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第284話 首領の企み

前回までのあらすじ


ラインハルト……お前、馬鹿だろ……

 場所は変わって、こちらはカルデイア大公国の首都ベラルカサ。

 ケビン率いるブルゴー王国軍が迫る中、カルデイア大公国軍は首都近郊に陣を構えて着々と迎え撃つ準備を進めていた。


 すでに葬ったとは言え、カルデイアの誇る名将ダーヴィト・ヴァルネファーに散々苦しめられたブルゴー軍は、その数を当初の半分以下にまで減らしており、さらに兵たちの疲弊ももはや限界に近い。

 そのため短期決戦を狙うのは間違いなく、対してカルデイアは籠城戦も視野に入れた徹底した長期戦をとる構えだ。


 敵国深くまで侵攻したがために本国からの補給は滞り、兵の補充も儘ならない。

 そんな状況が続いているうえに、最終決戦は籠城戦になりそうだった。

 それはこの戦の長期化を意味しており、すでに限界が近い兵たちにとって決して歓迎できることではない。

 にもかかわらず、彼らの表情が明るく足取りも軽いのは、全て王配ケビンのおかげと言えた。


 普通であれば遠く離れた祖国から采配を振るだけの支配者が、自ら戦場(いくさば)に赴いてくれた。

 それだけでも現場の兵たちを鼓舞するには十分だったが、それどころか自らが先陣を切って敵将軍を打ち取った挙句に、圧倒的に不利な状況を覆してしまったのだ。

 

 その時に見せた凄まじいまでの戦いぶりは最早(もはや)人間の枠を超えており、ケビンが「魔王殺し(サタンキラー)」と呼ばれる由縁を誰もが理解するところとなる。


 救国の英雄にして自国の支配者でもあるケビン。

 彼さえいてくれれば、この戦は絶対に負けることはない。

 どんなに不利で困難な状況であろうとも、最後には彼が何とかしてくれる。


 憧憬を通り越し、今や信仰の対象とさえなってしまった勇者ケビン。

 しかしそんなことにはまるで興味がないと言わんばかりに、ただ粛々と兵を率いるのみだった。

 




「えぇい、放せ!! 放せと言っている!! ――あのケビンが迫っているのだ、俺自らが迎え撃ってくれる!!」


「へ、陛下!! お願いですからおやめください!! 大公自らが先陣を切るなど、(およ)そ聞いたことはございません!! ―どうか、どうかご再考を!!」


「やかましい!! 何度同じことを言わせるのだ!! ――お前も知っているだろうが、俺と奴の間には決して浅からぬ因縁があるのだ!! そもそも俺がブルゴーから去ったのも、全ては彼奴(あやつ)が余計なことをしたからに他ならん!! そうでなければ、今頃俺は――」 


「へ、陛下!! それは私も重々存じております!! それでもどうか今一度、今一度お考え直しを――」


「やかましい!! これほど言ってもどかぬなら、貴様ら全員叩き斬るぞ!!」

 

 カルデイア大公の居城――ライゼンハイマー城。

 その一室に盛大な怒鳴り声が響き渡る。

 もちろんそれはカルデイア大公セブリアンであり、対するは宰相ヒューブナーと大公付きの騎士団長、そして国の重鎮連中など錚々(そうそう)たる顔ぶれだった。


 彼らが必死に何をしているかと思えば、自ら敵中に打って出ると言って聞かないセブリアンを止めていたのだ。

 それもかなりの人数が身を挺するほどその勢いは凄まじく、まるで後先を考えないその様は最早(もはや)正気を失っているようにしか見えない。


 セブリアンが言う通り、勇者ケビンとの間には決して忘れられない因縁がある。

 ブルゴー王国の第一王子として産まれながら、その王位継承権を失ったのも、国賊として捕縛されたのも、拷問を受けたのも、死刑宣告を受けたのも、祖国から逃げ出したのも、その後に軟禁生活を強いられたのも、無理やりカルデイアを押し付けられたのも、そして愛するジルダを失ったのも、全てがケビンのせいだった。


 ――彼の中では。



 ヤツさえいなければ、今頃自分はブルゴー国王になっていたはずだ。

 にもかかわらず、国を追われてしまった。

 それだけでも(はらわた)が煮えくり返る思いであるのに、気づけばヤツ自身がその地位に収まっていたのだ。


 初めからヤツはその地位を狙っていたに違いない。そのために全てを仕組んだに決まっている。

 全てを思い通りにした挙げ句に、さらにこの俺の命まで奪いに来たのだ。

 

