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第325話 妻たる者

前回までのあらすじ


あぁー!! なんか一人増えてるー!!

 式を目前に控えた花嫁と、来賓である他国の女王夫妻。

 この三名だけで内密の話があるため、他の者は皆出て行ってほしい。

 そんな少々違和感のある申し出にもかかわらず、その場の誰も異を唱えなかった。なぜなら、ご存じのようにリタとケビンは旧知の仲だからだ。

 もともと既知の間柄であるうえに、昨年のブルゴー・カルデイア戦役においてはともに戦場で肩を並べていた。さらにカルデイアの城攻めでは、ケビンのためにリタが尽力したとも聞く。


 つまり、今や戦友と言っても過言ではない二人なのだから、他の者に聞かせられない話の一つや二つくらいあるだろう。そもそも女王も同席するのだから、万が一にもおかしなことにはならないはずだ。

 そう判断した両家の者たちは、特に疑問も挟まずにいそいそと部屋を後にしていく。

 もちろんその中にはフレデリクもいたのだが、彼だけはどこか釈然としない様子だった。


 パタリ、と音を立てて扉が閉まる。そして足音が遠ざかるのを確認すると、(おもむろ)にケビンが口を開いた。



「さて……改めて申し上げますが……ばば様、この度はご結婚おめでとうございます」


「うふふ。ありがとうございます、ケビン王配殿下。お約束していたにもかかわらず、自ずから招待状を送ることができずに大変不義理いたしました。こちらにも色々と事情がございますゆえ、なにとぞお察しいただければ幸いです」


 慇懃に、そしてゆったりと礼を交わすリタ。

 するとエルミニアが我慢できずに口を開いた。


「あ、あの……本当にばば様――魔女アニエスなのですよね? 先ほどは他の方々もいらっしゃる手前伺うことができませんでしたが、それにしては随分とその……雰囲気と申しますか、佇まいと申しますか……」


 どうやらリタの様子は、エルミニアの想像とは少々異なっていたらしい。

 夫が平然と話しかけている以上彼女はアニエスに違いないのだろうが、自身の記憶との乖離にエルミニアは混乱してしまったようだ。


 前世で200歳を超えていたアニエスは、エルミニアが物心ついた時にはすでに老人だった。

 その5年後も老人だったし10年後も老人だった。そして魔王討伐に送り出したときもやはり老人だったのだ。

 その彼女が17歳というには幼い童顔を晒し、(あまつさ)え純白のウェディングドレスを纏っているのだから、これを同一人物だと思えという方が無理な話だ。


 言葉が見つからずにエルミニアが言い淀んでいると、リタがニンマリと微笑んだ。それはどこか悪戯っぽく見えた。


「エルミニア女王陛下。この度は遠方よりのご来訪、恐縮至極にございます。さらに赤子を連れての馬車での長旅、さぞご苦労されたかと存じます。重ね重ねここにお礼申し上げる次第でございます」


 完ぺきな貴族令嬢の所作で、深々と頭を下げるリタ。

 その姿に再びエルミニアが挙動不審になってしまう。


「あ、あの……失礼を承知で重ねて伺いますが……あなたは本当にばば様……なのですよね?」


「ふふ……」


「え、えぇと……ち、違うのですか?」


「ふふふ……」

 

「リ、リタ嬢……?」


「ふふ……ふふふ……うはははははっ! 冗談じゃ、冗談じゃよ!! そうじゃ、わしじゃよわし、アニエスじゃよ! ――なんじゃ、それは! まるで鳩が豆魔法を食らったような顔しくさってからに! エルミニアよ、お前も相変わらずじゃのぉ、うははははっ!」


 胡乱な顔のエルミニアに向かって、突如笑い始めたリタ。

 目尻に涙を浮かべて心の底から愉快そうに笑う姿は、まさに前世のアニエスそのものだった。

 たとえ飾り立てられた絶世の美少女であったとしても、滲み出る人柄は間違いなくエルミニアの知る偉大な魔女に違いなかったのだ。

 するとつられたように、ケビンまで笑い始める。


「あはははっ! なんだ、エルミー。もしかして疑っていたのかい? このリタ嬢がばば様かどうか、自信がなかったのか?」


「え……あ、その……も、もう、あなた! そのように意地悪しないでくださいませ!! それにばば様もです! まったくもぉ!!」

 

 からかわれた恥ずかしさから、頬を真っ赤に染めて怒るエルミニア。

 彼女に向かって再びリタが告げた。


「まぁまぁ、そう怒るでないエルミニアよ。相変わらずぼーっとしとるから、ちぃーっと意地悪したくなっての。気を悪くしたならすまんかったわ。――ともあれ、久しぶりに大笑いさせてもろうたわい、ふふふ」


