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第135話 地味子と幼女

前回までのあらすじ


ユニ夫――!!

「なぁ、おまぁ生きとるんか? しっかりせぇよ。そんなんとこに寝そべって、一体どないしたん?」


 滑るようにユニ夫から降りたリタは、地面に横たわる灰色の塊を遠目で眺めた。

 そして異常がないことを確認すると、拾った木の枝で慎重に(つつ)き始める。


 ピピ美が言う通り、やはりそれは人間だった。

 うつ伏せに倒れているので詳しくはわからないが、その長い髪から女であることがわかる。

 木の枝で突いてみると、それは見た目以上に柔らかかった。

 それはつまり、彼女がまだ生きているか、死んで間もない死体かのどちらかだということだ。


 見たところ罠もなければ周りに異常も見られない。

 それに納得したリタは、「えいやっ」とばかりに無造作にそれを裏返した。



 ゴロリと顔が見えてみると、思った通りそれは女だった。

 しかも見たところ母親のエメラルダとそう変わらない、二十代前半と思しき若者だ。 


 くすんだ金色の長い髪が纏わりついているせいで顔はよくわからないが、ざっと見たところあまり化粧気のない地味な顔立ちのようだ。

 視力が悪いらしく顔には大きな黒縁の眼鏡をかけており、背は普通、体形も特に痩せても太ってもいない。


 このようにまるで特徴らしい特徴のない女性だったが、一つだけ目立っているところがあった。

 それは、仰向けに倒れていてもわかるくらいに大きく膨らんだ胸だった。



 彼女が魔術師であることは、リタにはすぐにわかった。

 何故なら、着ている衣服がロレンツォと同じ灰色のローブだったからだ。

 しかも彼と同じく国からの安物の支給品で、使われている布地からデザインまでもが全く同じだった。


 化粧っ気のない地味な顔と大きな黒縁の眼鏡、そして凡そ衣服に気を遣っているとも思えない様子から、彼女は所謂(いわゆる)地味子(じみこ)」なのだろう。


 魔術師の若い女性にはそんなタイプが多いが、得てして行き遅れの者が多かった。

 実際、若かりし頃のアニエスもまさにその典型的なタイプだったし、さらに悪いことに、彼女の場合はその他にも色々と(こじ)らせていたのだ。


 そんな(こじ)らせ女子の大先輩とも言えるアニエス――リタは、目の前で倒れる若い女に妙な親近感を覚えつつ、些か遠い目で見ていたのだった。




 リタが地味子を木の枝で(つつ)いていると、彼女は唸り声をあげながら身動ぎをした。

 するとその顔を覗き込むように、リタが声をかける。


「なぁ、おまぁ、しっかりせぇや。どっか怪我でもしちょるんか? 痛いとことかあるんか? なぁなぁ」


「うぅーん…… あぁ……ここは……? わたしは……」


「おまぁは誰じゃ? なぜここで寝ちょる?」


「……」


 リタの問いかけにやっと目を開くと、彼女は眩しそうに顔を顰める。

 それから暫く目を慣らすようにキョロキョロ周りを見回した後、目の前にしゃがみ込む小さな幼女に気が付くと驚いたように口を開いた。


「あ、あなたは……」 


「わちのことはええ。まずはおまぁのことを教えよ。名を言え」


「えっ? わ、私? 私はブリジット――ブリジット・フレモンです」


「ほう、ブリジットか。 ――ではブリジットよ、おまぁ、何故にこんなところで寝ちょるん? 服はボロボロじゃし、それなんぞ、完全に刀傷じゃろ。何があったんじゃ?」


「えぇ? えぇと……」


 どうやら彼女――ブリジットはリタの質問の意味が咄嗟に理解できなかったらしい。

 というよりも、自分が何故ここで倒れていたのかすらよくわからないようだった。

 そんな彼女はリタの質問からたっぷり十秒数えた後に、突然大きな声をあげた。




「あぁ、そ、そうだ!! 私は軍の司令に報告に向かっているところで――」


 突然自分の置かれた状況を思い出したブリジットは、慌てたように立ち上がろうとする。

