第一章Part5『真夜中の訪問者』
第一章Part5『真夜中の訪問者』
冷んやりとした空気を嗅覚が捉えると彼は重い瞼を開けた。
ぼんやりとした視界から徐々に焦点が合い現実を映し出す。
暖炉に灯していた火が消えていた事を目にし、意識は覚醒する。それと同時に冷気が己の体を包み込み一度、大きな身震いをし己の体を包む毛布を深く被り、
「うう、さみい」
横になる体半身を目を擦りながら起こし、自分の短慮を咎め自覚する。呑気にしていた結果、眠ってしまったのだ。
意識が途切れてからどのくらいの時間経過があるかもわからない。もしかするともうカオナシとエルさんは既に会って事を済ませた後かもしれない。可能性的にゼロではない考えを浮かばせたサヅキは、
「こりゃあもう・・・既に手遅れってこともありか。そうなればまた明日にでもカオナシって言う人物?まあ人かは知らないけどカオナシに会えばいっか」
諦めの言葉を出し、ため息を吐き、再び夢の中へカムバックしようと毛布を強く握り締めたサヅキは違和感を抱いた。
流石に陽が落ちて気温が物凄く下がるからって、家の中までこんなに寒くなるはずが――。
原因を求め、サヅキは周囲を見渡したサヅキの目に外へ繋がる扉がゆっくりと閉まるのを見てしまった。
「――え?」
外に吐き出した息と共に一言漏れる。不安な表情を浮かべサヅキは右へ左へと目線を巡らせ不安の上にさらに恐怖が重なった。その理由は――人の気配。
この家の住人が一階に来たわけではない。その場合、ここで寝てしまったサヅキに何かしら声を掛ける筈だろうと推測。仮に現在話しづらくなっているサラが降りて来たとしても部屋の明かりを灯すはずだ。なのに、部屋の明かりも点けずサヅキの近くで物音がする=外部から侵入した者がこの家にいる。
いや、マジで誰だよ。こええよ!僕が何かしたのかよ。
冷や汗を額に浮かべサヅキは侵入者が誰なのかを密かに考える。
始めに脳裏を掠ったのは今朝、リーファエをリンチしていた三人の輩。何かしらの情報って言っても同じユキの木村に住む人だからどこかでサヅキがヴァルバレイン家に足を踏み入れたところを見て
朝の仕返しということで夜中に奇襲をしかけて来た。という可能性が一つ。
二つ目が、エル・ヴァレインが元騎士だから金目の品物を目的としたお馬鹿さんが入って来たのか。個人的には後者だったらエルさんを呼べば解決することだから後者を推したい気持ちがある。
最後、可能性的にはゼロに近いがエルさんまたはエミリーさん、サラに何かしらの恨みが会って復讐しに来た。
この三つのことがサヅキの考えで出た結果だ。
さて、ここからどうすっか。結論はでたのは良いが、この後の事を考えていない。まあ、単純にエルさんを呼びに行くことが正解なんだろうな。
そう決意しサヅキは余計な事に首を突っ込まないことを決め、己の足先を床に着けたとき、
「――っ、めたい」
凍ってしまうのではないかと錯覚を齎すほどに木造の床が冷え切っていた。
えっ?何?床凍ってんの?え?馬鹿なの?こんなん人歩けるわけないだろう。
脳裏が混乱するサヅキは動揺しつつも、床に触れた足先を必死に擦って暖める。
再びサヅキは小さく唸り声を出しながら思考し、サヅキはある事に気がついた。
――もう、身動きがとることが許されない状況に陥ったことに。
サヅキの背後、微かに感じ取る事ができるほどに人が立つ気配を背中で味わい、サヅキは何者かが己の後ろに立っている事に気がついた。
恐怖で早くなる心臓の鼓動、無意識に荒くなる呼吸、伝染していく体中の震え。それらを無理やり押さえ込み、サヅキは吐息を一つ。
「ぼ、僕に何かしない方がいいですよ。なんせ僕は神聖ヒスタル王都の随一の騎士、エル・ヴァルバレインさんを右手にあるボタン一つで呼ぶ事ができ、痛い目みますよ?それでも構わないなら・・・・どうぞお好きに」
まあ、当然右手にはボタンなんてない!うそ八百だ!
