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深き者共の王  作者: マルリオ
3/7

迎合

俺は胸を貫かれたようだった。しかし、痛みは一切感じられなかった。視覚化された深き思いたちは体内をめぐる血潮のように躍動し俺を貫き、自分たちの世界たる深淵へと導いていた。しかし視覚化されたからと言って、実体化されたわけではなく、彼らの心痛たる思いを具象化した俺へのいざない方が胸を貫き、引き釣り方法だったのだろう。


俺はある浮浪者との接触により深き者どもの蓋としての役割を引き継がされた。それは歴代の蓋たちも同様だったようで、蓋と任命され、自分自身が深淵にある思いに近くなると次の担い手がいる箇所が明るく照らされていくらしい。引き継ぐと彼らの知りうる情報を次に伝え、自らもその深淵へと同化していく。


「ヒトリハヤダ、ミンナドコニイッタノ、イッショニシンデ」

「トワニアイヲチカウヨ、ダカラショユウシャハボクダ、ナンダッテシテイインダ」

「ツナガリタイ、モットモットオカシタイ、オンナハソノタメニイルンダ」

「ニホンをマモリタイ、クニニイルミンナヲ、ダカラキチクベイヲシズメナイト」

「ママ、クルシイヨ、ドコニイルノ、ママ、タスケテ、ママ、ママ、ママ、ママ」

「ザマアミロ、スベテウバッテヤル、ゼンブオレノモノダ」

 るいるいと様々な思いが入り込んでくる。これまでも受け入れ、受け流し、蓋としてとどめてきたものだ。


「オレノカゾクニナニヲシタ、コロシテヤル、コロシテヤル、コロシテヤル」

「ウルサイウルサイウルサイ、ミンナキエテ」

「トヤカクイワレルスジアイハナイ、コノコワタシノスベテ、ダレニモジャマサセナイ」

「ノゾンデナッタワケデハナイ、ナゼワタシハエラバレテシマッタノ」

「ゲンキニアルキタイソレダケダッタノニ、ヒドイ、ヒドイ、ヒドイヨ」

「イタミヲ、クツウニユガムカオガミタイ、ドウブツダケジャマンゾクデキナイ」

「ゴミムシノヨウニアツカイヤガッテ、オレガドレダケハタライテルトオモッテル」

「ウソヨ、コワイ、イタイ、ヤメテ、オワッテ、モウオワッテ」

今まで積み重なってできた汚泥のごとく澱みきった思いが続けざまに取り囲んでくる。蓋として選ばれてから、渦潮のごとく流れ込んでくる思いを、時には一緒に流れ、時には底に留まり耐え忍んだ。言語的な隔たりはなく、意識に直接流れ込んでいく思いは世界各地の悲惨な出来事を鮮明に追体験させてくれた。


蓋に選ばれると十中八九発狂した人間となり、まっとうな人生は歩めない。もししっかりと意識を保ったとしても、この世界の憤怒、悲愴、殺意、愛欲といった思いと共存しながら、人間社会に溶け込むことはできず、世捨て人のような生活を好むものが多かったようだ。彼らは真摯に思いと向き合った、その姿勢に称賛を与えたいがそれ以上に壊れてしまった歴代の前任者たちの無念さを感じた。俺も同じように飲み込まれてしまうはずだった。


「貴殿らの憤怒は我が受け入れ、ともに怒り狂おうぞ」

暴風雨のような荒れ狂う塊が俺に流れ込んでくるものを引き込んでいた。居場所を見失った怒りが木を根こそぎ引き抜かんと猛り、風圧を増していく。

 

「苦しいね、悲しいね、寂しいね、辛いね、すべてすべて妬ましいね」

深々と積もる雪のように悲しい思いを蓄積させていく姿が見える。その悲痛さはすべての熱を拒絶し、芯を凍えさせていくように白を与えていく。


「刺したい、締めたい、殴りたい、ぐちゃぐちゃにしてやりたいよな~。」

純粋な衝動にかられた鋭利な思いはその感情に同調するように連なり、落雷の枝のようにより鋭さを増して伸びていく。


 「さぁ、どろどろに溶かした素晴らしい愛情をたっぷり注いであげましょう。」

 マグマのように熱せられた思いは注がれるものをあふれておぼれさせてしまうほどの勢いで流れ、逃げ出さないように固まっていく。


 俺が蓋としての役割を担いながら、人らしい生活を営めたのは彼らのおかげだった。彼らも深淵に住まう沈殿した思いであり、俺に押し寄せる思いの本流の中に埋もれていただけだった。それは偶然だったのだろう、憤怒たる思いの中で彼の存在に気付いた。


