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第6話 わかったこと

前回までのあらすじ


鹿肉は臭みがあるので、生姜を大量に入れなければ厳しい。

 最近わかったことがある。


 リタが転生したこの場所が「オルカホ村」だというのは少し前からわかっていたが、それがどこの国に属しているのかはずっと不明だった。

 膨大な魔法の知識を蓄えている自分の記憶力には(いささ)か自信がある彼女だったが、それでもその村の名前は一度も聞いたことがなかったからだ。

 しかし遂に先日、両親の会話の中から国の名前を拾うことができたのだ。



 リタの転生先はハサール王国だった。

 この国はリタが前世で暮らしていた「ブルゴー王国」からは他国を一つ挟んでおり、彼女の記憶が確かであればブルゴー王国までは直線距離で約500キロは離れている。


 そしてその間には「アストゥリア帝国」があり、アニエスが祖国に帰るためにはその国を通過しなければならない。

 しかしその国はブルゴー王国と昔から小競り合いを繰り広げてきた歴史があり、その国境を超えることは容易ではなかった。


 そもそもこの時代、一般国民が国を跨いで移動することは認められていない。

 他国に入国するには商業ギルドや冒険者ギルドに所属してパスを配布されていなければいけないし、もしも不法に入出国したのがバレれば即刻逮捕されてしまう。


 さらにアストゥリア帝国とブルゴー王国の間には、特に厳しい国境警備が設置されていた。



 以前リタが両親に地図はないかと訊いたことがあったが、彼らの答えは「ノー」だった。

 普通の住民は生まれ育った土地から出ることは殆どなく、もとより地図を必要とする場面自体があまりない。

 そもそも国の機関以外が詳細な地図を作製、所持することは、軍事的な理由によって禁止されていた。


 それは隊商や行商人でも例外ではなく、もしも地図を所持していることがバレるとスパイ容疑で即刻逮捕されるほどなので、彼らは仲間内での口伝と長年の経験によって動いているほどだ。


 それらを考えると、この幼い三歳児の身体ではどうにもできないことがわかったので、リタはとにかく身体の回復を第一に考えることにしたのだった。

 


 それからもう一つある。


 リタの両親は、どうやら生まれついての農夫ではないらしい。

 それどころか、何処かの貴族に繋がるやんごとなき人物であるようだ。


 それは深夜にリタが寝たふりをして二人の会話を聞いていた時にわかったもので、フェルは何処かの貴族の子息で、エメは子女であるらしい。

 そう言われれば、確かに彼らの言葉の端々にはその片鱗が見られるし、立ち居振る舞いにも無駄に洗練された所作が見える。


 この村に来てから未だ数年しか経っていないことや、他の住民から少々距離を置かれていること、そしてお世辞にも生活能力が高くないことからもその推測に間違いはないだろう。

 なにより、これまで二百年以上に渡って多くの王族、貴族を見て来たリタの鑑定眼がそう語っていた。


 

 しかし何故そんな人物がこんな田舎に住み着いているのか。


 リタは生まれてからこの家を殆ど出たことがないので、村の様子は全くわからない。

 それでもこの村自体が決して豊かではないのはわかるし、その中でもこの家が最底辺と言えるほどに貧しいのもひしひしと伝わってくる。


 しかし深夜に寝たふりをするのはもうやめることにした。

 ある晩、いつものようにリタが聞き耳を立てていると、隣で両親が何かを始める音が聞こえてきたからだ。

 それは前世でのアニエスが(つい)ぞ一度も経験することがなかったもので、その男女の秘め事は決して他人が聞き耳を立てて良いものではなかった。


 声を押し殺しながら事に耽る両親に背中を向けると、リタは必死に耳を塞いだのだった。





「おはよう、リタ。なんだか眠そうだけれど、昨夜はあまり眠れなかったのかしら?」


「リタ、おはよう。今日はお寝坊さんだね」


 いつもより寝坊をして起きてきた娘の顔を見たエメが、つやつやと輝くような笑顔を振りまいてくる。

 その隣に座っているフェルも、朝から何処かスッキリとした顔をしていた。


「おはよー。らいじょうぶ、ねむくない」

 

 何か思うところがあるらしく、ジトっとした目で両親を見たかと思うと、直後にリタは顔を逸らしてしまう。

 それから暫く決して両親の顔を見ようとはしなかった。


 その様子に気付いたフェルとエメは、互いに顔を見合わせて不思議そうな顔をしていた。




 ――――




 日ごとに暖かくなり、雪解けも進み始めた初春。


 最近リタは外で一人で雪だるまを作ったり、雪山に穴を掘ったりして遊ぶようになった。

 一時に比べるとかなり体の自由が利くようになったとは言え、未だその歩き方はよろよろ、よちよちしていたし、雪で滑って転ぶことも多かった。

 それでも外で遊ぶこと自体がリハビリになるので、両親はリタの好きにさせていた。


 少し前までの家の中で寝たきりだったのに比べるまでもなく、生き生きと外で遊ぶ娘の姿を見るだけで、両親は胸に熱いものが込み上げてくる。


 

