人肉工場勤務の一日
一糸まとわぬエルフの美男美女が静かにベルトコンベアーを流れてゆく。
彼らはみな一様に、死んだように眠っている。
その白い首が今にも刎ねられてしまうとも知らずに。
小柄なリザードマンのカブが食肉工場で働き始めて 3ヶ月が経つ。
優しい先輩、頼れる上司に迎え入れられ、恵まれた環境での仕事に慣れつつあったカブは、今日も今日とてエルフ解体の作業に勤しんでいた。
エルフ解体部に所属するカブは、主に内臓を選別する仕事を受け持っていた。エルフ解体部では毎日数十人ほどの飼育エルフを屠殺し、部位を切り分け、包装まで行っている。カブの専門はエルフの内臓の仕分けだったが、一日の作業の最も初めの部分、エルフ共の搬送とベルトコンベアーに乗せるまでの作業は、部の全員で取り組む決まりになっており、この日もエルフ共の首を刎ねる瞬間を皆で見つめていた。部の全員で斬首を見守るという不思議なルールは、『野蛮なヒト共であっても命を奪ってしまうことに変わりはないのだから、せめて皆で見守るべきだ』という工場長の意向で始まったものだそうだ。
エルフの肉は一部の魔族、とりわけ魔法生物類に恐ろしく人気がある。彼らによると、エルフは皮と肉質が柔らかく、脂肪もとろけるような甘みがあって絶品なのだそうだ。おまけにエルフの魔力が滋養強壮にいいと健康オタクの魔族にも人気が出てきている。
カブにはその良さがわからなかったが、魔族の誰かの舌を満足させるような仕事ができることに誇りを持っていた。
カブは小柄なリザードマンだ。
彼のトレードマークとも言えるペールオレンジの鱗は いかにも貧弱で、口から覗き見える小さな牙は肉を引き千切るのも苦労するほど頼りない。カブは深緑色の美しい鱗にしなやかな尻尾、そして長く鋭い牙に憧れていたが、どうあがいてもそんな容姿を得ることは不可能だった。
カブのようなひ弱な魔族は、基本的に野蛮なヒト族から狩られる運命にあるため、みな短命であった。それでもわずかに生き残った弱い魔族たちは、強い力を持つ魔族の奴隷として働くか、誰の目にもつかない未開の土地で慎ましく暮らしていくほかない。
本当に強い魔族は、常に一握りしか生まれない。どんなに逞しいミノタウロスの夫婦からも、四六時中荒れ狂っているオーガからも、か弱く狩られてゆくだけの弱い魔族は生まれてしまうのだ。
だからこそ、魔族は群れる。並程度の能力しか持たない魔族でも、群れを成せば才能あふれる魔族をねじ伏せるほどの力を持つことができた。野蛮なヒト族から身を守ることもできるのだ。
一方、ひ弱な肉体と能力しか持てず、群れることすらできなかった魔族は頭を使った。あらゆる技術と知識を蓄積し、ついには一部のヒト族を家畜化するまでに至ったのだ!これは長い魔族の歴史の中でも革命的な出来事だった。虐げられてきた貧弱な者たちは「これで我々も、魔族社会の一員になれる」と大いに喜んだ。それが、つい数年前の出来事である。
まだまだ奴隷として働かされている弱い魔族が多い中、カブは縁に恵まれ、運よく人肉工場の職員になれた。ひ弱で戦うこともうまくできないカブにとって、それはこの上ない幸運であった。
カブの働く人肉工場では、主にエルフの解体と、少数のヒューマン解体を行っている。運ばれてくるエルフはすべて隣の飼育工場からやってくる。
オスとメスで分けて搬送されていくる色白のエルフたちは、まず最初に頭を切り落とされる。この頭はそのまま下層の処理部門に転げ落ち、さらに細かく切り分けられる。脳、眼球、軟骨部位、口唇、歯、骨などに分けられ、こそげとった皮下組織と頭蓋骨はそれぞれ食肉包装科と骨科に運ばれる。
頭を失った身体は大雑把に腕、足、胸、腹に分類され、そこからはほぼ手作業で解体を進めていく。
腕はさらに手と腕に分け、足も大腿部と下腿部に分けられる。注文に応じて骨を抜いたり、さらに細かくカットしたりする。融通が利きやすいのが手作業のいいところだ。
胸と腹の切り分けはテクニックが必要になる。魔鳥類は新鮮な臓物を好むため、きれいな形を保った臓器を取り出さないと商品価値が落ちるのだ。この工場では肋骨の下から切り目を入れ、胃と食道を絶った後に細かく選別していく方式をとっている。なお脊椎は胸部担当が処理してくれる。
メスのエルフからは胸の良質な脂肪が採れる。一部の魔族は『メスエルフの胸の脂肪が美容に良い』とし好んで摂取するため、常に一定の需要がある。また、胸部から採れる食材で最も高級なのが心臓だ。この工場の経営は、ヒト族の心臓を上級魔族に上納することで成り立っているため、もっとも丁寧に扱わなければならない部位でもある。胸部の解体作業はエルフ解体部でもエリートが揃っており、その手さばきは誰もが見惚れてしまうほどだ。
カブが活躍するのは腹部の解体作業である。腹部の臓物はブヨブヨしていて匂いも強い。そんなに人気のある部位ではないが、魔鳥類やアンデッド属にはポピュラーな食材なのだそうだ。
カブが最も神経を使う作業は性器の解体だった。上腹部の解体は慣れれば簡単だったが、下腹部の解体にはいまだに気を使っている。
