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第183話 無邪気な笑顔

前回までのあらすじ


フィリーネとクラリスは、何か企んでいるもよう。

リタ謹製のバ○アグラスープを飲ませて、素敵な殿方にだいしゅきホールド――

 抜刀して駆け寄ってくる13人の男たち。

 その使い込んだ武器と擦り切れた鎧を見る限り、全員が相当な手練れなのは間違いなかった。

 掛け声や足音などが聞こえていたならまた別だったのだろうが、物音一つ聞こえず、一言も発さないまま武器を振り上げる姿は、妙に恐怖感を煽るものだ。


 今やこの状況で逃げられるわけもなく、リタの護衛4名――ブリジットは震えるだけだったが――は応戦の構えをとる。

 相手との距離は約10メートル。

 あと2秒で斬り結ぶことになるだろう。


 クルスが対峙した20代後半と思しき二人は、ともにギルドでよく見る顔だった。

 恐らく同じパーティーなのだろう。彼らがギルド事務所でいつも一緒に行動する姿をよく見かけた。

 直接話したことはなかったが、彼らが討伐系の依頼を得意とする中位レベルの冒険者であることは、クルスも良く知っていたのだ。


 もちろん相手もクルスのことは知っていたらしく、自分が襲撃をかけた中にクルスの顔を認めた途端、一瞬ハッとした顔をした。

 それでも次の瞬間には、討伐対象を見つめるだけの冷徹な顔に戻っていたのだが。


 

 その時クルスの頭の中を、まるで走馬灯のように家族の顔が浮かんだ。

 出会って21年、結婚して11年の愛妻パウラ。

 クルスより40センチも背が低く、体重に至っては3分の1以下しかない彼女だが、頭の回転の速さと生まれついての気の強さによって、クルスはいつも尻に敷かれていた。


 元来頭を使うのが苦手なクルスにとって、彼女はとても良いパートナーであるのは身に染みていたが、その感謝の想いをこれまで口にしたことはなかった。

 そんな彼女は、可愛い子供を二人も生んでくれた。

 それも女と男と一人ずつ。

 