 その企みに気付き、そして防ごうとしてくれたジルダ。

 生まれて初めて愛した女であり、そして愛してくれたジルダ。

 いつも仏頂面だが、自分にだけは笑いかけてくれたジルダ。

 無口で余計なことは話さないが、自分の前では饒舌だったジルダ。

 

 絶対に先に死なないと約束してくれたのに……それなのに……何故……

 

 何故……何故だと? そんなの決まってる。

 奴が……ケビンが殺したからだ!!


 憎い……憎い……憎い……ジルダを殺したケビンが憎い……

 この手で八つ裂きにしなければ、決してこの気が晴れることはない。

 なればあちらからノコノコとやって来たこの好機に、この手でぶち殺す以外にはあり得ない。

 だから……



「ぬがぁー!!!! やかましいわ貴様らぁ!!!! あの(・・)ケビンがやってくるのだ!! 俺がこの手で八つ裂きにしてやる!! ――やめろ、放せ!! 俺に行かせろぉ!!!! 殺してやる、ヤツを殺してやるのだ!! うぬぁー!! 放せぇ!!!!」


 全く周囲の言葉など聞かずに、ひたすら暴れ続けるセブリアン。

 興奮のあまり顔は真っ赤に染まり、目は座り、大きく開けられた口からは涎が垂れている。

 決して長いとは言えない手足を振り回して騎士たちを殴りつけ、周囲の必死の説得にも全く耳を貸そうともしない。


 そんな最早(もはや)狂気、もしくは乱心としか思えない姿に皆が眉を顰めていると、突如背後から大きな声がかけられたのだった。



「陛下。ジルダを殺された悲しみ、怒り、そして復讐の念は私とて十分に理解できますよ。なにせ私は奴の直属の上司でしたからな。その優秀さは他に替え難い。 ――そこで提案なのですが、それほどケビンを殺したいと仰るならば、陛下の代わりに私が参りましょうか?」


 その声とともに、突如姿を現した一人の男。

 ボサボサの髪から伸びる長いもみあげ(・・・・)は顎まで続き、角張った顎は異様にがっしりしている。

 見る者全てをたじろがせるような細く鋭い眼差しはまるで肉食獣のそれで、絶えず周囲に睨みを利かせる様はさらに異様さに拍車をかけていた。


 特筆すべきはその巨体だろう。

 2メートルに届くであろう身長と筋肉の塊にしか見えない身体は異様な威圧感を放ち、女の腰ほどもある太い腕はまるで丸太のようにしか見えない。

 そして何処かで見たことのある黒い衣装に身を包んだ異様な風体は、何処か人外の存在に見えた。


 そんな誰もが目を引く巨体であるにもかかわらず、足音ひとつ立てずに現れていた。

 これだけ大勢の人間がいたにもかかわらず、誰一人としてその存在に気付いていなかったのだ。

 

 とは言え、果たしてそれが何者なのかはセブリアンにもヒューブナーにもすぐにわかった。

 何故なら、初めて会った時のあまりの衝撃を未だに忘れらなかったからだ。


 そう、彼は暗殺者集団「漆黒の腕」の首領ゲルルフ・シュトルツェに違いなかった。

 その彼が変わらぬ半笑いのまま、セブリアンを含む周囲の全ての者たちを見下ろしていたのだ。 

 周囲の者たちが思わず固まる中、まるでお構いなしにゲルルフが再び口を開いた。

 


「――失礼を承知で申し上げるが、決して貴方様ではケビンは討てぬでしょう。なにせ相手はあの「魔王殺し(サタンキラー)」、(およ)そ常人が敵う相手とは思えませんからな」


