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第305話 最後の大公

前回までのあらすじ


セブリアン……お前意外といい奴なのか……はっ!!

 命からがら城から飛び出してくるカルデイア兵たちと、手ぐすね引いて待ち構えるブルゴー兵たち。

 その衝突は瞬く間に決着がついた。


 後の戦史にも記されたとおり、決してそれは戦と呼べるようなものではなかった。

 武器も持たず、戦意すら失った相手を一方的に屠るその様は、強いて言うなら「虐殺」と呼ぶべきか。

 いずれにしても全戦力の6割以上もの兵が命を落としたカルデイアに対して、ハサール側は僅かに13名。

 その事実は、まさに「虐殺」との呼び名が相応しいことを物語っていた。


 ほぼ全てのカルデイア兵が城の外に出たのを確認すると、それまで猛威を振るっていた魔獣――マンティコアの群れは、まるで煙が消え去るかの如く姿を消した。

 そして残りの1匹――召喚主が「マンさん」と呼ぶ個体――だけが残る。

 そんな見るも恐ろしい魔獣を傍らに(はべ)らせながら、リタが告げた。



「さぁ、皆様。遂に敵城は(もぬけ)の殻となりましたわ。見たところこちらの被害は皆無に等しいようですし、これはまさに『無血開城』と呼ぶに相応しい成果ではないかと思いますの。ねぇ、隊長様方」


「お、おぅ……」


「い、いや……どこが無血だよ……むしろ血(まみ)れじゃねぇか……」


「はい? なんですの?」


「な、なんでもありません……」


 勢いよく勝鬨(かちどき)の声を上げる味方の兵を、これ以上ないほどの極上の笑みで眺めるリタ。

 それと同時に手近にいた数名の隊長たちに声をかけたのだが、その答えはあまり芳しいものではなかった。

 

 なぜなら、彼らは皆リタを恐れていたからだ。

 いや、正確に言うなら、リタの横に佇むマンティコアに及び腰になっていたのだ。


「グルルゥゥ」


「おや? マンさん、どうされましたの? もしや食べ足りなかったですの? ――あらあら、それはごめんあそばせ。次こそはお腹いっぱいにできればいいですわねぇ」


「ガウワウゥ」


「うふふふ……可愛い子。それではまた近いうちにお呼びしますので、それまで良い子で待っていてくださいまし」


 この世のものとは思えない、巨大で凶暴な魔獣――マンティコア。

 その顎を優しく撫でる小柄で華奢(しかし巨乳)な魔女を見つめながら、彼女が味方で本当に良かったと皆心の底から思うのだった。




「うわぁ……」


「こ、こりゃあひでぇ……」


「うっ……おえぇぇぇぇ!!!!」


 端から予想していた通り、ライゼンハイマー城内は凄まじい有様だった。

 最早(もはや)原形すら留めていない数千にも及ぶ肉片と、(おびただ)しい数の兵士の死体。

 それらが無数に散らばる城内は床も壁も天井も一切の区別なく真っ赤に染まり、()せ返るような血の匂いに満ちていた。


 名前の由来――「人食い」からもわかる通り、マンティコアの好物は人肉だ。

 その中でも特に柔らかい喉笛と(はらわた)を好むため、死んだ兵士は皆一様にそれらを食い荒らされていた。

 さらに敵を威圧する目的で必要以上に死体を損壊したため、城内はとても正視できるような状態ではなくなっていたのだ。


 戦も終わり、城内に侵攻したブルゴー兵たちはその光景に絶句した。

 ある者は凍り付き、ある者は悲鳴を上げ、そしてある者は嘔吐する。

 その光景を眺め廻しながら、渋面のケビンが口を開いた。


「リタ嬢……これは想像以上に酷い有様だが……果たしてセブリアンまで殺してしまってはいないだろうか」


「恐れながら殿下、それは問題ないかと。マンさんからの情報では、敵大公は部下により武装解除させられたうえ、離宮に閉じ込められているとか。 ――もとより兵士以外は殺すなと厳命しておりました故、恐らく無事かと思われますわ」


