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第185話 そびえ立つクソと粗チン野郎

前回までのあらすじ


良かったね、マンさん!!

でも本当は、固くて臭いおっさんよりも、柔らかくていい匂いのするクアドラが食べたかったんだよね!!

 ハサール王国西部辺境侯ムルシア侯爵家と、東部辺境侯アンペール侯爵家は、ともに国を代表する武家貴族だ。

 その成り立ちは古く、歴史を辿ると最後には王国の建国時にまで遡る。

 それでもハサール家とともに国の礎を作り上げた、言わば最古参とも言うべきムルシア家に対し、その30年後から歴史が始まったアンペール家は、同じ武家貴族家ではあるがムルシア家よりも序列は下だ。


 成り立ちを慮ればそれは至極真っ当な扱いなのだが、それこそがムルシア家に対してアンペール家が長年劣等感を抱き続けてきた理由だった。

 しかし、いくら気に入らないと言ったところで、今さら歴史を覆すわけにもいかず、それだけは如何ともし難いのも事実だ。


 そもそも家の歴史も領地の大きさも、そして軍隊の規模も練度も、おまけに経済力に及ぶまで、その全てがムルシア家の方が上回っているのだ。

 だから、事あるごとにライバル視をされたところで、ムルシア家にしてみればいい迷惑だと言わざるを得なかった。


 たとえ相手がどう思おうが、歴代のムルシア家当主は一度たりともアンペール家を蔑ろにしたことはない。

 むしろ相手に対して手を差し伸べて、友好な関係を築こうとさえしてきたのだ。


 そんなムルシア家はアンペール家をライバルなのかと問われれば、確かにそうだと答えるだろう。

 しかしそれは同じ辺境侯として切磋琢磨する相手としての意味であり、一方的にアンペール家が思うような悪い意味ではない。

 それどころか、同じ武家貴族家として、アンペール家とは常々良い関係を築きたいとさえ思っていた。



 アンペール侯爵家の首都屋敷は、ムルシア家の屋敷から馬車で10分ほどのところにある。

 両家はともに軍隊を擁する家として、有事の際には素早く連携する必要があるため、ムルシア家と同様にアンペール家も王城にほど近い場所に屋敷を構えていた。

 周囲には他の重鎮たちの屋敷も多数立ち並び、言うなればその一角は、ハイソな屋敷街と言った趣だ。


 そのアンペール家の首都屋敷の一室に、あまり(たち)が良いとは言えない笑い声が響いていた。

 まるで周りを気にすることなく、アンペール家当主ベネデットが大声で笑っている。

 しかし不思議とその声は殆ど廊下に漏れ出てはいなかった。


 侯爵家当主である立場上、密談を交わす機会が多いベネデット。その私室のドアは特別に厚く頑丈に作られていた。

 もちろんそれは、その部屋で人に聞かせられない話をすることが多いからなのだが、それには別の目的もあった。

 それは彼の隠された趣味――いや、最早(もはや)性癖と言ってもいいかもしれない――が周囲に知られないためでもあったのだ。




「くくくっ……今頃奴らは、彼奴(あいつ)らに皆殺しにされているだろうな。我がアンペール家の顔に泥を塗った報いを受けるがいい」


「ベネデット様。予定通り事が運べば、そろそろ彼らが戻ってくる頃かと」


「ふははっ。あぁ、愉快だ。いくら強力な魔術師と言えど、呪文を封じられてしまえば何もできまい。あぁ、私もその場に居合わせたかった。あの小娘の驚く顔が見られないのが、本当に残念だな」


 まるで可笑しくて堪らないといった様子で笑い続ける当主ベネデット。

 そんな彼に向かって、執事のイレネー・フォルジュが無表情に答える。


「左様でございますな。あの高慢な顔を歪めるところは、さぞ見ものでしょう」


「はははっ、お前もそう思うか。 ――ところで、フォルジュ。しかと例の件は伝えてあるのだろうな?」


「はい。その件に抜かりはございません。ご主人様のご希望に沿うように、全ての事を運ばせます故、お任せを」


「そうか。ならば良いが」


 そう答えるベネデットの顔に、何処か下卑た笑みが広がる。

 見るからに猥雑なその顔を見ていると、決して彼がまともなことを考えていないのがわかる。


「ふふふ……このために妻と息子には先に領都へ下がらせたのだ。これであの地下室を心置きなく使えるというもの。 ――あぁ、あの小生意気な小娘を組み敷けるのかと思うと、年甲斐もなく興奮してくるわ」


