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第30話 ハゲにハゲと言ったらキレられた件

前回までのあらすじ


ハゲでぶ

「おい、ハゲ。わちが行くんイヤ言うたら、どないしゅる?」


 それまでずっと両親の陰に身を隠していたリタが、突然口を開いた。

 それも母親のエメの背後から小さな身体を覗かせて、愛らしくも挑戦的な顔をゲプハルトに向けている。

 嘲る、或いは小馬鹿にしているともとれる何とも形容し難い表情をその顔に浮かべて、リタはまっすぐに庶務調査官を見つめていた。


「おい、子供、それはどういう意味だ? お前に選択肢はないと思うが?」


 (およ)そ四歳児に向ける言葉とも思えないような口ぶりでゲプハルトが返答する。その顔は仏頂面になっている。

 その答えが気に入らなかったリタは、愛らしい細い眉を器用に片方だけ上げると、まるで面白くなさそうに答えた。


「かかしゃまもととしゃまも、嫌がっておろうが。もちろん、わちもお前なんぞと一緒に行きとうないわ。はよ帰れ、このハゲでぶ」


「な、なにぃ……!? オットー子爵の正当な代理人たる私に向かって帰れだと!? お前は誰に向かって物申しているのかわかっておるのか!?」


 次第に頭に血が上り始めたゲプハルトが口元をピクピクと痙攣させながら口を開くと、リタは間髪入れずに答えた。


「誰にぃて、おまぁに言うとるろ。そんくらいわからんか、ハゲ」


「う、うぬぅ……!! 貴様、言うに事欠いて、私をハゲだと? ハゲだと言うか!?」


「ハゲにハゲと言うて何が(わりゅ)い? ハゲはどう足掻いてもハゲじゃろ。なんぞ、小汚くハゲ散らかしおってからに」


 小さく愛らしい外見には全く似合わぬ毒舌を吐く幼女と、それに向かって顔を真っ赤にして怒り狂うハゲ散らかしたハゲ。

 その様子を隣で見ている二人の騎士の肩が小刻みに揺れている。

 上司の手前、絶対に笑ってはいけない場面なので、彼らも彼らで必死だった。

 


「うぬぬぬ……!! おのれぇ、幼子だからと優しい顔をしておれば、付け上がりおって!!」


(やしゃ)しい顔なじょ、ひとちゅもしちょらんではないか、このハゲ。おまぁの顔は、まるで幼女を舐めまわしゅ変態にしか見えんじょ」


「な、な、な……!!」


「大方こにょあと、馬車の中で、わちにえちぃ事をしゅるつもりじゃろ。この変態ロリコンハゲ――」


「ゆ、許さん!! 許さんぞ!! 領主様の正当な代理人である私を愚弄するなど、決して許されることではないのだ!!」


「うるしゃい、ばーか、ばーか。はよ帰れ、このハゲっ」


 これまで散々「ハゲ」を連呼した挙句、最後にその場で「ばーか、ハゲ、はげバ~カ~」などと即興の歌を歌いながらクルクルと踊り始めたリタを見ると、ゲプハルトは怒りのあまり頭の先まで真っ赤になった。

 その地肌の見える頭頂部からは、まるで湯気が上がる勢いだ。


「あはははは――ハゲのてっぺんから湯気がでちょるじょ!! こりはおもろいのぉ!! うはははは――」

 

 そしてその姿を指差して余計にゲラゲラ笑い始めた幼女の姿に、ついにオットー子爵領庶務調査官クンツ・ゲプハルトは堪忍袋の緒が切れたのだった。




「お、お、お、おのれ、許さんぞ!! もう勘弁ならん!! このクソガキは今すぐ連れて帰る!! そしてお前らも捕縛だ!!」


「そ、そんな!! こ、この子の非礼は私たちが代わりにお詫びいたしますので、何卒(なにとぞ)お考え直しを!!」


 ゲプハルトの激高に恐れを抱いたフェルとエメが慌ててその足元に駆け寄るが、両脇を護る騎士二名に素早く遮られてしまう。

 しかしこの期に及んでも騎士たちの肩は小刻みに震えており、彼らは笑いを堪えるのに必死だった。


「お、お、お前たちも何が可笑しい!! 笑うな、無礼者が!!」


 しかしそれに気付いたゲプハルトの一喝で、何とか笑いを堪えられたようだ。

 ゲプハルトは領主のもとで庶務調査官の地位に就いているが、彼自身も下級とは言え貴族の一員だ。だから一介の騎士が逆らえるわけもなかった。

 だから「笑うな」と言われれば、彼らは口を閉ざして背を伸ばし、姿勢を改めるしかないのだ。


 リタたちが住むこのオルカホ村一帯は、オットー子爵が治める領土だ。

 だからその領民である村人は、如何なる理由があろうとも領主、()いてはその部下であるゲプハルトに逆らうことは許されない。

 何故なら彼らはオットー子爵の所有物だからだ。


 それは村人たちの生殺与奪が領主の判断に任されていることを意味し、その正当な代理人であるゲプハルトにも当然その権限はある。

 しかしそれを嘲笑うかのように、両親の後ろでいまもリタは「ば~か~ハ~ゲ~」と歌いながら踊っている。

 

 

