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第12話 勇者と王様

前回までのあらすじ


冥界の四天王イフリートの鼻息は1,000℃

「勇者ケビンよ。魔女アニエスはまだ見つからんのか?」


 豪奢な装飾の目立つ広い室内に、低く荘厳な声がこだまする。


 ここはブルゴー王国の王城にある謁見の間。

 今は勇者ケビンが国王――アレハンドロ・フル・ブルゴーと顔を合わせているところだ。

 とは言え、恐れ多いとばかりに(こうべ)を垂れたままのケビンは、国王の顔など全く見ていなかったのだが。


 そんな勇者に向かって、アレハンドロは焦れたような声をかけた。


「ふむ……まずは(おもて)を上げよ。 ――それでは全く話にならぬではないか」


「はっ」


 短く鋭い、まるで掛け声のような返事。

 それとともに顔を上げると、そこには室内の装飾にも引けを取らない豪奢な衣装に身を包んだ、この国の王が鎮座していた。


 


 ケビンが魔王を討伐してから、既に一年近くが経過していた。

 それは師匠であり教育者でもあり、そして親代わりでもあったアニエスを失った日々と同じであり、その間は全く気分が晴れることはなかった。

 

 約一年前、彼が魔国から無事に生還を果たした直後は国中がお祭り騒ぎになっていた。

 それは誰もが無理だと言われていたことを成し遂げたのを国民が狂喜したのと、魔国による侵攻といった当面の脅威からの解放感、そして第二王女の婚約が決まったことによる喜びからだった。


 魔王討伐から帰ったケビンは、ブルゴー王国の第二王女と婚約した。

 それは彼が魔国へと旅立つ前から約束されていたことだったが、本当のことを言うと誰もその約束が果たされるとは思っていなかったのだ。


 それはそれだけ魔王討伐などという目的が到底成し遂げられるものでないと誰もが思っていたからだ。

 それは国王も同じだった。



 王家の末姫であり、国王の末子でもあるエルミニア第二王女は国王から溺愛されていた。

 何故なら、愛らしく美しい容姿と明るく優しい性格は、死してなお国王が愛し続ける生前の側妃に生き写しだったからだ。


 そのうえ、銀色の髪も透き通るような青い瞳も真っ白な肌も、その全てが側妃そっくりだった。

 そう、彼女は正当な王妃――正妃の子ではなく、正妃の侍女をしていた女性の子だったのだ。 


 正妃は第二王子を生んだ後の肥立ちの悪さのために死んでいた。

 その後三年ほど王は妻の思い出とともに生きていたが、そこに現れたのが生前の王妃付きの侍女だった。

 王はその侍女と王妃との思い出話に花を咲かせるようになると、瞬く間に彼女の虜となった。

 すると翌年にその侍女はエルミニアを出産したのだった。



 そんなエルミニアを国王は溺愛した。

 彼女が三歳の時に病で側妃は早世したが、その悲しみの中で側妃に向けていた愛情全てを第二王女に注いだのだ。

 そんなエルミニアは他の兄、姉とは違い正妃の子ではなかったため、それを忌避した他の王族の思惑もあり、その後はずっと離宮で育てられた。


 だからということでもないのだろうが、彼女は王族としては珍しく健やかに真っすぐ育っていった。

 

 穏やかで優しく裏表のない性格のエルミニアは、誰にでも分け隔てなく愛情を注ぐ。

 その姿はまるで国教の聖典に描かれる、慈悲に溢れる女神のようだ。

 事実彼女は幼少時から「天使」との異名を持つほど天真爛漫な性格で、そんな末姫を国王はとても可愛がった。



 そのエルミニアが恋をした。

 それは四年前、彼女が十三歳の時に魔女アニエスに連れられて挨拶に来た当時十五歳の勇者ケビンに会った時だった。


 ケビン自身はその時の様子はまるで憶えてはいない。

 なぜなら彼は、初めて国王に謁見する機会を得たことで頭の天辺から足の先まで緊張で全身をガチガチにさせていたので、国王の横に控えめに佇んでいる第二王女のことなど全く気に掛ける余裕がなかったからだ。