 「貴殿はこんな理不尽に怒りを感じないのか?」


 責務を負ってから、俺を引き釣りこもうと押し寄せる思いの波の中から唐突に疑問を投げかけられた。その時は正直驚いた歴代の前任者の思いの中を探っても、そんな記憶はなかったので、どう対応すべきか悩んだが、対話を試みることにした。正直蓋として、気が狂い始めていたので、だれか会話してくれるものが有難かった。


 話の中で彼が日本で育ったものではないことはわかった、多分ヨーロッパの国のどこかなのだろう。彼は国や家族を守るために力を求め、力を使い外敵からすべてを守っていた。そんな彼を英雄として周りは崇拝し、より強大な力を求める彼を支えていた。彼の力はどんどん増していき、近隣の大国も戦いをしり込みするようになっていくが、もっとより確固たる力を彼は追い求めた。すべては彼が育った国を、愛しい家族を守るために。


守られていた国は徐々に彼に恐怖を抱くようになった、彼の忠誠心を信じてはいたが、より強くなるためより強いものを求める彼を止められない。彼を亡き者にして、心の安静を図りたい国に朗報が入った。彼の訃報が届いたからだ。誰が、誰があの強者を殺したのか。それは彼の妻だった。

 

 妻は夫そして彼との間にできた息子を愛していた、信用していた。夫が家族のため、国のため力を追い求め、より強いものを望むようになり、実際強くなっていくことに誇りを感じていた。しかし、より強いものを求める夫が実の息子を強くし、自分の相手をさせようとしているのではと疑い始めた。それは愛する息子が実の父親の指導から感じていることだと思ったからだ。


息子は日に日にかかる父の期待や周囲からの目線に悩まされていた。偉大な父親がいなくなればと思っていた。だから信頼する母親に一言「父との練習で殺されかけた」と半分冗談で言ったのだ。息子は母親が少し父親に苦言を呈してくれると期待していたのだ。


話を聞いたときは愛する夫がそんなことをするはずがないと思っていた。しかし当人たちにとっては普通の鍛錬であったものが、母親から見たら夫と息子の修練は常軌を逸しているように見て取れた。愛する夫は強さに魅入られ、実の息子に手をかけようとしている。些細な疑惑は徐々に広がり、妻を毒し、最終的には夫を殺害するまでに至った。すべては愛する夫からの宝である息子をまた正常だった夫を守るために。


しかし彼は狂ってなどいなかった、強さを追い求めはしていたが彼の根底は変わらず、すべては自分が守りたいものを必ず守れるようにするため。息子も自分の子供だから強くなるのは明白で、実際にその成長には目を見張るものがあり、大きく期待をし、自慢であった。家族とはよく会話もしていた。彼らも分っていたはずだった。だが、ふとしたきっかけで歯車がずれてしまった。


家族を不信にさせてしまったことに悲しんだが、それ以上に不信を抱かせてしまうほど自分の強さが足りなかったと怒りを覚えた。さらに彼がいなくなったことであっさりと国は滅び、愛する家族は無残に殺されたことを深淵にとどまっていた思いが知るとより強い怒りとなって、深い奥底で暴れまわっていた。その怒りが留まるところ知らず、蓋となる人物にぶつけられた時、その耐え忍ぶ者を見て、ふと我に返り、質問をしていた。「貴殿はこんな理不尽に怒りを感じないのか?」


それから対話を重ね、彼が蓋となった者の代わりに憤怒に連なる思いを引き受けるようになったのは騎士道精神からなるものなのかはわからない。それをきっかけに悲愴、殺意、愛欲といった思いをまとめる者たちが現れてくれた。


