第一章 part1『記憶が無い少年』
第一章part1『記憶が無い少年』
この事態にはサヅキは頭を抱えざるをえなかった。
数分前。
目が覚めると、
僕には記憶が無く、今ここにいる場所さえ分からない。
ざっと見、小さな一部屋だった。
寝ていた寝台は一人専用。窓際に添えられた花瓶には一輪の青い花。
白のカーテンから差し込んだ日には少し目覚めたばかりの目には強すぎた。
まあ、ここまでは良かった。
が、突如、耐え切れない恐怖に襲われサヅキは大声でわんわん泣き喚いた。
それだけではない、見知らぬ赤毛の美女が現れ、頭を撫でられ泣き止むまで付添ってもらったのだ。
男としてとんでもない醜態だった。
幾度思い返す度自分の醜態が恥ずかしすぎてしまう。
「ああ!これほどまでに羞恥心を感じるなんて生まれて初めてだよチクショウ!」
サヅキは己の半身を暖める布団に顔を押し付けようとした刹那に目の前の木の扉が軽くノックされ開くと同時に、
「あっ、泣いてなかった。気分はどう?」
優しい音色のような声と同時に赤毛の少女がこの部屋に入ってきた。
長い赤毛に、優しい紅い瞳がこちらを覗き、身長は・・・・多分高いのかな?
それに、まだ自分とは歳の差が近いはずなのに、へそが見えた服に短パン。
胸、膝、肘にプロテクターを身に付け腰には短剣を。
男としては目の置き所が無く、色気を少し漂わせる事で不思議と彼女が大人っぽく見えてしまう。
そんな少女と会うのは今日で二度目だ。
恐怖といった感情ではなく羞恥心といった感情が今は強く、彼女の目を見る事ができない。
「た、多分大丈夫です」
故に少年の返事も曖昧なものになってしまう。
窓の外を眺め必死に先ほどのことを忘れようとするがつい、彼女の顔を見てしまうと蘇り顔が赤面してしまう。
「大丈夫なら良かった」
赤毛の少女は少年とは違い何事も無かったかの用に振舞う。
そんな彼女の姿を見てサヅキは小さく安堵のため息を一つ置き、顔を両手で叩き寝台から体を立たせ己の足で地に着いた、刹那、
――え?
何かが、おかしかった。あまりにもおかしすぎた。
地面との距離が凄く近すぎるという感覚。手足が短く天井が凄く高く感じる錯覚を起こしていた。
ようやく、サヅキは異変に気付いたのだ。
「ぼ、僕の体・・・どうなっているの・・・・?」
記憶は無い。でも途轍もなく違和感がある。周りの物が大きく感じてしまうという。
――眩暈がする。頭の中がグラングランと揺れる。なぜ?わからない。
どうしてわからない?
再び、恐怖がサヅキに襲い掛かり、またしても涙腺がウルめいた。そんな彼を目にした少女は、「大丈夫?」とサヅキの目を覗き込むように心配をする。
そんな少女の姿がサヅキの目に映り込み、自分の情けなさを感じた。
サヅキは自分の情けなさを消すように頬をパンパンと叩き、軽く背伸びをする。
「ごめん、何でも無いよ。それと、さっきはその・・・ありがとう」
最後の感謝の言葉と同時にサヅキはつい、目を逸らしてしまった。
暑くもないのに額には汗が滲み、心臓の鼓動は速まる一方。
決してさっきの事を思い出して緊張しているわけではない。ならどうしてと聞かれてもわからないことだった。
「うーん、良くわかんないけど、どういたしまして?かな」
少女の顔には疑問が浮かぶが、それは一瞬だけであり、その後は優しく微笑んでくれた。
――いや、マジで神かよ!!めちゃめちゃ可愛い!
内心では凄く喜ぶ思春期ど真ん中の少年だが、これはあくまでも内心であって外には出せない一面だ。
――って、こんな事してる暇じゃなかった。
現状、自分が置かれている状況を考えて少女に見惚れる暇なんてなかった。
記憶は無い。ということは、彼女が一体誰なのか。ここはどこなのか。
そもそも自分は今まで何をしていたか。などの疑問が連想される。
正直なとこ、こればかりは自分ではどうしようもない事なのだ。
いくら記憶を探ってもそこにあるのは何も無い空白だけがあるだけだ。
例え、何かが思い出せそうになっても言葉では表す事ができない何かに突っ掛かり思い出す事が不可能だ。
これらの事が有りながら実際のところ、外には出せないだけであって正直、
恐怖でしかない。
でも、記憶が無い僕でも何かしら自分のことを知っている人はいると思う。
いや、必ずどこかにいるはずだ。
その人を手っ取り早く見つけ出す方法は何か?それは手当たり次第、消去法で行く事だ。
サヅキはまずは少女が知っているかどうかを知るため彼女に聞く。
「えーっと、いきなりで悪いんだけど、色々と聞いてもいいかな?」
「えーっと、ごめんね」
――・・・・・え?
