第212話 勇者と冷酷な王
前回までのあらすじ
ケビンの家は賑やかでいいですな。しかし八児の父とか……頑張りすぎだろw
隣国カルデイアに対して宣戦を布告する。
その情報は翌日にはケビンのもとにも正式に知らされるだろうと予想していたが、一向にその話は伝わってこなかった。
すでにその内容を聞き及んでいたケビンではあるが、正式に話が下りてこない以上動きようがなく、敢えて素知らぬフリをし続ける。
しかし午後になっても話が来ないことにしびれを切らした彼は、直接宰相に問い合わせてみることにしたのだ。
秋も深まり次第に日が短くなってきたのを実感する午後3時過ぎ、ケビンが宰相の執務室を尋ねると彼はそこにいた。
「あぁケビン殿、ご無沙汰しております。今日は突然如何されましたか?」
ブルゴー王国宰相――フェリクス・マザラン公爵は失脚したコンラート侯爵の後を継いで宰相になった人物だ。
その人柄を表すように顔には柔和な笑みが浮かんでおり、一見優男風の外見は凡そ一国の宰相を務めるような人物には見えない。
しかし一本筋の通った決してぶれない信念と歯に衣着せぬ物言い、そして最早頑固とさえ言えるほどの意思の強さは以前から有名で、その外見からは想像できないほどの辣腕を発揮する。
現在48歳の彼は10年前――38歳の時に現職に就いたのだが、その時は若すぎると周りから反対の声が挙がった。
宰相とは王国行政府のトップであると同時に、国王の政務を補佐する役職だ。
言わば国王の側近中の側近であり、その人脈や伝手、そして優れたバランス感覚と重鎮貴族の調整役として非常に高いレベルが要求される。
しかし当時国王だったアレハンドロは、新宰相を旧体制の派閥に属さない者の中から選ばざるを得なかった。
言ってみれば、マザランが宰相に選ばれたのは消去法だったのだ。
そんな苦肉の策とも言える人事ではあったが、予想に反してマザランは立派にその職責を全うして見せた。
そしてアレハンドロの信頼を得た結果、次の国王の元でも続投を許されたのだった。
アポもないまま訪れたケビンではあったが、嫌な顔一つ見せずにマザランは歓待してくれた。
もちろんそれはケビンが国王の義弟であるというが大きいのだろうが、それ以上に彼はケビンの人柄が好きだった。
ご存知のように勇者ケビンは、曲がったことを許さない正義感に溢れた生真面目な性格をしている。
そんな彼を好ましく思うマザランは、気軽に雑談に応じてくれるのだ。
もちろん国政に関する機密などは話せないが、それ以外のことであれば大抵は快く話してくれた。
そんなマザランに、遠慮なくケビンは口を開いた。
「マザラン殿、アポもないままの訪問を失礼する。それほど時間は取らせない故、少しだけ話がしたい」
「いえいえ、他でもない勇者様の訪問なのです。追い返すなんてしませんよ。むしろ良い息抜きになるというものです」
「そう言ってくれると助かる。駆け引きは好きではないので単刀直入に伺うが――カルデイアと戦を始めると聞いたが、それは本当か?」
「……すでにお聞き及びでしたか」
ケビンの言葉に胡乱な顔を返すマザランだったが、次の瞬間その顔に理解の色が広がる。
それと同時に、次第に渋い表情が浮かび始めた。
「……あぁ、出どころは先王殿下ですね? そうであれば誤魔化す必要もありません。 ――そうです、新大公セブリアンを捕らえるために、陛下はカルデイアに戦を仕掛けるつもりです。しかしこのお話は未だ関係者以外には周知されておりませんので、ケビン殿もそのおつもりで」
何気にバツの悪い顔をするマザラン。
その様子を見ていると、どうやら彼はケビンがこの話を知っていることに少々思うところがあるらしい。
「安心してくれ、誰にも言わないさ。 ――それはそうと、この話は近衛騎士の連中には?」