彼らの話を聞き、同調するわけではないが、理解はできた。殺意に関しては、殺人欲求など到底受け入れがたいものではなかった。ただ子どもの純真な思いだったため、それを向けて良い相手がいるということに意識をもっていかせられたのが良かった。人が人を殺して良いとは言わない、ただそんなきれい事だけではない。蓋となってから人はそんなに美しいものではないと認識していたし、死んでしまったほうが良いと思える人もいた。その対象者が殺人衝動に駆られる異常者ではあったが、それらを制するために同じ衝動の人を当てればいいと考えるように至った。


思いの深層の渦が迫ってきても、俺が自分自身を確立できたのは、彼らが現在4種の思いをそれぞれ核となる者が引き受けてくれたおかげだった。彼らの助けが蓋となった自分に普通の人が享受できる幸せを与えてくれた、彼らの存在に感謝をした。そして、いつ何時誰にでも降りかかる悲劇と直面させる原因となったことに、奴らさえいなければ暖かさなど知ることもなかったと呪った。


4つの核は気に入っていた蓋が自らの責務を放棄し、深淵の思いと一つになったことが自分たちのせいであると知っていた。そして自分たちへの敵視を抱いていることも。今回の出来事の結果は、深き者どもの王となることを選択することにつながることも理解していた。だから彼らは王となる蓋を必ず王として担ぐべく、それぞれのまとめられる思いを統括していくことに全力を注ぎ、王となる者の現状の負担を減らしていた。落ち着いたら、王と一つになり、受肉への願望を抱きながら。


蓋は4つにも引き寄せられない強烈な思いを受け止めていた。その中で王となる蓋と同調しやすい感情を持った思いのたけが入ってくるのが見えた。後悔と拒絶である。嘆き、悲しみ、今ある現実を受け止められずにいた蓋はそれに飲み込まれていただろう、しかし今はそれに対する怒りもある。泥沼にはまり抜け出せずにいる思いたちをいとおしく思い、彼らから縋りつかれていることに恍惚を感じ、そんな自分に嫌悪しながらも、その厚かましさに驚嘆している。王になろうとする過程に警戒しつつも期待をし、王となったあとのまだ見ぬ先に恐怖しつつ、呪っていた4つの核がいまだ支えてくれいることに信頼を覚えていた。


すべての感情が混ざり合い、溶け出し、熱を帯び、自分の中の何かを埋め尽くし、中身を変えていくのがわかった。変革の時が近づいてきている。周りでまとめていた4つの核たちも徐々に渦の中心に引き寄せられて行っている。もうすこし、刺激を加えれば混ざり、まとまり、はじける。その時こそ深き者どもの王が地上へと這い出ることができるのだ。あとすこしだ。




 「連絡はまだか!被害状況は!」

 「わかりません、とにかく範囲にいた人は呑み込まれた模様です。」

 「人が消えることなんない、飲み込まれたということはどこかに人がいるってことだ、さがせ!!」

 「できませんよ、探せるものならとっくに探していますよ。」

 「くそ、何がどうなっているんだ。どうにかして抑え込めないのか?」

 「停止していたんじゃないのか?」

 ホテルから離れた規制区域警備本部では突如として活動し始めた墨泥に慌てふためき、怒号が飛び交っていた。


 例のホテルで勃発した墨泥没化現象は発現してから数時間のうちは徐々に広がる黒泥に恐怖を覚えてはいたが、事件発生から11時間弱経った以降は停止していた様子だった。それからも徐々に高さが増していったように見えたが2日目には完全に停止していると判断し、自衛隊は有識者や学者などと同行し、今回の減少が何か調査を開始した。その結果・・・


・今回の現象(事件)を「墨泥没化」と名称付け、黒いシミのようなものを「墨泥」とした。

・墨泥自体は熱や生命反応もないことから生物ではない。また墨泥は範囲外に持ち出すと消失する。

・特段の意思はなく、黒泥に触れた動植物を取り込むことを反射的に行っている。

・取り込まれた動植物がどこに行ったかは不明、ただ植物が沈みこむよう消えていったことから、地下に引き釣り混まれていることが予想される。

・墨泥は地下へも染み出しており、現状地下を中心地に向かって掘り進めると地上の同じ付近で墨泥が現れることを発見。

・墨泥から時たま奇妙な生物が排出されるがどういった条件のもと輩出されるかは不明

・排出された生物(墨泥獣または墨泥樹)は墨泥がしみだしている範囲内から出てこない。

・墨泥獣は人間に対して敵対的な意思があるように思われる。

(直接の接触はできないが、人が近づくと襲い掛かってくるような反応を見せる。)

