第一章Part4『出会い』
第一章Part4『出会い』
サヅキ達が家を出た頃、リビングでエルとエミリーはサヅキの事に関して話し合いが密かに行われていた。
「エミリー、サラとは何を話していた?」
「いや、さっきね、サヅキくんと外に出て行ったはずなのに戻ってきたから少しアドバイスしたらサラに怒られちゃった」
軽く反省の色を見せ微笑むエミリー。
彼女とは出会ってからもう、50年以上は経つ。お互いに支えあってこの50年は生きてきた。が、この50年一度も経験していない事に出会い、
「なあ、エミリー」
「どうしたの?あなた」
――同時に俺は驚愕した。
「サヅキの事なんだけど・・・・引っかかるのは俺だけか?」
「五十年前の神聖ヒスタル王都、壊滅の事にあの子は関係ないわ」
エミリーは打ち切るように強く言葉を放った。が、エルはここで引かずに話を続ける。
「神聖の騎士だった君だって薄々気づいているのではないのか?あの日、『ロイス』の近くにいた子供はサヅキ(彼)なのではないかと君は――」
「――やめて!!」
大声を張り上げ、エルの言葉を打ち切った。同時に彼女の瞳には涙が浮かび上がっていた。
その悲しみに満ちた顔を目にしたエルは何も言葉が出なかった。違う。エルは出せなったのだ。
「やめてよ、エル。もう、ロイスの事は思い出したくない。確かに報告書も見た。ロイスの近くに黒髪に黒瞳の少年がいた。って書かれている事も知っている。彼に渡した物があの子が持っていたことも知っている」
エミリーは瞳に溜まっていた涙を流しながらエルに訴えるように伝える。
そんな彼女を目にし、エルは頭を抱え込んでしまった。
俺は、俺はまた彼女にこんな顔をさせてしまった・・・・。五十年前と何も変わっていない。なあ、ロイス、何でこんなに優しい人を置いて先に逝っちまうんだよ!
込み上げてくる感情に抑えきれず、エルは両手で頭を抱える中で涙を流した。
ロイス・エルフォーデ。
彼はエル、エミリーと同じ神聖ヒスタル王都の騎士であり彼は随一の騎士でもあった。がそれ以上にエル達の中は幼い頃からの友人でもあり親友でもあった。それにエルとロイスの強さもほぼ互角だったため日々、どちらが王都の随一の騎士か争うライバルでもあった。
それにエルとロイスの想い人がエミリーということも被っていため日々、どちらが彼女をお嫁にするか戦っていた。そんな他愛も無いことが楽しかった。
ところがある日、ロイスは与えられた任務を放棄した。その結果、彼は強制脱会させられるはずだっ
たが彼には実力と実績があることで数日間の間、門番をすることになった。
三日後、彼はエルに珍しい子に出会ったと言い親身にその子供の事を話、さらに数日後、彼のいる門で魔女が現れ、ロイスは――殺されたのだ。
「私ね、ロイスの事を思い出してしまったらあの子――サヅキを恨んでしまうの。そんなのは辛すぎるよ。ねえあなたサヅキくんに言ったでしょ歓迎すよって。あれはサヅキくんを受け入れたから言えたのでしょ違うの?」
抱える顔を上げた先には――泣き顔でエルに語りかけるエミリーの姿だった。その刹那、エルは心を打たれた。
「エミリー、君の言うとおりだ。俺は・・・彼を受け入れるよ」
ロイスがいないこの時間は、苦しく、悲しく、とても辛く、心がグチャグチャになりそうだよ。でも、そんな気持ちをサヅキに向けそうだった俺は・・・・最低なクズ野朗だな。
エルは己の心に釘を刺し、瞳に浮かんでいた涙を拭い、サヅキではなく次はカオナシの方向へ話題をシフトする。
「なあエミリー、三日前カオナシが言っていたことを覚えているか?」
「うん、なんとなくなら、ね」