 目尻の涙を拭きながら、懐かしい口調で話すリタ。

 すると突然エルミニアが抱き着いた。


「あぁ、ばば様、ばば様! やっぱりばば様なのですね!? やっとお会いできました!! 12年前、主人から話を聞いて以来ずっとお会いしたかったのです! そして色々とお話をしたかった! あぁ、ばば様!!」


「おぉおぉ、エルミニアや。この12年、お前も色々あったのぉ。さぞつらいこともあったろう。しかしケビンが支えてくれたじゃろ? お前同様、此奴(こやつ)もぼーっとしとるが、幾らかは頼りになったはずじゃ」


「はい、もちろん! つらい時も苦しい時も、いつも主人が傍にいてくれました。だから私はブルゴーの女王などという重責に耐えてこられたのだと思います。これも全てばば様のおかげです!」


「ふふふ、それは良かった。それでこそ我が不詳の息子を厳しく育てた甲斐があったというもの。――よかったのぉ、ケビンや」


「や、やめてくださいよ。恥ずかしいじゃないですか。――なにはともあれ、再び元気に再会できて本当に良かったです。なぁ、エルミー?」


「はい!」



 それから暫し再会の喜びを分かち合った三人ではあるが、ここはやはりというべきか、自然と話題はブルゴーについてになる。

 今やリタの故郷はここハサール王国なのだが、やはり前世で200年以上を過ごしたブルゴーには彼女も一方(ひとかた)ならぬ愛着があった。

 そのためリタは、今では他国のこととは言え、まるで我が事のように親身になって相談に乗ったのだった。


 それから15分も経っただろうか。

 密談と呼ぶには(いささ)か長すぎるとしてそろそろお開きにしようとしていると、(おもむろ)にケビンとエルミニアが背筋を伸ばした。


「式の直前にもかかわらず、無理を言って申し訳ありませんでした。久しぶりにお話ができて、とても楽しかったです」


「なに、お前たちにはいつでも門戸を開いておる。気にするでない」


「ありがとうございます。さて、ばば様。これであなたは本当の意味でハサールに骨を(うず)めることになるのですね。今日ここで結婚し、いずれ子を産み育て、やがて死んでいく――」


「あ、あなた……死ぬだなんて、そんな縁起でもない。今日はばば様の結婚式なのですよ」


「なぁに、かまわぬ。これでまた暫くは会えぬのじゃ。言いたいことを言うがよい」


「すまないエルミー、不謹慎なのは承知のうえだ。――つまり今日よりばば様は、ばば様の人生を生きていくということ。だからもうあなたに頼ることはしません。これから僕らは、自分たちの力だけで祖国――ブルゴーを盛り立てていきます。魔国のみならず、未だ宮廷内にも敵は多い。その他にも問題は山積していますが、エルミーと力を合わせて必ずや次代へと繋げていくことをお約束します」


 明確な決意を感じさせるケビンの言葉。

 リタはそれに満足そうに頷いた。

 

「ふむ、良い心がけじゃ。一国の支配者なんぞ慢心する者も多いものじゃが、お前たちであれば大丈夫じゃろう。次代の王――長男クリスティアンも立派な支配者になるであろうし、わしは何も心配しておらぬ。じゃから、ここハサールで天寿を全うさせてもらうことに決めたのじゃ。――ケビン、そしてエルミニアよ。わしの代わりにブルゴーを頼むぞ」


「かしこまりました。お任せください」


「はい、ばば様。お約束いたします」



 声は違うし、見た目も天使のような美少女であるものの、口調も仕草も、そして佇まいも、その全てがかつてブルゴーが誇った最強魔術師――アニエス・シュタウヘンベルクに違いなかった。

 その厳しくも温かい教えを二人が同時に思い出していると、まるで今生の別れのようにエルミニアが涙ぐむ。


「あぁ、ばば様。必ずまた会いに来ますので、どうかあなた様のお子を抱かせてください。約束です」


「なぬ? わ、わしの子とな……? そ、そうか。そう言われると急にリアリティが湧いてくるのぉ。……ん? 待てよ。ということは、いずれ生まれるわしの子は、ケビンよ、お前の弟妹ということになるんか? むむむ……それはまた……」


