第10話 魔法の威力
前回までのあらすじ
オウルベアの肉は寄生虫がいるので、よく火を通さないと食べられない。
そのうえ、臭くて不味い。
背後から襲われたビビアナはもちろん、目と耳を塞いでいたカンデとシーロもオウルベアが倒れた瞬間を見ていなかった。
だから気付くと地面に倒れていた魔獣を見た二人は、意味も分からずどこか不思議そうな顔をしていた。
二人が前方に目を向けると、オウルベアの横にしたり顔で佇んでいるリタが見える。
その様子から察するに彼女が魔獣に何かをしたのは間違いないが、彼らはそれを口に出すことはなかった。
そんなことよりも、依然倒れたままのビビアナの様子が気になっていたからだ。
うつ伏せに倒れているので顔は確認できないが、さっきから身動き一つしないところを見ると恐らく彼女は気を失っているだけなのだろう。
パッと見たところ流血や怪我は見えないし、ゆっくりと上下する背中からも彼女が生きていることがわかる。
その姿を見た途端、男児二人は目に見えてホッとした。
逃げるビビアナの背中に向かってオウルベアが鋭い爪を振り下ろそうとしたその時、誰も見ていなかったが、咄嗟にリタは魔法矢を放っていたのだ。
しかし三歳児の小さな体から放たれる魔法の威力はとても小さく、精々オウルベアを地面に転がせる程度のものでしかなかった。
それでも全速力で走っている最中に突然身体を吹き飛ばされてしまえば、然しものオウルベアも気を失ってしまう。
リタの渾身の魔法の矢を身体に浴びて木々に頭を打ち付けた魔獣は、ぐったりとその巨体を地面に投げ出していたのだった。
狙い通りに魔法を直撃させられたが、リタはその威力に驚いていた。
それも悪い意味で。
前世で攻撃魔法を得意にしていた彼女にとって、この威力は余りに弱すぎた。
もしも前世通りの威力で魔法矢が直撃していれば、オウルベアは軽く100メートルは吹き飛んでいただろう。
その身体はグチャグチャに千切れて、最早原型を留めてはいなかったはずだ。
実はリタが今世で魔法矢を唱えたのはこれが二回目だった。
前回は裏庭にいたウサギを狩った時だ。
その時は意図的に威力を小さくしたのと、一発しか放たなかったので気付かなかったが、どうやらこの小さく幼い三歳幼児の体では攻撃魔法の威力は相当制限されるらしい。
威力の大きな魔法を放つには、その土台となる肉体も必要だ。
如何に魔力が大きくても、その放出に肉体が耐えられなければ一度に大量の魔力を行使できないのだ。
アニエスと呼ばれた前世のリタは、余人に並び立つ者がいないほどの膨大な魔力とそれに耐え得る肉体を持っていた。
もちろんそれは生まれついての才能も大きかったが、長年に渡る努力の末に手に入れたものでもあったのだ。
この小さな体では、魔力放出の限界が低いことがわかった。
体の芯に感じる感覚から己の魔力総量が前世とさほど変わらないのがわかって安心したが、実はその魔力の放出能力が相当制限されていることにたった今気づいたのだ。
その事実に些か茫然としたリタだったが、次の瞬間には彼女にとってそれは大した問題ではなくなっていた。
何故ならリタは三歳の幼児だからだ。
三歳の幼児の彼女が一つの事に長時間集中できるわけがなく、落ち着きもなくすぐに別のことに考えが移りゆく。
いまの彼女は食べ物のことで頭の中がいっぱいだった。
オウルベアの卵は食べられる。
しかもかなり美味しいらしい。
その事実を聞いたリタは、もうそれしか考えられなかった。
彼女は後先見ずに、張り切って即座に行動を起こそうとする。
しかしその前にやらなければいけないことがあることに気付いた彼女は、逸る気持ちを押さえつつ地面に倒れているビビアナを怒鳴りつけた。
「ビビアナ!! おまぁ、いつまで倒れちょる、さっさとおきんね!!」
自分は魔獣に殺されるとばかり思いこんだビビアナは、恐怖のあまり気を失ったらしい
何度もリタが大きな声で呼びかけてもその身体はピクリとも動かず、うつぶせに倒れたままだった。
「ビ、ビビアナ…… 大丈夫か?」
「しっかりしてよ、ビビアナ――」
ビビアナに駆け寄ったカンデとシーロが次々に声をかけるが、依然反応はないままだ。このままでは埒が明かないと思ったリタは、些か雑にその身体をひっくり返す。
思った通り、ビビアナは気を失っていた。
その目はまるで渦巻のようにぐるぐると回っていて、口も大きく開かれている。
まるで絵に描いたような顔を見たリタは思わず笑ってしまう。
「うははは!! ――ビビアナ、おまぁ、なかなか面白い顔をしちょるのぉ!!」
