義妹へ会いに行こう! その11
前回までのあらすじ
いやいや、さすがにリタとエミリエンヌは間違えんでしょ。髪の色も背の高さも全然違うんだし。まぁ、二人とも巨乳ではあるけれど。
お知らせです。
本日(9月23日(金))から第二巻の電子書籍版が配信開始になりました。
詳しくは活動報告をご覧ください。
ラングロワ家の屋敷には怒号と悲鳴が飛び交っていた。
なぜなら、世継ぎである乳児と客人の誘拐事件が同時に発生したからだ。
結果、乳児――フェリクスの誘拐はメイド一名の死と引き換えに事なきを得たが、客人――リタは連れ去られてしまった。
妊娠、出産のために長らく飲酒を控えていたエミリエンヌが久しぶりの酒に酔い、自邸のテラスで夜風に当たっていた時にそれは起こった。
賑やかに雑談に興じるリタとエミリエンヌ。突如その前に黒装束の賊が現れると、ぬめりと輝く剣を抜きながら二人に問う。
「声を出すな。――答えろ、どちらが若奥方だ?」
その質問にリタとエミリエンヌが揃って答えた。
「わたくしがそうです!」
「いやいや、私だってピチピチの若奥方だし!」
確かに揃って嘘は吐いていない。ご存じのようにエミリエンヌはラングロワ家の嫁だし、リタもムルシア家の嫁なのだから。
しかし黒装束の男には互いに庇い合っているように見えたらしい。ぐいっとばかりに剣を突きつけながら、イラついた声を出した。
「どちらでもいい! 正直に答えなければ、この場で二人とも斬り捨てる!」
――――
「それで……リタが答えたのです。『私がエミリエンヌだ』と……」
ラングロワ侯爵家当主、バティストの問いに泣きながらエミリエンヌが答えた。すると即座に夫のラインハルトが口を挟んでくる。
「おいおい、ちょっと待てよ。あのリタだぞ? あの『歩く攻城兵器』がおとなしく攫われるわけねぇだろうが」
「だけど……リタが代わりに連れていかれたのは事実ですもの。私には赤子が生まれたばかりだからと、敢えて身代わりになってくれたに違いないわ。あぁ、リタ……」
「だから待てって、そんな理由のわけねぇだろ。絶対にわざとだ。わざと相手の懐に飛び込んだんだって」
「なぜ? どうして? 一体なんのために?」
「そ、そりゃあお前……」
「あぁリタ……賊の目的は私だったというのに、私はあなたを遮ることができなかった……あぁごめんなさい、卑怯な私を許して……」
力なく泣き崩れるエミリエンヌ。その身を支えながら優しくラインハルトが宥めた。
「よしよしよし……いいかエミリエンヌ。あいつにはあいつなりの目的があったんだ。だからお前は悪くない。お前が気にする必要は全くないんだ、いいな?」
妻を安心させようと必死にラインハルトが力説する。その言葉に周囲から賛同者が出始めると、それまでむっつりと黙り込んでいたオスカルが口を開いた。
「あぁ、そのとおりだ。リタがその気だったなら、賊など一瞬にして打ち倒していたはずだからな。しかしそうしなかったということは、なにかしらの目的があったのだろう」
「確かにそうなのでしょうけれど……いかに『ムルシアの魔女』なれど、その前にリタは一人のか弱き女子なのです。どのような目的があろうと、そのように危険な振る舞いをするなど……」
「うむ。シャルロッテよ、お前の言うとおりだ。しかもあの器量。相手がどのような輩かわからぬが、もしもなにかあればフレデリクはおろかレンテリア伯爵家にも顔向けできぬのは事実」
「そ、そんな縁起でもない……あぁ、あなた、わたくしは……わたくしは……」
よよとばかりに夫に身を任せるシャルロッテ。その肩をしっかりと抱き留めながら、再びオスカルが言う。
