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第225話 山賊討伐と次期辺境候

前回までのあらすじ


ラインハルト……なんか、ただの馬鹿に見えてきた……

「うははははっ!! 何が冒険者ギルドだ、とんだ素人集団ではないか!!」


 コルネート伯爵領内の山中を根城にする山賊集団「紅蓮の黙示録」

 その頭領であるマウリシオ・リベロは、大きな口を開けて愉快そうに肩を揺らした。


 彼らがこの地にやってきて三か月。

 道行く旅人や商人、隊商などを派手に襲いまくった山賊たちは、当然のように領主に目を付けられてしまう。するとそろそろ頃合いだろうとばかりに、他の領地へ移動しようとしていた。

 その矢先に、ギルド員から襲撃を受けてしまったのだ。


 しかし100名を超える自分たちに対してギルド側は30名と少なく、その人数を見る限り本気で討伐する気があるようには思えなかった。

 その様子を見たマウリシオは、それは単なる領主のパフォーマンスなのかと(いぶか)しんだが、売られた喧嘩は買わねばならぬと真っ向から受けて立つ。


 マウリシオには知る由もなかったが、それはギルド側の見込み違いが原因だった。

 結果を急ぐあまりに相手の情報を十分に精査しなかったギルド長――アントニーは、山賊たちの人数を読み違えたのだ。

 しかしマウリシオにしてみればその戦力差はナメられていると映ったらしく、大いに憤慨した挙げ句に手下に皆殺しを命じた。


 その結果はご存知の通りだ。

 約30名のギルド員のうち半数は殺されてしまい、残りも山の中へと逃げ込まざるを得えなかった。

 さらに山賊の追撃を受けた彼らは、慣れない山中に追い詰められてしまう。



 獲物の追撃を部下に任せたマウリシオは、根城にしている洞窟の中で寛いでいた。

 真っ昼間から麦酒(エール)(あお)りながら、街道から攫ってきた若い娘に奉仕させつつ手下の報告を待つ。

 そんな山賊の頭領に向かって、一人の男が口を開いた。

 

「へい、(かしら)の仰る通りですな。ギルドが出張って来たのは、領主からの依頼でしょう。我らがこの地に来て三か月、そろそろかとは思ってましたがね。 ――それにしても、口ほどにもない奴らでしたね」


「ふはははっ!! 何がギルドの討伐隊だ、片腹痛いわ!! さすがに領主の私兵を返り討ちにするのはヤバいだろうが、相手がギルドなら話は別だ。所詮は金で雇われた奴らだからな。たとえ皆殺しにされようが、領主にしてみれば痛くも痒くもねぇ。 ――だが奴らが返り討ちにされた以上、間違いなく領主は私兵を出してくるだろう」


「間違いねぇすな。そうなる前に、とんずらしましょうや」


「あぁ、もちろんそうさせてもらう。さすがに貴族を相手に戦争する気はないからな。 ――だがその前にギルドの奴らを血祭りに上げてやる!! 俺たちに喧嘩を売ればどうなるか、たっぷりと思い知らせる!!」


「へへへっ。いいですな、(かしら)。ザマァ見ろってなもんだ」


 貴族の口にさえ滅多に入らない、隊商から奪い取った最高級の酒を飲みながら、下卑た笑いを浮かべる山賊たち。

 ギルド員を皆殺しにする様を想像しながら、彼らは皆愉快そうに笑った。




 するとその場に、けたたましい声を上げながら一人の手下が駆け込んでくる。

 ぜぇぜぇと大きく肩を上下させて酒と日に焼けた顔を青ざめさせた様子は、彼の運んできた情報がただ事ではないことを物語っていた。


「か、(かしら)、て、大変(てぇへん)です!! 洞窟の前に手勢が!!」


「手勢……? ――なんだ? ギルドの応援か? おい、コルネート伯爵にしては動きが早すぎるんじゃねぇのか? いったい何者だ?」


 マウリシオが不機嫌を隠そうともせずにギロリと睨むと、手下は背筋を震わせた。

 それでも彼は語り続ける。


「ひっ!! す、すいません…… や、奴らが誰なのか、あっしにはわかりません。しかし見たところ、ギルドって感じには見えやせんでした!! と、とにかく来てくだせぇよ、(かしら)!!」