意のまま実際に行動しようとスタートラインには付いたが「ごめん」の一言で最初からつまずく少年は動揺を見せざるをえなかった。
「え?え?えっと、もしかしてだけど誰かに口止めでもされているの?」
そうであって欲しいと縋るように聞くが少女は首を左右に振り、その願いは一瞬にして打ち壊されてしまった。
サヅキは頭を抱え、「はあ」と小さなため息を一つ置いたとき、
「私はその辺のことは分からないけど、おじさん達なら何か分かるかも知れないよ」
そんな一言にサヅキは目を見開いた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
少女はサヅキの過去を知ると思われる人物のところへサヅキを案内した先は、一階にあるリビングのようなところだった。リビングには長方形の木の机があり、その上には出来上がったばかりの食卓を整え既に先客がサヅキと少女を待っていた。
リビングに足を踏み入れた直後、サヅキの鼻に食欲をそそるようにおいしそうな香りを漂わせる食べ物。
少女はおじさん達と言ったが目の前の机に着く夫婦は見た目からして四十代辺りの感じがしていた。そして、男性は赤毛の少女同様、髪の色は紅く染まり、紅い瞳でこちらを窺うように覗く。
一方、女性は髪の色は二人と違い目の色や髪の色は茶色で赤毛の少女同様、長い髪を後ろで結んでいる。
「・・・えーっと、おじさん達って言ってたけどそちらの方々はご両親?」
「両親な訳ないじゃん。お父さんのお父さん。だからおじさんだよ、本当に」
少女の答えにサヅキは流石にそれは無いだろという曖昧な疑問が浮かび、真偽を問うように男の方へ視線を向ける。と、男は頷き、
「サラの言うとおりだ。私はこう見えても七十は超えている」
男の衝撃的な発言にサヅキは目を白黒させ、やはり信じられずサヅキは男の傍らにいる女性に視線を向ける。
「ええ。私も彼も、七十は超えているわ」
何かのドッキリではなく、三人がそろってそう言い嘘を言っている気配は無く、流石のサヅキは信じられざるをえなかった。
「マジですか」
言っている年齢と見た目が一致せずつい苦笑いを浮かべるサヅキ。
「まあ、詳しい事は朝食を取りながらでどうだ?」
苦笑を浮べるサヅキを対面側に空いている席に招きいれた。
久々の朝食。(多分)
初めて目にする食べ物かどうかは曖昧だが食えないものではなかった。
多少、食べる気を失わせる物もあったが口にしてみれば案外おいしく食べれる。
サヅキは空腹のあまりに食事に集中し、事は終盤である。ふとサヅキは気付いた。
少女のおじさんに自分のことを聞いていない事に。
「おじさん。突然ですが、いくつか聞きたい事があります。いいですか?」
サヅキの言葉に男は体をピクリとさせ、少し表情が変わった事にサヅキは見逃さなかった。
そして、この人が何か知っている事は確定したと推測した。
男は食事を中断し、サヅキと真っ直ぐに向かい合う。
「答えるのはいいのだが、何を聞くつもりなのかを教えてくれるか?」
他愛の無い話で食事は盛り上がっていた空気はガラリと変わりつつあった。
男の表情は優しい笑みを見せ、サヅキと会話をしているがその笑みの瞳にはサヅキを探るように彼を目視する。
――目が笑っていない・・・・何かこええよ。
「実はおかしの話なんですが、僕は何度思い出そうとしても記憶が思い出せないんです。だから僕について何か知っている事があれば教えて欲しいのです」
「ほお、なるほど・・・・・。ちなみにどの辺りが思い出せないのか?」
「――全てです。僕はどうしてここにいるのか、いつ、みなさんと出会ったとか、過去の記憶が無く、頭の中がスッカラカンで正直怖いです」
「それはさぞ辛かっただろう。君が知りたい事なのかどうかはわからないが、私が知る限りの事を話せばいいんだな」
男は質疑応答を承認するように深く頷く。
ここからが本番だ。相手からどれほどの情報を習得できるかが勝負どころ。
サヅキはゴクリと生唾を飲み込み、
「僕の事に関して知っている事を教えてください」
「わかった」
――あれ?簡単に教えてくれるの?
