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第93話 ちびったのではなく、全部漏らしまちた

前回までのあらすじ


ここでまさかのお漏らし事件勃発。

これは一生消えないリタの黒歴史か!?

 一世一代の婚約の儀の席で、リタはお漏らしをしてしまった。


 それは「ちびる」などという可愛いものではなく、気付けば全部漏らしていたのだ。

 彼女の異変に気付いた母親とメイドが慌てて椅子から下ろそうとしたが結局間に合わずに、全員の視線が集中する中でリタは足元に水たまりを作ってしまったのだった。


「ふぇぇぇぇー!! かか様ぁ、ごめんなしゃい、おもらちしちゃった―― うぇぇぇぇん!!」 


 天を仰ぎ、己の作った水たまりの中心で泣き叫ぶ幼女。

 これが十代半ばの年頃の娘であれば周りの反応も居た堪れなかったのだろうが、所詮リタは五歳児なのだ。

 そんな幼女が緊張してお漏らしをしたところで、誰も責めたりおかしく思う者などはいなかった。


 だからムルシア家の者たちは皆苦笑を浮かべながらも、何処か微笑ましいものを見るような目で見ていたし、そんな姿を晒したリタにむしろ親近感を持つようになっていたのだ。



 事前の情報では、「ムルシアの女狐」を正面から論破した才女だと聞いていた。

 そして淀みなく口上を告げる凛と澄ました佇まいと、滅多に見られないほどの美貌を兼ね備える幼女を、何処か過大に評価していたことに気付いたのだった。


 お漏らしをして泣き叫ぶ。

 そんな年相応の姿を見ていると、所詮は普通の五歳児でしかないことを改めて思い出していた。


 それでも当事者であるレンテリア家の者たちにしてみれば相当慌てたらしく、リタがすでに全部漏らしているにもかかわらず、急いで手洗い場に連れて行こうとしていた。

 突然バタバタと動き始めた相手の様子に初めは呆気にとられていたシャルロッテだったが、次の瞬間素早く立ち上がると周りのメイドたちに指示を飛ばす。


「リタ嬢とお付きの者を浴室へご案内を。それからエミリエンヌの下着と靴とドレスの中からフォーマルなものを三着持っていき、選んでいただくように」



 テキパキとした若女主人の指示のもと、ムルシア家のメイドたちが一斉に動き始める。

 そしてレンテリア家のメイドたちと連携して素早くリタを部屋から連れ出していった。


 その後リタが戻って来てから式事の続きが行われた。

 しかし途中で二度も中断した挙句、主役であるリタのテンションが駄々下がりになっていたため、残りの式事を早足で終わらせるとそのままお開きにしたのだった。





 婚約の儀も無事(?)に終了し、その後は両家での食事会となった。

 普段であれば食事の時間になると俄然目を輝かせるリタだったが、この日ばかりは食欲がないらしく、その愛らしい白い顔を俯かせたまま料理をジッと見つめていた。


 そんな気の毒な婚約者の姿を、正面の席からジッと見つめる者がいた。

 もちろんそれは、リタの将来の夫となることが決まったばかりのフレデリクだ。

 彼は元気のない婚約者の様子を気にかけながら、何処か気の毒そうな顔をしていた。 


 それでもこの席で個人的な声かけなどできるわけもなく、両家の当主同士による当たり障りのない会話に終始する。

 もっともセレスティノとは個人的にも親しいバルタサールはもっと突っ込んだ話もしたいようだったが、他の者が同席しているこの場ではそれも叶わない。


 その代わり食事が終わった後のティータイムでは、経済の話や国の状況などの所謂(いわゆる)「大人の話」をするために、二人はワイングラスを片手にテラスに出て行ってしまう。


 そしてイサベルとエメラルダはシャルロッテにつかまってしまい、気付けばリタは一人ぽつんと佇んでいたのだった。

 



 そんな所在なげなリタに、おずおずとフレデリクが声をかけてきた。

 その顔には何処か難しい表情が浮かんでおり、粗相を仕出かした婚約者に自分がどんな言葉をかけるべきかを迷っているように見えた。


「あの……さっきのことだけれど……あまり気にすることないよ。とにかく僕は気にしていないからさ……」


「あぁ、フレデリク様…… あのような粗相を仕出かしまちて、大変申し訳ありませんでちた。これは(わたくち)たちにとっては思い出に残る大切(たいせちゅ)な儀式でちたのに……」


