のあのホテルを中心に4回も世界を回った。本来なら4回も墨泥の道が重なった場所である日本はすでに墨泥に飲み込まれているはずだ。しかしかの王の取り計らいで墨泥の急激な広がりは見せていない。それは救いなのか、それともじわじわと追いつめられる恐怖を味合わせるための断罪なのか。それと同じような状況にある国がもう一つある。きっかけを作った男の国だ。
深き者どもの王は世界を回り終わり、自分が這い出た場所に戻ってきた。後ろに引きづっていた客車はそれぞれレール上に置いてきた。今はかの有名な征服王が乗っていたとされる戦車のようないでたちではあるが、まがまがしさで言えばかのチャリオットは子供の乗り物に等しいだろう。
今はかの王は目、耳、鼻、両腕、下半身は墨泥の外殻の中に入り込んでいる、しかし人体で最も重要な器官が備わっている部分は露出している。人類は何度もその部分にくさびを打とうと作戦を決行してきた。大規模な作戦による足止めと狙撃、非人道的な有毒物による攻撃、人類が作り出した忌まわしき最終兵器の投下、人類は様々な方法で深き者どもの王の進撃を止めようとしていた。
しかし、墨泥の外殻は投下弾頭、地雷や機雷の爆破ではびくともせず、胸部狙った銃弾は人間の反射神経を超えた動きを見せる墨泥の鎌によりはじき落され、毒ガスの数々は列車の先頭の顔がすべてを吸い込み、後ろの客車の乗客たちに配給された。深き者どもの王が海を通過するタイミングで当たるように投下された核爆弾は、突如レールから現れた人の顔のような化け物に飲み込まれ、発射された場所へ吐き出された。
人類のあらゆる手立てを防ぎ切り、震源地となった場所に舞い戻った深き者どもの王は人の形状を残した口から人類に向けて発信した。
「私は最後の問いかけをしたい。用意ができたら声をかけてほしい。」
その発言の後、戦車の形を成していた墨泥の外殻は変化し、王といわれるのにふさわしい衣と王冠へとなった。今王の目と耳と口は開かれている。突如、人類にとっての対話という手段が取れる最後の機会を活かすため、人類は英知を絞ることになった。残った人々は最後の救いとなる恩赦を得るための懇願をかなえてもらうため、ありとあらゆる想定をし、対話へと臨んだ。
儒教学者や倫理学者による対話からの説得、無垢な子供たちの切実な訴え、最高権力者たちからの目がくらむような褒美による交渉、宗教家たちの教えによる救済といった方法を検討していった。しかしかの王は最後の問いかけといった。これは何度も機会を与えられるわけではないことを示唆している。だから最善の手を打たなければならない。
議論できる時間がどのくらいあるのかわからない、ただ一つの結論を付けなければならない。あの化け物の主たる怪物は用意が出来たらといった。こちらの準備が整うまで待つはずだ。世界の残った首脳陣は世界の叡智を終結させ、最善の一手を決めるべく議論をした。議論を介して決定した事項はそこら辺の群衆内で行われる議論結果と大して変わらないものであった。深き者共の王を生み出したきっかけ、そのきっかけを作りだした男を差し出すこと。
昔から絶対的な強者に対し弱者は供物をささげ、許しを乞い、強者の心変わりを祈った。古くは自然現象の原因が解明されてない頃、理不尽な自然を神格化させ人身御供をたてた。また存在が不確かな勝利の神に供物をささげることで狂信的な力を得られると信じていた時期もあった。疫病が流行れば神の許しを得るために邪悪なるものとして定義づけられた罪のない人が非人道的な末路を迎えた時期もあった。それらが何の根拠もない行為だと現代を生きる人々は知っているはずだ。
今回はおろかな精神破綻者が起こした悲劇に起因する惨劇だ。彼らは考えた、最後の問いかけとならないようにするにはまずはあの化け物の怒りや怨みを晴らさせることではないのか。復讐を果たすことができれば、あの化け物の心も変わるのではないのか。最悪でも最後の問いかけという話にはならないだろう。実に下らない議論の最終着地点だったが、追い詰められている者たちにとってはそれしかなかったのかもしれない。
かの父親も悲劇のヒロインのように訴え、自分の息子を差し出すことで事態を収拾させたいと舞台俳優が群集の心を掴まんとするパフォーマンスを見せていた。同席していた者たちはくだらないと思い、この事態を引き起こしたのはお前の愛する息子であり、おまえ自身だと怨みごとを抱いてもいた。一度は保護した息子を差し出すというのだ、変に機嫌を損ね駄々をこねられても困るので誰も苦言をいわない。そもそも一度手元に戻すことで自分の権力を維持せんがための切り札としていたとしても、あの男ならやりかねないと感じてもいた。
