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第179話 淑女の余暇の過ごし方

前回までのあらすじ


嫁と娘に責められる毎日……

なんというご褒美……

 依頼書で指定された通り、翌朝クルスはレンテリア家の屋敷を訪れていた。

 普段から貴族などとは付き合いのない彼は、ここハサール王国の中でも名門貴族家で有名なレンテリア家の屋敷の前まで来ると、緊張からゴクリと喉が鳴ってしまう。

 

 彼がここに来たのは、実はこれが二度目だ。

 今から10年前、当時5歳だったリタ――アニエスに暗殺者の存在を知らせるために訪れたのが一度目だった。

 何か困ったことがあれば気軽に訪ねて来いと、別れ際にリタには言われていたが、社交辞令だと思い込んだまますでに10年が経っていた。


 同じ首都に住むとは言え、王城近くの中心部に住むリタと郊外に住むクルスでは生活圏が違うため、偶然出会う機会などまずない。

 事実、あれ以来一度も顔を合わせることはなかった。


 しかし噂や瓦版では時々リタの名を聞いていたし、そもそも命の恩人である彼女のことをクルスもパウラも忘れるはずがなかった。

 もっとも当のリタが二人のことを憶えているかと問われれば、それは微妙だったのだが。



 今や名門貴族家令嬢であるリタにとって、自分たちは取るに足らない一介の冒険者でしかない。

 特別な付き合いもないまま10年も経っていたので、自分たちのことなどすっかり忘れているだろうと勝手に思い込んでいたのだ。


 しかし今回わざわざ名指しで依頼を出してきたということは、リタはクルスを忘れてはいなかった。

 それは知人としては素直に嬉しいが、果たしてそれを喜んでいいのかどうかは、実際に話を聞いてみないことには判断がつかない。

 未だ詳しい話を聞いていないのでわからないが、なんとなく面倒ごとに巻き込まれそうな、嫌な予感がして堪らないクルスだった。

 


 

 クルスがレンテリア伯爵邸の門番にギルドカードを見せて名を告げると、即座に中へ通された。

 するとそこには案内のメイドが控えており、何も言わずとも流れるように応接室まで案内される。

 二度目ではあるが、10年ぶりの訪問に些かキョロキョロしながらクルスが待っていると、約2分後にドアが開かれた。


「お待たせいたしました、リタ・レンテリアでございます。 ――お久しぶりですね、クルス様。突然の呼び出しをお詫びいたしますとともに、ご足労いただいたことに感謝いたします」


 そう告げながら部屋に入ってきたのは、もちろんレンテリア伯爵家次男令嬢、リタ・レンテリアその人だ。

 約10年ぶりに会ったとは言え、クルスにとってその顔は見間違いようがなかった。

 気が強そうに吊り上がる細い眉も、たれ目がちで愛らしい灰色の瞳も、何処か余裕を感じさせる微笑を湛えるその唇も、その全てがリタそのものだった。


 リタはメイドと女騎士を一人ずつ伴っていた。

 年齢は二人とも二十代後半に見える。

 メイドの方は、愛嬌のあるクリクリとした大きな瞳が特徴的な背の高い女性で、その顔は決して美人とは言えない。


 対して女騎士は、まずはその整った顔に目を奪われる。

 短く切り揃えたブロンドの髪と、細く鋭い瞳から男勝りな印象を受けてしまうが、髪を伸ばして化粧をすればかなりの美人なのではないかと思われた。

 そんな美しいと言っても過言ではない女性が、二十代後半にもなって騎士をしているのを見ていると、何気に勿体ないと思ってしまうのは自分だけだろうか。




 などと思ったのは一瞬だけで、リタの姿に驚いたクルスは意図せず大きく目を見開いてしまう。

 何故なら、リタの姿はクルスの想像から大きくかけ離れていたからだ。


 美しいプラチナブロンドの髪は光り輝き、今では些か古風とも言える金色の縦ロールが不思議な豪奢さを演出している。

 染み一つないキメの細かい肌は真っ白で、そこに薄紅色の唇が映えていた。

 10年前と変わらず小柄ではあったが、顔が小さく均整の取れた肢体はまさに芸術の様だ。

 そして母親の血を色濃く受け継いだその胸は、今や立派にその存在感を主張していた。

 