「い、いいや、それを言ったら、僕だって泣いちゃったし……」


「で、でもあれは、(わたくち)が睨んだせいで……ごめんなしゃい」


 まるで探るように話しかけてくるフレデリクに向かって、ペコリとリタが頭を下げる。

 その姿には、彼が恐れを抱いた殺気は最早(もはや)微塵も感じられなかった。


 それどころか年の割に落ち着いた感じがするリタは、フレデリクにとって話しやすい相手だったようだ。

 それに気付いた彼が少しずつ口数を増やしていくと、気付けば二人の会話は予想外に弾んでいたのだった。





「そうでしゅ。火炎弾(ファイヤーボール)を発動する時はもっと両手の角度を浅くしゅるのです。そうしなければ自分が火傷をしてしまうのでしゅよ」


「なるほど…… それは言われるまで気付かなかったな。さすがは本物の魔術師だ」


「そんな……(わたくち)はまだ見習いでしゅから」


 大人たちが会話に夢中になっている横で、少年と幼女が楽しげに談笑する姿が見える。

 そこには先ほどまでの緊張感は全く見られず、その姿はすでに昔からの知り合い――友達同士のように見えた。


 そしてそんな様子に気付いた両家の者たちは、微笑ましくも嬉しそうな笑顔を浮かべていたのだった。



 やはりフレデリクは、運動が苦手だった。

 それはまさに、その見た目通りと言えよう。


 そして学問――特に魔術学に興味があり、彼は日々その探求に明け暮れているようだった。

 もちろん貴族家の跡取りとしての教育を別に叩き込まれているので、魔法に関する研究は彼の趣味以上のものではなかったのだが。


 しかしその話題はリタの得意分野だった。

 前世では二百年以上に渡って魔法の研究に明け暮れた結果、彼女は独自の魔法理論さえ提唱するほどだったからだ。


 さらにブルゴー王国の宮廷魔術師を百年以上勤め続けたし、(あまつさ)え最強の無詠唱魔術師として世界各国から恐れられていた。


 そんなリタだからこそ、魔術、魔法の話題を語り始めると止まらなくなってしまう。

 もっとも前世ではそんな状態で盛大に(こじ)らせた彼女は、ただの一人として恋人を作ることもなく生涯独身を貫いたのだが。

 (とは言え、それだけが原因ではなかったようではあるが)




 幸いフレデリクも「魔力持ち」だった。

 しかしその力はとても弱く、鑑定を受けた結果は「簡単な治癒魔法程度なら行使可能」という程度でしかなかった。

 もしもその適性を伸ばすのなら、庶民向けの簡易な治療院勤務を勧められたのだ。


 しかし将来ムルシア家の当主になる者がまさかそんな道を進めるわけもなく、結局彼は魔力を鍛える道を諦めたのだった。


 それでもせっかく授かった才能を放置するのも忍びなかったし、彼自身も魔法についてはとても興味があったので、独学ではあったが、勉強の合間に趣味として魔法を研究するようになった。

 


 そんな彼の目の前に、まさに現役で魔術師の道を歩む者が現れた。

 しかもそれは自分の婚約者になる人物だという。

 その話を聞いた彼には、当然のように否やはなかった。

 

 自分の婚約者に名前が挙がった人物が「魔力持ち」であるうえに、滅多にいない魔術師候補だったのだ。


 魔術師候補と言えば「魔力持ち」の中でもエリートだ。

 そんな人物の傍にいられるなどとても興味が引かれたし、俄然やる気も湧いてきた。

 突然降って湧いたような婚約話ではあったが、これはフレデリクにとって千載一遇のチャンス以外の何ものでもなかったのだ。


 遅かれ早かれ、いずれ自分は結婚相手を決められる。

 それは昔から覚悟していたし、どうせそうであるならば相手が魔術師候補である今回の話は願ってもないことだった。


 最早(もはや)この時点で、彼にとって相手の性格や容姿などはどうでもよくなっていた。

 所詮は親が決めた結婚相手なのだから、そんなところに拘ってもどうにもならないのはわかっている。


 身近に魔術師がいる。

 ただそれだけで彼の心は踊っていたのだ。





 そしてこの結末である。


 確かに婚約者の幼女は、想像の何倍も可愛らしかった。

 もっとも八歳の少年が五歳の幼女を見て可愛いと思っても、それは自分の妹を見てそう思うのに等しいものでしかなかったが、それでも将来一緒になるのであればブサイクよりは可愛い方がいい。

 所詮はその程度だった。


 しかしそんな幼女と目が合った瞬間、まるで殺されるかのような強烈な殺気とともに睨みつけられてしまった。


 その時彼はピンと来たのだ。

 