 大柄なクルスの子を出産する際、二回ともパウラは難産で苦しんだのにもかかわらず、立派に子供を産んで育ててくれた。

 もちろんクルスはそれにも感謝をしているが、やはり今まで言葉で伝えたことはなかった。

 照れ隠しのためにいつも軽口を叩いては、彼女を怒らせることばかりしか言えなかったのだ。


 ともすれば、まるで後悔のような想いが頭を過ったクルスだが、今はっきりと心の中で誓った。

 状況的に恐らく無理なのだろうが、もしも生きて戻れたなら、必ず感謝の言葉を妻に伝えようと。



 その内容は様々だったが、リタの護衛たちが皆それぞれの心の中で後悔、謝罪、感謝の言葉を呟いていると、突然それは起こった。

 あと数秒で敵と斬り結ぶというタイミングで彼らの身体を掠めて行った光の束が、襲いかかる敵たちを貫いたのだ。


 それは眩しいまでの光の軌跡だった。

 しかし普通の光のように直線的なものではなく、まるで生き物のように曲線を描きながら、襲い来る敵たちを薙ぎ倒していく。


 その光景は、まさに奇跡だった。

 いままさに斬り結ぼうとしていた護衛たちの覚悟をまるで嘲笑うかの如く、その光は一瞬のうちに敵を全滅させていたのだ。


 地面に倒れたまま、声なき悲鳴を上げる男たち。

 それを前に、リタの護衛たち四名は茫然としたまま立ち尽くすしかなかった。 

 そんな中で一番最初に後ろを振り向いたのは、やはりブリジットだった。

 今まさに自分の身体を掠めていった光の束が何であるのか、魔術師の彼女は即時に理解したからだ。


 それに釣られたように、残りの全員が同時に後ろを振り向いた。

 するとそこには、まるで悪魔のような邪悪な笑みを浮かべる、愛らしくも美しいレンテリア伯爵家令嬢――リタ・レンテリアが佇んでいたのだった。




「リ、リタ様!! お怪我は!?」


 思わずクラリスが叫ぶと、聞こえないはずのその声は不思議と皆の耳に聞こえた。

 咄嗟のことに全員が自身の耳に注力すると、その耳には以前と同じように音が聞こえていたのだった。


 それはつまり、かけられていた魔法――無音化(スペル・サイレンス)が解けたことを意味していた。

 その事実に、キョロキョロと周囲を見回してしまうブリジット。

 すると彼女の視界に、地面に倒れて呻き声をあげる一人の女の姿が入った。



「ブルーム、すぐに警邏に知らせに行って!! クラリスとクルスは、男たちの武器を取り上げる!! ブリジットは奥の女を拘束して!! 急げ!!」


 状況を飲み込めずに茫然とする4人に矢継ぎ早に指示を出すと、リタ自身もブリジットの後を追う。

 そしてその背中にさらに声をかけた。


「気をつけよ、ブリジット!! 奴は魔術師じゃ!! 脚は潰したが未だ口は健在ゆえ、呪文を詠唱させるな!!」


「は、はいっ!!」


 その警告を聞いたブリジットは、地面で呻き声を上げる女魔術師――サルド・クアドラに襲いかかると、急いでその口にハンカチを突っ込む。

 そしてその上から手拭いで猿轡(さるぐつわ)を噛ませた。


 魔術師を相手にする場合、とにかく口を自由にさせてはならない。

 そのセオリーを忠実に守るために、そこまでやって初めてリタもブリジットも安堵の表情を見せたのだった。



 クアドラを確認したブリジットは、その姿に感嘆の声を上げざるを得なかった。

 何故なら彼女は、まるで寸分違わずに両ひざを潰されていたからだ。

 間違いなくそれは先ほどリタが放った光の束の仕業に違いなく、外傷も出血もないまま確実にひざの関節だけを砕かれていた。


 その姿にハッとしたブリジットは、そのまま後ろを振り向く。

 するとそこに倒れる男たちも、クアドラ同様一滴も血を流さないまま、見事に両ひざの関節だけを潰されていた。


 これでは最早(もはや)立って歩くどころか、恐らく一生膝は曲げられないだろう。

 ここから逃げるのはおろか、今後の日常生活ですらまともに送れないのは明白だった。

 もっともその一生が果たしてあと数日であろうことなど、今のブリジットの知ったことではなかったのだが。




 クアドラが放った魔法――無音化(スペル・サイレンス)によって呪文の詠唱を封じられたはずのリタだったが、そんなことにはまるで関係なく攻撃魔法を放っていた。

 もちろん無詠唱で。


 それはリタお得意の魔法矢(マジックアロー)の派生型で、ここ10年で開発した彼女のオリジナル魔法だった。

 複数の目標を同時に攻撃するために編み出した誘導型の光の矢は、標的に対して弧を描くように着弾する。

 

 原理としては非常に簡単なのだが、命中精度を上げるためにリタをして10年以上かかっていた。

 同時に狙う標的が10ヶ所を越えると急に制御不能に陥る現象に陥ってから、それを解決するのに5年以上も費やしてしまったのだ。


 もちろんそれは未だ魔術師協会には未報告の新規魔法なので、弟子のロレンツォ以外の目に触れるのは初めてだった。

 ちなみに一緒に理論を構築したロレンツォに至っては、光の矢を制御しきれないとして標的を5ヶ所以内に限定せざるを得なかったらしい。


 

 そんな渾身の魔法が実戦で初成果を上げたことにリタが満足そうに頷いていると、それを横目にクラリスとクルスが男たちから武器を取り上げていた。

 両脚を襲う激痛に悲鳴を上げながら、それでも武器を振り回す男たち。

 しかし今や立って歩くことすら叶わない彼らは、まるで芋虫のようにただ地面を這いずるしかなかった。


 もちろんそんなものは軽くあしらいながら、時に殴りつけ、時に蹴飛ばし、潰れた膝を踏みつけながら、まるで情け容赦なく次々に二人は武器を取り上げていく。

 そして最後に全員の腕をロープで縛りあげると、一ヵ所に集めて拘束した。


 ちなみにそのロープは、(あらかじ)めリタが馬車に積んでおいたものだ。

 その準備の良さを見せられた仲間たちは、この襲撃が予測済みだったことを改めて思い知らされてしまうのだった。




「ごきげんよう、サルド・クアドラ先輩。これは異なところでお会いするものですわね」


 警邏が到着するまで男たちの尋問をクラリスとクルスに任せたリタは、ブリジットとともにクアドラに話を聞くことにした。

 それは魔術師には魔術師が、ギルド員にはギルド員が尋問した方が何かと都合が良いだろうと判断したからだ。


 わかっていたこととは言え、改めて自身の名を告げられたクアドラは、思わず泣きそうになっていた。

 いや、正確に言うならば、襲いかかる激痛と絶望により既に泣いていたのだが、ここに来て真正面からリタに見つめられたクアドラは、遂に理性の(たが)が外れてしまったのだろう。


