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第208話 カルデイアの新大公

前回までのあらすじ


寄り切って、ブチ切れエミリーの勝ちw

今や尻に敷かれるラインハルトの未来はどっちだ?

 開始前から成功が危ぶまれていたムルシア、ラングロワ両侯爵家の縁談ではあるが、ふたを開けてみればたった一回の顔合わせだけで話が(まと)まった。

 とは言え、そこに至るまでの道程は少々特殊なものではあったのだが。


 侯爵家ほどの地位であれば、その縁談、()いては婚姻については当事者の意思を考慮しない、所謂(いわゆる)政略結婚である場合が殆どだ。

 誰もが憧れる「恋愛結婚」などというものは、(およ)そ貴族の場合にはまず有り得ない。たとえ気に入らない相手であろうと、親同士が決めた相手であれば粛々と嫁ぐのが普通だ。



 「結婚なんて『慣れ』と『惰性』よ」


 そんな言葉を(のたま)うように、多くの貴族女性は見知らぬ相手と結婚し、幾人かの子供を産み、育て、死んでいく。

 夫に対して愛があるのかと問われても、そこにあるのは純粋なる「家族愛」でしかなく、異性に対する恋愛感情などではなかった。


 確かにラングロワ侯爵夫妻のように、結婚後から始まる恋愛もあるだろう。

 しかしそれもよほど相性の良い相手に偶然恵まれた場合であって、その確率は決して高いとは言えない。

 どうしても相手を相容れられずに離縁してしまう者もいるが、その場合であっても産んだ子は手放さなければならない。

 何故なら、生まれた子供の養育権は当然のように夫の家にあるからだ。

 

 そのような(いささ)か難しい貴族の結婚事情ではあるが、先のラインハルトとエミリエンヌの場合はどうなのだろうか。




 結論から言うと、彼らの相性はそう悪くはないらしい。


 本人すらも認める破天荒ぶりを発揮するラインハルトではあるが、あくまでそれは貴族男性の常識として考えた場合であって、彼程度の変わり者は、市井を探せば幾らでもいる。

 確かに酒と女にだらしがないのは決して褒められたことではない。

 しかし非常に見目が良く、酒にも強い彼であれば、黙っていても女の方から寄って来るのは仕方がないとも言えた。


 もちろんそれらは、意識して改める必要はある。

 嗜好品である酒はまだいいとしても、女癖を直さないかぎりいつか妻に殴り殺されてしまうだろう。

 特に母親譲りの気の強さが有名なエミリエンヌの場合は、その口から「粗チンを切り取る」とまで公言している以上、本当に実行するかもしれない。


 もっともラインハルトの名誉のために言えば、決して女性を不幸にしたことはない。

 たとえ一夜限りの相手であっても、誠心誠意相手に尽くして互いに満足して別れていたからだ。

 さらにその相手も酌婦や娼婦である場合が殆どで、これまで一人たりとも孕ませたこともなかった。

 


 このように、破天荒は破天荒なりに色々と気を遣っているラインハルトではあるが、それより彼の場合は、その趣味の方が問題かもしれない。

 野盗が出たと聞けば、少ない供回りだけを引き連れて単身討伐に向かうことが多かった。


 ともすればいつ殺されてもおかしくない状況で、命のやり取りを楽しむ。

 最早(もはや)悪趣味としか言えない趣向を持つ彼には、両親もほとほと困り果てていたのだ。


 彼の父親――バティスト・ラングロワは、過去に剣闘試合を五連覇したほどの剣の使い手だ。

 しかしラインハルトの腕前はその父をも凌ぐと言われており、その強さは本職の護衛騎士でさえ敵う者がいないほどだった。


 その実力には彼自身も絶対的な自信があるらしく、嬉々として野盗討伐に向かうのも己の実力を十分に理解しているが故だった。

 このように些か蛮勇に過ぎるきらいのあるラインハルトではあるが、彼が次代の辺境候になるべき人物であることを考えれば、それは十分に頼もしいものではあったのだ。



 妻になる予定のムルシア家令嬢エミリエンヌは、その気の強さと容姿の美しさには定評がある。

 絶賛成長期真っ只中の彼女は、15歳の今でさえ170センチに届きそうな長身だし、若い頃は絶世の美女と称賛された母親――シャルロッテ譲りの美貌をも誇っている。

 未だ幼さの残る容姿から、今でこそ「絶世の美少女」と呼ばれているが、あと数年内には「絶世の美女」の呼び名を母親から引き継ぐのは間違いない。

 

 そんな二人の縁談では、エミリエンヌの意思によってその成否が判断されることになっていた。

 それは「本当に愛する人と一緒になってほしい」と願う両親の意向を強く反映したものではあったのだが、同時にラインハルトの意向にも合致していた。

 

 何故なら、彼はエミリエンヌと結婚する気がなかったからだ。


 自身の特殊な趣向を理解するラインハルトは、たとえ一緒になったとしても彼女を幸せにする自信がなかった。

 それどころか、必ずや不幸にしてしまうと確信した彼は、縁談を断るようにエミリエンヌにアドバイスをしたのだが、それを断られてしまったのだ。


 そのうえ彼女から愛を告白された挙句に、ファーストキスを奪った責任として逆に結婚を迫られてしまう。

 結局逃げ道を失ったラインハルトは、その場の勢いで結婚に合意したのだった。



 もとよりこの縁談は、ムルシア、ラングロワ両家にとってこの上ない良縁だった。

 互いに東西の辺境侯爵であるうえに、この両家の関係が強固になることによってハサール王国の国防がより強化されることになるからだ。

 さらに、これまでの両辺境候の仲の悪さ――実際にはアンペールが一方的に敵視していただけなのだが――を快く思っていなかった国王ベルトランの機嫌も良くなった。


 あとは、とんでもないじゃじゃ馬で跳ねっ返りで有名なエミリエンヌを、ラインハルトが乗りこなせるかどうかだけが心配だったが、二人の様子を見る限りあまり心配はなさそうに見える。