 きっとこの少女は自分のことが嫌いなのだろう。

 親が勝手に決めた話を、嫌々ながら承諾したに過ぎないのだ。

 そうでなければ初対面の相手をこれほどの目つきで睨みつけるなどあり得ない。


 それにこんなひょろひょろの青瓢箪(あおびょうたん)なんて好きになってくれるわけもないのだ。


 一体自分は何を独り善がりに喜んでいたのか。

 確かに自分は魔術師の妻を迎えられるかもしれないと浮かれていたが、当然のように相手にだって好みはあるのだ。

 そんなことを考えもせずに、なんと自分は情けない――


 そう思ったフレデリクは思わず涙が止まらなくなり、結局泣き出してしまった。

 そしてこんな一生に一度の式事の席で、父親に叱責されるという失態を犯してしまったのだった。

 

 


「あぁー!! 兄さまを独り占めしてる!! ずるいずるい、私も一緒にお話しするのぉ!!」


 フレデリクとリタが魔法談義に花を咲かせていると、その間に突然一人の幼女が割り込んでくる。

 それはこの辺りでは珍しい真っ黒な直毛の髪と薄茶色の瞳を持つ、中々に気の強そうな顔の幼女だった。


 もちろんそれは、フレデリクの妹のエミリエンヌだ。

 母親同士が大人の話を始めたのにすっかり飽きてしまった彼女は、執事やメイドが止めるのも聞かずに、婚約者同士が談笑する間に文字通りその身を割り込ませてきたのだった。


 そしてリタの目の前ですっくと仁王立ちをしたエミリエンヌは、その短い指を突き付けてくる。


「ふんっ。ちょっと可愛いからっていい気になるんじゃないわよ。私はあんたをお義姉(ねえ)様なんて呼んであげないんだからね!!」


「お、おい、エミリエンヌ、やめろよ。それはリタ嬢に対して失礼だろ」


 妹の暴言を兄が止める。

 しかし時すでに遅く、義妹になる予定の幼女にリタはイラっとしていた。


 

 どうして人はこうも初対面の相手に対してマウントを取りたがるのだろう。

 従兄(いとこ)もそうだし、こいつもそうだ。

 自分が相手よりも上であることを証明しないと死んでしまう生き物なのか?

 まったく面倒くさい、いい加減にしてほしい。


 リタは本気でそう思ってしまう。



 いくらリタよりも上位の侯爵家令嬢とは言え、兄の婚約者に対してその態度は失礼極まりなかった。

 確かに相手が五歳の幼女であることを考えるとある程度は仕方がないのかもしれないが、それでもここでリタの悪い癖が顔を出しそうになる。



 それはリタがマウントを取られるのが大嫌いということだ。

 しかしそれが切っ掛けで、レンテリア邸ではちょっとした事件を起こしていた。


 あの事件の直後から、従兄(いとこ)のライネリオは夜泣きをしておねしょをするようになったらしい。

 どうやらあの出来事が相当なトラウマになったのは間違いなかった。


 そしてリタは、弟子であるはずのロレンツォに説教をされていたのだ。

 彼とても師匠のリタ――アニエスの偉大さはよくわかっているし、本心ではそんなことはしたくなかった。


 しかし事故とは言え、自分の好きな女性が公衆の面前で失禁させられた事実に相当頭に来ていた彼は、師匠と弟子という立場さえ忘れて五歳児のリタに懇々(こんこん)と説教をしたのだった。

 

 そして最後に、リタは弟子に泣かされてしまった。


 もっともそんなジョゼットの恥ずかしい姿に、ロレンツォが少しだけ興奮してしまったのは秘密だ。


 

 そんなこともあり、あの日以来自分の悪い癖が出ないように気を付けていたのだが、さすがに同い年の幼女に目の前で指を突き付けられて啖呵を切られた日には、214歳児の名が(すた)ると思ったのだろう。


 よせばいいのに、リタは売られた喧嘩を買う気満々になっていたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] フレデリク君はアニエス時代の唯一の想い人スヴェン君に似てる子になるのかな?と予想してましたが、ハズレたw まあそれはそれで、いろいろ引きづりそうなので良かったかなと思いました。 [一言]…
[一言] ババ様黒歴史量産中… 何がひどいって、幼き日の過ちと言い訳できないのが一番ひどい
[気になる点] まさかお漏らしが計算ではなくて ガチだったとは目が点です! もうこれほぼ知性失われているんじゃ!?
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