「も、申し訳ありません!! すいません!! ごめんなさい!! 私は、私は……」


 

 詳しくは知らないが、恐らくクアドラの年齢は20代半ばだ。

 それなりに整った顔は美人というよりも可愛らしい感じで、ややぽっちゃりとした体形は女性的な魅力に溢れていた。


 そんなすっかり大人とも言える女が、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら泣き叫んでいる。

 その様子を見る限り、決して彼女は気の強い性格ではなさそうだ。

 いや、むしろ気が弱くて流されやすいのかもしれない。

 

 思わずそう思ってしまうほど彼女の動揺は凄まじく、ただひたすらに謝罪の言葉を吐くだけだった。


 そんなクアドラに対して、まるで慈悲の見えない瞳でリタが問いかける。

 荒事とはまるで縁遠い、愛らしくも美しい容姿のリタではあるが、その姿からは想像できないほど灰色の瞳は冷め切っていた。



「それで先輩、これは一体何の冗談ですの? 貴女(あなた)にしても(わたくし)が伯爵家の人間であることはご存じでしょう? それを襲うだなんて、いくら浮世離れしたオタク魔術師とて、正気を疑われましてよ?」


「そ、それは……わ、私は……」


(あまつさ)え護衛もろとも皆殺しにしようとするだなんて……最早(もはや)どのような(むご)い仕打ちをされても文句は言えませんわよ? ご理解されてますの?」


 そう言うとリタは、触れるか触れないかの距離でゆっくりとクアドラの頬を撫でる仕草をした。


「ひぃっ!! ……ど、どうして……ま、魔法は封じたはずなのに……」


 恐怖とともに隠し切れない疑問がクアドラの顔に浮かぶ。

 するとリタは、小さく鼻で笑った。


「うふふっ。あら、お忘れかしら? まさかこの(わたくし)の師匠をご存じないの? 結構有名だと思っていましたのに」


「えっ? そ、それは知っているけれど……も、もしかして……そ、そんな……馬鹿な……だってそんなこと、聞いたことない……」


「ふふふっ。さすがにそれはご存じでしたわね。公表はしておりませんでしたが、実は(わたくし)も使えますのよ、アレ(・・)を。 ――念のためにお教えしますけれど、べつに隠しているわけではありませんの。協会も師匠も承知しておりますし、ただ公表していないだけですの。残念でしたわね、先輩」


「ふぇぇ……」



 恐怖の表情で固まるクアドラ。

 そんな彼女にさらに追い打ちをかけるリタ。


「そうそう、見たところなかなかに可愛らしいお顔をしてらっしゃいますわね、貴女(あなた)。この顔に焼き(ごて)を当てざるを得ないだなんて……あぁ、想像しただけでゾクゾクしてしまいますわ。うふふ……」


「ひぃぃ……!!」


 その声を合図にして、クアドラの尻の下に水たまりが広がった。

 そろそろ彼女も限界のようだ。

 しかしその表情が嗜虐心を刺激したらしく、満面の笑みでリタは語り続ける。


「貴女ほどの器量なら、拷問吏もきっと責め甲斐があるでしょうねぇ。吐こうが吐くまいが関係なく、彼らが満足するまで責められ続けるの。それも死ぬまでね」


「いやぁ……」


「まずは全裸にされるでしょう? ん? 自殺防止のために、先に舌を抜かれるのだったかしら? ――まぁ、どちらでもいいけれど」


「やだ、やだぁぁぁ……!!」


「逃げられないように両脚は斬り落とされて、拷問吏たちが飽きるまで何度も何度も責められ続けるの。上と下のお口をね。 ――この立派なお胸は切り取られて、身体中の穴という穴に色々と入れられて……」