 

 しかしエルミニアはそうではなかったらしい。

 アニエスの横で緊張でガチガチになっているケビンに一目惚れをしたのだ。


 一見優しそうだが実は意志の強そうな黒い瞳と引き締まった唇。

 王族にはない真っ黒な髪と浅黒い肌。

 そして正直で朴訥としたまっすぐな性格と人一倍の正義感。

 その全てがエルミニアの理想の男性だった。


 しかし彼女は決してその思いを誰にも告げることはなかった。

 所詮は身分違いのために、その恋は成就することはないと思っていたからだ。



 国王から魔王討伐の命が下された時、見事達成した暁には爵位を授けるとケビンは約束された。

 するとその話を聞いたエルミニアは、ケビンに自身の想いを伝えたのだ。

 そしてその熱い思いに絆された勇者は、魔王討伐から無事に帰還した暁には第二王女との婚姻を認めてほしいと国王に頼み込んだ。


 その申し出にはさすがの国王も当初は難色を示したが、当のエルミニアのたっての願いもあり、結局彼はその結婚を許したのだった。

 


 もっともそこには打算もあった。

 

 本来であれば第二王女などというものは、他国との同盟などのための政略結婚の道具に使われるべき存在だ。実際に第一王女は他国へと嫁いでいる。

 だからもし可能であれば、彼女にも国益の一部になってもらう必要があったのだ。


 もちろんそれは娘を溺愛する父親としてはつらい選択であるのは確かだが、一国を預かる身としてはそのように情に流されるようなことは言っていられなかった。

 しかし、もしも魔王討伐が成功したとすると、勇者の妻となるエルミニアは国内に置いておける。

 会おうと思えばいつでも彼女に会えるのだ。


 そして魔王討伐の立役者である勇者ケビンを身内に迎えることは、王家にとってもメリットは大きかった。

 彼は国民から絶大な人気を誇っているし、第二王女のエルミニアも同様だ。

 だからその二人が結婚するようなことがあれば、それは王家にとってメリットこそあれ、デメリットは皆無だ。



 しかしそれを面白くなく思う者が多いのも事実だった。


 王族とは言え、側妃の子である第二王女エルミニアの王位継承順位は低い。

 しかしそれに反して彼女の国民からの人気は絶大で決して無視できないものだし、それに関しては勇者ケビンも同様だ。


 魔族の襲撃の恐怖から国民を救ったケビンの人気は、今となっては国王以上のものになっていた。

 もちろんそれは第一、第二王子の遥か上を行っている。

 それもまた彼らにとっては面白くないものだったのだ。



 それでも実質的な力関係となると話は別だ。

 いくら国民から人気があるとは言え、エルミニアの王位継承権は無視できるほど低いし、ケビンに至っては国王からの恩賞によって爵位を賜った、言わば「成り上がり者」でしかない。


