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第44話 妖精のお願い

前回までのあらすじ


やっと女王ピクシーの出番か!! 全裸だよ、きっと全裸!!

 森の妖精「ピクシー」は、人前に姿を現すことは殆どない。


 もともとそれは森の奥でひっそり暮らしているというのもあるが、元来彼女たちは非常に憶病で警戒心が強い生き物だからだ。

 しかし個体によっては非常に好奇心旺盛なものもおり、中には人間と友好な関係を築いている場合もあると聞く。


 とは言うものの、人間の幼児程度の知能しか持たない彼女たちは、人間の役に立つことは殆どない。にもかかわらず、ピクシーに会いたがる人間が少なくないのは、やはりその外見が理由なのだろう。


 一族の生みの親である「女王ピクシー」を除けば、彼女たちの外見は10歳前後の人間の女児とよく似ている。

 しかしさすがは妖精と言うべきか。その整った目鼻立ちと輝く銀色の髪、そして透き通った緑の瞳と抜けるような白い肌はまさに神の造形と言うより他はなく、それを月並みに表現するならば、まさに「人知を超えた美少女」以外にあり得なかった。


 それだけでも十分人間の目を惹く存在なのだが、そのうえ彼女たちは、全員一糸纏わぬ全裸だった。

 そんな見た目の体長10センチ程度の美少女が、背中に生やした羽で優雅に森の中を飛び回る。その様は非常に幻想的だった。

 だからある特定の趣味を持つ人間の中にはその姿を愛でる者も多く、実際に森で捕まえられたピクシーが闇市場で高値で取引されている現実もあるほどだ。



 しかしピクシーは森から離れては生きていけない。

 彼女たちは森の精気をその身体に取り込んで生きているので、人間の家に連れ帰ったとしても十日も待たずに衰弱死してしまうのだ。


 それでもピクシーの闇取引がなくならないのは、それだけ需要があるからだろう。

 需要があれば当然供給もある。

 心無い人間によってピクシーが乱獲された結果、余計に彼女たちは人間の前に姿を見せなくなったのだ。


 昔は一つの森に一つのピクシーのコロニーがあると言われていた。

 しかしここ五十年ほどでその数は激減し、今ではピクシーが住まない森の方が多いくらいになっている。

 

 そしてリタの家の裏山に住み着いているピクシーも、緩やかな滅びの道を辿っていたのだった。





 そんな臆病で警戒心の塊であるはずのピクシー一匹が、木の洞をまるで自分の家であるかのようにぐぅぐぅとイビキをかいて眠っていた。

 ベッド代わりに使っているリタのぬいぐるみには、口から垂れたよだれで大きな染みができている。


 そんなあまりにも無防備な姿に、大きなため息を吐く一人と二匹がいた。


「のぅ、こやちゅは、いつもこうなのか? これだけ大声を出しても、まるで起きぬではないか」 


「えぇと、えぇと……この子はいつもお寝坊なの。いつも、いつもね」


「そうそう、いつもお寝坊して母様(かあさま)に叱られるの。毎日、毎日、いっつもね」


 どうやらこのピクシーは朝寝坊の常習犯のようだ。

 しかもリタが耳元で大声で叫んでも全く起きる気配さえ見せない。

 そのあまりにも危機感のない姿を見ていると、彼女が将来大物になるという期待よりも心配の方が先に立つほどだ。

 よくもこの状態で、多くの危険が潜む森の中で生きて行けるものだと本気で心配になってしまう。


 

「……どうすれば起きるのじゃ? おまぁらは、毎朝どうしちょる?」

 