「……左様でございますか」



 ベネデットが「息子」と言っているのは、もちろん長男のジルことではない。

 その4歳年下の次男――ジャンのことだ。


 兄に似ず、それなりに見目も良く知恵も働く彼は、幼い頃から母親に溺愛されていた。

 その有能さは、父親のベネデットでさえジルの代わりに家を継がせられないものかと思案していたほどだ。

 今回の決闘騒ぎでの敗北はアンペール家にとって大きな打撃ではあったが、唯一この件だけは明るい話題と言えた。

 もっとも、廃嫡されてしまったジルには、決してそれは明るくなどなかったのだが。


 先日の宣言通り、決闘に負けた翌日には早速ベネデットはジルを廃嫡する手続きを済ませており、結局ジルがキルヒマン子爵家へ連れて行かれてから一度も顔を合わせてはいなかった。


 仮にもジルを15年間も長男――嫡男として育てて来ておきながら、廃嫡する際には声もかけず、顔も見ずに紙切れ一枚で済ませてしまう。

 そこにベネデット・アンペールという人間の薄情さ、身勝手さが透けていた。

 そんな人柄が、国の上層部、特に国王ベルトランの信を得る妨げになっていることに、彼自身は気付いていなかった。



「それにしても、あの小娘は頭がおかしいのか? いくら安全な首都の中とは言え、伯爵家の令嬢があんな少人数の護衛しか付けんとはな。襲ってくれと言っているようなものではないか」


「はい。私もそう思います」


「そうであろう? もっとも彼奴(あやつ)自身が強力な魔術師ゆえ、恐らく油断しているのだろうな。 ――ふっ、浅はかな小娘だ」


 まるで馬鹿にするような薄笑いを浮かべるベネデット。

 しかしその言葉に執事長は返事をしなかった。


「まぁよい。そのおかげで襲撃が成功したのだからな。 ――小娘が到着次第、まずはいつもの地下室に監禁しろ。それから二度と魔法が使えぬように舌を切り落としてしまうのだ」


「……仰せのままに」

 

「よいか? あの小娘は未だ生娘のはずだ。ヤツの初めては私がいただく。先に手を出さぬように、調教師にも伝えろ」


「承知いたしました…… しかしご主人様、貴族の娘など(さら)って大丈夫なのでしょうか。現場に死体が見つからなければ、生きたまま連れ去られたとして執拗に捜索の手を伸ばすでしょう。特に()の家の当主夫妻は孫娘を溺愛していると聞き及びますれば、いつもの町娘の時とは些か事情が異なると――」



 ここに来て、初めて執事の顔に感情が見えた。

 主人であるベネデットの言葉に従う素振りは見せるものの、その実その顔は渋い表情で埋め尽くされている。

 そんな執事に向かって、ベネデットは声を荒げた。


「なんだ、貴様!! 私の言に異論を挟むとでも言うのか!? 立場を(わきま)えろ!!」


「も、申し訳ございません!! 出過ぎた真似を致しました!! 何卒ご容赦を!!」


 突然激高した主人に、冷や汗を流しながら謝罪する執事長のイレネー・フォルジュ。

 そんな彼にベネデットが大きく鼻息を吐いていると、突然部屋のドアがノックされる。

 不意にその音に救われたフォルジュは、その場を離れる口実が見つかったかのように、素早く主人の前から離れていったのだった。




 ドアを開けると、メイド長の女性が立っていた。

 何やら彼女は慌てた様子で、その顔には恐れの様なものが浮かんでいる。

 それが、主人の邪魔をしたことに対してなのか、これから告げる要件についてなのかが釈然としなかったが、とにかく彼女が慌てていることは確かだった。


「突然お邪魔をいたしまして、大変申しわけございません。実はご主人様にお客様がお見えになっておりまして……」


「客人だと? 今日は誰のアポも入っていないはずだが…… それで、その客人とは、誰だ?」


「は、はい。リタ・レンテリア様と名乗られる妙齢の女性でございます。アポは入れていないが、この名前を出せば会っていただけるはずだと、強硬に仰られて……」



「な、なにぃ!? リタ――レンテリアだと!?」


 その名を聞いた途端、執事長フォルジュの顔色が変わる。

 いつもの落ち着き払った態度をかなぐり捨てて、盛大に慌て始めた。


「か、確認するが、その客人は間違いなく『リタ・レンテリア』と名乗ったのだな!? 間違いないな!?」


「は、はい!! 私もレンテリア家の御令嬢の姿絵は見たことがありますが、あのお方はリタ嬢ご本人に間違いございません!!」


「わ、わかった、少し待て!!」



 部屋の中から胡乱な顔で眺めていたベネデットに要旨を告げると、フォルジュ同様、彼も盛大に慌てふためいた。

 そして大声で叫んだ。


「お、おらぬと言え!! 所用にて出かけていると伝えろ!! いいか、絶対にこの屋敷に入れるな!! そのまま追い返せ!!」


「は、はい!! 畏まりました!! そ、そのように申し伝えます!!」


 ハサール王国東部辺境侯にして、この屋敷の主人でもあるアンペール侯爵。

 その彼に怒鳴りつけられたメイド長は、飛び上がるようにして走り去って行ったのだった。



 走り去る慌ただしい足音を聞きながら、部屋の中でベネデットとフォルジュが見つめ合う。

 すると(おもむろ「)にベネデットが口を開いたのだが、その唇は小さく震えていた。


「リタだと……? い、一体どうなっている? 今頃は護衛を皆殺しにして、奴を(さら)って来ているはずだったのではないのか? 説明しろ!!」


「も、申し訳ございません!! 私にも何が何やらさっぱり…… しかし彼女がここに来たということは、奴らは返り討ちにあったのではないかと……」




 ――――


 