 そんな娘に言い聞かせて歌と踊りを止めさせると、必死な顔の両親は尚もゲプハルトに言い募った。


「お願いです。この子の非礼はお詫び致しますので、どうか、どうかご容赦を――」


 両親は簡単に「非礼」というが、仮にも一領主の代理人である庶務調査官に向かって散々「ハゲ」と連呼した挙句にそれを歌詞にした歌を歌いながら踊ったのだ。

 場合によってはその場で斬り殺されても文句は言えないほどの無礼な行為と言えよう。


 そして怒り狂うゲプハルト本人が寛容の心など見せるはずもなく、両脇を護る騎士に向かって無慈悲に言い捨てた。


「おい、お前たち!! こいつの親を斬り捨てろ!! いいか、くれぐれも子供には手を出すなよ。こいつは無事に領主様のもとへ送り届けなければならんからな!!」


「――畏まりました」


 感情をむき出しにする庶務調査官の命令に、騎士二人は揃って返事をする。

 彼らとて血の通った人間なのだから、目の前の不憫な村人と不寛容な上司の命令に対して思うところもあるのだろうが、そんな感情などはおくびにも出さずに淡々とその命令を実行しようとしていた。


 その姿を見る限り、彼らはこのような任務には慣れているのだろう。

 もとよりこんな上司のもとで仕事をしているのだ。その命令に対して一々良心の呵責を覚えているようでは務まらない。

 その証拠に、二人の騎士は何ら警告を発することなく無言で剣を抜き放ったのだった。



 

「なっ……なにを……!!」


「ひっ!!」


 全身に鎧を纏ったフル装備の騎士二名が、ギラリと不気味な輝きを放つ剣を握り締めてフェルとエメに近づいて来る。

 まるで容赦のないその姿に覚悟を決めたのだろうか、フェルが農作業用のカマを咄嗟に地面から拾い上げると剣の構えをとった。


 今でこそこんな片田舎で農夫に身を(やつ)しているが、フェルとても生まれは伯爵家だ。

 だから彼も幼い時からその身体に剣技を叩き込まれている。

 しかし剣士としては決して優秀な生徒とは言えなかったフェルは、大人になった今でも決して剣闘は得意ではなかった。

 現にいまも必死にカマを構えてはいるが、腰が引けたその姿は決して強そうには見えない。


 

 そんなフェルの構えを見た騎士は、「ほぅ……」と少しだけ驚いたような表情を浮かべた。

 へっぴり腰ではあるが、彼らにはフェルの構えが貴族の剣技の型であることがわかったようだ。


「貴様、それをどこで学んだ? ただの農民が身に付けられるものではないだろう」


 騎士の一人が面白そうに口を開いた。

 嗜虐心に溢れた表情をその顔に張り付け、どこか楽しそうに片方の口角を上げている。

 目の前の農夫がただ殺されるだけの存在でない事を理解した彼は、すこし相手に抵抗させてみようと思いついたようだ。

 それは決して良い趣味だとは言えないが、これで数分だけリタの両親の寿命が延びたことになる。


 しかしフェルは、その問いかけには答えずに、草刈用のカマを必死の形相で構えているだけだ。

 そんな死に物狂いとも言える姿に向けて小馬鹿にするような鼻息を漏らすと、騎士の一人が剣を振りかぶりながらソロリと足を踏み出した。

 ついに彼は上司の命令を実行することにしたのだ。



「リタ!! エメラルダ!! お前たちは逃げろ!! 裏の山に逃げ込めば追っては来られん、早く行け!!」


「あ、あなたは!? このままだと殺されてしまう!!」


 必死の形相でエメも叫ぶ。

 彼女は今にも夫の背に縋りつこうとしているが、状況がそれを許さない。

 夫の目の前には、剣を振り上げた騎士がすでに迫っているのだ。

 しかしそんな切羽詰まった状況の中、場違いなほど甲高く、のんびりとした声が突然響き渡った。


「じゃが断る!! こやつらを見ちょると、腹が立っていかん。弱い(もにょ)をいたぶりゅヤツを、わちは好かん。もう許しぇぬわ」


「リ、リタ、何を言ってる!! かか様と一緒に早く山の中へ――」




 ドガン!! 

 ガラガラガラ――

 ボボン!!



 気づけば、物凄い音を立てて馬車が吹き飛んでいた。


 目の前の騎士をけん制するのに精一杯で、フェルは背後を振り向くことさえも出来ずに叫んだその時、突然大きな音を立ててゲプハルトが乗って来た馬車が宙を舞ったのだ。

 それは軽く二十メートルは空を舞ったかと思うと、そのままの勢いで地面に激突してバラバラに砕け散った。


 しかし不思議なことに馬車を引いていた馬の手綱は予め切られていて、二頭の馬は巻き込まれることなく無傷だったのだ。


「なっ……!!」


「えっ……」 


「あっ……」



 地面で砕け散った馬車の残骸を前にして、この場の全員が目を見開いていた。

 全員がこの瞬間に何が起こったのを理解できないまま、ただひたすらに大きな口を開けて、直前まで馬車であった残骸を見つめることしかできなかったのだ。


 それだけその光景が彼らの理解の範疇を超えていたということだ。

 それもそうだろう、馬二頭でなければ引くこともできない大きさの馬車が突然宙を舞ったのだ。

 生まれてからそんな光景を見た者など一人もいなかった。


 しかしその中で一人だけ冷静な者がいた。

 全員が馬車の残骸に目を釘付けにしている中、その人物はゆっくりと口を開いた。



「しゃぁて、(ちゅぎ)は誰の番じゃ? 誰が宙を舞いたい? 遠慮せず言うてみぃ」


 その声に気付いた全員が背後を振り向くと、そこには怒りで目を吊り上げたリタが立っていた。

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