「はい。幹部にはすでに下達してあります」
「……では、何故俺にはその話が伝わってこないんだ? 俺は近衛騎士の幹部ではないのか? 一応は指南役を仰せつかっているはずだが?」
「それは――」
「マザラン宰相閣下、お話し中失礼いたします」
思わず言い淀んでしまうマザラン。
その彼が続けて何かを言いかけていると、突然横から声をかけてくる者がいた。
それは部屋付きのメイドだった。
「イサンドロ陛下がお見えになっておりますので、お通しいたします」
その言葉にマザランが答えようとしていると、それを待たずにメイドが動き始める。
そして入り口まで戻っていく彼女の背中を眺めながら口を開いた。
「陛下が? わかった、お通ししてくれ」
そう言葉を口にするマザランはバツの悪い顔をしたままで、訪問者の名を聞くとさらにその表情は渋くなる。
「どうやら陛下がお見えになったようです。 ――申し訳ありませんがケビン殿、今日のところは……」
「おぉ!! 先客がいると聞いていたが、ケビンだったとは!! これはちょうどよかった」
気の毒そうな顔をしつつ宰相が告げていると、それを言い終わらないうちにずかずかと一人の男が入ってくる。
その男は長い脚で颯爽と歩いてくると、ケビンの姿を認めてそう言い放った。
長めの金髪をなびかせたスラリと背の高い美丈夫。
透き通るような青い瞳と整った顔立ちが印象的なその男は、ブルゴー王国第17代国王イサンドロ・フル・ブルゴーその人だった。
若い頃はそれなりに男前だったと言われる先王アレハンドロ。
その彼の若い時分にそっくりだと言われる次男イサンドロは、三十代も半ばに差し掛かった今でも若々しく颯爽としている。
スラリと背の高い体躯に長めの金髪は美しく輝き、澄み切った青い瞳と整った顔立ちは男にしては美しいとさえ表現できるものだ。
そんな国王イサンドロに、宰相マザランと勇者ケビンが頭を下げた。
「陛下にはご機嫌麗しく。このような席ゆえ、略式の礼にてご容赦を」
「いや、全然かまわんぞ。俺とお前の仲ではないか。なぁ、義弟殿よ!!」
頭を下げるケビンに向かって、人懐こく声をかけるイサンドロ。
その姿からは一見彼が明るく気さくな人間であるように見えるが、その実それが上辺だけであることを二人は知っていた。
見た目と雰囲気に皆騙されるのだが、本当のイサンドロは冷酷な性格をしている。
彼の人を見る目は、自分にとって役に立つか、自分の障害になる人間か、そして自分よりも優れているか、目立つ者かどうか、それが全てだった。
だからどんなに優れた人物であっても、自分よりも目立ったり人気があると思えば容赦なく足を引っ張るし、敢えて閑職に回したりもする。
現に前国王派に属する優れた者の中には、特に理由もなく田舎の役人として飛ばされた者もいると聞く。
そして気づけばイサンドロの周りには、ご機嫌伺いのイエスマンしかいなくなっていたのだった。
「魔王殺し」と国民から敬われ、王国最強の剣士との呼び名も高い勇者ケビン。
そんな彼に対してもちろんイサンドロが良い感情を持つはずもなく、妹の夫――義理の弟とは言え、あからさまに彼を飼い殺しにしようとしたのだ。
もっとも当のケビンは毎日早く家に帰れるとして、嬉々としてその閑職を受け入れていたのだが。
しかしそんな彼の本質を見抜けぬまま王座を譲ってしまったとして、先王アレハンドロは未だに後悔する毎日だ。
そしてケビンに会うたびに申し訳ないと謝るのだった。
そんな義理の兄イサンドロに、ケビンが声をかける。
公的な場においては彼の方からイサンドロに話しかけるのは不敬に当たるのだが、私的な場ではそれも許されていた。
些かの緊張感を漂わせた顔のまま口を開くケビン。
その姿には、敢えて苦言を呈するのも辞さない覚悟が透けて見えた。