「マ、マンさんって……意思疎通できるのか? その魔獣と……?」


「あら嫌ですわ、殿下。こう見えてマンさんはかなり賢いですのよ。こちらの言葉も理解しますし、言っていることもわかりますもの。そのうえ、待てとチンチンもできますの。 ――ねぇ、マンさん?」


「ガウワウゥゥ……」


「チ、チンチン……そいつ、オスなのか? それは何よりだ……」


「は?」



 変わらずリタの横で唸り声をあげるマンティコアのマンさん。

 その姿に(いささ)か及び腰になりながら、ケビンが声を上げる。


「皆の者、よく聞け!! 兵士以外の者たちは未だ生きているはずだ。まずは城内の隅々まで調べ尽くして生存者を集めろ!! ――いいか、生きている者たちは全員非戦闘員のはずだ。くれぐれも手荒な真似は慎むように!!」


「はっ!!」


「それからもう一つ。城内の掃除と片付けは其奴(そいつ)らにやらせるつもりだ。自らここを掃除したくなければ、速やかに生存者を連れてこい!! ――わかったら行けっ!!」


「りょ、了解しました!!」


「た、只今すぐに!!」 


 無数に散らばる死体と肉片。そして周囲を染める真っ赤な血。

 この惨状を敢えて掃除したい者など誰一人いないだろう。

 その証拠に、兵たちは必死の形相を隠すことなくまるで蜘蛛の子を散らすように駆け出して行ったのだった。

 

