第49話 助っ人魔術師
前回までのあらすじ
旦那の目の前でNTR事案が発生!!
「おまぁら、たいがいにせぇよ。わちのかかしゃまには、指一本触れしゃせん。ととしゃまにもじゃ。おまぁらのようなヤツらは、死なんとわからんのじゃ…… ほんに、覚悟せぇよ」
俯いていた顔を上げると、リタは一歩踏み出した。
その身体の表面にはまるで陽炎のようなものが立ち上っており、一見しただけでそれが普通ではないことがわかるものだった。
そしてその姿を見た騎士二名は、まるで思い出したかのようにその手に握り締めていた手配書に視線を戻す。
「お、おい、あのガキ…… この手配書のガキじゃないのか?」
「そ、そうだ。このガキだ。親の特徴もぴったりだし、間違いない……」
憤怒の表情に顔を染めるリタが、まさかの手配書の女児であることに気付いた騎士たちは慌てたように後退る。
彼らは手配書を渡されて今回の捜索対象の説明を受けた際、娘の持つ特殊な能力についても聞かされていた。
それによると、その女児は魔法が使えるということだった。
それも見たことがないような強力な攻撃魔法で、既に二名の騎士が瀕死の重傷を負わされているそうだ。
だから対象の家族を発見した場合は決して自分達だけで捕縛しようとはせずに、近隣の警邏に応援を要請するか、派遣した魔術師に対応を確認するようにと言われていたのだ。
しかし彼らは、この広い領地で家族連れがまさか見つかるわけがないと高を括っていたし、もとよりこんな面倒な任務は適当に流してしまおうと思っていた。
そんな全くやる気のない二人ではあったが、それでも仕事をする姿勢は見せておかなければならない。
そこで手当たり次第に旅人に声をかけては適当に連行していたのだが、たまたま今回声をかけた家族の妻が美人だったので、つい欲望が顔を出してしまった。
この田舎に勤務するようになってから娼館にもご無沙汰だった彼らは、思わぬエメの美貌にすっかり魅入られてしまったのだ。
手配書に描かれた各人の特徴と目の前の家族のそれを気を付けて見比べればすぐに気付いたのだろうが、それには二人のやる気がなさ過ぎた。
そんなことよりも、彼らはエメの美貌と服の中身のことしか考えていなかったのだ。
気付けば、目の前の者たちが探していた家族だった。
それはつまり、目の前の女児が非常に危険な存在だということを意味しており、もしも発見した場合には、絶対に自分達だけで対応してはいけないときつく言われていた。
それを咄嗟に思い出した彼らが、乗っていた馬の方向を変えようと手綱を引いていると、目の前の女児が纏っていた陽炎のようなものが急激に大きくなる。
そして次の瞬間、真っすぐ前に突き出された彼女の掌から、何か光る矢のようなものが自分達に向かって飛んでくるのが目に入った。
ズガガガーン!!