「失礼ながら陛下。ちょうどよかったと仰られましたが、私になにかご用事でしょうか?」
「あぁ、そうだ。実はお前に伝えることがあってだな。 ――此度はカルデイアと戦をすることにしたのだ」
「……承知いたしました。 ――しかし何故……?」
通常、戦などというものは国家にとっての一大事だ。
言わば数千、数万人の命を賭した諍いであるはずなのに、まるで思いつきのような気軽さでイサンドロは言い放った。
そんな義兄を、信じられないと言わんばかりにケビンは見てしまう。
もっともそれには多分に演技が含まれていたのだが。
するとイサンドロは、ケビンの視線にはまるで構わず話を続けた。
「そんなもの決まっている。あの『セブリアン』が見つかったからだ。奴は我が国で指名手配されている重罪人だ。生粋のカルデイア人であるにもかかわらず、それを隠して我が国を乗っ取ろうとしたのだ。それと同時にハサールの将軍まで暗殺した。そんな罪人をむざむざ見逃してみろ、国の名折れになってしまう」
「事情はわかります……しかし、民たちは戦を望んでなど――」
「なんだお前? ヤツを捕らえるのに反対なのか?」
「いえ、それ自体に否やはありません。私とて彼には少なからず思うところはありますし……しかし――」
「ならば、いいではないか。いいか考えてみろ、国家反逆罪にまで問われた男がのうのうと生きており、剰え隣国の国家元首に就任したのだ。我が国としてこのような無体を黙って見過ごすわけにはいかない。もしもそんなことが罷り通るのであれば、ブルゴー王国は周辺国から舐められてしまうだろう」
「……確かに仰ることはわかります。事は国家の体面にまで発展しているのですから。しかし一国の元首を捕らえるなど――それこそ全面戦争にまで発展してしまいます。しかもこちらから宣戦を布告するなど、周辺国への根回しはどうされるおつもりなのです?」
自国の国王を相手にして一歩も引かないケビン。
如何に国王の義弟――身内であるとは言え、その姿勢は不敬にすぎると言えたのだが、そんなケビンを宰相マザランは止めようともしない。
それどころか先程から一言も発しないところを見ると、どうやら彼は敢えて自分の思うところをケビンに代弁させているようにすら見えた。
ケビンと対峙するイサンドロは未だ口元に笑みを浮かべたままだが、その青い瞳はまるで笑っておらず寧ろ明確な苛立ちさえ浮かんでいた。
「なれば問うがケビンよ、お前は戦に反対なのか? 国王であるこの俺が決めたことに異を唱えると?」
「個人的な意見を申し上げるならば、戦には反対です。 ――魔国の侵攻を追い払って10年。やっとその傷も癒えてきたところなのです。それなのにまたぞろ戦を始めるなど、市井の者たちの理解は得られないでしょう。10年前に発した先王殿下の『平和宣言』を、陛下の代でも守られることを望みます」
「……」
無言のまま自分を見つめるイサンドロ国王。
その姿を眺めながら、ケビンは小さく息を吐いた。
「――とは言え、私とて陛下の忠臣と自負しております。陛下がお決めになったことであるならば、粛々とそれに従いましょう」
そう言うとケビンは、地面に片膝を突いた状態で深々と臣下の礼をする。
しかしその姿を見たイサンドロは、ニンマリと笑顔を浮かべたかと思うと突如大声で叫んだ。
「ケビンよ、言質は取ったぞ。国王であるこの俺に真っ向から逆らったのだ、その罪を贖ってもらおうか。 ――衛兵!! 此奴を捕縛せよ!! 反逆の容疑で牢へぶち込んでおけ!!!!」
その言葉を合図にして、多数の衛兵が走り込んでくる。
そして瞬く間にケビンを取り込んでしまった。
最早言い訳も許されぬまま捕縛される勇者ケビン。
その様子を見つめる国王イサンドロの瞳には、意味ありげな光が満ちていた。








