第18話 反抗期の幼児
前回までのあらすじ
パウラもロリババアだったりする。低身長、貧乳、童顔のトリプルコンボ!!
久しぶりにまともな食事と水浴びを堪能したクルスとパウラは、これもまた数日ぶりに柔らかいベッドの上で眠ることができた。
とは言え、水浴びを済ませたパウラがベッドの上で手足を伸ばしていると、そこに侵入してきたクルスに纏わりつかれた挙句、一回戦だけ付き合う羽目になったのだが。
しかし一回戦だけの約束で事を始めたものの、妙に盛り上がったクルスのせいで、そうは彼女の思い通りにはいかなかった。
明日の早朝にはここを発たなければいけないと言っているにもかかわらず、結局深夜まで三回戦もクルスに付き合わされたのだ。
久しぶりに柔らかなベッドの上でゆっくりと眠れるはずだったのに、結局いつにも増して寝不足になるパウラだった。
そしていまは、眠い目を擦りながら宿屋の食堂で朝食を摂っているところだ。
「はぁーあ、眠い…… ちょっとクルス、あんたどんだけなのよ…… あたし、一回だけって言ったよね!?」
「面目ねぇ、つい…… でもよ、お前だってノリノリだったじゃねぇか。人のこと言えねぇだろ。それに頼むから脚で挟み込むのだけはやめてくれよ。危なく失敗ちまうところだったじゃねぇか」
人相の悪い大柄な男が、身体を小さく丸めて小声で呟く。
その様子を見ていると、このペアの主導権をどちらが握っているのかは一目瞭然だった。
「あらぁ、失敗してくれてもよかったのに。これであたしは晴れて引退の身。家で可愛い赤ちゃんと一緒に旦那様の帰りを待つ日々…… なんかいいわぁ、憧れるわぁ――」
「……おい、まさか本気じゃねぇだろうな? 俺に農夫にでもなれってか?」
「あら、だって大事な稼ぎ頭に魔獣討伐なんて命がけの仕事させられないでしょ?」
「そ、そうだけどよ……」
「まぁ、薬草採集だけでも二馬力ならなんとかなるでしょ」
「いや……と、とりあえず、この依頼を完了できればそれなりの報酬が入って来るから、後のことはそれから考えようぜ」
「ふふふ……そうね……ふふふ……」
自分の顔を見つめながら怪しく笑うパウラの姿に、どこか恐怖を覚えるクルスだった。
エステパからオルカホ村までは歩いて半日かかる。
それでもその町と村を繋ぐ道はそれなりに整備されているうえに殆ど高低差もないので、子供の脚でもなんとか辿り着ける程度の道ではあった。
そんな平坦な道を歩く一組の男女の足取りは軽い。
それは、もしかするとこの先に目指す目的があるかもしれないという予感めいたものがあるからだろう。
彼らがギルドから依頼を受けて早半年、まるで雲を掴むような目的を達成するために各地を転々としてきたが、一向に見つからない手掛かりにいい加減嫌気が差してきていたのも事実だった。
詳しいことは不明だが、それでも手掛かりらしき話を聞くことができたのだ。
これから向かう先に目標とする人物がいるかもしれない。そう思うと自然と彼らの足取りは軽くなる。
それに加えて、二人ともが久しぶりの昨夜の情事に満足していたのも理由の一つなのかもしれなかった。
「それで、その女の子なんだけど、どんな子なの?」
「あぁ、昨夜の町人も直接見たわけではないからわからないらしい。でも生まれつき身体が弱くてずっと寝たきりだったらしいぞ。同じ村の奴らもその娘の姿は殆ど見たことがなかったらしいな」
「へぇ…… そんな子が突然元気になって、しかもある日突然魔法に目覚めたんだ…… そりゃ怪しいわね」
二十代半ばにしては見た目が若く見えるパウラが、顎に指を当てて考え込む。
その姿を後ろから見ると、小柄な体格も相まって未だ十代の娘のようにも見えた。
「お前もそう思うだろ? その子の両親も魔法には縁がなさそうだし、そんなところに「魔力持ち」が突然現れるのには絶対になんか理由がありそうだ」
「そうね。思いっきり何かありそうね」
通常、「魔力持ち」の能力は遺伝すると言われている。
だからその才能で代々家を栄えさせて来た貴族たちは、次代にその血が生まれることをとても期待するし、いざ生まれるとその子供をとても大切にする。
それが男の子であれば、既に長男、次男がいたとしてもそれを飛び越えて跡取りに指名するし、それが女の子であっても他家から婿を取って女当主とするのが通例だ。
それほどまでに「魔力持ち」は希少で特殊な能力であり、それを持つ子供が生まれるとその家は安泰だと言われるほどだった。
その生まれの血が色濃く関係する「魔力持ち」が、全く関係ないところに突然生まれるわけはない。
もちろん突然変異や隔世遺伝の可能性もあるのだろうが、そういった知識が一般的ではないこの時代において、そう考える者は稀だろう。
だから魔法と縁のない夫婦の子供が実は「魔力持ち」だったと聞いた時、クルスとパウラが怪しんだのは当然の話だったのだ。
――――
「うぬぅ…… たまごが食べたい…… たまご……たまご……たまごぉ――!! うおぉ――!!」
裏庭にリタの声が響き渡る。
その声音には彼女の切なる感情が込められている。
傍からそれを聞いていると単なる舌足らずな幼女の叫びにしか聞こえないが、実際にその通りなのだから仕方ない。