サヅキが思っていた以上に男は簡単に肯定する。そんな男に対しサヅキは驚きを隠せず、
「単刀直入に聞きます。僕の事に関して知っている事を教えてください」
「うん?いや、わかったって言ったはずだよな?」
つい、二度聞いてしまい、男は歳のせいで自分がボケてしまったのではばいかと首を傾げてしまった。
勝負どころとか思った僕が恥ずかしいよ。
「私が知る限りの事を君に話そう」
「お、お願いします」
サヅキは自然と深く頭を下げる、相手を敬意するように。
緊張と不安、希望が心の中で葛藤する。
リビングには男とサヅキが机を挟み対面する。先程まで朝食で使われた食器は片付けられ赤毛の少女と男の傍らにいた女性はリビングから退出し、少しばかし重い空気になっている。
「えー、どこから話せばいいのか分からないが、一応今居る場所から話すか。ここはユキの木村。第二ヒスタル王都から少しばかし離れたとことにユキの木村はある」
第二王都?
「第二ヒスタル王都って言いましたけど第二ヒスタル王都とは別の王都があるのか、前に今とは別の王都があったて事ですよね?」
「君の言うとおり。今から五十年前に神聖ヒスタル王都が存在した。だが、ある日この世で最も恐れられている魔女に神聖ヒスタル王都は壊滅させられた。とまあここまでは理解できたか?」
この世で最も恐れられている魔女とか色々と気になる点はあったが今は自分
についての情報が最優先。
サヅキは何も言わず頷く事だけをする。男はサヅキが肯定したのを見て、話を続ける。
「君が居るところについては何となく理解できたな。では、本題に入ろうか」
「・・・はい」
「事の始まりは三日前だ・・・・・」
男はそれから長々とサヅキと出会った経緯を話した。と言ってもその内の約九割が王族の随一の騎士にして与えられた使命だとか昔の戦友が残した物がサヅキだったとか胡散臭い事が多かった。
まあ、彼曰く。
僕はある日、ユキの木村で前代未聞の豪雨に包まれている深夜、全身を黒いローブで身を包んだ者から、
「この子を」
とだけ言い夫婦に僕を引き渡したそうだ。
訳もわからない二人はローブに身を包む者に色々質問するが質問とあってない答えをし、豪雨の中へ消えていったそうだ。
それから僕が目覚める三日間、毎回深夜に訪れ僕の安否だけを不思議と聞いてきたそうだ。
「まあ、私が知る事は全て話した。他の事を聞かれても私は分からない」
「・・・・・ありがとう、ございます」
ふいに、左手を揚げ己の視界を覆う。
息ができなくなりそうなくらい苦しかった。心が締め付けられ悲しみが舞い上がる。
僕は、一体何者なんだ?どこからきたんだ?家族は?友人は?
また振り出しに戻った気分だった。赤毛の少女のおじさんなら何か知っているだろうと勝手に期待した結果、僕の過去について知らなかった。
そして唯一知れた事は、自分が拾い子だったことだ。
サヅキは右も左も分からなくなり途方に暮れていた時、一つだけ脳裏に引っかかった。
「あの、黒のローブの人って昨日も深夜にここに訪れていたんですか?」
黒いローブを身に纏った者。その者が自分の過去を知ると思われる最後の鍵だと思うサヅキ。
是非、会って話したい。
そんな気持ちがあり、男が出した答えは、
「ああ、いつも通りならカオナシは今日も来るはずだろう」
「カオナシ?」
「あ、すまない。言ってなかったな。あの黒ローブの者の顔は私達から見るとローブの奥は真っ暗な空洞のようになっているからカオナシといっている」
実際に黒ローブの者を見た事無いサヅキにとっては男が何を言っているかはチンプンカンプンだった。
でも、切れて消えかけていた糸が何とか繋げたって感じだな、ははは。・・・・・もし、もしも過去の記憶が戻ったら僕はどうなるんだろう。家族には会えるのかな?