 なかなかに豊満なクアドラの胸を指で突きながら、尚もリタは言い募る。

 その顔に浮かぶ残酷な笑みを見たクアドラは、恐怖に顔を歪めた。


「ひぃぃぃ!!」


「死にそうになっても大丈夫。治癒魔法で元通りなの。あら素敵、また最初から楽園を味わえるのね。 ――あぁ、きっとこの世のものとは思えない、最高の体験ができると思うわ。それも永遠とも思える時間をね。はぁぁ……本当に羨ましい限りですの」


 まさにうっとりとした恍惚の表情でクアドラを見つめるリタ。

 本当に15歳なのかと疑問に思ってしまうほど、その顔は妖艶だった。

 何気にその光景を想像してしまったブリジットが、思わず喉をゴクリと鳴らしてしまうと、顔面を蒼白にしたクアドラが遂に悲鳴を上げた。


「ひぃぃー!! いやぁー!! 拷問だけは堪忍して!! た、助けて、お願い、いやぁー!!」


 すでにクアドラは限界だった。

 この先の運命を想像した彼女は、今や正気を保っていられないほど恐怖に(おのの)いている。

 その様子を見たリタは、さらりと核心に迫ってみることにした。



「あら? もしかして、助けてほしいのかしら? せっかくこの世の楽園をご案内しようかと思っていましたのに。 ――まぁ、私も伯爵家の人間ですから、それなりに口利きも出来ましてよ。それに貴女はあの者たちと違って、直接手を下していませんしね」


「そ、それなら……!!」


 優しく言い含めるようなリタの口調と表情に、クアドラが縋りつく。

 もちろん身体の自由は利かないので、声音と表情だけだったが。

 そんな彼女にリタは意味ありげな流し目をする。


「えぇ、そうですわねぇ……もしも(わたくし)がその気になれば、せめて拷問くらいは免れられるかもしれませんわねぇ。 ――それで、依頼主は誰なのかしら。教えてくださる?」


「そ、それは――」





「リタ様。少しよろしいでしょうか?」


 遂に観念したクアドラから話を聞いていると、リタの背中にクラリスが声をかけてくる。

 その声に振り向いたリタの目には、困惑するクラリスの顔が見えた。


「どうしたのかしら? 何か問題でも?」


「は、はい。そのぉ……男たちが依頼主の名を吐かなくて。いくら殴っても蹴っても効果がないのです。頑固と言いますか、何と言いますか……」


「あら、もうすぐ警邏の方々が到着してしまいますわよ? それまでに吐かせなければならないというのに」


「も、申し訳ありませんっ!!」

 

 平身低頭、己の能力不足に謝罪の言葉を吐くクラリスを見つめながら、指を顎に当てて何やら思案顔のリタがぽつりと呟く。


「そうねぇ……指は斬り落としてみた? これなら吐くまでに10回はチャンスがあるわよ? 耳や鼻を削いでみるのもいいけれど、誰か一人を選んで、皆の前で男性自身を斬り落としてみるのも一興ね。これは結構効果があるの。 ――そうそう、斬り落としたアレは、ご本人のお口に突っ込んで差し上げるのよ? これ大事」


「えぇぇぇ……リ、リタ様……」


 まるで夕食の献立を提案するような軽い主人の口調に、さすがのクラリスも本気で引いてしまう。

 そんな女騎士の様子を眺めていたリタの顔に、まるで「ピコーン」と擬音が聞こえるような笑顔が浮かんだ。

 


「あぁそうだ、思い出したわ。うちの猫ちゃんがお腹を空かせているのよ。たまには美味しいご飯をあげなくちゃね」


 そう言って笑うリタの顔には、悪戯を思いついた子供のような無邪気な笑顔が浮かんでいたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] クアドラ女史は泣いてますが、もとをたどればリタに子供の喧嘩じゃ済まないレベルの喧嘩を売ったのが原因ですし、仕方ないですね。 殺す気で襲ったなら殺される覚悟も必要なわけです。 さらにはあの…
[一言] ペットに餌は大事だよね そして活きは良いほど望ましい まさか呼んだだけでおあずけなんてしませんよね? お願いしますよ?
[良い点] ヌコ様ご登場ですな 美味しくいただかれるんですなぁ〜ニヤニヤ [気になる点] パイセン猿轡…??あれ?? [一言] 今までで一番リタお嬢がイキイキしてるような(笑) とてもよろしいと思いま…
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