第60話 懐かしい人物との再会
前回までのあらすじ
美幼女キタ――(゜∀゜)――!!
リタを乗せた馬車が、緩々と街道を進んで行く。
その進みはかなりゆったりとしており、それは果たしてそこまで速度を落とす必要があるのかと思うほどだ。
しかしそのおかげと言うべきか、馬車に乗るリタの姿は行き交う人々の目に留まり、気づけば其処彼処で噂に上り始めていた。
何故そのようなことをしているのかと問われれば、それはエッケルハルトの指示だからだ。
彼曰く、リタを着飾らせたのが第一作戦とするならば、これは第二作戦ということらしい。
「いいですか? 馬車の窓からリタ様の顔がよく見えるようにしてください――あぁ、べつに愛嬌を振りまく必要はありません。ただ、レンテリア家にこの美少女ありと周りに印象付けられればそれでよろしいかと」
これから約二時間後にはレンテリア家の屋敷に到着する。
だからそれまでの間に、馬車の紋章とそれに乗るリタの姿をできるだけ多くの人々の目に焼き付けようというのだ。
果たしてそれになんの意味があるのかとリタを始め多くの者たちは思ったのだが、ことレンテリア家の敏腕執事のやることなのだからと、それを深く追及する者はいなかった。
レンテリア家にその人ありと他家からも認められるほどの人物のすることなので、それにはきっと深遠な意味があるのだろうと皆思ったからだ。
そんなわけで、馬車で街道をゆっくりと進みながら、リタはその愛らしいお澄まし顔を人々に見せつけていたのだった。
「うぅ…… か、顔が疲れてきたのじゃ…… もうこの澄まし顔はええかのぉ……?」
「リタ様。どうかもう少しご辛抱ください。あなた様のこの頑張りが、お母上の運命を変えるかもしれないのです」
「そ、そりぇはどういう意味かの? わちの澄まし顔が、何かの役に立つのかのぉ……意味がわからにゅが……」
エッケルハルトの言葉の意味はまるでわからなかったが、それでも敏腕執事として有名な彼の言うことなのだからと、リタは大人しく従った。
しかしこれまで澄まし顔などしたことのないリタは、たった15分で唇は震え、瞼は痙攣し、頬は引きつり始めていた。
そしてこのままではいけないと思った彼女は、エッケルハルトがよそ見をしている隙を見て変顔をしようとする。
「いけません、何をなさっているのです。淑女がそんな顔をするものではありませんよ」
一体どこに目がついているのだろうと思うほど素早く振り返ると、エッケルハルトはリタを優しく窘める。
その口調は決して怒ったり叱ったりするものではなかったが、得も言われぬ迫力が感じられた。
「でも、淑女のかかしゃまだって、変顔はするしの…… かかしゃまの変顔は、とっても面白いのじゃ。いつも寝るときにしてくれるん」
「……エメラルダ様が? 変顔を? まさか……」
エッケルハルトが思わず視線を移すと、バツの悪い顔をしながら彼女はプイっと横を向く。
その様子を見る限り、どうやらリタと二人きりの時には本当にそんな顔をするらしい。
一見そんなことをするようには見えない嫋やかな淑女然としたエメラルダだが、やはり実の娘の前では飾らない素顔を見せるのだろう。
そんな彼女の意外な一面を知ったエッケルハルトは、やはりレンテリア夫妻の説得は絶対に失敗できないと、改めて気合いを入れ直すのだった。
「ねぇねぇ、あれを見て。あれってレンテリア伯爵家の馬車だよね?」
「あぁ、あの紋章はそうね――それがどうしたの?」
「うん、中に女の子が乗ってるんだけど、すごく可愛くない?」
「……うわっ、かわいー!! お姫様!? ううん、天使かも!!」
「ほんと、すっごい可愛い!! まるでお人形さんみたいね!!」
「レンテリア家にあんな小さな女の子っていたっけ?」
「ご長男のアンブロシオ様のところは、確か男の子だけだったよな?」