涙を拭いつつ、カオナシとの記憶が曖昧の事を伝えるエミリー。
「カオナシが言った『全ての鍵を握る子』て、サヅキに向かって言ってたけど・・・・あれはどう意味だと思う?」
「さあね」
この件に触れたくないという口調が飛び、エルは口を閉じてひとりでサヅキとの出会いを思い出していた。
事の始まりは三日前に至る。
三日前。
深夜、豪雨にユキの木村は包まれていた。窓といった外と接触するあらゆる戸に雨が打ち付けられガタガタと鳴る。
そんな中、
・・・ドンドンドン。
激しく玄関の扉が叩く音が家中に鳴り響いた。
「うん?」
リビングのテーブルに着き、色々な書類をまとめていた手がピタリと止める。
私も、もう70を超えているため空耳っていう可能性も有りえる。だから気にかけないようにしたのだが、
「あなた・・・今の、聞こえた?」
不安げに聞いてくるエミリーの表情を目にし、空耳ではなく彼女も聞こえていた事で空耳ではないと証明してしまった。だが、リビングの小さな小窓から外を見ても、何一つ見ない暗闇、ましては人が出る事のできないほどに強い豪雨の中、誰かが家を訪ねて来ることが信じられなかった。
「―――――ッ!!」
またもや戸を激しく叩く音が聞こえた。それは最初よりも長く、叩く音の強さは増していた。
額に汗が滲み出る。流石にエルはここまでされると気味が悪いよりも恐怖の方が強く感じていた。手足が微かに震えている。
が、今ここで逃げる事は許されなかった。エミリー(彼女)を守らないといけない。上で寝ているサラ(孫)を守ってあげないといけなかった。心臓が激しく鼓動を打つのが聞こえる。息が荒くなるのが聞こえる。それでもだ。
エルはリビングの壁に架かっている剣を腰に身につけ、玄関の扉に向かう。
「あなた?何・・・・するの・・・?」
「心配するな。・・・ただ、ほんの少し外を見るだけだ」
「え」と微かに喉を震わせたエミリーは目を見開いて驚きを見せる。
エルは恐る恐る外へ繋がる扉のノブに手を掛けたそのときだ、
「――おじ・・・さん?何しているの?」
背後に位置する階段から長い赤毛の少女――サラが目を擦りながら下りてきたのだ。その姿を目で捉えたエルは「・・・サラ」と少女の名をポツリと呟き、
「エミリー、サラを頼む」
エルの言葉でエミリーは深く頷き、サラの近くに駆け寄る。何がなんだかわからないサラは首を傾げることしかできず、ただ、目の前の扉に目線を送っていた。
全員の目線が扉に集中したところでエルは己の手を掛けているノブを捻り、扉を開けた。直後、暴風と雨が部屋の中へ入り込みそれをもろ食らったエルは体勢を崩す。
やがて、部屋の中に入り込んだ暴雨風は勢いを消した。刹那、エルは一瞬にして己の両腕の肩口から切断された錯覚を体験し、
「――――ぁ」
思わず間抜けな声が出てその場に崩れ落ちた。麻痺、耐え切れそうに無い痛み、そして底から込み上げる嘔吐感を片手で口元を覆い荒くなる呼吸を整えようとするが目の前に人が立つ気配を感じ、目線を上げる。
「――お前、は・・・誰だ・・・・?」
一切己の肌を外に見せないように黒のローブで身を包んだ不審な者がそこには立っていた。微かに出せた声で何者か問いをかけるが無反応という行為をする。
そして何よりも目を向けたのがその者の黒の手袋で肌を隠した両手で抱える幼い少年の姿だった。サラよりも小さな少年がなぜこの者に?という疑問もあったが彼の容姿も気になっていた。
緑のローブに少年の身は包まれ所々に付着している血痕。
エルは片膝に掌を付き己の体を起こし、右手で腰に身につける剣を握った瞬間、
「卿は気にならないか?」
やつの声は変声機を通したかのように低すぎる声がエルに問いかける。