恐怖と光の眩しさに思わず目を瞑る騎士たちだったが、轟音が目の前で炸裂しただけでいつまで経ってもその衝撃を身体で感じることはなかった。
そして不思議に思った彼らが恐る恐る目を開けてみると、そこには不思議な光景が広がっていた。
二人の騎士の目の前に、何やら虹色の光を発する壁のようなものがあったのだ。
それは彼らとリタたちのちょうど中間に立っており、明らかに直前まで存在しなかったものだ。
そしてその一部分が不思議な光を放っており、それを見つめるリタの顔には驚きの表情が浮かんでいたのだった。
「ふぅー、ぎりぎり間に合った。まさに間一髪だったなぁ」
無詠唱でマジックアローを放ったリタと、恐怖に顔を歪める騎士。
そしてその間に突如現れた、虹色に光る謎の壁。
そんな緊迫した空気が支配する現場に、まるで不似合いな間の抜けたような声が響く。
するとその声のした方向を、必死の表情の騎士が顔を向けた。
「あ、あんた、何処に行っていた? 姿が見えないから探そうと――」
「何を言っているんですか? 僕が用を足しているうちに、あなた方のほうが勝手にいなくなったんじゃないですか。追いかけるのに苦労しましたよ、まったく……」
突然聞こえて来た声の方にリタ達が視線を移すと、そこには馬に乗った一人の青年の姿があった。
目深に被ったざっくりとしたローブのせいでその顔はよく見えないが、その声音と話しぶりから察するに、それは若い男のようだった。
そのフラフラと身体を揺らしながら必死に手綱を握り締める姿からは、彼が馬に乗り慣れていないことがよくわかる。
そんな必死さが滲む姿で、彼は騎士二人に言葉をかけた。
「何をやっているんですか。手配犯に出会ったら決して自分達だけで対応しないようにと厳しく言われていたでしょう?」
「だ、だからあんたを呼びに行こうと――」
「それもご主人の見ている前で奥さんに手を出そうだなんて……あなた達正気ですか?」
「う、うるさい!! あんたには関係ないだろ!!」
「関係ありますよ――ほら見てください、怒りのあまり女の子がいきなり攻撃魔法を使ってきたじゃないですか? 危なく死ぬところでしたよ、あなたたち。よかったですねぇ、間に合って」
明らかに緊迫した空気が支配しているのに、その男の声には何処か緊張感が感じられなかった。
そしてその話しぶりからは、彼がわざとそんな話し方をしているのではないことが伝わってくる。
場違いなほどにのんびりとしたその口調は、恐らく天性のものなのだろう。
突然の男の出現に、その場の者たちは一瞬呆気に取られてしまう。
それは直前まで怒りに身を震わせていたリタとフェルも同じだった。
彼らは一瞬怒りを忘れて、その男に注意を向けていた。
そんな何処か場違いな雰囲気を漂わせる男が、徐にリタに話しかけてくる。
「お嬢ちゃん。とても申し訳ないのだけれど、少しの間大人しくしてくれないかな? 僕たちは君を捕えなければいけないんだ。そう命令を受けているからね」
その何処かのんびりとした口調からは、ともすれば友好的な感じを受けてしまうが、早い話が「大人しくお縄につけ」ということだ。
そしてその言葉に決して従えないリタは、再び怒りの言葉を吐く。
「じゃかましぃわ。おまぁら全員帰れ!! さもなくば、全員死にゅじょ!!」
明らかに幼児でしかない女の子が、まるで似合わない言葉で啖呵を切っている。
その姿は何処か微笑ましく見えて、思わずフードの男は笑い声をあげてしまう。
「ははは。いやぁ、まったく勇ましいね。それじゃあ僕が見ててあげるから実際にやって見せてごらんよ」
その笑い声がまるで自分を小馬鹿にしているように聞こえたリタは、再び険しい表情を浮かべると無言のまま再び魔法矢を放った。
しかしそれは相手に届く前に、再び虹色の壁に阻まれてしまう。
リタの掌から放たれた数本の光の矢は、壁に当たると光の塊になって吸収されてしまったのだ。
「ぬぅ……魔法防壁か…… ちょこざいな――ならばこれを受け切ってみせるがいい……」
小さくリタが呟く。
しかしその声は、小さすぎて誰にも聞こえなかった。
魔法防壁――魔術師であれば誰でも一番最初に憶える魔法だ。
それは魔術師が放つ攻撃魔法を防ぐことができる防御系魔法の基本中の基本であり、その防御力は魔術師それぞれの能力に左右される。