「ちっ!! ったくよぉ、面倒くせぇなぁ…… しかたねぇ……おい野郎ども、表にギルドの応援が来たらしいぞ!! 蹴散らしに行くからついてこい!! 戦争だ!!」


「へい!!」


「おうっ!!」


 言葉通りに面倒くさそうに立ち上がると、傍らの剣を無造作に掴んだマウリシオは出口へ向かって歩き始めた。



 山賊集団「紅蓮の黙示録」の頭領マウリシオとともに、洞窟から飛び出してくる山賊たち。

 まるで統一感のない武器を思い思いに握りしめ、鼻息も荒く駆けてきた彼らは、しかし目の前に広がる光景に思わず武器を取り落しそうになってしまう。


 何故ならそこには、予想を上回る人数がいたからだ。

 ざっと見ただけでも100名を越えており、しかも全員が完全武装の兵士だった。


「な、な、な、なんだ、こいつら!? い、い、い、一体、なんだってんだ!?」


 あまりに想像の斜め上の光景に、マウリシオは盛大に噛んだ。

 何故なら手下に「手勢」と聞いた彼は、2、30人のギルドの応援部隊を想像していたからだ。

 しかしそれは彼が酒に酔っているせいではなかった。

 この状況で「手勢」などと言われれば、誰しもそんな状況を想像せざるを得なかっただろう。


 しかしマウリシオは、身動き一つできなくなってしまう。

 ポカンとした間抜けな顔のまま固まっていると、周囲を取り囲む兵の中から一人の男が進み出る。

 そして大声で叫んだ。



「お前達、山賊集団『紅蓮の黙示録』に間違いないな!! ――私はハサール王国西部辺境候ムルシア侯爵家の嫡男にして次期将軍でもあるフレデリク・ムルシアだ!! 目に余る無法な行い、最早(もはや)捨て置けぬ!! 全員捕縛するゆえ、おとなしくしろ!!」


 次期将軍と名乗りながらも決して背は高くなく、痩せてひょろりとした10代後半の若い男。

 王国随一の武家貴族家次期当主を名乗るには些か頼りないと言えなくもない体躯の彼は、もちろんリタの婚約者――フレデリクだった。


 マウリシオは己の耳を疑った。

 目の前に広がる光景が決して夢幻(ゆめまぼろし)でないのは明らかなのに、まるで信じられないものを見るように叫んでしまう。


「なんだとぉ!? ムルシア侯爵だとぉ!!??」



 目の前で叫ぶ若い男は、ムルシア侯爵家の嫡男だという。

 ということは、周りを取り囲む兵たちはもちろん百戦錬磨のムルシア侯爵軍兵ということだ。

 それも自分たちを大幅に上回る人数を引き連れて、完全に周囲を取り囲んでいた。


 

 その時マウリシオは思った。

 そもそも自分たちを討伐しに来たのは、冒険者ギルドではなかったか。

 それも私兵を出すのを渋ったコルネート伯爵がギルドへ討伐を依頼したのだ。そのうえ30人少々という、人をバカにしたような人数だったはずだ。


 それを自分たちは返り討ちにしてやった。

 伯爵の私兵であれば報復を恐れて手を出せなかったが、ギルド員であれば容易に皆殺しにできる。

 貴族の権力に比べれば、ギルドの報復など恐るるに足りぬとばかりに蹴散らしたのだ。


 それが気付いてみれば、まさに戦闘のプロである軍を引き連れて次期将軍自らがやってきた。

 そして皆殺しも辞さずとばかりに威嚇する。


 一体どうしてこんなことになっているのか。

 最早(もはや)蟻の這い出る隙もないほど取り囲まれたマウリシオは、それでも必死になって考える。

 しかしその答えが出るわけもなく、さらに言えばこの状況を打開できる方法などすでに見つかるはずもない。

 そんな行き場のない憤りを発散するかのように大声で叫んだ。


「くっそー!! ふざけやがってー!!!!」

 

 

 その叫び声に、少々生真面目な答えが返ってくる。


「何を言う!? ちっともこちらはふざけてなどいない!! お前のせいで全てが台無しになったんだ!! しかも、久しぶりにリタとゆっくり話をしようと楽しみにしていたというのに……」


「ちょ、ちょっとフレデリク様!! なにを――」


 意図せず本音が出てしまった次期ムルシア候に、思わず側近たちが突っ込みそうになる。

 すると自身の失言に気づいたフレデリクは、パッと頬を赤らめてしまう。


 その言葉から察するに、どうやら彼は妹の顔合わせよりもリタとの語らいを台無しにされてしまったことに憤りを隠せないらしい。

 その怒りの矛先を山賊たちに向けると、未だ顔を赤らめたまま彼らしくない怒鳴り声を上げた。



「と、とにかくお前たち無法者は全員捕縛する!! さぁ、武器を捨てて投降せよ!!」


 完全武装の兵士たちが動き始めると、今や抗う術を持たない山賊たちは次々に捕縛されていく。

 それでも中には抵抗をやめずに剣を振り回す者もいるのだが、そんな者たちは情け容赦なく斬り捨てられていった。


 忠実な手下たちが次々に斬り殺されていく中、頭領のマウリシオは最後まで抵抗をやめようとはしなかった。

 しかし彼だけは生け捕りにせよとの命令を忠実に守ろうとした兵たちは、ついにマウリシオを捕縛することに成功したのだった。




 太い縄を打たれて、不格好にフレデリクの前に転がされたマウリシオ。

 山賊集団「紅蓮の黙示録」を有名にしたのは彼の手腕とカリスマ性ゆえだったのだが、今ではその欠片も見えない。

 太太(ふてぶて)しいとすら言えた顔には、今では怯えの色を湛えるだけでひたすら震えることしかできなかった。


 山賊、盗賊などの無法者の末路は「死」しかない。

 特に複数の領主から討伐依頼を出されている「紅蓮の黙示録」の頭領であれば、捕縛後に生かされる可能性は皆無だろう。

 主だった幹部連中とともに市中引き回しのうえ、斬首とさらし首になるのがお決まりだからだ。


 それを思えば、山賊の頭領の矜持を守り抜いた挙げ句に討ち死にする道が最善なのだろうが、どうやら今のマウリシオにはそんな元気はなさそうだ。

 そんな頭領の正体を見た手下たちは、皆馬鹿にするような視線を向けると兵士に向かっていく。そして派手な死に様を選んだのだった。

 