 それを一言で表現するなら、まさに「低身長童顔ロリ細身巨乳金髪縦ロール」といったところだろうか。

 そんなリタの姿に驚くと同時に、クルスは圧倒されていたのだった。



 驚きのあまり大きく目を見開き、口を半開きにしたままのクルス。

 その様子にリタは胡乱な顔をすると、まるで窺うような視線を投げた。


「クルス様、如何(いかが)されましたか? 何処かお加減でも?」


「あ、いや、何でもな――ありません。 ……えぇと、ご無沙汰しております。久しぶりに会った姿が想像と少し違っていた――いましたものですから、つい、そのぉ……」


 しどろもどろになりながら、思わずクルスが言い淀む。

 いつも不遜な態度を崩さない彼にしては珍しく、口からは敬語が零れ、見れば額からは冷や汗が流れている。


 もっともそれは無理もなかった。

 彼の中でのリタ像は、あの無礼とまで言えるほどの不遜な態度と、妙に年寄り臭い口調のままずっと変わっていなかったからだ。


 それが10年ぶりに会ってみれば、まさに上品な貴族令嬢といった容姿のみならず、その口調も嫋やかで柔らかいものだった。

 そのあまりの想像の斜め上の姿と口調に、今やクルスは平常心を保てなくなっていたのだ。

 そのうえ無理に敬語を使おうとしたことで、彼はもうまともに口が動かなくなっていた。




 そんなクルスの様子に気付いたリタは、ニンマリと意味ありげな笑みを漏らす。


「クルス様。どうぞ、貴方様本来の口調でかまいませんわ。敬語が苦手であれば使わなくても結構ですのよ。ここには(わたくし)以外には誰もいないのですから」


 などと涼しい顔でリタは言う。

 しかしクルスには、どう見てもメイドと女騎士も部屋の中に控えているようにしか見えなかった。 

 その様子を見る限り、貴族令嬢の彼女にとってはメイドと護衛の騎士は空気でしかなく、人数に入らないのだろう。


 しかし幾ら本人の許可があったとは言え、貴族令嬢を相手に敬語を使わないというのもどうなのだろうかと思ってしまう。

 使用人たちだって、決していい気分にはならないはずだ。

 

 などと考えたクルスではあったが、敬語のままではまともに会話にならないと思い、リタの言葉に甘えようと思った。

 何気にジトっとした、意味ありげな視線を投げる女騎士を気にしながら。



  

「あぁ、そう言って貰えるとありがてぇ。なにぶん敬語は使い慣れてねぇからな。あんたも昔のようなざっくばらんな話し方をしてくれると助かる。その澄ました口調は、なんだか背中がむず痒くなっていけねぇな」


 ガシャン!!


 クルスが口を開いた直後、部屋の隅から何か大きな音が聞こえた。

 聞き間違いでないかぎり、それは金属同士が擦れる音だ。しかもクルスが普段から聞き慣れているものでもあった。

 それは背後に控える女騎士から聞こえており、見れば彼女は腰の剣を半ば抜きかかっていた。

 そして叫ぶ。


「貴様!! お嬢様に向かってなんだその口の利き方は!! リタ様がレンテリア家の御令嬢だと知っての――」


「控えなさい、クラリス。いいのです。この方は昔からの知り合いですし、敬語が不得意なのは(わたくし)も十分存じています。確かにあなたからすれば無礼なのでしょうけれど、これが彼なのです。我慢しなさい、いいですわね?」


「しかし、それではあまりに――」


「クラリス。あなたの気持ちはわかります。しかし、ここは抑えなさい」


 突如剣を抜きながら大声を上げた女騎士――クラリス・テシエを手振りと視線で制すると、再びリタは前を向く。

 するとクラリスは、まさに「ぐぬぬぬ……」といった(てい)で必死に己を抑えつけたが、その鋭い瞳は未だクルスを睨みつけたままだった。


「は……はい。承知いたしました……」


 主人であるリタの言葉は絶対だ。

 そのため彼女は渋々その言に従ったが、鋭く睨みつけるその姿を見る限り、今にもクルスに斬りかかってきそうな雰囲気だった。



 

 そんな女騎士の視線に冷や汗を隠せないクルスではあったが、それでも彼は口調を改める気はなかった。

 貴族令嬢に向かっては無礼としか言いようのない言葉で話し続ける。


「それで、リタ嬢、今回の依頼の真意を聞かせてもらおうか。どうせただの依頼じゃねぇんだろ? この高額な依頼料にも何か意味があるんじゃねぇのか?」


「ふふふ。その依頼内容に他意はありませんでしてよ。貴方もご存じの通り、一週間前に(わたくし)あの(・・)アンペール家の恨みを買うようなことをしてしまいましたの。国王の(めい)により報復などは禁じられておりますから滅多なことはないとは思いますが、一応は警戒をしておこうかと思いまして」


「……」


 何やら楽しそうな笑みを浮かべながらリタが答える。

 その顔はクルスにしてハッとするほど美しかった。



 一週間前、リタはアンペール家の嫡男であるジルを素手で殴り倒した。

 そして彼の方から吹っ掛けて来た決闘騒ぎをそれで終わらせたのだが、結果としてアンペール家とその周辺の貴族家の恨みを一身に買ってしまったのだ。


 もっとも彼女にしてみれば、意図せず降りかかってきた火の粉を手で振り払った――実力を以て排除したに過ぎないのだが、相手にしてみればそう簡単に終わらせられるものではなかった。