今日に至るまで様々な軍事行為にお金や人員を一番投入したのはかの国だったのは間違いない。その大統領は息子を守るためだったのか、それとも化け物を打ち取った立役者となるためだったのか、その両方だったのかもしれないが、がむしゃらに化け物を打ち取ろうと躍起になっていた。やるだけのことはやった結果、どれだけ軍を投入しても意味がないのは明らかで、他に手立てがない。
「父さんは僕を切り捨てるだろうね、身から出た錆というにはおこがましいだろうけど、知らなかったとはいえパンドラの箱を開いたのは僕だ。箱の最後に現れる希望を見出すためこの身をささげようと思う。僕は確かに一度過ちを犯した。とても大きな過ちです。それを父さんたちのせいにするつもりもありません。一瞬道をそれましたがただ僕は父さんたちと違い、ずうっと良い人間だったことは間違いないはずです。目をそむきたくなる拷問が待ち構えているのはわかっています、でもそれを受け入れることでこの世界を救えるなら、僕の人生にも価値があったのだと思いたい。僕の犯した罪を償える最後の機会に立ち向かわせてほしい、僕自身の責任を果たそうと思います。」
息子からの説明を受け、他の子よりも出来が悪かった息子だ。一度は助け出したが差し出してもかまわないと最終的に決断した。自分のしでかしたことを棚に上げ、ヒーローになろうとする姿勢は気に入らないが最後の最後で私の息子らしくなったとも思った。あの化け物の怒りも落ち着けば少しは交渉する余地が増えるだろう、そこからが私の見せ所だ。最愛の息子を差し出し、荒くれる化け物を静めた英雄として、この世界に居場所を築き上げよう。まだこの世界は私を中心に回っている。
俺はこの世界を巡り、怒り狂う思いを、妬み恨む思いを、愛で愛しむ思いを、殺したい思いを、それぞれ置いてきた。本来なら俺は有象無象の思いの中に飲み込まれ、蓄積され具現化した思いの大波が世界を飲み込み、すべてが溶けあい、また新たな何かに形成されるはずだった。しかし、4つの代弁者たちが俺を支えてくれたおかげで、秩序ある思いの広がりを見せ、人類を飲み込もうとしている。
自分が引き摺っていた檻には世界中の罪人たちが乗り込み、満員になると路の途中で置いていき、新たな檻が思いの泥沼から湧き出てきた。放置された檻を深き者共をこの世に呼び込むための泉に変換し、さらに人類を取り込んでいった。取り込まれた人々はある者は畜生に、またある者は鉱物に変化した。それ以外の生きとし生きる者は深き淵に取り込まれて、思いの濁流の中に溶け込んで行っている。更に人以外のものも有機物や無機物に変化し、たまに強い思いを持った動物が異様な変貌を遂げている。
人間のように複雑怪奇な精神を有していない彼らは特別強い思いを持っているわけではない。彼らは動物的欲望に従順なだけで、欲望が満たされ解消されれば、ふっーと吹きかけたろうそくの灯のように一瞬に消えるため、積み重なる思いはない。しかし、純粋な思いは時に狂人的な強さを持つ。何度も人に襲われたことによる殺意や主人に忠誠を誓って待ち続ける思いというのは人の想像を超える強い感情となる。深き者共の深淵にたどり着いた彼らは新たな姿を得るため周りの濁流を吸収し、地上に這い出してきた。
王として彼らと謁見した際に、あの濁った思いを吸収して、生れ出たものとは思えないほどに美しいと感じた。殺意に満ちた獣は獲物を狩るための鋭敏なフォルムに変貌し、守護する決意に満ちた獣はどんな外敵からも守り抜くための強固なフォルムとなった。次々と生まれる深き者たちをみて、順調にこの世界が変質していっていることを感じ、これから自分がなすべきことを逡巡する。
自身が坐する玉座を王としての始まりの地に築き、自分が投げかけた問いに対する残りの人類からの返答を待っている。本来はこれから消えゆく者たちの顔色をうかがうような行為の必要はない、王として力を行使してしまえば終わりと始まりを迎えるものだと理解はしている。4つの代弁者が引き連れていった深き者共の思い分軽くなったおかげで、考えに余裕が出ていた。
人々はどうするのだろうか。この現状を作り出した恐怖の対象に対して、どういった対応をするのだろうか。すでに人類による実力行使は受け流し切った。彼らが考えうる作戦は深淵に住まう者たちにとっても考えうる範囲であり、対策など容易に構築されていった。そう、俺に纏わりつく者共がすべて対処してくれたおかげで、自分自身としては何の苦労も感じなかった。正直に人類が誕生して数千年積み重なった思いの力はすごいものだなと改めて感じていた。
