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公爵家の茶会 その5

前回までのあらすじ


あまりの無茶振りにアホのような顔をしてしまうリタ。見てみたい。

「これから披露する余興は、リタ様にご協力をお願いしたく存じます」


「はぁ?」


 意味がわからない。

 今のリタにはその言葉しか思い浮かばなかった。

 

 だってそうだろう。なぜなら自分は客としてここにいるからだ。それも本来ならば応える義理のない誘いに応じて遠路遥々やってきていた。

 にもかかわらず、この無茶振りである。


 未だ家事見習いの若奥方でしかないものの、こう見えて私は忙しい身なのだ。

 子育ては言うに及ばず、使用人への指示から客の応対。屋敷の管理もしなければならないし、義母の話し相手だって務めている。

 疲れ果てて夜になり、やっと眠れると思ってベッドへ潜り込めば、待ってましたとばかりに夫が絡みついてくる。


 そんな日常から逃避して、二日も馬車に揺られて遥々(はるばる)やって来てみれば、事前の相談もなくいきなり余興を披露しろと言う。 


 何度も言うが、自分は客なのだ。

 百歩譲って楽しませてもらえるならまだわかる。それが何故に楽しませる側に回らねばならぬのか。 

 

 っちゅーか、そもそもわしは妊婦じゃろがい!

 何が悲しゅーて、身重の女が魔術の模擬戦なんぞ披露せねばならんのじゃ! このくそババアが、ふざけるのも大概にせぇよ!


 などとリタが、己が実年齢229歳の大婆であることを棚に上げつつ何度も頭の中で反芻する。

 

 もはや隠すことさえ放棄して、リタが胡乱な視線をノエラへ投げた。対してノエラがにたりと笑うと、それはまるで巣に掛かった獲物を眺める女郎蜘蛛を連想させた。

 そのノエラが言う。

 

「リタ様。あまりに不躾なのは、わたくしとて重々承知しております。本来ならば事前にお伺いを立てるところですが、なにぶん急遽決まったものですからご了承いただきたく。――とはいえ、もちろんご協力いただけるものと信じております。ご覧ください。今やこれだけの方々が期待に瞳を輝かせているのです。まさかそれに水を差すなどと、無粋なことはゆめゆめ(おっしゃ)いますまい」


 ふふん、と小馬鹿にするような仕草で、鼻から息を吐きつつノエラが笑う。それへリタが取り繕った澄まし顔で返した。

 

「甚だ残念ではございますが、謹んでお断りさせていただきたく存じます。ご覧の通り私は身重の身ゆえ、決して無理はするなとお医者様から言われております。何卒ご容赦を」


「あらあらまぁまぁ。そのように無下にせずとも。まずはお話だけでも聞いていただけませんこと?」


「いえ、結構でございます」


「そう仰らずに。このわたくしが申しているのです。何卒お聴き届けいただけませぬか?」


 これが眼力(めぢから)と言うのだろうか。有無を言わさぬノエラの視線。

 普段のリタなら意に介さなかっただろうが、さすがに異なる派閥の長に喧嘩を売るつもりもなく、仕方なく譲歩することにした。


「……どうぞ」


「うふふ、さすがはムルシア家の若奥方様ですわ。なかなかに聞く耳を持っていらっしゃる。――それで模擬戦と申しましても、決して飛んだり跳ねたりするようなものではございませんの。だいたいにおいて、妊婦にそのような真似をさせるわけがございませんでしょう?」


「ならばどのような? してお相手は?」


「あちらに幾つか的をご用意してございます。それらを交互に打ち抜くというのはいかがでしょう。まぁ、言わば「的当て」ですわね。不測の事態が起こらぬ限り、決して危険はございませんのでご安心ください。なお、お相手は当家の魔術師、イメルダが務めさせていただきます」


「イメルダ……」


 リタはその名に聞き覚えがあった。それもここ数か月内に聞いた名だ。

 けれど即座に思い出すことができずにいると、背後からその答えが聞こえてきた。


「おぉ! イメルダと言えばあれだろ? 魔術師協会の副会長と次期宮廷魔術師の座を競っているとかいう」


「そうそう。なんでもマウアー家が援助をしているそうよ」


「あぁ、あの『子飼い』の魔術師か」

 

 互いに出方を窺いながら、やや離れた位置でリタとノエラが相対する。その周りでは客たちがひそひそと雑談に興じていた。

 一を聞いて十を知る。察しの良さに定評のあるリタは、それらを聞いた途端にすべてを理解した。

 

 マウアー家のお抱え魔術師。名をイメルダ・ゲゼルという。出身は地方都市の平民で年齢は40才。

 平均を大きく凌駕する魔力量に恵まれていたうえに、頭が良く勤勉かつ生真面目な性格はまさに魔術師になるべくして生まれてきたような人物だった。


 そんなわけだから、王国魔術師協会が引き取って英才教育を施したのだが、早熟な者の多くがそうであるように、彼女もまた若くして才能が伸び悩んでしまった。

 とはいえ貴重な魔力持ちである。適材適所、イメルダにも相応のポストが用意されたのだが、魔術の研究にこだわった彼女はついに魔術師協会と袂を分かってしまう。


 そんなときに手を差し伸べたのがマウアー公爵家だった。

 イメルダの研究内容に興味を持った前当主が、爵位と金を武器にして無理やり彼女を魔術師協会から引き抜いたのだ。そうして子飼いの魔術師として屋敷に住まわせ、研究を続けさせた。