 王国東部を代表する武家貴族家が衆人環視の中で大恥をかかされたうえに、嫡男まで廃嫡させられる羽目になったのだから。


 確かに国王ベルトランの(めい)により報復は厳しく禁じられているが、そのまま彼らがおとなしく引き下がるとは到底思えない。

 さすがに正面から仕掛けてくるほど馬鹿でも無謀でもないのだろうが、何かしら事を起こしてくるのは想像できる。



 今回の決闘においては、当事者以外にも大勢が損をした。

 それは何故なら、この決闘の勝敗を国中の者たちが賭けの対象にしていたからだ。

 1対9で圧倒的ジル有利の予想結果は、このままでは賭けが成立しないギリギリだった。

 それはつまり、フレデリク――ムルシア家が勝つなどとは誰も思っていなかったことを意味する。


 もちろんクルスもその賭けには乗っていた。

 しかし友人たちが皆ジルに賭けるのを尻目に、彼だけはフレデリクに賭けたのだ。


 単純に力だけを比べた場合、フレデリクとジルではジル圧勝としか思えなかった。もしもこの二人だけの闘いであったなら、クルスも迷わずジルに賭けていただろう。

 しかしそこにリタの存在を知った時、迷わず彼は全財産をフレデリクに賭けたのだ。

 

 もちろんそのあまりの無謀さに、パウラには思い切り殴り倒されたし、周囲の者たちにも笑われた。そしてクルス自身も最後まで生きた心地がしなかったのも事実だ。

 しかし彼は思ったのだ。

 あの(・・)リタが、何の考えも無しにいるわけがない。

 彼女なら必ず最後に何かを仕出かしてくれるはずだ、と。



 そんな調子で始まったムルシア家とアンペール家の決闘だったが、蓋を開けてみれば本当にその通りになった。

 しかも魔術師であるはずのリタが、自ら魔法を封印した挙句に素手でジルを殴り倒したのだ。

 その結果を聞いたクルスは、冗談ではなく本当に踊り狂って喜んだ。

 

 それはリタが自分の期待を裏切らなかったのはもちろんだが、離婚を覚悟で賭けた全財産が数倍にもなって戻ってきたからだ。

 一財産を抱えたクルスがドヤ顔で自宅に戻ると、まるで掌を返したかのようにパウラは優しかった。そしてその夜はたっぷりサービスまでしてくれたのだ。

 その凄さは、来年にもう一人子供が生まれるかもしれないと思うほどだった。


 このようにリタは、賭けに勝った少数の者たちには慕われていたが、賭けに負けた多くの者たちには恨まれてもいた。

 中には全財産を失ったものも少なくないと聞く。

 もっともそんなことなどリタの知ったことではなかったし、考慮する必要すらなかったのだが。




 クルスの質問に対して、まさに「にやり」といった(てい)でほくそ笑むリタ。

 その様子からは、彼女が本気で相手の報復を恐れているようにはどうしても見えなかった。だからクルスは尚も言い募る。


「なぁ、リタ嬢。あんたのことだ、恨みを買ったから護衛を雇うだなんて絶対に嘘だろう。一体何をたくらんでやがるんだ? 今回は俺も一枚噛むわけだから、全部とは言わねぇが多少は教えてくれてもいいんじゃねぇのか?」


「あら? どうしてそう思うのかしら? こう見えても(わたくし)だってか弱い女子(おなご)なのですよ? どこから矢が飛んでくるかわからなければ、怖くなったりもするものでしてよ」


 相変わらず怪しげな笑みを浮かべながらリタが囁く。

 ともすればその顔は、今や中年のクルスでさえ思わず惹き込まれそうになるものだった。

 しかし彼はそんな思いを振り払うように頭を振った。


「……で? その真意は?」


「ふふふっ……さすがに誤魔化されないですわね。 ――そうですわねぇ……実は余暇に釣りを楽しんでみようかと思っておりますの。こう見えて(わたくし)は欲張りなものですから、どうせ釣るなら大物を釣り上げてみようかと思いましてね。それであなたにもお手伝いを願おうかと思って、依頼を出しましたのよ」


「……」



 妙に迂遠な表現に悩みつつその言葉の意味をクルスが考えていると、突然リタが顔を近づけて来る。

 戸惑うクルスに遠慮をせずに精巧な人形のように整ったその顔を寄せると、リタはそっと耳元で囁いた。


「ええか。お前には最後まで付き合ってもらう。途中で逃げることなぞ絶対に許さぬ。 ――今でもこのわしを命の恩人だと思うておるなら、その恩をここで返してもらおうか」



 暖かい吐息が耳を(くすぐ)ると同時に、クルスの鼻にふわりと花と香水の香りが漂う。

 しかし今の彼には、そんなことに気を取られている余裕など全くなかった。

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[気になる点] でもフレデリクは負けましたよね… [一言] 釣り餌がリタだとして、大して強くも無いクルスの役割とは… 目撃者?
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