「あぁ、そうだな…… それじゃああの子は誰だろう? それにしても凄まじく可愛らしいな。まるで天使だろ」
「あぁ、本当だな。もしも本物の天使がいたとしたら、きっとあんな感じかもな」
リタの乗る馬車が通り過ぎる度に、周りからそんな声が聞こえてくる。
貴族の馬車に近づくと不敬になってしまうのでさすがに不用意に近寄って来る者はいないが、それでも市井の者たちがヒソヒソと小声で話しているのが聞こえてきた。
その言葉を聞く度にリタはくすぐったい思いをしたが、必死にその表情を崩さないように努力していた。
しかしそんな娘の努力もどこ吹く風といった体で、何故かフェルはドヤ顔になっていたのだった。
自分の娘が人から可愛いと言われるのは、父親にとってとても誇らしいものだ。
それもお世辞ではなく、彼らは本気でそう思っているのだから。
これまでも自分の娘は世界一可愛いと思っていたが、その反面、そこには何処か親の贔屓目が含まれているのだろうと思っていたのも事実だ。
しかし、思い切り飾り立てたリタの姿を見た時に、その杞憂は吹き飛んだ。
新しいドレスに身を包み、髪を切り、化粧をした彼女はお世辞抜きに本当に愛らしかったのだ。
それでもそれは親の贔屓目ゆえなのだろうと思っていたが、目の前でリタが他人から褒めそやされるのを見ていると、それは確信に変わった。
うちの娘は世界一可愛い。
可愛いは正義。
リタは正義なのだ。
「あ、あなた……」
澄まし顔のリタに目を釘付けにしながら、何処かドヤ顔のフェル。
その姿を見たエメは、思わず「うわぁ……」という顔をしてしまうのだった。
「あともう少しで市街地に入ります。もう少しだけご辛抱ください」
励ますようにエッケルハルトが声をかけると、顔を引きつらせながらもリタは健気に頷いた。
単に澄まし顔をして馬車に乗っているだけなのだが、もとより落ち着きのない四歳児にとってこれほど辛いことはなかったのだ。
そして、できることならここから逃げ出して、思う存分外を走り回りたいなどと思ってしまう。
そんな理性と感情のせめぎ合いにリタが苦労していると、偶然遠くを歩く一人の男に目が止まる。
何となく見覚えのあるその姿を目で追っていると、リタの記憶はある一人の男に行き着いた。
――あぁ、なんという偶然。あれはあの冒険者の男ではないか。
熊のように大きな体に、無精ひげの目立つ厳つい顔。
あれは忘れもしない、オウルベアの襲撃から命を救ってやった冒険者だ。
そして、ケビンの依頼で自分を探し回ってくれた男。
もう一人小柄な女が一緒だったはずだが、今はその姿は見えない。
そう言えば、あの仕事が終わった後に彼らは結婚すると言っていたな。
そして、ここアルガニルの近郊に家を買うとも言っていた。
そうだ、だから自分はあのお守り人形を渡したのだ。
――あのゴーレムは役に立ったのだろうか。
少し前に一度だけあれの起動を感知したことはあったが、それはすぐに収まってしまった。
そしてゴーレムに込めた魔力が未だに残っているところをみると、あの時はきっと何事もなく済んだのだろう。
とにかく彼らが無事で良かった。
あの人形が役に立ったのなら、それでいい。
などとリタが男の姿を目で追いながら考えに耽っていると、何気にその視線を感じた男が振り向いた。
馬車の中から自分に向けられる視線に、彼は敏感に反応したのだ。
そして二人の視線が交差する。
片や馬車の中から見つめる超絶美少女。
片や無精ひげの目立つ熊のような厳つい男。
リタと目が合ったその男は、初めはその視線に胡乱な顔をしていた。
なぜ自分があんな高貴な姫君のような幼女に見つめられているのか、さっぱりわからなかった。
そしてその理由を探るように、負けじとリタの顔を見つめ続ける。