 それが今から20年前。イメルダが20歳(はたち)の頃の話だ。


 前当主が亡くなって久しい今となってはその真意は定かでないが、一節にはイメルダの研究を軍事に転用しようとしたのではないかと言われている。

 

 かくしてイメルダはパトロンを見つけた絵描きよろしく、ひたすら自身の研究に没頭していたのだが、再び表舞台に姿を現したのが5年前。

 彼女の発表した論文が、見事に王国アカデミーの最高魔術学賞を受賞したのだ。

 

 その内容は「魔術における呪文詠唱の簡略化と術式の展開及びその圧縮と伸長についての一考察」というもので、わかりやすく言うと無詠唱魔術に関するものだった。

 理論が確立しているにもかかわらず、難解過ぎて常人には理解し難いリタ――ロレンツォ式の無詠唱魔術。対してイメルダの提唱したものはそこまで敷居が高くない。訓練次第によっては並の魔術師でも行使できる程度のものだった。


 それを証明するため敢えて「ファルハーレン・アストゥリア戦役」に従軍したイメルダは、実際の戦闘において目覚ましい活躍を見せた。

 彼女一人で中隊規模の兵を壊滅させるなど、身を以って理論の有効性を実証したのだ。


 もちろんリタもその話は聞いていた。いや、それどころか、急ぎイメルダの論文を取り寄せて内容を精査するほど興味を持ったのだった。

 


 一瞬でそこまで把握したリタが、とある人物の姿を探し始める。

 もちろんそれはイメルダだ。名を知ってはいたものの、実際に会ったことのない人物。

 思わず泳ぐリタの視線に、再びノエラが意味ありげな笑みを返した。


「どうされました? もしやイメルダをお探し? いやですわ。彼女なら貴女の側に控えておりますわよ」


「えっ……?」


 リタが横を見る。するとそこには、今や見慣れたメイドのルイーズが佇んでいた。

 どこかメイドらしくない出で立ちと40歳前後と思しき年齢。直後にリタが無言のまま睨みつけると、バツの悪そうな顔でルイーズが視線を外した。

 リタが告げる。


「そう、やっと合点がいきましたわ。ただのメイドにしてはおかしいと思っておりましたが、敵情視察というわけでしたのね。一言申しておきますが、名を(たばか)ってまで人に近づくのは、あまりいい趣味とは言えませんわよ」


「……」


「まぁ、心情は理解しますし、もはや過ぎたことですから許して差し上げますけれど。――それで、あなたがイメルダ・ゲゼルですのね。論文は拝読させていただきましたわ。非常に興味深い内容だったと申し上げておきましょう」


 その言葉を聞いた途端に、ルイーズ……いや、イメルダの瞳が僅かに見開かれた。


 およそ魔術とは縁のなさそうな如何にも貴族の奥方然としたリタではあるが、彼女は国に数人しかいない無詠唱魔術師の一人である。

 師匠であるロレンツォとともに発表した論文は他の追随を許さぬほど高度であり、その叡智と実力は疑う余地のないものだった。


 その彼女が論文を読んでくれていた。それだけでイメルダはこれまでの苦労が報われた気がしたが、ここは喜ぶべき場面ではないと正気に戻って気を引き締める。


 唇を引き結んだまま立ちすくむイメルダ。彼女へリタがなおも話しかけた。


「人類が魔術を手に入れてから一千年。その歴史の中で無詠唱を標榜した者は数多い。けれど理論から実践にまで辿り着けたのは僅か数人しかおりません。――誰あろう、その一人が我が師匠であるロレンツォ・フィオレッティなのですけれど、あなたが独力でその高みにまで辿り着けたことには心から賛辞を送らざるを得ません」


 思わずイメルダが嬉し涙を零しそうになる。理解された、認められたのだと。

 よくわかっていない一般人が世辞で言うのと違ってリタの言葉には重みがある。なぜなら、彼女自身も名を知られた無詠唱魔術師だからだ。


 それだけでもう十分にイメルダは満足していたのだが、それでも表情を変えないように強く唇を噛み締めていると、続けてリタが真顔で言った。


「くわえてこれも申し上げておきます。残念ながらあなたの理論はすぐに限界を迎えると予言しましょう。それをこれから教えて差し上げます」


「えっ……? それは……どういう……」


「わかりませぬか? 的当てなどと子供騙しではなく、本当に模擬戦をして差し上げると申しているのです。そのうえで私の言葉が嘘か真かご判断なさいませ」


 真顔が笑みに変わるのは一瞬だった。

 今やリタの顔には再び人好きのする笑みが広がっていた。しかしその瞳は決して笑っていなかった。

しつこいですが宣伝です!


11月2日に「拝啓勇者様」のコミック第一巻が発売になりました。

全国の主要書店、またはネット通販にてお買い求めいただけます。


また11月17日より電子書籍版も発売になりました。

こちらも主要電子書籍サイトにてお読みいただくことができます。


おまけとして、懐かしい幼女時代のリタの書き下ろし短編小説も付いていますので、この機会にお手に取っていただけますと幸いです。


詳しくは11月19日付の活動報告をご覧ください。

よろしくお願いいたします。


黒井ちくわ

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― 新着の感想 ―
[一言] 公爵夫人、リタにどうやって参加させるのかと思ったら、眼力かよ! ずっとパワハラオンリーで乗り切ってきたんだろうか。もうパワハラ夫人だなこれ イメルダ(40)は研究者気質で真面目に魔術に邁進し…
[一言] ノエラ「あ、リタ様の、ちょっとイイとこ見てみたい。あ、そーれ」 (#^ω^)ピキピキ
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