・墨泥獣は銃火器等において、鎮圧可能ではあるが、墨泥樹に取り込まれ再生される様子。


他にも様々な仮説が出てきたが、確証となる証拠は特にない。ただ会見場から流しだされた映像や現時点までに起きた出来事を考えるとまず間違いないのは9点程度だった。とにかく調査したくても触れたら最後取り込まれてしまう。また触れずに墨泥を回収したとしても、ホテルの中心からしみだした範囲から離れると自然と消滅してしまうため、思うように調査は進んでいなかった。


何が原因で広がり、その対処方法が見えないままだったため不安視していたものだったが、緊急配備してから1週間何も変化が見られない様子に危機感も若干薄れていた。世間では今回の事件の中心人物である被害者男性についてくだらない憶測が飛び交い、ネット上では信ぴょう性の低いゴシックからどこから入手したのか見当もつかない情報が掲載されていた。


2週間が経とうとしていた時には行方不明者の全体的な数も分り、彼らを何とか救出できないか検討がされていった。特に厄介だったのが、外国籍の旅行者も滞在する宿泊施設だったため、外交問題に発展していったことだが、そんなものは行政や政治家どもが対応すればよいと警備体制を引く現場では感じていた。結局は上の者共は諸外国からの圧力に負け、行方不明者の本国から調査団を受け入れることに踏み切った。


当初は現場に混乱をきたすことを危惧していた自衛隊の団長だったが、意外にも調査団たちが協力的であり、理解度もあったことで、今回の上の者の判断には高評価を出していた。彼らがここまで積極的に協力しているのは当該ホテルでたまたま学識者の会合が催されており、行方不明者の一部に各国の調査団の関係者等がいたらしい。彼らは自分たちの友人や親類を助けたい一心のようだ。それでも日本の調査団がまとめたレポートと大して変わらない結果に対し、彼ら自身が憤りを抱えていた。


それでも調査団の受け入れは良かった、様々な視点から物事を捉えることは不可解な現象を解明するには必要なことだった。ただそれ以外の政府判断について、団長は落第点を付けてはいた。その一つが今回の現象を引き起こしたであろう被害者の事件に関わった容疑者である某国大使の息子を帰国させたことだ。


今回の件を引き起こした奴をあっさり逃亡させるのは許しがたかった。また今回被害者の男性がこの現象を操っているなら、何かしらの交渉に使えたかもしれないカードだった。容疑者帰国のニュースにより世間も現政府に対して非難轟々であったが、それも数日過ぎると別のくだらない現職の若手政治家のスキャンダルによってかき消されてしまった。くだらないトカゲのしっぽ切りに、政府はこの問題を解決する気がなく、国民の興味関心がなくなることを念頭に置いていることが明らかとなった。


奴らはそういった生き物だ、肩を落とす一方で、このまま自然消滅してくれないかと同様に思ったのが団長の率直な意見だった。犠牲になった方には申し訳ない。ただこんな不可解な現象がずっとあり続けることが異常であり、対処方法も分らない現状ではこのまま収束していってほしかった。


3週間が経つと世間も感覚がだいぶ鈍くなり、永田町や霞が関に巣くう生き物たちの思惑通りとなっていた。その頃になると不謹慎な者たちも現れ、まるで観光名所にでもなったかのように対象の黒くうねる柱と化したホテルと自分をカメラに収め、自分の素顔をさらけ出し、新しい表現ができるとかいう世界へアピールし始めた。彼らは物珍しさやくだらない勇猛さを見せびらかしたいがために危険を冒してくるため、彼らに対処することが現場の職務となっていた。