変わりゆく世界を眺めながら、自分の中で生まれた衝動を熟成させ、放出するその時をとにかく今は待つことだけだ。この人類は終わりに近づいている、深き者共の王となった俺が終わりに導こうとしている。神でも何でもないただの一介の人間だった俺が。愛する妻と子供を惨殺され、耐えがたい苦痛と抗うことのできない激情にかられ、自分の役割を放棄し、逆に利用し、人類を終わらそうとしている。何時でも誰にでも起こりうる災難がありえない結末を生み出している。ありえない変化を遂げ、王となった俺自身が受け入れがたいのかもしれない。だから人類に最後の問いかけをしたのかもしれない。とにかく待とう、彼らが吐き出す答えを人類の本質としてとらえよう。結末は変わらないが過程を変えるきっかけになるかもしれない。
「これはわが一族の咎か」
気品あふれる男性は窓から今回の世界の変革の中心地たる方向を眺めていた。彼の目線の先にはすがすがしい空の景色と対照的な、化け物の王となった男によって新しく築城された禍々しく蠱惑的な黒い城が存在感を誇示して聳え立っていた。最終局面を迎える晴れの舞台として用意されたところに人類の英知を終結させて導き出された答えが向かっている。残った人類がどういった対応をするのかは知らされていない、所詮はお飾りの自分には何の権限もないため、知ることなどできない。ただただお務めである祈ることしかできないことに歯がゆさを感じていた。
「祖先が手放したことで、今回の事態を招いたのなら、人類を終わらせたのは我々一族なのだろうな」
ただそれを人が知ることはないだろうとも思い、目を伏せ、窓から離れ、質素な見た目ながらも上質な材料で作られた椅子に座った。彼は高貴なる一族の長として自分の父から引き継いだ際に、なぜ自分たちが奉られた存在であるのか知った時、信じられないものだった。
本来は彼の祖先が代々深き者共の蓋としての責務を果たしていたことにより、人々から崇め奉られる存在となっていたという荒唐無稽な話を聞いたときは、父もおかしくなったため俺に長の座を譲ったのだなと解釈した。しかし、父から引き継いだ際に渡された鍵で入れた部屋に祖先たちの手記を読むうちに真実なのではと感じるようになった。
祖先がなぜその役を担うことになったのか詳細はわからなかったが、手放した理由は計り知れた。彼らの長が重責を担い、それ以外の一族が支えるように営んでいた。蓋となった長を支えるほうが忙しく、政治の世界に深く関わることができなかった。それでもかの一族以外の事情を知る高貴な者たちが彼らの助けとなっていた。しかし時勢が変わり、武力でのし上がってきた者たちが政を司ることになると、すべての貴族は表の舞台から降ろされることになり、自分たちを守ることで精一杯となった。そうなると蓋の重責を担う彼らを知る者が少なくなり、慮られることもなくなった。長い年月が過ぎ、生活が苦しくなる時もあったが、自分たちが生きとし生きるものを守りつないでいるという使命感が支えとなり、彼らは淡々と自らの責務を全うしていた。
時は流れ、ふとしたきっかけで国を動かす時代の波に貴族全体が持ち上げられた際に一族の責務が邪魔になった。蓋という長が存在することでうまく立ち回ることができないのだ。ほかの貴族とのつながりも細くなり、自分たちで地位を築かなければならなくなった。
どうしたものか悩んでいた折、時期蓋候補であった双子の子どもの一方が一族に対し提案してきたのだ。聡明な双子でお互いを認め、思いやり、どちらが蓋候補になったとしても気がふれることはないだろうと皆、期待していた。
「私が蓋の任を頂戴し、野に下りましょう。そして弟を長に据え置きください。そうすれば現在の地位を維持したまま、蓋の役割を一族から切り離すことができます。さすれば責務を果たしつつこれからの政に参画できます。」
一族にとっては願ってもない提案であり、また今までにない日の目を浴びることができる機会を得られると期待した。ただ双子の弟は猛反対をした。同じように生まれ、優れた才能を有していた兄を切り捨てるような所業は許しがたいことだった。兄は優しく、今までも自分を引き立ててくれていた。もしその役を担うなら兄よりも劣る自分が適任だろうと訴えた。