 震えながら捕縛される山賊頭領と、自ら死に場所を見つけた手下たち。

 その対照的な姿を見つめるフレデリクの顔には侮蔑に満ちた表情が浮かぶだけで、全く達成感は浮かんでいない。


 リタが突然屋敷を飛び出したことを聞いたフレデリクは、即座にその後を追いかけようとした。

 結果的に父親に止められてしまったために叶わなかったのだが、それでも追いかけるつもりだったのだ。


 理由も告げずに単身飛び出していったリタ。

 確かに一刻を争う事態だったのは理解できるが、せめて自分には一言告げてほしかった。

 様々な事情からたとえ同行することが叶わなかったとしても、婚約者としてはせめて頼ってほしかったのだ。



 しかし、同時にこうも思ってしまう。


 ご存知のようにリタは、攻撃系に特化した魔術師だ。

 史上最年少の13歳で二級魔術師の免状を授かったのは言うに及ばず、実際には一級の実力があるとも言われている。

 実際それを証明するように彼女の魔法は凄まじく、有り余る才能と溢れ出る魔力、そしてそれらに裏打ちされた攻撃魔法の威力は王国魔術師協会も認めるところだ。


 そんな彼女にとって、今回はむしろ得意分野と言えたのだ。

 広域殲滅を得意とするリタには、山賊の討伐、仲間の救出などは(およ)そ難しいことではないのかもしれない。

 だから彼女が助けを求めてこなかったのはむしろ当然であって、なんらおかしなことではなかったのだろう。


 とは言え、もちろんリタの身は心配だ。

 実態はどうであれ、リタの見た目は小柄で華奢(しかし巨乳)な少女でしかないので、男としてそんな婚約者を心配するのは当然だった。

 

 しかし彼女の魔法の実力と実績を鑑みれば、たとえ追いかけたとしても自分にできることは何もない。

 いや、それどころか足手まといになってしまうのではないか。


 そうフレデリクは思ったのだが、それでもリタを追いかけようとした。

 しかしそれを押し留めたのが、現ムルシア侯爵であり父親でもあるオスカルだった。

 そわそわと落ち着かなげな息子に向かって、彼は告げた。


「駐屯軍から100名貸してやるから、山賊本体を討伐してこい。単身リタを追いかけても、お前にできることはなにもないだろう。ならばそのほうが余程役に立つのではないか?」



 その言葉に、フレデリクは奮い立った。 

 それまで彼は、理性と感情の鬩ぎ合いに苦悩していた。

 リタを助けに行きたいけれど、行ったところで役に立つとも思えない。

 そんな思いで悩んでいたところへ父親から提案された現実的な解決方法に、もちろんフレデリクは飛びついた。


 軍の見習いとして、父親の下について早3年。

 これまで一度たりとも指揮権を預けられたことはなかったが、ここに来て100名もの兵を貸してくれるという。


 もちろんそれは首都に詰めている即応部隊――言わばエリート部隊であって、如何に次期将軍が約束されるフレデリクであっても簡単に任されるようなものではない。

 しかし彼は立派にそれらを率いると見事に山賊を討伐してみせた。

 そしてリタとラインハルトを引き連れて無事に凱旋したのだ。


 リタは友人の救出、ラインハルトはその援護、そしてフレデリクは山賊集団の討伐という、言わば東西辺境候家による初めての分業。

 それらを手早く済ませた若い三人の姿に、オスカルもバティストも満足げに頷くと、両家の将来に一層期待したのだった。

 


 そんな中、一人だけご機嫌斜めの者がいた。

 それは誰あろう、ムルシア侯爵家の令嬢にしてラインハルトの婚約者、そして今回の顔合わせ会の主役の一人でもあるエミリエンヌだ。


 今回の非常事態は、彼女とて理解している。

 もしも彼女がリタであっても同じ判断をしただろうし、ラインハルトの動きもフレデリクの行動も十分に得心のいくものだ。

 しかし理性よりも感情を優先しがちなうら若き乙女のエミリエンヌは、その不機嫌な表情を隠そうともしない。

 そして能天気な笑みを浮かべるラインハルトに詰め寄ると、勢いよく叫んだ。



「よくも大事な席で私を一人にしてくれたわね!! もうタピオカ・ラテとワッフル・ケーキだけでは許せないわ!! 巷で有名な『生ショコラ』と『焼きプリン』もご所望よっ!!」


「おいおい……そんなに甘いもんばかり食ったら、太る――」


「なんですってぇー!!!!」


「い、いや、なんでもねぇよ……」


 まるで台風が通り過ぎるのを待つようなラインハルトの態度。

 さしもの「ラングロワの放蕩息子」も、婚約者のヒステリーには敵わないようだった。

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