 だから彼らが実質的に王家に影響を及ぼす恐れも少ないだろうし、貴族連中に対してもそれほど大きな影響をもたらさないと思っていたのだ。


 もっとも国王だけは別だった。

 彼にとっては王族内での力関係など最早(もはや)興味の外だったのだ。

 今のブルゴー王国第16代国王アレハンドロ・フル・ブルゴーにとっては、末娘のエルミニアを幸せに出来ればそれで良かった。


 勇者との婚姻を許せば、愛する末娘の想いを遂げさせることができる。

 娘を溺愛する父親としては、それ以上のことは必要なかったのだ。


 そんな思惑もあり、勇者ケビンと添い遂げたいというエルミニアの願いは無事に聞き遂げられた。

 そして勇者はその使命を成し遂げ、愛する姫のもとへと戻って来たのだった。





「それで、ケビンよ。アニエスの捜索はどのようになっておる?」  


「はっ。すでにもう我がブルゴー王国内の捜索は完了いたしました。これからは他国まで捜索の網を広げるしかないかと」


「……そうか。しかし他国となると、我が国から人を出すわけにいかぬだろう」


「はい、私もそのように思っております。ですので、あとはギルドを頼るしかないかと」


「ふむ……そうだな、それしかないか。さすがに我が国の看板を背負った人間が他国で大手を振るわけにもいかぬからな」


「はい。ギルドでしたら国に関係なく動くことができますので、彼らに委ねるのが一番でしょう」


「うむ、承知した。その件はお前に任せるとしよう。しかし……転生したとは言え、アニエスの方から名乗り出てくれねばわからぬだろうな。転生先の性別も年齢も全くわからぬと言うではないか」


「はい、その通りです…… しかしそれにはきっと何か理由があるに違いないのです。――私にはわかります、絶対に師匠は生きていると」


「ふむ、その点に関してはお前の勘を疑ってはおらぬ」


「はっ。大変失礼いたしました」


「では、ギルドを通した捜索に関してはお前に一任する。金のことは言っておくゆえ、担当者に申すが良い」


「はっ。ありがとうございます。誠心誠意励む所存であります」


 一ミリも身動ぎすることなく真っすぐにケビンが受け答えをする。

 その姿を眺めていた国王――アレハンドロが小さな溜息を吐いた。



「……それにしても、ケビンよ。もう少し肩の力を抜けぬものか? どうもお前の話し方は堅苦しくてたまらぬ……」


「それは大変申しわけありません。私は生来堅物でございまして――」


「……まぁよい。エルミニアの婚約者と言えど、未だ結婚したわけではないからな。肩の力を抜くのは式の後でもよかろう」



 将来の義父に対して、ケビンはいつも恭しい態度を崩そうとはしない。

 もちろんそれは国王に対する態度としては正しいのだが、当のアレハンドロとしては、いずれ婿になる男なのだからもう少しフランクな付き合いがしたいと思っていたのだ。

 

 しかし育ての親とも言える魔女アニエスの教えは厳しく、たとえ義父になる人物であっても結婚するまでは一線を引くべきだと言われていた。だからケビンはその言いつけを真面目に守ろうとしているだけだったのだ。


 もっとも彼自身が、もとより非常に生真面目な性格をしているというのも大きな理由ではあったのだが。




 謁見が終わりケビンが退出していく。

 その背中を眺めながらアレハンドロは何かを考えていた。

 そして顎に指を当てながら、脇に控える宰相、カリストに声をかける。


「のう、カリストよ。そろそろアニエスの代わりの宮廷魔術師を選ばなければならぬのだが…… ケビンはああ言うが、アニエスは本当に見つかると思うか?」


「はい。アニエス殿が不明になって、そろそろ一年になります。すぐに見つかるかと思いずっと待っておりましたが、ここまで見つからないとなるとすでにその生存も怪しくなって参ります」


「やはりもう死んでいると?」


「そうは申しません。もしも他国に転生していれば、名乗り出ること自体が難しい場合もあるでしょう。彼女ほどの魔法使いであれば、それを利用しようとする輩も多いでしょうから」


「ふむ……やはりそうだな。ここまで見つからぬとなれば、もう死んでいるか他国にいるかのどちらかだろう。それではギルドに依頼したとしても何年かかるかわからぬか」


「はい、陛下の仰る通りかと。それで今まで宮廷魔術師不在のままになっていましたが、そろそろ次を決めなければなりません」 


「……そうだな。いつまでもその地位を不在のままにもしておけぬか。それで候補者はいるのか?」

 

「はい。そう言われると思いまして、その人選は既に整えてあります。ご覧になりますか?」 

 

「ほう、さすがはカリストだな。では後ほど私室にそのリストを持って参れ」

 

「はい。畏まりました」


 ブルゴー王国宰相カリストは、アレハンドロ国王に向かって恭しく頭を下げた。

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