 そんな様子を変わらぬ渋面で眺めているケビンにリタが告げた。


「それでは殿下。(わたくし)どもは中庭の離宮にでも行ってみませんか? 恐らくそこに()御仁(ごじん)がいるのではないかと愚考いたしますわ」




 ――――




「へ、陛下……ご覧ください。あの恐ろしい魔獣どもが跡形もなく消え去りました。まるで煙のように……」


「……ふん、遂に終わったか。どうやら兵どもは全員死に絶えたようだな。これで名実ともにカルデイアは終わったというわけだ」


「陛下……」


 城の中庭の隅に建つ小さな離宮。

 その一室で、カルデイア大公セブリアン・ライゼンハイマーと宰相ヒエロニムス・ヒューブナーが言葉を交わす。


 今や見張りの兵も騎士も全て姿を消していた。そのため逃げようと思えば幾らでも逃げられたのだが、敢えて彼らはそのまま部屋に残り続けたのだ。

 とは言うものの、恐ろしい人食い魔獣が闊歩している以上、外に出たくても出られなかったというのが正直なところなのだが。


 雑談に興じながらも変わらず屋外を伺い続ける二人。

 その周りには、世話役メイドや調理番などの離宮付きの使用人が取り囲み、まるで縋るように見つめていた。

 会話すら無視し、あれだけ事務的な対応に終始していた彼らではあるが、ここにきてすっかりセブリアン、そして宰相に依存していたのだ。


 そんな無数の視線を受けながらどうしたものかと思案していると、突如メイドが叫んだ。


「へ、陛下!! だ、誰か来ます!! あれは――」


「どうやら中年の男と若い女のようです。その他にも取り巻きが多数。あれは……ブルゴー軍の軍服です」



 その言葉を聞いた途端、皆の顔に安堵が浮かぶ。

 敵兵の登場にその反応は違和感があるのだろうが、この状況ではそれも致し方ないと言ったところか。

 (およ)そ意思疎通できそうにもない恐ろしい人食い魔獣に対し、敵とは言え言葉の通じる人間。

 そのどちらに投降するかと問われれば、10人中10人が後者を選ぶだろう。


 そんなやむを得ない状況に理解を示しつつも、セブリアンは面白くなかった。

 このまま捕らえられてしまえば宿敵ケビンと刺し違えることすらできなくなってしまう。

 精々縄を打たれて地面に転がされるのがオチだろう。

 そんな中、宰相ヒューブナーが呟く。


「あれは……勇者ケビン。そうだ、ケビンだ、間違いない……。以前見た姿絵そのままだ……」


「なに?」


「陛下。こちらに向かって来る男ですが、あれは間違いなくケビンです。ブルゴー王国の王配にして伝説の『魔王殺し(サタンキラー)』、勇者ケビンに間違いありません」


「ケビン……だと?」


 果たして理解しているのかいないのか。セブリアンはその言葉に咄嗟に反応しなかった。

 しかしその代わり周囲の者たちが我先にと窓辺へ駆けていく。そして()の有名な「魔王殺し(サタンキラー)」を一目見ようと外を覗き見た。



 真っ赤に染まった中庭を、真っすぐ歩いてくる集団。

 その中心に彼はいた。

 国民から絶大な人気を誇り、四男四女の子沢山から親しみを込めて「ブルゴーの種馬」と揶揄される伝説の英雄――ケビン・コンテスティ。


 勇者、英雄と呼ばれるわりには(いささ)か背が低く、小柄な体躯の男に皆が興味津々に視線を注いていると、突然セブリアンが叫び出す。


「なにぃ!! ケビンだとぉ!!!! どこだ、どこにいる!? 奴はどこだぁ!?」


「へ、陛下、落ち着いてください!! 只今ケビンは中庭を歩いてこちらに向かっているところです。ど、どうか落ち着いて――」


「うぬぅあぁぁぁ!! これが落ち着いてなどいられるかぁ!! 」


 暗く沈み、濁った両目を大きく剥いて、セブリアンは叫び続ける。

 ジルダが生きていた頃にはそこに明るい光が滲んでいたが、今では暗い闇しか見ることができない。

 さらにここ最近の常軌を逸した言動を見る限り、すでに彼は半ば狂っているとしか思えなかった。

 それでも彼はカルデイアの大公に違いなく、その事実だけは如何ともし難かった。


 そんな哀れな亡国の国家元首になりつつある男に、宰相ヒューブナーが告げる。

 その顔には苦しい表情が浮かんでいた。



「よろしいですか陛下、よくお聞きください。このような状況になってしまいましたが、貴方様は未だカルデイアの大公なのです。そしてここに向かってきている男はブルゴーの王配。 ――言わば実質的なブルゴーの支配者です」


「それが何だと言うのだ!! 俺はヤツを殺すと誓ったのだ、邪魔をするなぁ!!」


「陛下!! お願いでございますから、話をお聞きください!! ――いいですか? こちらも国家元首、あちらも実質的な国家元首なのです。つまりこれは国の支配者同士の話し合いということ。 ――そこにいきなり暴力を用いるのは悪手です!!」


「貴様ぁ、何が言いたい!?」


「確かに我々は負けました。それも惨敗です。軍は全滅、城が落ちたのも紛れもない事実。しかし地方の貴族たちは未だ存命ですし、そこには既存の支配体形も残っています。 ――私が申し上げたいのは、陛下から王配ケビンに交渉していただきたいということなのです!!」


「交渉だと!? 一体何のつもりだ!?」


「今後この国は、間違いなくブルゴーの支配地となるでしょう。しかしそこには旧態のカルデイア貴族たちの協力は欠かせません。如何に戦勝国とは言え、全てを自分たちだけで支配するなど不可能ですから、必ずそこは妥協してくるはず!!」


「なんだ、貴様。この俺に命乞いをさせるつもりか? あのクソ忌々しい『ブルゴーの種馬』に!?」


「そうです、命乞いをするのです!! 確かに全てではないでしょうが、そうすることによって地方貴族の幾つかはこのまま存続を許されるのです!! もちろん我がヒューブナー家を存続させよなどとは申しません。さすがの私もそこまで厚顔(こうがん)ではありませんから」


 激高するセブリアンをなんとか説得しようと試みるヒューブナー。

 地肌が見える頭頂部から湯気が出そうになるほど顔を真っ赤に染めて、必死に大公に縋り付く。

 そんな宰相を忌々しそうに見つめながらも、次第にセブリアンは大人しくなっていった。



「そうか、命乞いか。 ――なれば問う。そうすることによって、この俺はどうなる? 俺も生き永らえると思うか?」


「そ、それは……」


 思わず言い淀むヒューブナー。

 しかし決死の覚悟でこう告げた。


「恐れながら申し上げますが……陛下は無理でしょう。地方貴族の存続を約束させる代わりに、間違いなく陛下は処刑されます。なにより先代国王イサンドロの敵討ちを旗印にしている以上、如何にブルゴーと言えどそこだけは絶対に曲げられませんから」