 何気ないエルミニアの言葉に急に考え込み始めるリタ。

 するとケビンが朗らかに笑った。


「あはははっ! まぁ、そういうことになりますね。でも、それを言うなら、ばば様はブルゴー女王の姑にあたるのですから。今さらという感じもしますけれど」


「あぁ……そうじゃったのぉ。エルミニアよ、よくよく考えれば、わしはお前の義理の母であり、子供たちの祖母でもあるんじゃったな。それでお前はわしの子の伯母で……いや、違うの、義理の姉になるのか? ん? それも違うか」


「な、なんだかややこしいですね……まぁ、なんでもいいですけれど、近いうちの朗報をお待ちしております。子供って本当に可愛いですよ。あまりに可愛いものですから、私なんて9人も産んでしまいましたもの。――ばば様はそれだけお美しいのですから、生まれてくるお子も絶対に美男美女揃いのはず。それは間違いないですわ。うふふふ」




 それから間もなく、密談が終わったとしてムルシア、レンテリア両家の者たちを控室に入れた。それと入れ違いに女王一家が去っていくと、なにやらフレデリクが面白くなさそうにしているのに気づく。

 なのでリタは訊いてみた。


「フレデリク様、どうかなさいましたか? お加減でも優れませんの?」


「な、なんでもないよ。気にしないでくれ」


「けれど……あぁ、もしや(わたくし)どものお話の内容が気になっておいでなのでしょうか?」


「い、いや、そんなことはないよ。君がブルゴー女王夫妻と懇意なのはよく知っているし、僕に教えられない話なのも承知している。でも……」


「でも、なんですの?」


「これから君と僕は夫婦(めおと)になるんだ。できれば互いに秘密は持ちたくない。だから……その……」


「うふふ。やはり気になるのですね。――よろしいですわ。もしどうしてもと仰るならば、教えて差し上げるのも(やぶさ)かではありませんわよ?」


「え? い、いや……」



 チラチラとリタの顔を眺めるフレデリク。そうは言うものの、やはり気になって仕方がないらしい。するとリタは不意に耳元に口を近づけた。

 耳にかかる温かい吐息と、ふわりと漂う香水の香り。フレデリクがどぎまぎしていると、リタが小声で囁いた。


「エルミニア女王夫妻ですけれど……(わたくし)に秘訣をお教えくださったのです。まさかそんな話を大っぴらにできるわけありませんでしょう? ですから皆様には席を外していただきましたの」


「そ、そうか。と、ところで秘訣とはなんだい? なんの秘訣……?」


「うふふ。()の御仁が子沢山なのはあなた様もご存じでしょう? 先ほどもご家族全員お連れでしたし。――ですから(わたくし)はご教授いただいたのです」


「教授? な、なにを?」


「ふぅ。ここまで言ってもまだお察しいただけませんか? これ以上(わたくし)(はずかし)めないでくださいまし」


 そう言うとリタは、恥ずかしそうに頬を染める。

 しかし、こと女心については鈍いを通り越して鈍感なフレデリクは、変わらず胡乱な顔のまま訊き返した。


「えっ? 辱め?」


「えぇ、そうですわ。――どうすれば女王陛下のようにお子をたくさんもうけられるのか。その秘訣をお教えいただきましたの。そうしましたら、何と仰ったと思います?」


「さ、さぁ……」


「『妻たる者、常に夫を立てねばなりません。キリッ!』ですって!! いやぁん!!」


「ぶっ!!」


「そのうえ、様々なテクニックや手法まで伝授いただきましたの。こんなことや、そんなこと、(あまつさ)えあんなことまで!! ――まさに目から鱗ですわ」


「えぇぇぇぇっ!? そ、そんなことやこんなこと……ま、まさか、あんなことまで!? そ、それは一体……」


 やっと意味を理解したフレデリクが興奮気味に訊いてくる。

 するとリタは、またしても小悪魔的な眼差しで上目遣いに見つめた。


「うふふふ……それはまだ、ひ、み、つ。今夜を楽しみにお待ちくださいな。ねぇ、あ、な、た」


「ごくり……」


 互いに頬を染めながら、まるで秘密を共有するかの如くひそひそと(ささや)き合う若い二人。

 その仲睦まじい姿を、周囲の者たちは半ば微笑ましく、半ば呆れるように眺めていたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] エルミニアとはやっと再会か・・・積もる話もあるはずだけどね ハサールに骨を埋めるか・・・シャンタルさんとの約束は誰にも内緒だからね。 フレデリクとか同年代が軒並み天に召されたら、人知れず姿を…
[一言] フレデリク氏、ここ直近で生唾を飲み込むのを抑えられない模様w。このムッツリめ~ww。
[一言] おめでとうババアお幸せに! 今夜はお楽しみですね! そしてさよならごめんよユニ夫…
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