特に厄介なのがオスのエルフの解体だった。オスのエルフから一本しか取れないペニスを切り取る際、精巣までセットで切り分けることが多く、誤って管を切り取らないよう慎重に作業をする必要があるのだ。ペニスと精巣が一緒になったものはそれだけで価値が上がる。カブの指先一つで、評価と価値が一変してしまうのだ。
一方で、メスのエルフの解体は意外と簡単だ。食用として解体するものは基本細かくカットされたものが望まれ、クリトリスのみ、小陰唇のみ、子宮のみの注文、もしくは下腹部をホールで希望されるケースばかりだった。手間がかからない分、カブの仕事も少ないのだ。
人肉工場は太陽が一番高い位置に上る頃に始動する。
カブのような人肉工場勤務の魔族たちは、ヒト族と戦えない分、強い魔族に人肉を提供することで生活を成り立たせている。力のある魔族の邪魔にならないよう、昼の時間の活動しか認められていないため、眠たい目を擦りながら毎日毎日昼から働いているのだ。
ようやく日の沈みかける夕時、カブたちにも休憩の時間が訪れる。カブは肉食のリザードマンであるにも関わらず、肉を食うのが苦手だった。カブの小さな牙で肉を噛みちぎるのは大変なため、ほとんど丸呑みになってしまう。特に人間の肉は筋っぽくて喰うに喰えない。カブは肉を喰うよりも血や髄を啜るのを好んだ。
弱い魔族のシェルターの意味合いも強いこの人肉工場では、職員の待遇は驚くほど良いものだった。休憩時間は人肉食べ放題、血や髄は飲み放題なのだ。食い散らかすような下品な魔族は工場にはいないおかげで、こんな大盤振る舞いをしても工場の運営には何ら悪影響はない。
カブは休憩時間に欠かさず先輩方と交流した。彼らはカブの知らない知識やテクニックを頭の中に蓄積しているのだ。少しでも彼らに近づこうと、カブは必死だった。
「ドグ先輩。調子はどうです?」
「やあ、カブ君。今日のエルフはなんだか血の質がいいみたいだ。最近食餌を変えたらしいから、その影響が出始めているのかもしれないね。」
「そうなのですか。ぼくはエルフの血より、ヒューマンの血のほうが好きなので、そちらの飼料も変わったらいいのに。」
「ははは、エルフとヒューマンでは飼料が同じでも肉質や血質への影響は違うからなぁ。」
「しりませんでした。ぼく、いつか飼育工場のほうにも勤務してみたいな。」
「カブ君は勉強熱心で素晴らしいよ。なによりだ。」
先輩と話しているうちに、夜業務の時間が迫ってきた。
「それでは失礼します。」
「あいよ。またな、カブ君。」
先輩に軽くお辞儀をすると、カブは早歩きで持ち場へと戻る。
夜業務はほとんどの場合、工場の清掃と明日の準備がメインになる。工場勤務の魔族は並み以上の魔族に疎まれており、場合によっては暴力的な行為を受ける場合もあるため、彼らが活動を開始する前には寮に帰れるような時間割になっているのだ。
カブは今日の業務で使った切れ味の良い水棲竜の鱗を丁寧に研いだ。できるだけ長持ちするよう、道具の手入れは欠かせない。他種族の体の一部を借りて道具として使うのもカブのような弱い魔族の特徴であり、嫌われる一因でもだった。この水棲竜の鱗も、工場長が何度も水龍たちと交渉を重ね、なんとか必要最低限の数をそろえたものなのだ。カブは鱗を綺麗に研ぐたびに水龍たちや工場長に感謝した。
工場の清掃には魔法生物であるスライムたちが活躍する。彼らもまた、ヒト族に虐げられることの多い哀れな存在であった。彼らはその柔らかく驚異的な粘弾性を駆使して、ヒト族の血で汚れた作業場を綺麗洗い流してくれる。清掃を終えた彼らはみな美しい赤色に染まり、鉄の匂いがするようになる。凶暴な魔族が見たら、おそらく丸呑みにされてしまうだろう。工場勤務の魔族は、その生い立ちから温和で物静かな者が多い。スライムたちが安心して清掃作業を行えるのは、彼らと作業員の信頼関係があってのことだった。
いよいよ終業時間が近づくと、工場内の空気はずいぶんとゆったりしたものになる。カブもまた、一日の労働に心地よい疲労を感じ、のんびりと帰り支度を始めていた。
「カブ君。今日もごくろうさま。」
「部長!おつかれさまです。」
トラの頭とオーガのような角張った体を持つ、貧相な体付きのエルフ解体部 部長は親しげにカブに話しかける。
「今日はちょっと良い物が手に入ったんだよ。」
部長の手にはヒューマンの異常に肥大化した心臓が乗っていた。血管は革紐できつく結ばれ、中の血液が漏れ出さないようになっている。カブはその心臓から目が離せなくなった。
「すごい!新鮮な心臓だ!しかも血がこんなにはいっているなんて。」
「これは大きすぎて規格外の心臓なんだ。今夜、寮のみんなで食べようと思ってね。今日出荷しそこねた肉と骨も持って帰ろう。」
カブの目はキラキラと輝いた。今夜はご馳走だ!
カブはうきうきとした気分で寮へと帰っていった。
むしゃくしゃして書いた。
本当は異世界転移した普通の人間が人肉工場に勤めながら心やさしい魔物たちと交流し、おいしい人肉を食べ始める話にしようと思ったんですが、それだと連載になりそうで嫌だったので超短編としてまとめました。
今はとりあえず鶏肉たべたいです。