表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/392

第27話 勇者の願い

前回までのあらすじ


ユニ夫がやたらと薄っぺらい件について

「ケビン様、如何されましたか?」 


 ケビンがリタからの手紙を持ったまま固まっていると、その様子に怪訝な顔を向けたギルドの使者が声をかける。

 もちろん彼もその手紙が誰からなのかは把握しているし、その内容も気になっていたが、立場上彼がそれを口にすることはできない。

 だから淡々と己の責務のみを果そうとしていた。

 

「ケビン様。もう一つあるのですが――どうぞこちらもお納めください」


 その言葉に現実に引き戻されたケビンが視線を向けると、ギルドの使者がもう一通の手紙を差し出した。

 それはアニエスからのもとは違い、上質な紙に丁寧な文字で宛名が書かれており、ギルド謹製の封蝋によって厳重に封が施されている。


「これは……?」


「はい。ギルドからの報告書です。先ほどお渡ししたものの入手経緯や説明など、子細が記されております。さ、どうぞ、お受け取りを」

 

 それがあるなら最初から言え、と言わんばかりの目つきでそれを受け取ると、ケビンはまたも逸る気持ちを抑えながら封を開けた。

 中には細く小さな文字がびっしりと書かれた上質な紙が五枚入っており、手紙というよりレポートに近いものであることが一目でわかるものだ。


 それはアニエスを発見したギルド員の口述を報告書にまとめたもので、ところどころ伏せられている部分はあるが、かなり詳細にその経緯が記されていた。

 そしてそこには、先ほどの手紙に対するの多くの疑問の答えが書かれていたのだった。


 

 

 アニエスは生きていた。

 そして現在、ハサール王国にいる。


 しかしその詳しい居場所は報告書でも伏せられていたし、ギルド自体もそれは明らかにできないと言う。

 それはアニエス本人の希望によるもので、実際に彼女を発見したギルド員とハサール王国支部のギルド上層部数人しかそれを知らないらしい。

 

 その処置は彼女の居場所がバレることによる弊害――暗殺や拉致などを恐れたもので、その居場所を知りたければ彼女に接触したギルド員かハサール王国支部ギルドの幹部に直接尋ねるしかないのだろう。


 なるほど、と思わずケビンは頷きながらその先を読み進める。

 するとそこから先は更に驚くべき事実が書き記されていた。



 転生の魔法を成功させたアニエスは、何処かの若い夫婦の娘として暮らしている。

 そして年齢が四歳という以外は全て伏せられており詳しいことは何一つ書かれてはいなかったが、そこで彼女は幸せに暮らしているという。

 現在の生活に彼女は満足しているし、両親とも仲が良く、彼らと円満な関係を築いているらしい。


 そして魔力は前世同様の量を保有しているが、その行使に些か難儀しているとも書かれていた。

 この文章だけでは詳しいことは不明だが、どうやら彼女は以前と同様には魔法を行使できない状態になっているようだ。



 そして最後に驚くべきことが書かれていた。

 それはアニエスがここに戻る気がないということだ。


 現状、四歳女児でしかない彼女がブルゴー王国に戻ったとしても、何もできることはない。

 幼い身体のせいで以前のような強力な魔法は使えないし、そんな状態で今さら宮廷魔術師として元の地位に戻ることなどできないだろう。

 それに幼気な四歳児に上司として戻って来られても宮廷内の人間は困惑するだけだ。


 そしてなにより、アニエスはもう百年以上君臨してきた宮廷魔術師としての地位に飽き飽きしているのが一番の理由らしい。

 最近では身体の衰えも感じて、そろそろ若い後進にその座を譲るべきだと思っていたし、そのタイミングを計っていたのも事実だ。


 だからある意味これはちょうどいい機会とも言えるものだ。

 たとえ彼女がここに戻って来たとしても、後進に席を譲った後は速やかに引退して隠居生活を送るだけだし、いまさら国政に口を挟む気などは毛ほどもなかった。



 最後の結びの一文は実際にアニエスに接触したギルド員の個人的な感想が記されているのだが、その文章を読んだケビンは思わず唸ってしまう。


 そこには簡潔な文章で、


「田舎での長閑な生活に慣れてしまったアニエス殿は、今までの全てのことが面倒になったように見えた。いまさら彼女は宮廷内の権力、勢力争いに興味が持てず、できることなら遠ざかりたいとも言っていた。それも彼女が祖国に帰りたがらない理由の一つであると思われる」