「――何が・・・?」
「なぜ、卿の夫人や孫が私が目の前にいるのに何の動揺や戸惑いの言葉が出ていないか、気にならないか?」
言われてみれば確かにそうだ。サラは呆然としているかもしれないでもエミリーは何かしら声を上げるだろう。が、二人から物音一つ聞こえない。
後ろを振り向くことに躊躇するエルにやつは言った。
「卿よ、後ろを――みろ」
何かあっているのかが心配だった。もしも、もしもこいつに二人がいつの間にか殺されていたら俺はどうなる?やつの仕業か知らんが、あの一瞬の錯覚、あれはただの錯覚ではない。本当に痛覚を与えるのだ。
後ろを振り向くだけなのにその先に待っているのは絶望ではいかという恐怖から逃げるため、エルは余計な思考を存分に働かせつつ首根っこを掴み無理やり振り向く。
「――えぇ」
素っ頓狂な声を溢し、目を白黒させる。
二人の姿は――特に目立った異常は無かった。が、一つ、おかしな点があった。
それは――二人の表情は消え、どこに目線を置いているのかがわからなく、ただただ、無感情に無表情に立ち尽くす姿がそこにはあったのだ。
どうなっている?という疑問に全身を隠す黒のローブを身に付けた者はその疑問の答えを放つ。
「痛感錯覚」
「はぃ?」
「そんな間抜けの声を出さなくても卿は――一度身を持って体験しただろう?」
やつの言葉がエルは受け入れられなかった。拒絶した。でも、聞いてしまったのだ。己が一度体験したあの痛みをサラやエミリーが同じように今まさに体験していることを。
両腕を肩口から切断される錯覚。それだけでも痛みや痺れは尋常じゃない。俺でも気分が悪くなり、狂いそうなくらいだ。それをサラやエミリーが耐え切れるのか?
――無理だ。二人がおかしくなる。
込み上げる怒りが抑えきれず、エルは鞘からロングソードを抜きローブの者に飛び掛った――瞬時、エルは訳も分からず背中に強烈な痛みが走ったのだ。目線がガクリと落ちたとき、彼は己が今床にペチャリと崩れ落ちていた事に気づきぼやける視野の焦点を合わし映り込んだ物はやつの足元だ。それから痺れる背中で己の背中を預けている物の感触を味わい気がつく。
背後にあった階段。
そして唐突に走った背中の痛み、これらのことから推測できたのは、己の体が何かしらの理由で吹っ飛んだことだ。
「な、何を・・・した・・・?」
「卿は私に勝てるほどの力が無く傷一つ付ける事のできない弱者だったってこと」
質問の答えになっていない事を発し、エルはやつが言っている事を理解できない。いや、したくなかった。やつが言った事は尤もだ。
――俺は弱かった。弱い弱い弱い弱い、俺は弱い弱い弱い弱い弱い、俺は弱い弱い弱い弱い弱い、俺は弱い。
「卿や卿の家族の事はどうでもいい。でも、この子――この少年の名はサヅキだ。サヅキさえ無事で有ればいいのだ。それに――」
ローブを身に包む者は崩れ落ち抵抗の気力を無くしているエルの耳元に行き、囁いた。
「――全ての鍵を握る子、だーよー」
ピクリと肩を震わせたことでローブを身に包んだ者は彼が何かを察したことに気づき、彼の足元にサヅキを置いて距離を取る。
「あっ、ちなみにサヅキが持っていた私物、あげるよ。彼女に返しておきな」
そう言いローブを身に包んだ者の懐からネックレスを取り出しエルに向かって投げ捨てる。
「・・・・待て・・・この子は・・・一体・・・?」
「卿の夫人に掛けた痛感錯覚は意思関係なしに目を何度も穿り出す錯覚。そしてお孫さんは喉が千切れるまで掻き毟る錯覚。・・・・・はは、二人は狂えずにいられるのかな?」
楽しむような口調をしたローブを身に纏う者に向かってエルは悲鳴と怒りが混じった声音で叫んだ。