「な、なんだと貴様ぁ!! 俺ではヤツを倒せんと言うのか!!」


「いかにも。あのヴァルネファー将軍以下幹部連中を皆殺しにした手腕を鑑みれば、陛下など軽く返り討ちにされるのがオチかと」


「き、貴様!! 陛下に対してその物言いはあまりに不敬ぞ!!」


「なんだ、その大きな態度は!! 陛下の御前であるのだ、平伏せよ!!」


 尊大と言うにはあまりに大きすぎる態度と口調を一斉に咎め始める重鎮たち。

 そんな彼らにギロリと音がしそうな視線を向けるゲルルフ。


 結局彼は一言も発しないまま周囲の雑音を封じ込めると、尚も自身の言いたいことだけを言い続けた。


「我々は冷酷無比の暗殺者集団『漆黒の腕』ではありますが、もとよりカルデイアの臣民に変わりはありません。なれば愛国心などというものも当然持っていますよ。 ――如何に我々とて、亡国の憂き目になどあいたくはありませんからな。祖国の危機だというならば、立ち上がるのに是非はありません」


「なに……?」


「陛下の代わりに、私がケビンを討って差し上げましょう。もしもお望みなら、生きたまま捕らえてもいい。 ――手足を切り取られた『魔王殺し(サタンキラー)』を、思う存分甚振(いたぶ)るのもまた一興かと存じますが?」


 言葉遣いは丁寧だが、その(じつ)見下ろすようなゲルルフの顔。

 その半笑いを見ている限り、どうやら彼はカルデイア大公というものに一切の畏れを抱いていないようにしか見えない。

 そしてその態度に周囲の者たちも何か言いたそうにしていたが、誰も口を開けずにいた。

 

 それはセブリアンも同じだ。

 ゲルルフの言葉とともに落ち着きを取り戻した彼は、暗殺者の首領をジッと見つめたまま何かを考えているように見える。

 そんな彼に再びゲルルフが声をかけた。

 

「どうされました? 何かお気になることでも? ――あぁ、代金のことならお気になさらず。私とて国を失いたくはありませんからな。この件に関してはサービスしておきますよ。ふふふ……」

 

 その後セブリアンの許可を得たゲルルフは、奇異と恐れと怪訝が複雑に入り混じった周囲の視線を浴びながら意気揚々と引き上げていく。

 そして皆の前から姿を消したのだった。 

 



 大公の間から出てきたゲルルフが、巨大な体躯を揺らしながら廊下を歩き始める。

 すると一人の黒ずくめの男が小声で問いかけてきた。

 

「ゲルルフ様。一応お訊きしておきますが、本気でケビンを討つおつもりで? 戦場(いくさば)での姿を見る限り、(いささ)か厄介な相手だと思いますが……」


「……俺ではヤツに敵わぬと?」 

 

「い、いえ、け、決してそのようなことを申しているのでは……」

 

「ふん……まぁいい。どのみちこの国は終わりだ。万が一ブルゴーに勝ったとしても、その次――アストゥリアに蹂躙されるのは目に見えている。全ては徒労に終わるだろうな」


「そ、それでは……」


「ふふふ……なればやることは一つだけだ。未だ値が付くうちに、我らを高く買ってもらおうと思ってな。 ――とは言え、土産の一つも持って行かねば足元を見られるというもの」


「み、土産……ですか?」


「あぁ、土産だ。お(あつら)え向きに最高の土産がノコノコと向こうからやって来ているではないか。それを持って()の国に走ろうと思っている。 ――なにせ奴らが喉から手が出るほど欲しがっているものだからな。かなりの値が付くと思うぞ? ふふふ……」


「あぁ……確かにそれはいいですな」

 

「そのうえ勇者まで倒したとなれば、我らの名声は世に轟くだろう。 ――ふふふ、『魔王殺し(サタンキラー)』とやらがどれほどのものか、この俺が試してやろうではないか」


「それは楽しみですな」


「あぁ、楽しみだ。あまりに周りが弱すぎて、久しく本気など出していなかったからな。 ――もっとも如何に勇者とは言え、所詮は人族。その強さなどたかが知れているだろうが。ふふふ……」


 誰に聞かれているかもわからぬ城内であるにもかかわらず、まるで気にせず話し続ける「漆黒の腕」首領ゲルルフ。

 あまりに巨大すぎる体躯と足音一つ立てずに歩く様は、(およ)そ普通の人間には見えなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ゲルルフ…噛ませ犬な子!
[一言] 所詮は人属って言っても魔王殺ってんだよなぁ
[一言] ひょっとしたらゲルるん、魔族なんか? これはひょっとしていい勝負になるのかも・・・ ブックメーカー!オッズ出してオッズ
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