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第112話 久しぶりの我が家

前回までのあらすじ


戦争に陰謀にと、もうお腹いっぱい。

「国王陛下、ケビン・コンテスティにございます。(めい)によりハサール王国での会談を終え、只今戻って参りました。陛下に置かれましては――」


「ここはお前とわししかおらぬのだ。堅苦しい挨拶はなしだ、ケビンよ。 ――ともかく、ご苦労であった。無事に戻って来られて本当によかった。もしもお前に何かあれば、わしはエルミニアに殺されてしまうところだ」


「はぁ……」


「ふむ……まぁ、あれだ、もう少し肩の力を抜け、婿殿よ。見ているほうが肩が凝ってしまうではないか。――まずは此度(こたび)の労をねぎらわせてもらおう」


「ありがとうございます」




 ここはブルゴー王国の王城にある国王の私室。

 豪奢な装飾が目立つ、広く荘厳な広間に聞き慣れた声がこだまする。

 今はハサール王国から戻ったケビンが、国王アレハンドロに帰還の報告をしているところだった。


 辺りは既に暗くなり公務の時間も終わっていたが、ケビンが戻って来たと聞いたアレハンドロは彼を私室に招き入れていた。

 普通であれば明日出直せと言うところだが、愛娘の夫であり、義理の息子でもあるケビンには彼も広く門戸を開いていたのだ。



 旅先から戻ったケビンは自宅へ寄ることなく直接登城した。

 しかしかろうじて最低限の身なりを整えたとは言え、着たままの洋服は汚れ、髪は伸び、剃り残しの無精ひげが目立っていた。


 初めのうちは遠目で見ていたので気付かなかったが、よく見れば薄汚れた娘婿が佇んでいる。

 その姿を見るなり、アレハンドロは怪訝な顔をした。


「その格好……もしやお前、屋敷へ寄らずに直接ここへ来たのか?」


「はっ。何はともあれ、陛下へ無事の帰還のご報告をと思いまして……申し訳ありません。もしや身なりが汚れておりますでしょうか? そうであれば、まずはお詫びを――」


 肩の力を抜けと言ったのに、相変わらず堅苦しい態度を崩さないケビン。

 そんな彼が尚も言い募ろうとしていると、アレハンドロの眉が跳ね上がる。



「馬鹿者っ!! 無事に帰ったのであれば、わしなどよりもまずはエルミニアに会いに行くべきではないのか!? あれはお前の無事を必死に祈っておったのだぞ!!」


「申し訳ありません。妻には未だ会ってはおらず……」


 国王の一喝にケビンはバツの悪そうな顔をしていたが、そこにはアレハンドロに対する畏れはまるで見えない。

 見た目は真面目で堅苦しいが、その実彼は飄々(ひょうひょう)としており、何事にも動じないその胆力はさすがは勇者と言ったところなのだろう。


 そんな娘婿の顔を見つめながら、アレハンドロは大きくため息を吐いた。

 

「……ということは、よもやお前……赤子にも会っておらぬのか?」



 アレハンドロにとってケビンは娘婿にあたる。

 そして生まれた赤ん坊は彼の孫だ。

 さらにその子は、アレハンドロにとっては初孫だったのだ。


 娘の夫にして初孫の父親でもある男が、家族を放って自分に会いに来た。

 しかも生まれたばかりの赤ん坊を見もせずに、だ。

 

 相手が国王であることを考えるとその判断は正しいのかもしれないが、アレハンドロにとって、それは何処か娘を(ないがし)ろにされたような気がしたのだ。

 そしてアレハンドロは、思わず怒鳴り声を上げてしまったのだった。



 ただの臣下であればいざ知らず、自分とケビンは義父と義理の息子の関係だ。

 つまり、自分たちは家族なのだ。

 だから先に娘に会いたいと言われれば、それは自分とて(やぶさ)かではなかった。

 そのくらいの融通をきかせることなど造作もないことなのに、それをこの男は、糞真面目にも程があるだろう――

 