「このッ異常者があああああああああ!!」
痺れる体を無理に起こそうとするが言う事を聞いてくれない体は立つ事を無意識に拒絶する。
「明日も来るよ。じゃあね弱者組みのエル・ヴァルバレイン」
その言葉を最後にローブに身に纏う者は豪雨風の中へ消えていった。それと同時に。
「―――――ッ!!」
「―――――ッ!!」
二人の悲鳴がこの家の中に轟いた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
二日前。
二人が狂いかける寸前だったが、エルが二人に一度きりの強大な治癒魔法をかけたことにより二人が狂う事は無かった。エミリーは掛け終わった時には目が覚めたが、サラはあの日から一日が過ぎても目覚めない。
それに何かを聞き出そうと思ったがサヅキという少年も目覚めないままだ。
リビング。夕食が終わりそこには食器を洗うエミリーとエルの姿があった。
「なあ、エミリー、サラは、サラは目が覚めるのか?」
「大丈夫、私もあの子に治癒魔法は掛けておいたから大丈夫よ・・・・・」
エミリーの治癒魔法は彼女が騎士のときだった頃の神聖ヒスタル王都の中で唯一誰にも収得が不可能な優れた治癒魔法を使えたエミリー。そんな彼女がサラに魔法を掛けたのだ。普通なら安心できるはずだが・・・・昨晩現れた者は異常な野朗だ。この場合、ローブを身に纏うやつを指すのではなく、あいつが使った魔法だ。
『痛感錯覚』この70年間以上生きていた中でそんな魔法や術は聞いた事や見たことすらなくエルは未知なものに出会いそれを実体験までした。あれは恐ろしい。未だに考えるだけでも手先が震えるのが分かる。
大の大人の俺でさえ未だにあれを経験し心が抉れるほどに恐ろしいと感じるのだ。それなのにまだ幼いサラは目が覚めていないけど大丈夫のか?
心配だ、心配だ、心配だ、心配だ、・・・・でも、今晩あいつがまた来る。もうエミリーやサラにあんな思いをさせたくない。ごめんだ。
「エミリー、ごめんが今日はサラの部屋で寝てくれない―――」
「今日も来るんでしょ・・・・・?」
「・・・・・・・」
エルの遠まわしの言葉を掻き消す様にエミリーは問い質してきた。エルはその問いに軽々と肯定することはできず黙り込む。
ここで素直に肯定してしまったらエミリーはきっとあいつに会うと言うだろう。答えを分かっておきながらエルはエミリーを巻き込む事ができない。
肯定はできない。けれどエミリーは薄々察しているだろう。
だから俺は――、
「俺は弱い・・・・もし昨日と同じようにあいつが何か仕掛けてきたら弱い俺には君を守る力が無い。エミリー・・・・俺は君を愛している。サラもエミリーも辛い思いはさせたくないんだ。頼む、今日は俺だけにしてくれないか・・・・・?」
――己の弱さに嘘(誤)を(魔)付かない(化さない)。
傷つけたくない、守りたいという思いで放った言葉を聞いたエミリーは「はあ」と呆れが入ったため息を溢し、
「馬鹿じゃないの?」
「――え?」
あの言葉が届かなかったと感じ、エルは愕然としてしまう。
「私だってもう何年生きていると思っているの?あなただけが年を重ねて生きてきた訳じゃないのよ。今まで辛いことだって楽しい事だって一緒に通ってきたじゃない。大体、神聖クリスタル王都の騎士をしていた時なんてもっと苦しいことだってあったよね。それをいつだって三人、私、あなた、ロイスでどんな困難も切り抜けてきたこと忘れちゃったの?」
違う。違う、違う。今回のはそんなんじゃない。本当に殺される確立だってある。