その時間は何秒だっただろうか。
5秒、10秒――正確な時間はわからないが、次の瞬間、何処かで見たことのあるニヤリとした笑顔をリタは浮かべた。
まるでほくそ笑むような、何かを企むような幼女の顔を見た男は、突然ハッとした顔になる。
そして次第に引きつるような顔になったかと思うと、その顔のまま、リタの乗る馬車が遠ざかっていくのをずっと見つめていたのだった。
「な、なんであいつがここにいるんだ……? しかもあの格好は一体なんだ……? と、とにかくパウラに教えてやらねぇと――」
小さくそう呟くと、その男は慌てたようにその場を走り去って行った。
その後も馬車はゆっくりと首都アルガニルの中を走り抜けていった。
そして道行く人々に散々リタの姿を見せつけたあと、最後にレンテリア邸の門の中に入って行く。
するとそこには、すでに大勢の人間が出迎えに来ていた。
邸宅の正面に停まった馬車からフェルが降りていくと、幾人もの使用人が懐かしそうな笑顔を見せる。
そして口々に「お帰りなさいませ」と頭を下げた。
そんな様子を見ていると、まるで何事もなくここに帰って来たような錯覚を覚えるが、ふと周りを見渡すと、やはりそこには約五年分の時間の流れを感じる。
そこからは幾人もの見知った顔が消えており、その代わりに知らない人間が増えていたからだ。
自分がこの屋敷を逃げ出してから早五年。
その紛れもない時間の経過を、たったいまフェルは思い知らされていたのだった。
両親に続いて馬車の中からリタが姿を現すと、突然辺りにどよめきが広がった。
レンテリア家と言えば、ここハサール王国の中でも有数の伯爵家として有名だ。
だからそこで働く使用人も徹底的に作法を叩きこまれているので、滅多なことでは主人たちの前で無作法を見せることはない。
しかし馬車から降りて来たリタの姿を見た彼らは、そんな作法など一瞬忘れて思わず声を出してしまっていたのだ。
それほど今のリタの姿は衝撃的だったらしい。
エッケルハルトが前もって先触れを出していたので、フェルたちが帰って来ることは使用人たちも知っていた。
しかし五年前の駆け落ち事件のことを知っている彼らは、突然のフェルの帰宅に驚いていたようだ。
そしてフェルが新しい家族を連れて来るとも聞いていたが、まさかそれがこれほどまでに可愛らしい女児だとは思っていなかったらしい。
それはレンテリア家の一員として働く彼らをしても、思わずどよめいてしまうほどの衝撃を与えていたのだった。
しかしそのどよめきも長くは続かなかった。
何故なら彼らの後ろ――屋敷の正面玄関から二人の人間が姿を現したからだ。
その姿に気が付くと、玄関前に並んでいた使用人たちはサッとその身体を下げる。
そしてそこに二人が通る道ができた。
その様子は美しく、流れるような自然な動きだった。
使用人が左右に分かれて道を作ると、そこから二人の男女が進み出る。
一人はスラリと背が高く、凡そ余計な贅肉はなさそうな鍛えられた体躯の50歳過ぎの男。
そしてもう一人は、赤い髪を高く結い上げ、些か性格のきつそうな釣り気味の瞳を持つ50歳手前の女だった。
彼らは使用人が作った道を通ってフェルたちの前まで進み出ると、徐に口を開いた。
「お帰り、フェルディナンド。やっと帰って来てくれたな。さぁ、もっと近くで顔を見せておくれ」
「お帰りなさい、フェルディナンド。 ――そしてエメラルダさん。二人だけの生活は、夢と希望、そして自由に溢れてさぞ楽しかったことでしょう。 ――お話はこの後ゆっくりと聞かせていただきますので、まずは中へお入りなさい」
二人のその言葉に、フェルとエメは同時にゴクリと唾を飲み込んだのだった。
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