 不幸な事件ではあったが、初見からいきなり互いの本性を見せ合ってしまった彼らは、今や本音で語れる仲になっていたのだ。


 初めこそ怒りに任せて吠えていたが、()しものエミリエンヌも惚れた男の前ではおとなしくしていたし、意外な女子力を発揮して婚約者に尽くす姿さえ見せるようになる。

 当初は勢いで押し切られた格好のラインハルトも、そんな彼女に次第に(ほだ)されていき、数か月経った頃にはすっかり惚れ抜くまでになっていたのだった。



 そんなわけで、ムルシア侯爵家令嬢エミリエンヌと、ラングロワ侯爵家嫡男ラインハルトは晴れて正式に婚約した。

 少々急な話ではあるが、ラングロワ家の思惑を考慮した結果、挙式は翌年の春に行うことが決まり、早速花嫁修業に入ったエミリエンヌは日々忙しい毎日を送るようになったのだった。


 その中で、将来親戚になるレンテリア家の面々――特にリタの紹介、顔合わせが今後行われるのだが、それはまた別の話になるだろう。





 ――――





 ハサール王国において、東西辺境候の子息女による婚約が発表された。

 この次代の王国を支える若者を象徴するラインハルトとエミリエンヌの婚約は、とかく暗い話題が多いこの昨今、久しぶりの明るいニュースだった。


 その発表が国中に伝わると同時に、直接関係のない市井の者たちをも巻き込んで国を挙げて祝賀ムードになる。

 中にはただ酒が飲みたいがためにその話題に乗った者も多かったが、その婚約自体は国民からは概ね好意的に受け止められていた。

 

 これまでラインハルトは、あまりその容姿を話題にされたことはない。

 何故なら、その破天荒ぶりがあまりにも有名すぎたので、敢えて彼の容姿まで言及する者がいなかったのと、せっかく恵まれた容姿であるにもかかわらず無精ひげを生やした些か小汚い恰好をしていることが多かったからだ。


 しかし、新しい辺境候――ラングロワ家の嫡男として突如注目を浴びたラインハルトは、その意外な美青年ぶりに皆驚いていた。

 以前から絶世の美少女として名を馳せていたエミリエンヌ。

 その彼女と並んだ姿はまるで一枚の絵画のように美しく、そのあまりの美男美女ぶりに市井の者たちは皆羨むと同時に盛大に祝福してくれたのだった


 


 そんな中、隣国のカルデイア大公国でも一つの発表があった。

 それはカルデイア大公国の国家元首――オイゲン・ライゼンハイマー死去の報だ。


 しかしその話題は、それほど大きな話題にはならなかった。

 10年前の戦役で歴史的大敗を喫したカルデイアは、未だに戦後賠償金の支払いも終わっておらず、周辺国からはとっくに終わった国だと思われていたからだ。 


 特に目立った資源もないうえに、冷涼な気候のせいで輸出できるほどの農産物も育たない。

 とっくに国内経済は破綻しており、重く()し掛かる賠償金のために早晩国庫も空になりそうだ。


 カルデイア大公国にはすでに国としての魅力は欠片も残っておらず、そんな国を欲しがる周辺国もなかった。

 わざわざ攻め込んだところで、作物も育たない枯れた大地しかないうえに、飢えた国民の面倒まで見なければならなくなる。

 そんな敢えて火中の栗を拾うような、もの好きな国などはなかったのだ。


 そんなわけで、国家元首の死去が報じられたところで、周辺国はせいぜい弔意の(ふみ)を送る程度しか行わなかった。

 もちろん葬儀に使者を派遣する国などあるわけもなく、結果オイゲンは、一切他国から見送られることなく埋葬されたのだった。



 国家元首が死去した以上、その次を決めなければならない。

 しかしそれは亡きオイゲン自らがとっくに決めていたことであり、あとはその発表をするだけだ。

 もちろん次の国家元首――カルデイア新大公とは、オイゲンの唯一の実子であるセブリアンなのだが、その発表のタイミングは少々神経質にならざるを得なかった。


 それは、新大公セブリアンがブルゴー王国及びハサール王国において罪人に認定されているからだ。

 彼の名が発表されると同時に、その二国は身柄の引き渡しを求めてくるだろうし、カルデイアはその対応に追われることになるのは間違いない。



 とは言え、仮にも一国の元首を本気で引き渡せなどとは言ってこないだろうし、向こうも対外的に言わざるを得ない――単なるパフォーマンスであるのは十分承知しているはずだ。


 などと色々と難しい問題は山積しているが、それでも国家元首が死去した以上、新しい元首を発表しなければならないのも事実だ。


 そういった事情もあり、カルデイア大公国は人知れずこっそりと新大公――セブリアン・ライゼンハイマーの名を公表したのだった。

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