「俺はお前の為に言っているんだ!死なせたくない、生きて欲しいんだ!なのにどうしてわかってくれないんだ!」
「あなたは――何も分かっていない!!」
エミリーの激情の言葉がヴァルバレイン家の中に轟いた。激情するエミリーの息は激しく肩がそれを表す様に揺れる。
「俺が・・・分かっていない・・・?なにが・・・・?」
怒りが込み上げそうだったがそれを制止させたのは彼女の悲しい表情だった。
「私もね、エルと同じ気持ちなの。エルが辛い思いをすると私だって自分のことのように苦しいの。エル、言ったよね?ロイスが亡くなったあの日、私に悲しい思いをさせないって。それは――嘘だったの?確かにあなたは私のことを思って言ってくれるのかも知れないでも――――私のことを思ってくれるかもしれないけど、あなたは私の気持ちを知ろうとはしない!私だってあなたを死なせたくないよ!生きて欲しいのよ!」
涙を流した彼女の言葉は尤もだ。俺はエミリーのことを思って言っている。でも、彼女の気持ちを知ろうとはしていなかった。冷静になったら誰でもできる簡単な事だ。
その簡単な事を俺はできなかったんだ。感情的だったなんて言い訳をしない。失態をしてしまったエルは、彼女の意見を呑む。
「エミリー、・・・・俺が悪かった。・・・・・君はどうしたいんだ・・・?」
「私はあなたの傍にいたい」
「・・・・守れる可能性は低いぞ」
「私を馬鹿にしているの?私だってあなたと同じ元騎士だったんだからね」
涙を少し浮かばせながら微笑んだ彼女の笑顔はなぜか懐かしくエルの心に感じさせたのだ。
「そうだよな・・・・わかった」
この時、エルは己の心に誓った。
守る。弱くてもあいつに勝てなくても、俺はサラ、エミリーを死ぬ気で守る。と。
互いの意が決意したとき、小窓から見た外は日が傾いていた頃だったのがいつの間にか辺りは暗闇に包まれ深夜を回っていた。そして、昨晩と同じ強さくらいの力で戸が叩かれた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
戸を開けた先に待ち受けていた者は昨晩と同じように、全身の肌を見せないように黒のローブに身を包んだ者だった。相変わらずの変声機を通した声で、
「昨晩ぶりですねえ。予告通り来ました。あとちなみに明日も来るので。で、――サヅキくんの様態は――どうなんですかねえ」
不気味な口調で不気味すぎる格好に苦笑いしつつエルは、
「あの少年の様態を話すのはいいが、先にこちらの質問を答えてくれるか?」
先に要望を出す。そんな彼のことが癪に障ったかまたは気が損ねられたのかはわからないがとにかく理不尽に、
「答える気はなしと。では、もう一度喰らって死ぬなりなんなりして答えて」
エルに二度目の『痛感錯覚』を体験させる。
「―――ぐああっ!!」
喉を締め付けられたかのような絶叫を上げその場に受身も取らず地面に倒れる。
『痛感錯覚』、二度目は腸を無理やり引きずり出された錯覚を体験した。
大量の汗が体中から滲み地面に次から次へと垂れる。呼吸が困難になり荒く肩を揺らしながら息を整える。体の底からまたしても嘔吐感が溢れ出そうになるが今度は意地で口を縛り荒い呼吸と共に立ち上がる。
痛みを堪えながら両足で立っているその時、背中で掌の感触を味わい、仕舞いに痛みは消えた。
その理由を知るため後ろに目線だけを向けるとエミリーが自分の背中に触れている事から治癒魔法をかけられたことに思考は着き納得。
二人の連携プレイをみせられたローブの者は「へえー」と僅かに感嘆の声を出し、
「サヅキくんの様態を話す気はある?」
「生憎だが、まだ――」
「ならおもしろそうな展開なるから次は卿の夫人に掛けてあげる」