「まずはリタを信じよ。彼奴は我が家の嫁なのだ、我らが信じずして誰が信じるというのだ。――ともあれ、フレデリクへはすぐに知らせよう。同時にバティスト殿に私兵を借りて捜索に当たる。まぁ、任せておけ。必ずやリタを見つけ出してみせるからな」
「あなた、よろしくお願いいたします……」
「うむ、任せておけ」
最愛の妻に向ける優しげな眼差し。それを一転すると、オスカルは険しい表情でバティストに告げた。
「それでだ、バティスト殿。貴殿に問うが、以前に取り潰しを免れた東部貴族家のうち、最もアンペールと繋がりが深かったのはどの家だ? まずはそこから攻めるとしよう」
「承知いたしました! 我がラングロワ家の威信にかけて、すぐにでも締め上げてみせましょう。お任せあれ!」
白昼堂々と賊の侵入を許した挙句に、大事な客人を攫われてしまった。
その事実に責任を痛感しつつも憤懣やるかたないバティストは、返事も早々に勢いよく歩き出したのだった。
――――
場所は変わって、こちらはドナウアー伯爵邸の地下に設えられた牢舎。
その片隅で、若い女二人の会話が続けられていた。
「あ、あのリタ様。なにやら自信がおありのようですが、ここを抜け出す算段はおありなのでしょうか?」
「あらルース。この私を誰だと思ってらっしゃるの? 泣く子も黙る『ムルシアの魔女』とは、誰あろう私のことでしてよ?」
「そ、それは存じ上げておりますが……けれど、いくらお強い魔術師様とは言え、杖もないのにどうやってこの鉄格子を――」
「異なことを。杖がなければ魔法を発動できないなど、時代錯誤も甚だしい。そんなものは200年以上も前に解決済みですわ」
「えっ? 200年以上前……?」
「ごほん! な、なんでもありませんわ、言葉の綾です。――それではルース、鉄格子を吹き飛ばします。少々大きな音が出ますから、お耳を塞いでいてくださいまし」
「は、はぁ……」
なにやら自信満々のリタ。そう告げるやいなや右掌を正面に向けると、次の瞬間、轟音とともに鉄格子が吹き飛んだ。
崩れ落ちる石壁とひしゃげた鉄格子。舞い上がる砂ぼこりにルースが咳き込んでいると、その前に不敵な笑みを浮かべたリタが姿を現した。
「さぁ、次はあなたの番ですわ。危ないですから壁際に下がっていてくださいまし」
「わ、私は結構です! これだけの音が響いたのですから、すぐにも牢番が駆けつけてくるはず! その前に、どうかリタ様だけでもお逃げ下さい!」
「そうはいきませんわよ。今やあなたは立派な証人ですもの。皆の前で証言していただかなければ困ります」
「で、でも……」
「四の五のうるさいですわね。逃げるったら逃げますわよ。ほら、早く脇に避けなさい」
「し、しかし私は……」
「いいから、早く避けて。邪魔よ」
「も、申し訳ありません。こんなことを仕出かしておきながら、おめおめ逃げるなど――」
罪の意識に苛まれているのか、なんとも煮え切らない態度のルース。ついにキレたリタが大声で叫んだ。
「うぬぁー、やかましいわ! お前の心情なんぞ知らんがな! 避けろと言うちょるんじゃからさっさと避けぇや!」
「は、はひぃ!」
言いながらルースが脇に避けると、直後に轟音とともに鉄格子が吹き飛んだ。同時に背後から足音が聞こえてくる。
見るまでもなくそれは牢番たちだった。突如響いた音に慌てて駆けつけてきたのだ。その様子にルースが色めき立った。
「あぁ、リタ様! 牢番たちがやってきました! 早く逃げないと――」
「お任せあれ! ――はい、どーん! こっちもどーん! もう一丁どーん!」
ルースの警告とともにリタが片手を翳すと、飛び出した光の球が牢番たちに襲い掛かった。