弟の反抗をうれしく思いつつ、弟が気づいていない弟自身の有能性や将来性を教え聞かせ、兄は弟を諭した。弟にしてみればそれこそ兄自身が気づいてないと反論したが、最終的には兄に絶対に見捨てないと誓い、兄の提案を飲んだのだ。
それからはかの一族は繁栄を極めた。表舞台に出た弟は兄の考えていた通り有能で、天性の親交力と鋭い直観力で地位を駆け上った。兄は時折来る使者から話を聞くたびに喜びながら、深き者どもからの声に抗い続けた。こちらは一族が期待したほどではないが、正気をある程度維持していた。、今までの長の中ではかなり落ちついており、波はあるものの何とか抑え込んでいた。優秀であった兄でも、その程度でしか抑え込むことはできなかった。
弟は時間を見つけては兄の寝床を訪ねたが、時たま垣間見える過去の崇高な兄の姿から想像できない狂人の姿に、涙を流し、できる限り兄の心が落ち着くよう務めた。対策の一つに肉欲を満たすため女子をあてがった。彼女は昔から兄を知っており、慕っていた。彼女は今の兄の処遇を訝し、弟に詰め寄った。弟は彼女も優れた人格者であることを知っていたため、すべてを包み隠さず話した。
弟は彼女からの軽蔑のまなざしと罵倒を受け入れるつもりだったが、彼女は兄の考えも理解し、弟を慰めた。弟は兄を犠牲にした咎にさいなまれていたが、彼女の一言に救われた。そのうえで彼女に兄を支えてくれと縋った。彼女は弟からの提案がなくとも、兄のもとに行くつもりだったようで、すぐに行動に移した。
当初兄は拒絶した、しかしいくらひどい仕打ちを受けても彼女はにげながった。それは彼女のことを慮ってのことだと気づいており、まだ人間性を失っていない証拠だった。彼女は兄と対話を続けた、その結果、兄の正気はさらに戻り始め、人としての最低限の暮らしを送れるまでになった。つつがなく、穏やかな日常が過ぎっていった。ただそれもつかの間のことだった。
二人の間に子供ができた。喜ばしい出来事だったが、兄はこのつらい思いを自分の子供に引き継がせることに苦悩をし始めた。当初は約束で彼らから次期候補をあてがってもらう予定だったので、弟やほかの一族に相談をしようと思っていた。しかし自分の子供ができたのだ、そのまま引き継がせてほしいというのが本音だろうと理解していた。どうすれば良いのか、答えが出なかった。そんな折深き者どもからのささやきが聞こえてきた。
「オレタチヲノニハナッテシマエ、テバナセ」
次の日兄はすべてのものに黙って消えた。弟や一族は必至で探した。見つけたとき、兄は今まで一族で担っていたものを開放してしまっていた。兄は自分のしでかしたことを悔やんだが、自分の子供やほかの人に引き継がせることがどうしても受け入れがたがったのだ。人としての正気があったが故の行動だった。
これは良くない、一族総出で蓋の担い手を探した。兄もすぐに協力したが、引き継がせたものが別のものに移管してしまっていた。その直後世界を巻き込んだ戦が始まってしまい蓋の担い手がうやむやになってしまった。
何度も手記を読み終わった後にまるで自分自身が体験したことのように感じられた。時には弟の立場、時には周りの一族のもの、だが一番多く感じたのは我が子可愛さに蓋の役目を辞め、残りの人生を罪悪感にさいなまれながら生きた兄の心情が乗り移ってくることが多かった。
現状の地位は生まれながら引き継いでいたものだが、それに理由があり、その理由を放棄した後も地位を維持し続けた一族、自分の生い立ちがなんと愚かなものか知ったが、お飾りのような状態の自分が何をするにしてもすべがなく、成り行きを見つめるしかない。世界の子らよ、許しておくれ。彼は今回の出来事の起源を知りながら、表に出さず、成り行きを受け入れようとする自らを恥じつつ、すべてが丸く収まることを祈り、再び外を見つめた。
今、現在の蓋の担い手であり、深き者どもの王となったもののところへ対話を望む者たちが向かっている。前線で戦っているものは見ることはできないが、多くの人類はうつされた画像に移る使者に願いを託す。これから行われる対話が人類最後の生存する手段であることを知っている人類は使者たちにすべてを託した。
使者たちは白を基調とした服装でそろえ、まるで聖人のようないでたちである。彼らは途中まで車で進むと墨泥で作られた城の近くで止まった。すると車をよけるように墨泥が隙間を開け、城までの道が出来上がった。できた道を車で進む、進むと道が閉じていく。後戻りができないことは乗車している使者たちは納得している。彼ら目的達成のため覚悟をしている。
白い使者が黒い王に謁見する。