エルの発言を聞く前にローブの者は強行へシフトし、『痛感錯覚』をエミリーに掛けると発言の直後、
「―――っ!!」
微かに短い悲鳴が響き、エミリーは全身の力が抜けるようにその場に崩れ落ちた。
「愚かだよ、卿は」
「やめろ、答えるから解いてくれ!」
「答えるのが先ですねえ」
「サヅキという少年の様態は特に異常は無いがまだ目が覚めていないそれだけだ!」
一刻も早く解いてもらうために多少早口になり、解いてくれると思ったがローブの者は更に質問をする。
「五十年前に関係する書類などは持っているよねえ」
「なぜ、解かない?約束と違うぞ!」
そんな勝手な思考にローブの者は嘲笑うかに、
「約束ぅ?何それ、した覚えないけどねえ。で、答えは?」
「ある。持っている」
「ならそれを今晩中に処分しておいてねえ」
なぜ、そんなことをしないといけないかは疑問に思うが今はそれど頃ではないと焦るエル。
「わかった。する、するから早く解いてくれ!」
「君はせっかちさんだねえ。それじゃあ最後――」
息を継ぐと同時にエルに近づき、耳元で
「このことは内緒にしとおいてねえ。お孫さんやサヅキくんに」
その言葉を最後にローブの者は指を鳴らした。瞬時、エミリーの荒くなる呼吸を耳にし振り返る。
「エミリー大丈夫か・・・・・?」
すると苦痛の表情を誤魔化すように笑えていない笑みを浮かべ、「大丈夫」の一言彼に伝えた。
「まあ、卿らが言う事を全然聞かなかった場合、卿の夫人の四肢を目の前で千切る予定だったけど・・・・残念だなあ」
放たれた言葉を聞いた刹那、背筋が凍りついた。そして、再びローブの者へ振り返るとやつの姿はそこにはもう無かった。
エミリーの様態も良くなり、エルはローブの者に言われたとおり書類を全て燃やし処分し、深夜の終わりを迎え夜が明けた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
一日前。この日はサラが目覚めたという喜びがあり、エルはサヅキの服を買いに王都に出て、深夜を待った。
今日はエル一人だけローブの者に会い、やつをこの日からカオナシと呼ぶようにした。全身にローブを身に纏うこの者は当然、頭をフード隠し見えない。でも、普通なら顔の一部分でもみえるはずのだが、やつのフードの中は永遠に続く暗闇のようだからカオナシと名付けた。
カオナシは一昨日や昨晩のような質問はせず、
「サヅキの様態は?」
とだけエルに聞く。そして彼は「まだ、目覚めていない」とだけ言うとカオナシはスッと暗闇に溶け込んでいくかのように姿を消した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
サヅキが目覚める数分前、リビングでは久々の団欒が行われていた。サヅキがいることをサラに話すと、凄く喜んでいた。
「ねえ、その男の子どうするの?」
興味津々に目を輝かせて聞いてくる。それをエルは優しく答えた。
「どうすか、を今から話し合うんだよ」
それから三人は頭を捻らせ色々な意見を出しつつ数分が過ぎた頃にエミリーが結論を述べた。
「じゃあ、話し合った結果、あの子をこの家で引き取るってことでいい?みんな」
エミリーの言葉に二人は肯定の意思をみせる頷きをし、サラはやたらとはしゃいでいるが、事実、エルもエミリーもここの中では嬉しかったのだ。
この時、二人の頭の中には――サヅキだけが握る全ての鍵の意味を知りたい。
ただそれだけの理由で引き受けたのだった。
でも、今はあの子を本当の家族のように俺もエミリーも思っている。
だって、私たちはあの子――サヅキを受け入れたのだから。