 しかし足元が覚束ないらしく、よろよろとよろけるばかりで立ち上がることすら叶わなかった。

 そんな彼女を押しとどめると、少し強めの口調でリタは宥めた。


「まずは落ち着くのじゃ!! ええか、ゆっくり大きく息を吸え。そして吐き出すのじゃ、ええか?」


「は、はいっ」


 剣で斬られた傷は治癒魔法で塞いでいたが、それでもやはり出血が多すぎたらしい。

 そのせいで、ブリジットは身体の自由が利かなくなっているようだ。

 立ち上がってみたものの足にはまるで力が入らず、この状態では歩くことも(まま)ならないだろう。


 結局立ち上がることをあきらめたブリジットは、その場に座り込んでしまう。

 そして数度大きく深呼吸をすると、リタに訊かれるままに答え始めたのだった。




「なに!? お主はロレンツォと一緒だったのか!! それで奴は無事なんか!?」


「は、はい。あの……あなたはロレンツォさんをご存じなのですか?」 


 これまでの経緯を簡単にブリジットが説明すると、リタは最後まで聞かずに大声を出す。

 そしてブリジットの問いには答えないまま、さらに強い口調で質問を続けた。


「だから、ロレンツォは無事なんかと訊いちょろう!! 訊かれたことにさっさと答えんね!!」


「は、はいっ、すいません!! ――えぇと、私が砦から脱出したときには、怪我もなくお元気でした。で、でも……」


「でも、なんじゃ!? 早う言え!!」


「は、はい!! 私たちは何とかその場から逃げられましたが、ロレンツォさんたちはきっと無理だったと思います。……二倍以上もの敵兵に、完全に包囲されていましたから」


「なんじゃと!? む、無理とはなんじゃ、無理とは!! それでは奴は……」


 「無理」という言葉に過剰に反応したリタは、まるで責めるようにブリジットの肩を揺さぶる。

 その顔には半ば絶望的な表情が浮かんでいた。



「い、いえ、それは大丈夫だと思います。彼らはそのまま砦に籠城するつもりのようでしたから。 ――砦の周りは深い堀に囲まれていますし、跳ね橋を上げてしまえば敵も容易には攻め込めないはずです」


「そ、そうか……」


「はい。完全に守りに徹してしまえば、援軍が駆け付けるまで十日やそこらはもつのではないかと」


 その説明を聞いたリタの顔に、目に見えて安堵の色が広がる。

 それと同時に、年相応のあどけない表情も見えた。

 そんなリタの姿に、ブリジットはふと疑問を浮かべる。



 何故自分は、こんな小さな女の子に敬語を使っているのだろう……

 っていうか、この子誰?

 なんでこんな小さな子供が森の中にいるの?

 あぁ、そういえば名前もまだ聞いていなかったな……


  

 未だぼんやりとする頭をフル回転させながらブリジットがそんなことを考えていると、目の前の幼女は「ふんぬっ」とばかりに短い腕を胸の前に組んだ。

 そして顎をさすりながら、何か思案する様子になった。


 その仕草はまるで中年のおっさんのようにも見え、傍から見てもどこか滑稽だった。


「事情はわかった。それにしても、おまぁ、よくぞ無事だったのぉ。話を聞くに、おまぁは丸五日はここに倒れていたんじゃろうしのぉ」


 そう言うとリタは、乾いた血と泥と草の汁で汚れたブリジットの姿をしげしげと見つめる。

 そしてその問いに、ブリジット自身も奇跡のような己の生存に疑問を持ち始めたのだった。


 

 ――どうして自分は生きているのだろう。


 目の前の幼女に指摘されて初めて気付いたが、よく考えてみると確かにその通りだ。


 殿(しんがり)を務めていた自分は、気付けば仲間とはぐれていた。

 そして最後の敵に斬り付けられて、大怪我を負ったのだ。

 その傷は何とか治癒魔法で塞いだが、出血が多すぎたために少し歩いたところで気を失ってしまった。


 それから目を覚ますまでの五日間、自分は飲まず食わずでいたことになる。

 出血も多く体力も失ったこの身体で、よくもまぁ無事に生きていられたものだと思ってしまう。


 ――いや待て、自分は何者かに生かされたのではないだろうか。

 