次々に倒れていく男たち。悲鳴一つ上げることさえ許されないまま全員が地に伏すと、鼻息も荒く再びリタが口を開いた。
「ふぅ。こんな輩などいくら来ようと楽勝ですけれど、いちいちお相手するのも面倒ですわね。と言いますか、私のようなか弱い女子に戦わせようだなんて、あまりに無粋が過ぎますわよ。ならばここは護衛の騎士様たちをお呼びしようと思うのですけれど……如何かしら、ルース?」
「え? き、騎士様ですか……? それは一体……」
「うふふふ……そう、実を申しますと私には専属の騎士様たちがおりますの。それはもうお強い方たちですのよ。いい機会ですから、あなたにも紹介いたしますわ」
「えぇ!? そ、それはどのような……」
騎士たちなど一体どこにいるのか。言っていることが理解できない。
それでもルースが必死に話を合わせようとしていると、それを肯定ととったのかリタが返事を返した。
「うふふ。それは会ってのお楽しみですわ。――それではお呼びいたしますので、少し下がっていてくださいまし。よろしいですか?」
「はい?」
「ふふ、それでは失礼いたします。えぇ、ごほん! ――θφЭ∞Ξνゞψρёʅ( ՞ਊ՞)ʃδЖцяБ∀αΘ∂∝~」
湿気と埃に塗れた薄暗い牢舎に、甲高くも美しい声が響く。両腕を天井に掲げたリタが、なにかを朗々と唱え始めた。
魔法にはまるで縁のないルースにはなにを言っているのか全く理解できなかったが、それでもリタが呪文を唱えていることだけはわかる。
耳に心地よいハミングのような調べ。それが一頻り響いた後に、一際大きな声でリタが叫んだ。
「さぁ、おいでませ! サモン、円卓の騎士たちよ!」
廊下に轟く麗しの呼び声。直後に煙のようなものが湧き出ると、次第になにかを形作り始める。
食い入るようにルースが眺めていると、ついにそれは正体を現したのだった。
それは……いや、それらは確かに騎士だった。
身の丈は軽く二メートルを超えているだろうか。手には剣、斧、槍などそれぞれの得物を持ち、正面からリタたちを見下ろしていた。
黒や銀、金など様々な色の鎧を纏った、見るからに頼もしい屈強な騎士たち。けれど彼らが普通の存在でないことは一目でわかった。
なぜなら、兜から覗く顔が全て骸骨だったからだ。
古の偉大な王を守りし十二名の騎士たち。死してなお主人を守り続ける彼らが、リタとの契約を履行するために冥界から馳せ参じてきたのだ。
漆黒の闇のみが覗く落ち窪んだ眼孔。
それに見つめられたルースが思わず悲鳴を上げそうになる。
「ひっ……!」
けれどそれも一瞬で、直後に別の言葉を吐いた。
「てか……せまっ!」
地下の廊下は、幅90センチ高さ180センチしかない。
そんな狭い通路に、二メートルを超える大柄な騎士たちが十二名もひしめいていたのだ。しかもフル装備で。
「押し競饅頭」さながらにみちみちの廊下。その様子にはさすがのリタも気の毒になったらしい。珍しくしおらしい口調で告げた。
「た、大変失礼いたしました。もっと広い場所でお呼びするべきでしたわね……迂闊でしたわ」
「……」
「と、とにかく、お招きに応じていただきまして感謝いたします。お呼びしたのは他でもありません。しばし私の護衛をお引き受けいただきたく――」
「……」
「そ、そうですわね。まずは広い場所に移動いたしましょうか。話はそれからでも遅くないでしょうし……」
「……」
居心地が悪そうなリタと、じっとりとした騎士たちの視線。
見た目からはわからないものの、厳つい骸骨の顔にはどこか迷惑そうな表情が浮かんでいるような気がした。