「そうか……それなら仕方あるまい。幾つかの臣民を生き永らえさせる代わりに、この俺が命を捨てる……か。なんとも胸が熱くなる話ではあるな」


「そ、それでは陛下……」


「ふむ……よいか、ヒューブナー。お前には随分と世話になった。この国に拾われてから10年。お前がいなければここまで生き延びられなかったのも事実。 ――そして何より、あのジルダと引き合わせてくれたのもお前だからな」


「あぁ陛下。おわかりいただけてこのヒエロニムス、感謝の念に堪えません」


「ふふん、そうだな。なれば……これが答えだ」


 そう告げるとセブリアンは、パッと顔を明るくしたヒューブナーに歩み寄る。

 そして――胸に剣を突き刺した。




 まるで信じられないと言わんばかりのヒューブナー。

 己の胸から突き出る短剣とセブリアンの顔を交互に見ながら、力なくよろよろと後退っていく。

 それでも彼は必死に口を開いた。


「へ……陛下……こ、これは……一体何のおつもりで……?」


「ヒューブナー。お前は何もわかっていない。俺にとってこの国は、今や何の価値もないのだ。ジルダのいないこの国など最早(もはや)守る意味すらない」


「へ、陛下……」


「それなのに命乞いだと? ふっ、笑わせるな。なぜ俺がこんな国のために命乞いをせねばならんのだ。それこそ全く意味がわからぬわ。 ――俺がこんなクソみたいな人生を歩んだのは、そもそもこの国のせいではなかったか?」


「……」


「先代大公とその妹……すでに死した奴らに今さら復讐などできようはずもない。しかしこの国自体を滅ぼすことができたなら、それはまさに果たされるというもの。 ――俺をこんな目に遭わせたオイゲンとローザリンデの変態兄妹に、今こそ見せつけてやろうではないか」


「ぐふっ……へ、陛下……」


「どのみちこの国は終わりだ。なればこの俺――カルデイア最後の大公とともに完全に滅んでもらおう。カルデイアと名の付く者など、一人も残すつもりはないからな。 ――今だから言うが、俺はそのためにこの国の大公を引き受けたのだ。ふふふ……」


「そ、そんな……」


「俺を産み落とした両親――オイゲンとローザリンデはさぞ無念であろうな。己が犯した過ちがこの国を亡ぼす原因になったのだから。悔やんでも悔やみきれまい。ふはは、なんとも因果なものだ」


「……」


「俺はお前に感謝している。それは紛れもない事実だ。だからお前には、特別にこの国が滅ぶ瞬間に立ち会わせてやろう。 ――中々ない貴重な体験だぞ。ふふふ……泣いて喜べ」


「セ、セブリアン……陛下……ぐふっ、がはっ!!」


「お前は俺をわかったつもりでいたようだが、その(じつ)何もわかっていなかった。精々己のその不見識を恨むがいい」



 激しく咳き込むヒューブナーは、最早(もはや)立っていられないとばかりに床に座り込んでしまう。

 その彼を一瞥すると、セブリアンはそのまま離宮の出口へと向かう。

 そして一度も振り返ることなく、外に出て行ったのだった。

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[一言] 芸のチンチンが出来るからオス、っていうのは間違った認識ですよ。 チンチンって言うのは鎮座が語源って言うのが主流なので性別は関係ないです。 わかっててネタでやっているのなら差し出がましいかもし…
[一言] 宰相探偵が死んだ!この人でなしー!! 物理攻撃に弱いから・・・チクショウ! 死なないでヒューブナー!あんたが死んだら誰が終戦手続きをするの!
[気になる点] あまりに目を覆う様な凄惨で非人道的な虐殺行為を行ったら、周辺国から非難されたりしないのかな。普通だったら国際的に問題視されそうな気がするけど、どうなんだろう…。 [一言] リタが、ブル…
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