プライドを捨てたサヅキは強いものを盾にする行為、虎の威を借る狐をしこの場を逃れようとする。とその威力が発揮したのかサヅキの背後に人の気配が消えた。
凍りかける首をゆっくりと後ろへ。――誰もいなかった。
んだよ、ビックリさせて。あー、マジ怖かったー。誰もいなかったことに心の中で悪態を吐き、ほっと安堵の息を吐こうと前を振り返った刹那、
――全身の動きが止まりサヅキは息を呑んだ。激しく打ち付ける鼓動を耳で捉え、そこにあったできごとに頭は考える事を切断し真っ白だった。
なぜなら、サヅキの目の前に――あいつ、訪問者――カオナシと思われる者がサヅキの眼前に映った。
「―――っうぁぐうう!!!」
遅れて出る絶叫は訪問者の手により塞がれ、革の臭いが鼻を刺激する。
サヅキは抵抗する事を脳が忘れ、己の心拍数が上がるのを感じる。そして徐々に回復する全身。脳裏の思考がやっと戻った彼の頭には『誰?』という疑問だけが埋め尽くされていた。
「やあっと、会えたねえ、サ・ヅ・キ」
全身を黒のローブで身を包んだ者は大きく足を広げサヅキを跨ぎ、サヅキの顔を覗きこんでいた。サヅキの目に映っていたのはローブの者の顔ではない。明かりが無いせいなのかローブの者の顔は見えずただ、無限に広がる闇がフードの中にあった。
それをみたサヅキはエルが朝言っていた言葉が脳裏を過ぎる。
『あの黒ローブの者の顔は私達から見るとローブの奥は真っ暗な空洞のようになっている』
確かに、顔が洞窟のようにも見えるな・・・。もしかして、この人?かは、わかんないけどこの方が『カオナシ』なのか?
塞がれていた口を開放されサヅキは意のままに利聞こうと口を開いた、が、
「・・・サヅキくんだよねえ?そうでしょ?口で(・)答えない?答える?」
変声機を通したような声がサヅキを問い質し、一瞬、戸惑いの間があり、サヅキは上下に一度首を下げた。はずが、
「あ~あ、答えないんだねえ。なら、なーら、仕方が無いねえ」
変声機の通したような声なのにサヅキはローブの者の声のトーンを落とし、冷酷で体を震わせるような声に聞こえサヅキはローブの者の機嫌を悪くしたことが感じ、ローブの者は指を鳴らした。
直後、
「――うっぐうううぅぅぅぅぅぅぅがううううううぐっうううぐっううううううううううううう!!!!!!!」
ローブの者に再び口を押さえられ絶叫を出す事を許さず、サヅキは苦痛の叫びを上げた。
十秒ほどだった。本当に十秒ほどだった。その十秒間、
己の眼球を何度も何度も抉り取った錯覚を体験したのだ。錯覚なのか?幻覚なのか?それすら疑問に持つほどに思考には余裕が無かった。
閃光のように頭に走る激痛が何度も何度も繰り返され、視界に映る全てが歪み、回る。それに伴うように底から這い上がってくる嘔吐感。
気づけばサヅキは苦痛によって出た涙を流していた。手には力が入らない――いや、体全身の筋肉が削がれたかのように力が入らない。
「おーお!サヅキくん流石だね。壊れな(死なな)かったねえ。おもしろいねえ」
ローブの者はサヅキが苦しむ姿を楽しんでいるそれを感じ取ったサヅキは、それに対する怒り、苛立ちに意識を集中させ、
「・・・・・な、何・・・・し・・・や・・・・がった・・・・」
僅かに出すことができた声をローブの者に疑問をぶつける。が、ローブの者は首を小さく傾げさせ、サヅキに拍手を送る。
「その体、不自由そうだねえ。―――解放してあげる」
一瞬、ローブの者が放った言葉が脳は理解ができなかった。解放?何を?それだけしか考える事ができなかった。なにせ、今は体言う事を聞かず動いてくれないく未だに残る痛みだけが体を支配していたのだから。
意味のわからないまま、サヅキはふいに視界に映ったある物を目にする。
それは、
――一滴の水滴だ。
それを見た途端、脳が機能を停止し始めたのだ。最初は耳。鼓膜がどうにかなってしまうほどにうるさく激しい耳鳴りが鼓膜を襲い、やがて音が消えた。