その叫びは単純にリタが卵が食べたくて叫んでいただけだからだ。
最近のリタはだいぶ滑舌も良くなり、発音も聞き取りやすくなってきていた。
彼女が死の淵から蘇って既に一年、リタはすっかり普通の幼女らしくなった。
食生活が改善したおかげで少し背も伸びたし、年相応に身体にお肉もついてきた。
お肉が付きすぎて、今では立派なイカ腹を晒しているほどだ。
四歳幼児の内面に息衝く212歳のアニエスの精神は相変わらず幼い肉体に引かれ続けており、次第に自分の精神年齢が肉体年齢に近づいているのを自覚していた。
しかしこればかりはさすがのリタにもどうしようもなく、今では半ば諦めつつある。
実際、これまでの長い人生で積み上げてきた老成円熟な精神など何処へやら、今も真昼間から「たまごー!! うおー!!」などと力の限り叫んでいたのだった。
真昼間から謎の叫び声をあげて裏庭を走り回る娘の姿を見つけると、母親のエメは洗濯物を干す手を休めた。
そして呆れたような顔でリタに語り掛ける。
「リタ…… そんなに大声で叫んでも卵はやってこないわよ」
「かかしゃま、やはり裏庭でオウルベアを飼わんか? そうすればいつでもあの卵を食べられる」
「……あのね、リタ。それはダメって前にも言ったでしょう? 一体どこにあんな凶暴な魔獣を飼っている家があるのよ。確かにあの卵はとても美味しかったけれどね」
「うぬぅ…… オウルベアには大人しくするように、わちから言い聞かせる。散歩もちゃんと毎日ちゅれて行くし、おトイレの場所も憶えさせるしのぉー」
「そんな犬猫じゃあるまいし…… とにかくダメ、駄目よ。オウルベアを家で飼うなんて絶対にダメ!!」
「うむぅー!! それじゃ、ととしゃまに訊いてくりゅ!! もういい!!」
いくら言っても母親が言うことを聞いてくれないと思ったリタは、優しい父親に一縷の望みを託そうとした。
そして跳ねるように父親がいる畑へと走っていくのだった。
しかし結局父親にも鰾膠も無く断られた彼女は、膨れっ面を晒したまま一人で裏山へと入っていったのだった。
「オウルベアよぉー、どこじゃー、おったら返事せぇよー」
リタは一人で裏山に入ると、以前出会ったオウルベアを探し始める。
鬱蒼と茂る木々の間をチョロチョロと歩き回りながら、舌足らずな声を張り上げた。
もしもその姿を両親に見られたら、絶対に叱られるだろう。絶対に一人で裏山に入ってはいけないと普段から言われていたからだ。
しかしリタは、自分の言うことを全く聞いてくれない両親に腹を立てていたのだ。
そしてその反抗心の現れとして、両親に禁止されていることを敢えて冒そうとしていた。
そう、リタには少し遅めの反抗期が到来していたのだ。
本来第一次反抗期は二歳前後の幼児に訪れるものだが、生まれてからずっと病気で寝たきりだった彼女にはその記憶がない。
だから四歳になった今頃になってそれが訪れたのだ。
それはある意味幼児の正常な精神成長の一環とも言えるが、すでに老成した212歳の精神を持つリタに今頃それが訪れたのは一体どういう意味があるのだろうかと、本気で心配してしまう。
しかし現実に今のリタは「いやいや!! だって!!」の全盛期だった。
「オウルベアーよぉー…… おぉ、おったのぉ!!」
記憶を頼りにリタがオウルベアの巣を探すと、案の定そこに一頭の魔獣がいた。
子供が十人以上でやっと取り囲めるほどの太さの木の洞のなかに、一頭のオウルベアが身体を丸めて寝ており、その下には恐らく卵があるのだ。
そしてリタの接近に気付いたオウルベアのメスが、必死になって威嚇してくる。
「グルルゥー……」
「おぉ、オウルベアよ、ひさしいのぉ。さっそくで悪いが、その卵をもらい受けたい」
「グルルォォー!!」
しかしその言葉を聞いても、オウルベアのメスは唸るばかりだ。
彼女が体の下で温める卵は、彼女の子供そのものなのだ。
それを四歳幼児にくれと言われて大人しく渡すわけもなかった。当たり前だ。
「ええこじゃのぉ。さぁ、おとなしくそのたまごを渡してもらおうか」
木の洞の中で怯えて唸り続けるメスのオウルベアの向かって、リタがニンマリと邪悪な笑みを浮かべながら近づいていく。
その様子は幼気な幼女に言葉巧みに近づこうとする変態オヤジのようにも見えて、些かリタの方が悪者に見えた。
「グルオォォ!!」
その時横手から別の一頭のオウルベアが姿を現した。
その見覚えのある姿から、彼が前回に遺恨を残した個体であることは一目でわかった。そしてそのオウルベアもリタの姿を憶えており、力の限り威嚇してくる。
「グルゴァー!!」
しかしその四本の脚は小刻みに震えており、目の前のリタに対して怯えているのは間違いなかった。
それでもリタの取り立ては容赦がない。
「さぁ、出すもん出してもりゃおうか。おのれら、覚悟しいや!!」
一体何処の借金の取り立て屋かと思わせるようなリタの姿を見た途端、目の前のオウルベアは脱兎のごとく走り出す。
己の巣に向かって。
そしてメスの腹の下から卵を抱え上げると、二頭のオウルベアは山の奥へと必死に逃げて行ってしまったのだった。