 などと書かれていたのだ。


 

 確かにアニエスが王宮内の勢力争いに愚痴を零しているのを以前からケビンも聞いてはいた。

 それは家族同然のケビンにしか決して見せない姿ではあったが、その様子からは彼女の本心が透けて見えたのだ。

 百年以上王国の宮廷魔術師を務め続けるアニエスには、王宮内では一定以上の発言力がある。実際に現国王のアレハンドロも何気に彼女の言動には気を配っているし、自身の幼少時の家庭教師を務めた彼女には頭が上がらない部分もあるのだろう。


 アニエスにそんなつもりはなかったとしても、その発言力と影響力に魅力を感じた多くの貴族が擦り寄って来ていたのも事実だし、それを面白くないと思う一定の勢力があるのもまた事実だ。


 幼少時からずっと一緒に暮らしていたからこそケビンにはわかるのだが、アニエス自身は権力には全く興味がなかった。

 すでに齢212を数える老成した彼女だからこそ、権力の持つ恐ろしさやそれに踊らされる愚かさを達観した視線で眺めていたのだろう。


 だからその報告書の結びの文はケビンが完全に納得する内容だったし、拙い文字で書かれたアニエス直筆の手紙も、恐らく本物だろうと信じることが出来たのだった。


 


 アニエス生存の報は、限られた者達の間だけで共有されるに留められた。

 もちろんその中には現国王も含まれる。

 彼は第二王女のエルミニアを溺愛するあまり、すでに王宮内の勢力図では第二王女派と見られており、その彼が他の者にその件を漏らす恐れがなかったからだ。

 

 確かに国王とは大きな権力を持つ存在ではあるが、王室法によって厳重に定められている王位継承権にまではたとえ国王といえども口を挟むことはできない。

 だからいくらアレハンドロがエルミニアを溺愛していたとしても、第一王子が存命である限り彼の王位継承は揺るぎないものと言えるのだ。


 しかし着々とその地盤を固めつつある第一王子セブリアンではあるが、目下の彼の敵は第二王子イサンドロと宮廷魔術師アニエスだった。

 セブリアンに何かあれば次に王位を継承するのはイサンドロなのでそれを警戒するのはわかるのだが、何故に元宮廷魔術師のアニエスまでも警戒するのだろうか。



 もしも彼女が国に戻ってくれば、後釜に就いていたイェルドは即座に追い出されるだろう。

 それほどまでに両者の力の差は歴然なのだ。


 この百年以上は魔法で彼女に敵う者は誰もいなかったし、現宮廷魔術師のイェルド・ルンドマルクをしてもアニエスの足元にも及ばないと言われているのだ。

 事実、既に百五十年前からアニエスが無詠唱で魔法を行使しているというのに、イェルドは未だに一つもそれを成し遂げられていない。


 それもまた彼がアニエスに対して劣等感を募らせる原因になっていたし、万が一彼女が戻って来るようなことがあれば、イェルドは速攻で今の座から引き摺り降ろされるのは目に見えている。


 彼ら一味にアニエス生存の事実が知られでもすれば、きっと彼女に暗殺者を差し向けるのは間違いない。

 だから王位継承を争う彼らには、アニエス生存の事実と居場所は絶対に知られてはいけない重要事項となったのだ。





 私室からギルドの使者が帰っていくと、ケビンはホッと小さな溜息を吐いた。

 

 アニエスは生きている。

 そして幸せに暮らしていた。


 いまのケビンにはそれだけで満足だった。

 これで長年の懸案事項だった育ての親の生存が確認できたのだ。

 彼女はここに戻る気はないらしいが、それでも全く構わない。


 浮浪児として道端で暮らしていた彼女が前宮廷魔術師に拾われてから約二百年、彼女はずっとこの国のために尽くして来た。

 恋人も作らず、結婚もせず、その身の全てを国に捧げたのだ。

 だからそろそろ彼女の好きにさせてもいいのではないだろうか。


 聞けば転生先は四歳の幼児だという。

 そして前世では持ち得なかった両親も揃っており、ともに幸せに暮らしているとも聞く。

 だからこれからはアニエスではなく、新しい名前で別の人生を送ってほしい。

 

 自身の養育者でもあり教育者でもあった212歳のアニエス・シュタウヘンベルクの優し気な微笑みを思い浮かべながら、勇者ケビンは遠く沈みゆく夕日をいつまでも眺めていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 善き哉善き哉(灬ºωº灬)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