次は脳だ。雨も降っていないはず、ましては室内だというのに水滴が眼前に入ったのだ。その水滴は何かと原因を探ろうと体を動かそうとしたがいきなり遮断され脳は壊れる(終わる)。最後は目。水
滴を捉えた直後、視界がグラリと落ち、映してはいけない物――首から上が存在しない己の体を目が捉え、頭全体の機能は・・・・・停止した。
そして、壊れたはずの耳が僅かに、誰かの笑い声を捉え、
―――サヅキ(僕)は息を絶えた。
「死んじゃったねえ。サヅキくん♪壊れてしまったねえ。サヅキくん♪」
息を引き取ったサヅキをソファーから下ろし、彼の頭と首が繋がるところを綺麗にできた切り口に頭を置き何かを唱えようとしたとき、
「なんか騒がしいと降りてきたら居たのか・・・・カオナシ」
何も知らないエルがソファーの後ろにある台所からリビングに現れたのだ。当然彼は寝起きという事もあり彼の目はまだしっかりと活動はしていない段階であり、明かりも無い暗闇の中、彼の視野に映るのはカオナシだけだ。
「卿は随分と眠そうだね。寝ていたのかねえ?」
「ああ。で、カオナシ、来るにしては早すぎないか・・・?今、やっと深夜になったばかりなのに、なぜ居る?」
「寝起きにしてはねえ、腰になぜ剣を身に付けているのかねえ、私に敵意があるのかねえ?」
これまでの会話通りにカオナシは質問の答えではない答えを言い、エルは困ったようにため息を吐き、両手を挙げ敵意が無い事をアピールする。
「敵意なんてない。どの道俺が負けることは分かるだろ?」
「だよねえ。卿が弱いことは初めて会った時に学習済みだねえ」
完全に舐められている立場だと感じたエルは気を重くしため息と共に肩を落す。
「サヅキはまだ二階(上)で寝ていると思うから聞くけど、お前が言った全ての鍵を握る子ってどういう意味だ?」
ただ、五十年前の事件の真相が知りたい。という思いで聞いただけだった。なのに、エルは突如、痛感錯覚を食らいその場に崩れるように膝を着く。
人生で三度目の痛感錯覚、三度目の体験を名付けるなら、
――あばら取り出しゲーム。
全てのあばら骨を取り出すまで痛感錯覚が続いた。これが錯覚だと分かっていても、俺は無意識にあばら骨を胸の皮膚を裂いて取り出した。
そして、痛感錯覚から戻ったエルは己の体が床に倒れ込んでいた事に気づく。体を起こそうと手を着くが全く力が入らない。まるで腕の筋肉を削がれたかのように力は出ない。それに、体中を支配する痛み、熱、眩暈に嘔吐感がタイムラグを起こしやってくる。体のコントロールが益々できなくなる中、這ってエルはカオナシに近づこうとする。
「卿よ、一つ教えよう。卿が知りたい答えは私には分からないねえ。そして、こちらに近づくな」
「・・・・い・・・やだ・・・ね・・・」
激痛などがさらに増し継続されている中、息を吐くと同時に出す。そしてゆっくりゆっくり這って行くと、カオナシが近づけたくなかった理由にエルは直面した。
エルは、そこにあるはずの無い壁に行く手を遮られたのだ。自然に伸びた手がそれに触れた。そして感じた。
この壁・・・・いや、フィールド魔法だよな?
疑問が浮かび上がり、問い質そうとする前にカオナシはその疑問を明らかなにした。
「せっかくサヅキくんのクッサイ臭いを隠そうとしたのにねえ、フィールド魔法が見つかるなんて・・・・ありえないや」
変声機を通したはずなのに、その声から殺意が籠っていると感じたときには手遅れだった。
暗闇が視界を包み込み、痛みが支配する体はその制御下から解放された感覚だとエルは思い、体を起こすために腕に力を入れようとしたとき、違和感に気づいた。人の体を動かすために必要な第五感が機能していないことに。自覚した瞬時、視界同様、思考は暗闇の中に引っ張られる感覚を味わい、その原因を知った。
俺は、殺されたのだと。