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第300話 夫婦の仲

前回までのあらすじ


歩く戦術核兵器(リタ)が着々と近づいているというのに、内紛なんてしている場合か。

「失礼ですが陛下。我々が全て良いようにいたしますので、それまでどうか、こちらでごゆるりとお休み下さい」


「ごゆるりとだと!? ふざけるな、貴様ら一体なんのつもりだ!! 何の権限があって俺をこんなところに閉じ込める!!」


「私はメスナー様に(めい)を受けただけですので、詳しいことはわかりかねます。事が済むまで、くれぐれも陛下をここから出すなと厳命されておりますので、何卒ご理解ください」


「理解!? 理解だとぉ!! そんなものができるわけなかろう!! ――いいか、貴様!! 俺はこの国の大公なのだぞ!! 故に貴様の言うメスナーよりも俺の(げん)が優先されるのだ!! よもやそれすらもわからぬか!!」


「……どうかお静かになさるよう、重ねてお願い申し上げます。御身の自由以外には決してご不便、ご迷惑はおかけしないと誓いますので、何卒ご容赦を」


 その後セブリアンは城内の居室から中庭の離宮へと身柄を移された。

 もともとそこは身分の高い者を一時的に隔離する場所だったため、窓という窓には全て鉄格子が嵌められており、出入り口も表と裏に二箇所しか無い。

 そのため今回はそこが格好の幽閉場所に選ばれて、迷うことなく放り込まれた。


 もちろん建前上は大公の「保護」ということになっているため、当然世話役メイドや執事なども配置されていた。しかし彼らは余計なことは一切喋らず、慇懃でありながらも事務的な対応に終止した。

 その状況に初めこそ怒り心頭のセブリアンだったが、どんなに怒鳴り散らそうとも一向に反応がない使用人たちを見るにつけ、嫌でも現実を受け入れざるを得なくなってしまうのだった。


 

 離宮に放り込まれて3日。

 その間も一切外出は認められず、それどころか四六時中監視される毎日だ。

 セブリアンは半ば諦めと自嘲の浮かぶ顔を隠そうともせず、今日も朝から邸内を歩き回っていた。

 すると、突然見知った姿が視界に入る。

 彼は深く考えることなくその背に声をかけた。


「ほう。まさかお前までここに放り込まれていたとはな。まるで気づかなかったぞ――我が妻よ」


「ひっ!!」


 突如背後からかけられた、聞き覚えのある声。

 まるで飛び上がらんばかりに驚くと、同時にその人物は背後を振り向いた。


 真っ直ぐに伸びた薄茶色の髪と緑がかった瞳が印象的な、スラリと背の高い肉感的な肢体。

 高価なレースをふんだんにあしらった豪奢なドレスを身に纏う、20歳(はたち)そこそこの若い女性。


 そう、それは紛うことなきペネロペ・フーリエ公爵令嬢だった。

 いや、正確に言うなら今の彼女は「ペネロペ・ライゼンハイマー」だ。それは何故なら、今からひと月前に大公セブリアンと結婚していたからだ。

 とは言え、戦時中につき式は省略、国民への周知も事後といった徹底した地味婚だったのだが。


 一国の大公が妻を娶るなど、これほどめでたいことはない。そのため本来なら戦が終わった後に大々的に挙式を行うはずだった。

 にもかかわらず、まるで時節柄を気にすることなく結婚を強行したのは、セブリアンの強い意向によるものだ。

 その理由は、妻――ペネロペへの復讐に他ならなかった。


 間接的にではあるが、最愛の恋人――ジルダを死に追いやったとして、セブリアンは決してペネロペを許そうとしなかった。

 しかし国内有数の有力貴族、フーリエ公爵家の令嬢である地位や自身の立場を鑑みると、如何に大公とは言えさすがにペネロペを殺すことは憚られた。


 そのためセブリアンは、戦時中にもかかわらずペネロペとの結婚を強行した。

 もしも国が滅ぶなら、妻であるペネロペも道連れにしてやろうと画策したのだ。

 それほど彼は、ペネロペだけが生き残ることを許さなかった。


 