「えぇと、えぇと、鼻をつまむの。ぎゅっと、ぎゅーっとね」


「そうそう。苦しくなったら起きるから。そうそう、起きるから」


「……しかしのぉ、わちにはできんのぅ。こんなに小さな鼻は、つまめんわ」


 リタは眠るピクシーの顔と自身の指先を見比べると、小さなため息を吐いた。

 体長が10センチにも満たない小さな彼女の顔は、それこそ1センチ少々しかない。

 そんな小さな顔なのだ、鼻だって2、3ミリほどの大きさしかないのだ。


 幼女のリタの手がいくら小さいとは言え、そんな小さな鼻などをつまめる自信は彼女にはなかった。

 その小さすぎる顔をジッと見ていると、これは無理だと結論付ける。

 仕方なくリタは、二匹のピクシーにいつもやっている通りに起こしてもらうことにした。




「げほっ、ごほっ――はぁはぁはぁ…… 苦しい、苦しい、あんたたち、あたしを殺すつもり? ねぇねぇ、はぁはぁ――」


「知らない、知らない。私は知らないの」


「わたしも、わたしも。知らないよ、知らない」


 二匹のピクシーに寄ってたかって鼻と口を押さえつけられた「お喋りピクシー」改め「お寝坊ピクシー」は、決死の形相で目を覚ました。

 そして殺すぞと言わんばかりの勢いで仲間二匹を睨みつける。


 しかし二匹はそんな彼女にかまうことなく、ひらひらと宙を舞っていた。

 その愛らしい顔にすっとぼけた様な表情を浮かべて、素知らぬ振りをし続けている。

 いつまでもとぼけ続けるそんな二匹に向かって、鼻を真っ赤にした一匹のピクシーが咎めるような視線を投げていたのだった。





 冬の朝は遅い。

 午前四時過ぎには太陽が昇り始める夏とは違い、今の季節は午前六時を過ぎてもまだ薄暗いままだ。

 しかし今朝はいつにも増して薄暗かった。

 前日の夕方から降り続いた雨は既に止んでいたが、未だ空はどんよりと雲が覆ったままだ。

 その様子を見る限り、今すぐにでも再び冷たい雨に降られそうだった。


 しかし領主のところから庶務調査官が戻って来る前に、どうしても主要街道を跨いでしまいたかったリタたちは、そんな天気などには一切構わずに身支度が終わり次第出発しようとしていた。


 その様子を少し離れたところから見ていたピクシー三人娘は、身支度を整えるリタに向かって何度も近付いたり離れたりを繰り返しながら、ずっと何かを言いたそうにしている。

 そしていい加減に焦れたリタが何事かと尋ねると、「お寝坊ピクシー」がおずおずと口を開いた。


「あのね、あのね、お願いがあるの。お願い」


「お願い? なんぞ?」


 ピクシーの「お願い」に、リタが怪訝な顔をする。

 すると、それを興味深げに眺めていた両親も同じような顔をした。

 人間が妖精にお願いをすることは多いが、その逆は稀だ。一体何事かと思ったリタは思わず身構えてしまう。

 そんな訝しむような視線を受けたお寝坊ピクシーは、何処か思い切ったような顔をすると再度口を開いた。



「あのね、あのね、あなたは母様(かあさま)のお友達なの。だから、一緒に来てほしいの。お友達だから」


「うんうん、一緒に来てほしいの。お願いお願い」


「わたしも、わたしも。お願いなの」


 お寝坊ピクシーが「お願い」を口にすると、それに続いて残りの二匹も口を開く。

 何気にその姿に目をやると、胸の前で祈るように両手を合わせて、三匹ともが必死な顔でリタを見ていた。

 そんな縋るような顔で見つめられたリタは身支度をする手を休めると、仕方なく彼女たちの話を聞いてあげることにしたのだった。




 この三匹の不良ピクシーは、母親である「女王ピクシー」の言いつけを守らずに遅い時間までふらふらと森の中を遊び歩いていた。

 しかし夕方になると雨が降り出したので、羽が濡れるのを嫌がった彼女たちは木の洞で雨宿りをすることにしたのだ。


 そしてそこでリタたちと出会った訳だが、彼女たちは結局朝帰りすることになった。しかしこのまま帰ると自分たちは母親――女王ピクシーに叱られてしまう。

 その事実に気付いたピクシー達はしばらく途方に暮れていたのだが、そこでふとリタが母親の友人であることを思い出した。


 リタと一緒に帰って母親との間を()()してもらえれば、説教を回避できるだろうなどと、まるで幼児並みの考えを披露したピクシー三人娘だったが、実際に彼女たちの知能レベルはその程度なのでそれは仕方がないのだろう。