「そうですの? それは残念ですわね。本日はお屋敷にいらっしゃると聞いて来たのだけれど」


「も、申し訳ございません!! 生憎今日は午後からお出かけになっておいででございまして……」


「ふぅん……そう。それでは、執事長のフォルジュ様はいらっしゃるかしら?」


「そ、それが、執事長もご一緒にお出掛けされておりまして……」


「……それは異なことを仰いますのね。当主不在の折に屋敷を守るのが執事の役目。その彼も同時にいなくなるなど、そうそうあり得ないことでしてよ?」


「も、申し訳ございません……とにかく本日はどちらも不在でございますれば――」



 ここはアンペール家の首都屋敷の玄関。

 そこに先触れもなくリタがふらりと訪れると、メイド長を名乗る女と押し問答を繰り広げていた。

 先ほど当主に会わせろと言ったところ、彼女は一度何処かへ伺いを立てに行ったのだが、戻って来るなり、今日はいないの一点張りだ。


 そもそも当主が不在の際には、屋敷中の者たちが承知しているはずだ。

 それを他に訊きに行くというのは、どう考えてもおかしかった。

 しかも格下とは言え、伯爵家の者が尋ねてきたのだから、一介のメイド長如きに、しかも玄関先で対応させるなどどう考えても異常としか言いようがない。


 さらに言えば、護衛の騎士たちがぐるりとリタを取り囲むように立っており、その様子は、まるで彼女を威圧するかのように見えた。

 

 そんな様子に小さく鼻息を吐くと、リタは言い捨てた。



「承知いたしましたわ。今はおとなしく引き下がりますけれど、すぐにまたご挨拶に訪れますわね」


 どうやらリタは、おとなしく帰ってくれるらしい。

 そう思ったメイド長が意図せず顔に安堵の表情を浮かべると、リタはその白い指を顎に当てた。


「そうそう、最後に伝言をお願いしたいのだけれど。聞いてくださる?」


「は、はい。私でよろしければ、何なりと。しかと主人にお伝えいたします」


「それでは、このようにお伝えくださいませ。少し長いですが、よろしくて?」


「はい」


 リタは、すぅーっと息を吸ったかと思うと、突然――叫んだ。



「いるのはわかっていますのよ、このウジ虫!! よくもこの(わたくし)に喧嘩を売ってくれましたわね!! それほど巣穴に引き(こも)っていたければ、このそびえ立つクソのような屋敷に、さらにクソを流し込んで差し上げましてよ!!」


「なっ……!!」


「もしも5分以内に出て来なければ、その薄汚いおフェラ豚のケツを蹴り上げますわよ!! そして二度とその粗チンを使い物にできないようにして差し上げる!! このイカれ野郎!!」


「な、な、な、何を……」


「――と、一字一句間違いなくお伝えいただけるかしら? 特に『おフェラ豚』と『イカれ野郎』のところはニュアンスが大事ですから、正確にお願いいたしますわね。うふふ」



 身長153センチ、体重44キロの小柄で華奢(しかし巨乳)なリタ・レンテリア。

 その美しくも愛らしい姿は、巷で有名だった。

 それは貴族連中のみならず、市井の者たちの間でも話題に上がるほどで、実際に彼女を見た者はその美しさに茫然とするほどだったのだ。


 その彼女がまるで鬼のような形相で、(およ)そ貴族令嬢とは思えない言葉を吐いていた。

 あまりといえばあまりなその姿に、メイド長と周りの騎士達が呆気に取られていると、突然リタは表情を改める。

 そしてまさに淑女然とした、まるで輝くような笑みを浮かべたのだった。



「アポもなしに、突然の訪問をお許しくださいませ。大変お騒がせ致しました。 ――それでは、ごきげんよう」


 茫然と立ちすくむメイド長をそのままに、くるりとその場で振り向くリタ。

 今やその顔には、まさに伯爵令嬢としか言いようのない美しい笑みが広がっていたのだった。

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[一言] まだ殺らんのか、、、
[良い点] 啖呵の内容がハゲから進化しているところです。 下世話すぎてクラッとしてしてしまいました。 流石、叡智 [気になる点] 決闘の時の態度から見て、本当にリタを欲しがっていたのは、実はベネデット…
[一言] メイドさん冥土に行く前に逃げてー!
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