ちなみに剣や矢などの物理攻撃は防ぐことができないので、あくまでも魔法戦に対する防御でしかないのだが。
もちろん未熟な魔術師のものは正面からの力押しで簡単に破壊されてしまうし、その逆も然りだ。
中には防御に特化した魔術師もおり、その防壁を突破するのは容易ではないとして有名な者も何人かいる。
しかしその魔法防壁も万能ではない。
それは確かに相手の攻撃魔法を弾くことができるが、それと同時に自分のそれも弾いてしまうからだ。
つまり攻撃と防御を同時に行うことができないのだ。
攻撃の際には防壁を消し、防御の時には再度防壁を作る。もしも一人で戦う場合はその繰り返しになってしまう。
つまり攻撃と防御をスイッチする度に呪文を唱え直すことになるので、魔術師一人でそれを行うのはまず不可能だ。
だから一つのパーティーには攻撃専門の魔術師系と防御専門の僧侶系の二人を揃えるのが基本になるのだ。
しかしそのどちらも無詠唱で発動できるアニエス――リタにとっては、そんな制約などお構いなしだ。
それもまた彼女が世界各国から最強魔術師として恐れられている理由の一つだった。
フードの男が突如作り出した魔法防壁を見ても、特にリタは驚いたりしなかった。
それは魔術師としては基本中の基本だからだ。
むしろ魔術師の名前を名乗っていながら防壁を使えない方が驚きだろう。
しかしリタの関心はそこではなく、自分達の捜索に魔術師を投入してきたことに対してだった。
それはそれだけ相手が自分の魔法を警戒していることへの証であり、その捕縛に対する本気度を示すものだったからだ。
この広い領地の中で、身を隠しながら逃げる家族を探すのは非常に骨の折れる作業だろう。
捜索の網を狭めるためにはそれに見合った人数を投入しなければならないだろうし、ましてや魔術師まで投入するなど、凡そ聞いたことがなかった。
魔術師は貴重だ。
それはその人数が決して多くないこともあるが、その育成にはとても時間と手間と金がかかるからだ。
国民から「魔力持ち」が見つかる度に、国はその身を召し上げている。
そしてその魔力量、能力、適性などには個人差があるために、国はそれぞれに応じた役割を与えていた。
ある者は教育機関で教鞭を執ったり、ある者は病院で治癒師として働いたり、またある者は研究者になったりと、その能力と適性を生かせる様々な道に進むことになる。
そしてその中でも最高レベルに優れる者が「魔術師」として育成される。
つまり「魔術師」として活動する者は、まさに国からエリートとして認められていることになるのだ。
そんな貴重な魔術師を、今回オットー子爵は複数投入してきた。
それには膨大な金と手間がかかっているはずだが、それだけ今回の捕り物に対して彼が本気だと言うことだ。
よほど庶務調査官、延いては領主のプライド、メンツを潰されたことに対して怒り心頭なのだろう。
しかし今のリタにはそんなことは全く関係のないことだ。
彼女はただ降りかかる火の粉を振り払おうとしているに過ぎなかったし、自分と両親を守るためであれば相手の命を奪うことですら吝かではなかった。
もとより前世では、数十年にも渡って大量の敵兵を屠ってきたのだ。
今さら目の前の数人の命を奪うことに、何の良心の呵責も感じることはない。
そんなリタではあったが、まるで小馬鹿にするようなフードの男の態度に別の意味で腹を立てていた。
今ではこんな姿に身を窶しているが、本来の自分は世界各国から恐れられる最強の無詠唱魔術師「アニエス・シュタウヘンベルク」なのだ。
それがこんな若造ごときに鼻で笑われるのが、どうしても勘弁ならなかった。
だから彼女は、まるで意地になったように真正面から男が作り出した魔法防壁を潰しにかかり始めたのだった。
「う、嘘だろ……」
愛らしい顔に鬼のような形相を湛えながら、絶え間なく、そして無詠唱でマジックミサイルを連発し始めたリタの姿に、フードの男は驚愕のあまり目を見開いていた。
彼にしても自分の作り出す防御壁にはそれなりの自負はあった。
それがいま目の前で叩き壊されそうになっている。
それも圧倒的な物量の攻撃魔法で、真正面からじりじりと削り取られているのだ。
このままでは防戦一方でこちら側が攻撃に移れないどころか、この防御壁もそう長くは持たないだろう。
そしてその後の展開を想像したフードの男は、生まれて初めて己の命の危機に恐怖したのだった。