 あれからリタは一度も痙攣の発作を起こしていなかった。

 もちろんそれは彼女が自力で病気を治したからなのだが、それを知らない両親はそれ以降も娘の発作に対して常に気を配っていたのだ。


 しかしここ八ヵ月間一度も発作を起こさないどころか、見たことがないほどに食欲を示し、立って歩くようにもなった。

 そんなリタを見ていると、半信半疑ながらも両親は病気が治ったのではないかと思い始めていた。


 もしもこれ以上娘の病気が治らなければ、フェルとエメは何処かに頭を下げに行くつもりだったようだ。

 しかし最近では、すっかりそのことも頭から抜け落ちているらしい。


 それは彼らの心配事が解決した証拠だった。

 彼らにとっては娘のリタの体調以上に大事なことはなかったからだ。



 

 そんな両親の想いを知ってか知らずか、今日もリタは家の前の雪山に穴を掘って元気に遊んでいた。

 実際には212歳の老婆であるはずの彼女だが、気付けば夢中で穴掘りをしている自分がいる。

 どんなに子供の遊びだとわかっていても、それをやめられない自分に気付いて愕然とするのだ。


 それはそれだけ自分の老成した精神が三歳児の肉体に引かれて退行していることを意味しており、最近ではそれも顕著になっていた。

 どんなに己の行いが幼児じみていると理性でわかっていても、感情がそれを邪魔するのだ。


 今も一心不乱に雪山に穴を掘っているが、それが楽しくてしょうがない。

 どこの世界にそんなことをして楽しいと思う老婆がいるのかと思うが、やはり自分の精神が退行しているとしか思えなかった。


 ブルゴー王国にいるはずの勇者ケビンに連絡をとる手段も何か講じなければならない。

 しかし未だ言葉と体の自由もままならない今の状況では、三歳女児のリタにできることは限られるし、両親の会話の中に魔族や魔王の話題が出てこないところをみると、()の国の動きはまだないのだろう。


 

 

 リタが必死になって雪山に穴を掘っていると、突然背中に衝撃を感じた。

 それは決して痛くはなく、何かがぶつかったような感じだった。


「な、なにごと!?」


 胡乱な顔をしながらリタが振り返ると、少し離れたところに小さな男の子が二人立っていた。

 彼らは不思議そうな顔で暫くこちらを眺めていたが、(おもむろ)に地面の雪を丸めると勢いよく投げつけてくる。

 幾つもの雪玉がリタの身体をかすめて、足元にも転がった。


「な、なにをしゅる!! や、やめんか、おまぁら」


「なんだ、お前!! 見たことない奴だな、名を名のれ!!」


「や、やめんか!! あたったら、いたいやろ!!」


「なんだ、こいつ。ちゃんと喋れないのか!? 赤ん坊か、このちび助!!」



 誰にも迷惑をかけたわけでもなく、おとなしく自宅前の雪山に穴を掘っていただけなのに、とんでもない言いがかりである。

 それも当たれば結構痛そうな大きな雪玉を容赦なく投げつけてくる。


 未だ素早く動かせない身体で必死に雪玉をかわしながら、目の前の二人の男の子の様子を見た。


 一人は少し大柄で年の頃は4歳か5歳ほどだろう。

 そしてもう一人も4歳くらいだろうか。


 二人とも防寒のために身体を着膨れさせてモコモコだ。

 恐らく村に住む少年たちだと思うのだが、今まで一度も村人と交流を持ったことのないリタには、彼らが誰なのかわからなかった。


 

 アニエスが必死になってリタの記憶を遡ってみてもやはり同様だった。

 両親以外でリタが会ったことがあるのは街の医者くらいのもので、その他には本当に小さな赤ん坊の時に様子を見に来た村人数人の姿が薄ぼんやりと思い出せる程度だ。


 それを考えると、小さなリタが如何に他の人間にかかわることが出来ないほどに家の中で寝たきりだったのかがわかるものだった。

 今では自分自身になってしまってはいるが、アニエスは生前のリタが不憫でならなかった。

 赤の他人である自分がそう思う程なのだから、彼女を溺愛する両親の想いは如何ばかりかと想像すると、本当に居た堪れなくなる。



 飛んでくる雪玉に集中せずにそんな余計なことを考えていると、遂に顔面に大きな衝撃を覚えてしまう。


 必死に痛みを我慢したリタの手袋には、真っ赤な液体が付いていたのだった。

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