見えない対処方法に調査団も現場を統括している者たちも苛立ちを募らせいた中、政府からの「危険が無いなら規制区域を無くす又は縮小する」といった連絡に指揮を執っていた団長が激昂した。団長が、直談判をしに霞が関に設置された対策本部に苦言という名の文句を吐き出して帰ってきた矢先だった。その現場からのアドバイスが見事に裏切られた。


27日目早朝に急に広がっていた墨泥はお風呂の栓が抜かれたお湯のように中心地に吸い込まれていった。ホテルを覆っていた黒泥も瞬く間に縮んでいった。これで永田町の馬鹿どもが余計ふんぞり返るだろうと思いつつも、事態の収束に向かっているのではないかと心なしか安堵した。霞が関から耳が腐りそうな嫌味ととともに現状の調査をするように指令され、多国籍学識有権者と自衛隊の調査団はホテルのある場所へ向かった。


27日と14時間ぶりに外壁を見せたホテルはそれまでの時間経過が無かったように一切変わりなく、またそれまで墨泥の範囲内に見せていた墨泥獣や墨泥樹も姿を消していた。調査団はルートをいくつかに分けそれぞれ広範囲にわたって生存者がいないかなどの状況を確認していった。


ホテルがその姿を現したことに何かしらの進展があったと感じた報道関係者が侵入禁止指定区域を統括している本部等に詰め寄ってきていた。団長は彼らを追い返すため、現場の本部で下の者たちに指示を出していた。今まで無関心だったのに、落ちた氷飴に群がる蟻のごとく質問攻めをしてくる彼らを「こちらでは何も情報を出しません。詳しい詳細は大臣を通じて、霞が関に置かれている対策本部にて報道されます」と飴の位置をひょいっと移してやった。それでも飴の甘い汁がまだあるのでは残る蟻がいる者の、対策本部の記者会見場は入場規制の順番性のため、そちらに多くの蟻が向かった。団長はこれで少しはゆっくり調査ができると思いながらも、難航するであろう調査に頭を悩ましていた。


調査開始から3時間たって分かったことは墨泥の範囲にいた生きとし生きる者はすべて消失していた事、地中を掘っても何の痕跡もなかったこと。建造物はそのままだが、それ以外の者はほぼ取り込まれた様子だった。またホテルの内部調査へ行ったグループはゆっくりではあるが記者会見の現場に到着する目前だった。今回の震源地のため慎重に進んでもらいたいと思いつつ、霞が関の本部からは早く状況をよこせと怒鳴ってきている。どうやら飴を投げ込んだことを怒っているようだ。


団長にしてみれば現場でいえることなど何もないし、報道陣も現場責任者から状況・意見を聞き出すより、霞が関や永田町の化け物に金を掴ませて話を聞いた方がよっぽど早いと判断したのだろうし、それは正しい判断だった。


なぜ墨泥は消えていったのか原因は不明だが、一応の決着がついたのか。うるさい上の者たちを黙らせるためにもある程度結論を見出さねば、ただ判断には時期尚早ではある。そんな時ホテル内部調査のグループが記者会見場に入室した報告が入った。それまでの映像では墨泥獣たちが争いをしていたので、慎重を期して臨むよう指示していたが、どうやらそれはいらぬ心配だったようだ。


「現場はどうだ」

「団長、現状何も見受けられません。報道機材等はありますが、他の場所同様何の痕跡もありません。」

「先生たちの意見は?」

「彼らも必死で調べていますが、何も発見できてないようです。」

「う~ん、おまえ自身は現場の印象をどう受ける」

「なんとも、ただ、なんか、嫌な感じがします」

「何も発見できるものはないか、上になんと報告するか」独り言をボヤく

「うっわっう」

「どうした!?」

「大丈夫ですか?聞こえてますか?落ち着いてください、我々は救助隊です・・・」


どうやら生存者がいたようだ。これで何かしらの情報が入手できる良かった。ホテル調査を開始して1時間か、まぁ、何も結果がないよりはましだ。これでとっかかりができれば調査も進むだろう。団長は先の考えに意識を飛ばしすぎ、異常な現象が起きた場所に人がいるという異常に気が付かなかった。いやあまりにも長い時間何事もなかったことで、危機意識が薄れていたのかもしれない。