 

 しかしその「お願い」に対して、リタは難色を示した。


「ふむぅ……しかしのぅ……わちらは(いしょ)ぐ旅の途中だしのぉ…… そんな暇はないじゃがの」


「えぇ? 急ぐの? どうして、どうして? どこに行くの? ねぇねぇ」


「うむぅ、わちらは、(わりゅ)ヤツ(やちゅ)らから逃げとるん。じゃから急いでおるし」 


「急ぐの? 急ぐの? それじゃあ『妖精の小道』を教えてあげる。うんうん、教えてあげる」


「そうだね、そうだね。近道できるよ、近道。きっと早いよ、うんうん」


「でもでも、母様(かあさま)に訊かないとダメかも」


「そうだね、そうだね。勝手に教えたら、また叱られるし、怒られるし、母様怖いし」



 どうやら彼女たちは「妖精の小道」なる近道を知っているようなのだが、それは女王ピクシーの許可がなければ使えないらしい。

 それはつまり、リタ達が女王ピクシーに会いに行けばいいということだ。


 そうすればピクシー三人娘は母親の説教を免れられて、リタたちは森を抜ける近道を教えてもらえるということだ。

 なんというウィンウィンの関係だろうか。

 偶然にしては出来過ぎている。


 そのあまりに調子の良すぎる話を聞いたリタは、どうにもピクシーたちの策略にはめられているような気がしないでもなかったが、まさか彼女たちがそこまで知恵が回るとも思えなかった。

 単純に知能レベルだけで言えば、ピクシーは四歳のリタと同レベルかそれ以下だからだ。



「妖精の小道? なぁに、それ?」


 ピーピーとまるで小鳥のさえずりのような甲高い声を聞きながら、さてどうしたものかとリタが思案していると、その会話を聞きつけたエメが口を挟んでくる。

 すると、不思議そうな顔で質問をする妻の顔を見たフェルは、何かを思い出したようにその質問に答えた。


「あぁ、『妖精の小道』と言うのは妖精たちが使う近道だよ。詳しい理屈はわからないが、森の中の数か所が魔法的な力で繋がっているらしい。妖精たちはその近道を通って森の中を短時間で行き来していると聞いたことがある」


「へぇ…… それじゃあ、そこを通れば短い時間で森を抜けられるんじゃないかしら」


「あぁそうだな。もしそれを使わせて貰えるのなら、これほど便利なことはないだろう」

 

 まるで自分達の味方をするようなフェルとエメの言葉に、俄然ピクシー達は色めき立った。

 女王ピクシーの説教を免れるためにリタを村に誘ってはみたものの、肝心のリタが難色を示しているのだ。

 しかし彼女の両親がその気になれば、当然リタも一緒に来てくれるはずだ。


 ピクシーはピクシーなりに、無い知恵を絞って一生懸命考えたのだ。

 その作戦が今まさに成功しようとしている。

 その興奮に、彼女たちの愛らしい小さな鼻からは大きな鼻息が漏れていた。


 

「ねぇリタ。彼女たちの提案に乗って女王ピクシーに会いに行ってみない? もしかしたら近道を使わせてもらえるかもしれないわよ。もっとも、それはあなた次第かも知れないけれど」

 

 母親のエメが、何気に悪戯っぽい顔で提案してくる。

 その言葉を聞いたリタは、渋々その愛らしい顔を縦に振ったのだった。

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