 声をかけられたペネロペは、文字通り飛び上がって驚いてしまう。

 そして同時に隠しようのない恐れと怯えを浮かべたのだが、その顔は以前とかなり異なっていた。


 左の眼球は潰れて濁り、右の頬は陥没。自慢の高い鼻は潰れて曲がり、折れた歯が突き出た頬には今も大きな傷跡が残る。

 唇は裂けたまま固着してしまい、今や発音にも難儀するほどだった。


 もちろんそれは、セブリアンの仕業だ。

 ジルダを殺された彼が怒りに任せて殴りまくった結果、ペネロペの顔は最早(もはや)修復不可能なほどのダメージを受けていたのだ。


 もちろん怪我直後に治癒魔法を駆使していればある程度元通りになっていたのだろうが、当のセブリアンがそれを許さなかった。

 そのため、ろくな治療もされないまま放置されたペネロペには、美しいと評判だった以前の面影は全く見えなくなっていた。


 それまでずっと美しいと持て囃され、満更でもなかった。

 それどころか他に並び立つ者がいないと思うほど、己の美に酔いしれていたのだ。

 しかしある日を境にすっかり変わり果ててしまった自分の顔。それを悲観して泣き続けたペネロペは、今ではすっかり顔を隠すようになってしまった。


 深いフードをすっぽり被り、決して人に顔を見せようとしないペネロペ。

 しかし今の彼女は、驚きのあまりその素顔を晒してしまっていた。

 そんな妻に向かってセブリアンが言葉を投げる。その顔は何処か嗜虐的に見えた。



「久しいな、ペネロペよ。あれから随分と経ったが、すっかりお前のことなど忘れていたわ。 ――お前が俺の妻であることさえ、たった今思い出したくらいだ」


「へ、陛下……ど、どうか、ご容赦を……すぐに御身の前から姿を消します故、今しばらくお時間を――」


「よい、かまわぬ。どうせ暇なのだ。少し話でもしようではないか。俺とお前は夫婦なのだぞ? 多少話をしたところでおかしなことでもあるまい」


「ひぃぃ……」


 壁に背を押し付けながら必死に遠ざかろうとするペネロペ。

 醜い顔を隠すことさえ忘れ果て、もはや必死に逃げることしか考えていなかった。

 しかしセブリアンはずかずかと無遠慮に近づくと、(おもむろ)にその顎を掴み上げた。


「ふふふ……随分とまた良い顔つきになったものだな。しかしお前には、よく似合っていると思うぞ。 ――醜い性根のお前には、その醜い顔こそが相応しい。くくく……」


「ひぃっ!! お、お許しを……お願いでございます、もう堪忍してくださいまし……後生でございますから……」


 必死に逃げようとして、激しくペネロペが身体をくねらせる。するとなにかに気づいたようにセブリアンが動きを止めた。

 何を思ったのか、ジッと一点を見つめ始めるセブリアン。

 その視線の先を追っていくと――そこにはペネロペの身体があった。


 顔に大きな傷を負ったものの、もとより男好きする肢体は健在だった。

 動く度に大きく揺れる豊満な胸も、存在感のある若々しい臀部も、その全てが思わず劣情を誘うものだったのだ。

 

 そんな妻の身体を、舐めるような目つきで眺めながらセブリアンが口を開く。



「そういえばペネロペよ。俺とお前は夫婦であるのに、未だ初夜も済ませていなかったな。それではあまりに不憫というもの。 ――せめて死ぬ前に、お前を女にしてやろうではないか」


「いやぁ!! お、お助けを、お慈悲を!! どうかセブリアン様!!」


「やかましいぞ、このメス豚が!! 四の五の言わずに、さっさと服を脱げ!! それともその高価なドレスを破られたいか!? ――おっと、顔はフードで隠しておけよ。その醜い(ツラ)を見ていると、さすがの俺も萎えてしまうからな。くくくく……」


 歪んだ笑いとともに乱暴に押し倒そうとするセブリアン。そこから必死に逃れようとするペネロペ。

 その様子は周囲のメイドも執事も見張りの騎士たちも皆見ていたのだが、今や誰も助けようとする者はいなかった。




 ――――



 

「さぁ、見えてきましたわよ。あれがカルデイアの首都ベラルカサですわ!! ――にしても、ふぅーむ……思っていたよりも随分と大きいですわねぇ」


 小高い丘の上に仁王立ちになりながら、何処か能天気な声を上げるリタ。

 「ふんぬっ」とばかりに胸を反らし、腰に手を当てて朝日を浴びる姿は妙に様になっていた。


 眼下には80万もの人口を抱えるカルデイア随一の都市――ベラルカサ。

 そして背後には勇者ケビン率いるブルゴー軍の兵士たち。

 その景色に感慨深そうなリタだったが、実のところ彼女以上に兵たちのほうが感無量だった。


 遠く故郷を離れた異国の地。

 遂にその最深部まで到達したブルゴー兵たちは、出発した時からすでに半数にまでその数を減らしていた。

 一緒に発った仲間たちは二人に一人が命を落とし、死体を埋めることさえ叶わぬまま道端に放置してきた。


 その事実にずっと鬱々としていた兵たちだったが、やっとここに来て小さな笑みが見え始める。

 とは言うものの、ここからが本当の正念場だ。

 もしもこの一戦で負けてしまえば、今までの苦労と仲間の犠牲の全てが無駄になる。

 そのうえ再び祖国の地を踏むことすら叶わない。


 そんな彼らではあったが、その(じつ)悲壮感は全くなかった。

 その理由は、自らが仕える王配ケビンの現実離れした強さと、ハサールからの助っ人魔術師――リタの常識外れの魔法のおかげだ。



 ケビンに対する兵たちの信頼は最早(もはや)崇拝に近い。

 もっともそれは無理もなかった。

 カルデイア軍を全滅させた凄まじいまでの戦いぶり、そして漆黒の腕の首領――ゲルルフとの一騎打ちは、すでに兵たちの間では伝説になっていたからだ。

 

 どんな困難が訪れようとも、伝説の英雄「魔王殺し(サタンキラー)」が必ず最後になんとかしてくれる。

 彼さえ健在であれば、決して負けることはない。

 そんな絶対的な信頼のもと、ケビンは多くの尊敬と崇拝を集めていた。


 とは言え、その裏でケビンのロリコン疑惑が(まこと)しやかに囁かれているのは秘密だ。



「ついに決戦の時!! さぁ、行きますわよぉ!! ――苦節10年。やっとあの(・・)くそったれセブリアンに鉄槌を食らわす時が来ましたのね。本当に感慨深いですわ」 


「ブヒン、ブフン、ブヒヒヒン!!」


 愛馬であるユニコーンのユニ夫に跨がりながら、リタは眼下の都市を見下ろす。

 その瞳には何が映っているのだろうか。

 レンテリアの灰色の瞳は、朝日を浴びて美しく輝くだけで何も語ろうとはしなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] これこそが、セブリアンの想いから導き出される愛憎劇(ジルダとペネロペ)だなwww。
[一言] うーむ、セブリアン、ブルゴー軍が迫る中、後宮に引きこもってお盛んしてた暗君として後世に残る流れでは。。。 まぁ、仕方ないね
[良い点] 300話おめでとうございます。 物語が進むに連れて面白くなってきます。 応援してますので、1000話まで宜しくお願いします。
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