「全員!!!緊急避難!!退避!!先生たちもにげろ!!」

「どうした!!」

急に怒号がイヤホン越しに聞こえた、意識を外したのはほんの数分数秒だと思ったが、何が急変したのか。

「だれか、応答しろ!」

「はぁ、はぁ、急に人が溶けて、墨泥があふれでてきま・・・」

「だいじょうぶか!!!」

その瞬間ホテルを中心に45度の間隔で4本の墨泥の帯が地球を駆け巡り、ぐるりと地球を一周した。帯状に走った墨泥はその走行上にある生きとし生けるものを包み込み、飲み込んでいった。墨泥はそのまま地上に残り、新たに飲み込んだものを迎合し、自分たちと統合していく。それを中心に送り込む。その姿はまるで躍動する血管のようだった。


ホテルの記者会見場に一人の男がたたずんでいた。先ほどまでせわしなく調べ物をしていた者たちや彼を見つけて銃口を向けながら、やさしい口調で話しかけてきた迷彩服を着た者たちはすでに深き者共がその深淵にいざなっていた。


男の足元を中心に全方向に8本の道が広がっている。彼の眼にはそれぞれの道に深き者共が手を伸ばしてきているのが見える。彼らは王からの恩赦が欲しいのだ、彼らが望んでいるのは地上での肉体を得て、この世を跋扈し、深き者共たる同胞を増やすことで、今の背負っているものを分けるためだ。


深き者共の王は考える、この姿では滑走できない。彼を支えた4つの核が作りし道を駆け巡る必要がある。その時王の姿が変形していった、墨泥が彼を包み、彼に必要な車輪を、動力となる節足を、制御するための手を、深き者共を飲み込む大口を、邪魔なものを排除するための武具を与えた。背中には道すがら拾うであろう咎人を乗せられるよう、荷台のようなものを牽いている。


彼の王の道を阻ませないよう畏怖させる姿に変わった。これで良い、これで世界を駆け巡ることができる。すべてを刈り取ろう、手に持った鎌を眺め、決心した王は後方にある節足をせわしなく動かし、前方にある車輪が回転しようと試みる。かの王の姿は魂を刈り取り駆け巡り、業深き者共に嘆きを与えられるよう責め具を大量に客車を牽き連れた列車のようだった。


すでに何人か後ろの客車に乗車しているようで、備え付けられた深き者共が考案した拷問具の数々を目にして、不可解な嘆き声をあげている。「なんでこんなところに乗せられているんだ!」、彼らがいつ乗車権を獲得してしまったのか、彼ら自身は理解していないかもしれない。先ほど争っていた墨泥獣たち恐怖の叫び声をあげている。しかし客室のことは王にはわからない。彼らの声など聞きたくもない、そんなものを王は見たくはない。だから王の目鼻耳はふさがれ、指示を出す口だけが見受けられる。その口から深き者共に指示が出された、深き者共に乗務員としての心構えと丁重に乗客を深淵へと案内するよう。


任命された乗務員たる深き者共は歓喜と驚嘆の声を上げる「王が許されたぞ!!!」その瞬間墨泥からお玉で救い上げられた粘度のある液体のごとく複数体の深き者共が浮かび上がってきた。非業の死を遂げた彼らは死たる淵に本来は消えかけていく思いを増長させ深きところまで落ちてきた者たちだった。彼らは罪深き者共に尋常ならざる怨みがある、それをまさか晴らすことができるとは、王が生まれてよかったと感じていた。しかし王は彼らの怨みが本当に晴らせるのか懐疑的だった。


乗客たちは乗務員に案内され、備え付けられた設備を堪能し始めたようだ。その思いが体にまとった墨泥に力を与え、節足を活発に稼働させる。大きな車輪が節足の動力から伝わる力を利用し、ゆっくりと回転し始めた。これから王は世界を駆け巡る、4つの核が敷いてくれたレール上を滑走するのだ。旅すがら様々な思いや業を背負う者たちを刈り取っていくだろう。そして特別なお客は王の牽く客車に乗車していくことになる。その光景は人類にとってそれはこの世に体現された地獄絵図であった。


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