 そう言えば、夢の中で誰かの声を聞いたような気がする。

 あれは複数の子供の声と、一人の女の声だった。


 ――夢だったにしてはリアルすぎる。

 いまでも周りの会話を憶えているし、早口で甲高く、まるで小鳥の囀りのような声もはっきりと思い出すことができるのだ。


 一体あれはなんだったのだろう――




 再びブリジットが思案に沈んでいると、ふと周りの景色が目に入ってくる。

 幼女にばかりに注目して気づかなかったが、よく見るとそこには驚きの光景が広がっていたのだ。


 自分たちの周りを何か光るものが飛び回っている。

 それは光の尾を引きながらひらひらと舞っており、どう見てもそれは妖精にしか見えなかった。


 ――妖精?


 そしてその横を見ると、そこには一頭の白馬が立っている。

 それは思わずため息が出そうなほどに美しい馬で、その額には長い角が……


 って、ちょっと待って。

 普通、馬に角は生えていないでしょ。

 ……ユニコーンじゃん。

 ってゆーか、なんでユニコーン?


 そんな生き物がここにいるわけが――



「あ、あの……あなたは一体…… そういえば、まだ名前も聞いていませんでしたね。――ロレンツォさんのお知り合いなんでしょうか?」

 

 限界を超えた驚きのためにむしろ冷静になってしまったブリジットは、胡乱な顔でリタを見つめた。

 そしてやっと質問を返した。

 そんな彼女に向かって、リタは事も無げに答える。


「わちか? わちはリタじゃ。ロレンツォの家庭教師の生徒じゃな。そしてこいつはピクシーのピピ美。差し詰めわちの子分と言えよう」


「子分じゃなぁーい!! もうやめてよね!! 初対面の人間にそんな紹介して、印象最悪じゃない!! ぷんぷんっ!!」


 リタの説明にご立腹のピピ美は、いつもの三割増しの光量で体を光らせた。

 そして薄緑色の光の尾を引きながら、ブンブンと周りを飛び回り始める。

 しかしそんなピクシーには構うことなく、さらにリタは話を続けた。



「そしてこりがユニコーンのユニ夫じゃ。彼はわちの親友なんじゃ。よろしく頼む」


「ブフン、ブヒン、ブフフンッ!!」


 どうやら彼は「よろしく。でも、馬って呼ぶなよ」と言っているらしい。

 白く美しい(たてがみ)の伸びる頭を振ると、ユニ夫は一声大きく(いなな)いた。



 しかしそんな彼女の紹介にも、ブリジットは怪訝な表情を崩さなかった。

 確かに目の前の幼女たちの名前はわかったが、彼女が訊きたかったのはそういうことではなかったからだ。


 何故、こんなところに幼女がいるのか。

 何故、森の妖精ピクシーがここにいるのか。

 何故、伝説の幻獣ユニコーンがここにいるのか。

 何故、ピピ美、ユニ夫などという変な名前なのか。


 そして目の前の幼女――リタは一体何者なのか。


 

 考えれば考えるほど湧き上がってくる疑問。

 それで頭を一杯にすると、思わずブリジットは言い淀んでしまう。

 目の前で腕を組む小さな幼女に、彼女は妙な迫力を感じていたのだ。

 それでも彼女は己の疑問を遠慮がちに口にした。


「い、いえ、そういうことではなく……」


「なんぞ? わちらの自己紹介が不満か?」


「い、いえ、不満はありませんが……そうではなく、もっと、こう、なんというか……私が知りたいのは――」




 震える両手で揺れる体を支えながらブリジットが疑問をぶつけていると、突然背後から聞き慣れない声が聞こえてくる。

 それはこの世のものとも思えないほどに美しく、そして澄んでいた。


「おや……気が付いたようですね。よもや手遅れかとも思いましたが、元気になってなによりです。――人間の娘よ」


 

 まるで予期せぬ声に驚く二人と一頭と一匹。

 彼らがそちらを見ると、そこには全身に光を(まと)わせた一人の美女が立っていたのだった。

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[良い点] 拗らせ女子の大先輩(212歳+5歳)としては放ってはおけませんね
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