「リ、リタ…… それは可哀想だよ。ビビアナはオウルベアに食べられちゃうと思って、凄く怖かったんだと思うよ」
「そうだよ、笑ったらダメだよ」
気を抜いた途端、思わず三歳児そのままの反応を返してしまった自分に気が付く。
リタは心の中で反省していた。
「しょ、しょうか…… しょれはしゅまぬのぅ…… ほれ、ビビアナ、起きんね。しっかりしぇえよ」
ゴロリと仰向けにビビアナの身体を起こす。
彼女の肩を少々強めに揺さぶって声をかけ続けると、やっと目を開いた。
「――あぁ、ここは…… あたしは……」
きょろきょろと自分の身体を見廻しながら、ビビアナが間の抜けた顔をしている。
すると離れたところに倒れているオウルベアに気が付いた。
その瞬間、彼女の顔に再び恐怖の表情が浮かび上がる。
「い、いやぁ――食べられるのはいやぁ!! キャー!!」
「ビビアナ!! 魔物はやっつけたから、もう大丈夫だよ!! 落ち着いてよ!!」
ビビアナがパニックを起こしそうになっていると、その両肩をカンデが強くつかんで揺さぶった。
「しっかりしてよ!! もう大丈夫だって!!」
「はぁはぁはぁ……」
ビビアナが正気を取り戻すのには少し時間が必要だった。
「この魔物ってどうなっているの? やっつけたの?」
やっと落ち着いたビビアナが、カンデに向かって疑問を口にする。
しかし彼はその答えを持っていなかった。
それを知っているのはリタだと思ったカンデとシーロが無言で見つめると、仕方なくリタは説明を始める。
「なんじゃ? このまじゅうか? わちがやっちゅけたんじゃ。ふしぎかや?」
「……やっつけたって……どうやって?」
「こうやってじゃ――」
ズガンッ!!
リタが指を立てると、その先から小さな光の塊が生まれた。
指を振るとその光は前方に勢い良く飛んでいき、大きな音とともに太い木の幹に直撃する。
その光景に驚きのあまり三人が目をひん剥いていると、木の幹に大きな穴が空いたのが見えた。
「ま、魔法……?」
「……まぁ、しょうじゃな」
今さら隠したところでどうにもならないと思ったリタは、諦めた様子で彼らの疑問に首肯する。
大人と違って子供であれば、己の理解が及ばなくても然程大きな問題にはならないだろう。
そうリタは思っていた。
それも4、5歳の幼児であれば尚のことだ。
いずれにしてもこの後大人達に事の顛末を話すだろうが、いざとなれば適当に言いくるめてやろうとさえ思っていた。
すでにその考え自体が幼児の浅知恵だと気づきもせずに、リタは本気でそう思ったのだ。
「す、すげぇ…… リタが魔法を使えるなんて知らなかったよ」
「ぼ、僕も――」
「あ、あたしも……」
これまでリタのことを一番年下のちび助呼ばわりしていた幼児三人が、突然目をキラキラと輝かせる。
その姿は、さすがは幼児と言えるものだった。
目の前の不思議に夢中になった彼らは、最早恐ろしい魔獣などすっかり忘れていたのだった。
「それじゃあこの魔獣は、リタが魔法でやっつけてくれたのね」
キラキラと瞳を輝かせたビビアナが、両手を胸の前に組みながら見つめている。
その姿には本気でリタを尊敬している様子が伺えた。
「いや、やちゅは死んではおらんじょ。まだ生きておる」
事も無げにリタは答えたが、その言葉にカンデはぞっとした顔をする。
「えぇ!? それじゃあもしかして、気を失っているだけなのか?」
「しょうじゃよ、しょのとおり。あやちゅは死んではおらんじょ」
「それじゃ、急いで逃げないとまた起き上がって来るんじゃ……」
「その時はまたリタがやっつけてくれるんでしょ?」
「ふむぅ。まぁしょうじゃな…… しかし、このまほうはこれで限界かもしれぬ」
「えっ? それはどういう意味?」
確かにさっきはリタの魔法矢でオウルベアを気絶させることが出来た。
しかしそれはあくまでも偶然だったのだ。
いまこの魔獣が気を失っているのは魔法の威力ではなく、勢いよく立ち木に激突したのが原因だ。
だから再度この魔獣が立ち上がって来た時に、再度魔法の効果を期待するのは危険だろう。
もちろんリタはそれ以外にも多くの攻撃魔法を修めているが、そのどれもがこの小さな肉体が耐えられなさそうなものばかりだ。
中には杖を媒介にしなければ発動できない魔法も多い。
正直言って今の幼児の肉体と素手の状態では、どの程度の魔法が行使できるのかは未知数だった。
そんなことをぼんやりと考えていると、四人の幼児の目の前でオウルベアが再びゆっくりと立ち上がったのだった。
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