 などと考えていると、余計に腹が立ったのだろう。

 最後に彼は思い切り怒鳴り散らしてしまう。


「ええい、わしへの報告など明日でよい!! 今はとにかくエルミニアに無事な顔を見せてやれ!! そして生まれたばかりの息子を、早く抱いてやるがいい!!」


 などと思わず大声を出してしまったアレハンドロだったが、意図せず自分が失言をしたことに気が付いた。

 そう、彼は思い切り「息子を」などと叫んでしまったのだ。



 あぁ、なんというネタバレか。

 そのあまりのやらかしに、アレハンドロは絶望的な顔をケビンに向ける。


 すると勇者は嬉しそうな顔をする反面、とてもがっかりしたような顔もしていた。

 それを見る限り、彼は赤ん坊の性別を知るのを楽しみにしていたのに違いなかった。

 それをとんだ義父のお漏らしで、意図せず知らされてしまったのだ。


 ケビンのがっかり感と残念さは如何ばかりか。

 それを考えると、思わず怒鳴ってしまったとは言え、とても居た堪れない気持ちになってしまうアレハンドロだった。





 国王直々に命令されたのを良いことに、ケビンはいそいそと屋敷へと帰っていく。

 夜の(とばり)も降り、屋敷の前に着いた時には周囲は既に真っ暗だったが、見慣れた我が家からは煌々(こうこう)と明かりが漏れていた。


 馬車から降りると、何処からか赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。

 もしやこの泣き声は……などと思いながら、まだ見ぬ我が子に胸を躍らせつつケビンは扉に手をかけた。



 扉を開けると……メイドがいた。

 夕食の準備だろうか、彼女は手にポットのような物を持って歩いていた。

 そこへ屋敷の主人――ケビンが自分で扉を開けて入ってきたのだから、些か驚いたようだ。

 それでもすぐに姿勢を正すと、彼女はにっこりと微笑んだ。


「お帰りなさいませ、ケビン様!! 我ら一同、ずっとお帰りをお待ちしておりました!! さぁ、どうぞ中へ!!」


 よほど彼女は嬉しかったのだろうか。

 帰ったばかりのケビンを、まるで追い立てるかのようにリビングへと連れて行く。

 そして大声で叫んだ。


「奥様!! ご主人様がお帰りになられました!!」



 そんなメイドの迫力にケビンが気圧されていると、リビングの方からパタパタと走る足音が聞こえてくる。


 それが誰なのか、ケビンにはわかっていた。

 彼が仕事から帰って来る度に、毎晩のようにその足音を聞いていたからだ。

 しかしその響きもここ一ヶ月は聞いていなかったので、何処か新鮮な感じがした。


「あぁ、あなた!! お帰りなさい!!」


 ケビンが予想した通り、勢いよくリビングから現れたのは、彼の最愛の妻――エルミニアだった。

 彼女は夫の姿を見つけると、転がるように駆けてくる。

 それからまるで体当たりする勢いで思い切り抱き着いたのだった。



「あなた……ご無事で何よりです。あぁ、良かった……本当に良かった……おかえりなさい……ひっく、ひっく――」


 ケビンの胸に顔を埋めると、妻が嬉し涙を流し始める。

 顔には笑顔を浮かべつつ、瞳からは涙を流して声はしゃくりあげるという、なんとも彼女は器用な真似をしたのだった。


 国王の命令とは言え、突然国交のない国に行かされたのだ。

 しかもその目的は、暗殺事件の釈明をするためだと言う。


 もとよりケビンにそれを認めるつもりはなかったが、まるで犯人扱いされた挙句に、誰一人として味方のいない他国で孤軍奮闘させられた。

 冷静に考えると、よくぞそんなところから無事に戻って来られたものだと思ってしまう。



 自分の胸で涙を流す最愛の妻。

 そんな彼女を眺めながら、ぼんやりとケビンはそんなことを考えていた。

 それから妻にキスをすると、思い切りケビンは破顔する。

 その顔は、見る者すべてを幸せにする、そんな笑顔だった。


「ただいま、エル。永らく一人にさせてごめんよ。この通り俺はピンピンしているから、安心してくれ」


「はい。ご無事でなによりでした」


 そう言いながらも、その後もエルミニアは二度、三度とキスをねだる。

 ケビンはそのささやかな願いを速やかに叶えると、それどころではないと言いたげな様子で突然口を開いた。


「なぁ、エル。それよりも、早く息子に会いたいんだが――案内してくれるかい?」


「はい!! もちろん!!」




 その言葉にエルミニアは涙を振り払うと、これ以上ないほどの笑顔を浮かべて部屋の中へとケビンの手を引いていく。

 しかしその直後、ふと立ち止まった彼女の顔には怪訝な表情が浮かんでいた。


「……あなた? いま確かに『息子』と仰いましたよね? ――なぜ赤ちゃんが男の子だと知っているのですか?」


「あぁ……えぇと、その……さっき陛下にお会いした時に、そう言われて……」


「えっ? お父様がそう仰ったのですか? 男の子だと?」


「あ、あぁ。早く息子を抱いて来いと、陛下にそう言われて……」


 ケビンの言葉を聞くと、エルミニアの眉間にしわが寄る。

 どうやら彼女は父親に対して何か言いたいことがありそうだった。

 もっとも、それはケビンも同じだったのだが。



「……もう、お父様ったら!! どうしてそんな大切なことをお気軽に漏らされるのかしら!? あなたの反応を見るのを、せっかく楽しみにしていたというのに!!」


「ま、まぁ、いいじゃないか。遅かれ早かれ知ることになるんだし」


 いつもふんわりとしているエルミニアにしては珍しく、どうやら彼女は本気で腹を立てているようだ。

 そしてケビンは、そんな妻を見るのは初めてだった。


 

 大抵のことでは怒ったり声を荒げたりしない穏やかな気性の彼女だが、さすがにこの点だけは譲れなかったらしい。

 せっかく夫の反応を楽しみにしていたのに、意図せぬ父親のお漏らしで台無しにされたのだ。


 まさに「プンプン」といった(てい)で頬を膨らませる彼女は、思わず抱きしめたくなるほど可愛らしかったのだが、その様子を見る限り、きっと彼女は父親――アレハンドロ国王に小言を言うに違いなかった。

 そして末娘には決して逆らえない国王は、バツの悪い顔をしながら謝るのだろう。



 その光景を想像したケビンは、思わず笑いそうになってしまう。


 顔にニヤついた表情を浮かべたまま、赤ん坊のいる部屋まで妻に手を引かれていく勇者ケビンだった。

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