そんな疑問が浮かび上がるが最も今考えないといけない事が一つあった。
それは衣食住。
流石に15歳(多分)のサヅキは今住む家も無く、お金も無い。ましては頼れる知人はいない。
四方八方塞がりのサヅキは息をこぼし、肩を落す事しか出来なかった。
その様子を見た男は、
「どうかしたのか?」
優しく彼に聞く。
「いえ、こちらの話ですが、僕はこれからどうしたらいいのか分からなくて。カオナシという人には会いたいのですが、家族も住むところも無く・・・・」
第三者の者がこの事を聞くと彼は今、自分が悲惨な目にあっていますと聞こえる。
事実だが。
彼の言葉を聞くと普通なら助けてあげたいや、力になろうとする言葉が帰ってえ来るはずだろう。だが、男の反応は違った。
「君は何を言っているのか?君が良ければでいいのだが、私達と暮らさないか?」
「――え?」
予想外の反応にサヅキは何を言えばいいのか分からない。
「家族もいない、住む場所も無い。なら、私を頼りなさい。君はサラと年齢が近いからサラと仲良くなれると思う。気を使わなくていいのだよ。私、いや、私だけではない、サラもエミリーも君を歓迎するよ。そうだよな?二人とも」
その言葉はサヅキに向けられた言葉ではなく、サヅキの背にある木製のドアに向けられ、
「やはり、気が付いていたのですね。あなた。私もサラも歓迎するよ」
言いながら扉は開き、一緒に朝食を取った女性と赤毛の少女が姿を見せる。
「いや、盗み聞きしていたのかよ」
小さくそう溢すサヅキはちょっぴり苦笑を浮べてしまう。
「で、君はどうするのかな?」
男に問いかけられる。が、歓迎するよと言われた瞬間からサヅキの心は嬉しく泣きそうだった。
正直、頼れる人もいなく自分がどこにいるのかもまともに分からない中、外に出る事やこの先を考えると、とても酷くどうしようもないくらいに不安だった。断る理由なんてどこにもない。
「よ、よろしくお願いします」
長椅子から立ち上がりサヅキは深く頭を下げるのと同時に今まで我慢してきた涙が、目の奥を熱くし、外へ、自分が見る視線の先の床へ落ちた。
頭を下げるサヅキの姿を見る男は微笑を浮かべ、
「少年、顔を上げろ。まあなんだ、これから生活していく中、互いの名前も知らないのもおかしな話だ――」
サヅキは己の瞼に付く涙を拭いながら顔を上げる。
「――だから、自己紹介をしないか」
男は席を立ち、サヅキの後ろの二人の横に並び、
「では、私からで。私の名は――エル・ヴァルバレイン。元王族の随一の騎士だ」
随一の騎士だ!凄いだろうという顔を見せるが、やはり胡散臭いのでサヅキは、「はあ」と適当な答えになってしまう。
的外れの回答にエルは弱々しく、
「まあ、そのー、よろしくな」
そんな気の弱くなったあいさつを傍らで聞いた女性はクスクスと笑い、
「私は、エミリー・ヴァルバレイン。そこの気を弱くしたエルの奥さんよ。よろしくね」
――エル・ヴァルバレイン、エミリー・ヴァルバレイン。どこかで耳にしたような・・・・。
サヅキは過去に聞いたことがあるような名前だった。が、曖昧の記憶の中なので確信的ではない。そのため頭を掻き思い出そうと試みるが、やはり何かが突っ掛かりわからない。
「どうかしました?」
エミリーは不思議そうにサヅキの目を覗き込む。
「いえ、何でもないです」
「なら良かった」
やはり、優しい笑顔を見せた。それは不思議と安心感を持たせるような不思議な笑顔だった。
子持ちの奥さんって、何か不安を持ってる子供に安心感を与える力でも持っているのか?
変な疑問がつい浮かんでしまうサヅキ。
そんな疑問を頭から消すように最後、赤毛の少女が口を開く。
「私は、サラ・ヴァルバレイン。えっと、その・・・・」
赤毛の少女――サラ・ヴァルバレインは何かを言いたそうに口をもごもごもさせる。
サラのぎこちなさを捉えたのはエルだった。エルは、ニタニタと今から何かを言いますよー、という合図を出し、
「サラ、もしかしてだけど、この少年に惚れた?」
ドヤ顔で言い切るエル。
サラはエルが発した言葉に対し、顔をほんの一瞬、微妙に染め、
「おじさん、冗談はそこまでにしてくださいませんか?」
エルへ笑みを浮かべた。でも、やはりこの家の人たち特有の笑っているでも目は笑っていませんよを傍から見たサヅキでも気が付く。
予想外の反応をされたエルは流石にまずい事をしたと感じ、ゴッホンと咳払いを一度し、この場を立て直す。
「まあ、冗談はさて置き、私達の名前は知れたかな?」
「はい」と返事をし、サヅキは深呼吸を一つおき、
「ぼ、僕の名前は――サヅキです。多分歳は15歳だと思います。えーっと、これからよろしくお願いします!!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「って、おい・・・・・」
ヴァルバレイン家に歓迎の交流後、サヅキはサラにより最初に目覚めた部屋に案内されていた。
サラはサヅキをこの部屋に連れて来ると、
「えーっと、サヅキ、少し待っていてね」とだけ言い残してから約数十分が過ぎ去っていた。
「完全に僕、放置されたのかな・・・・」
サヅキはため息を付き、日の光が入ってくる窓から外を眺める。
確かにここから見た感じじゃあ畑が所々目に付くなあ。
サヅキの目先にはこの家の玄関から外の世界が広がっていた。
この家同様、見える範囲全ての家が木造建築、外では駆け回る自分より歳が幼い子供達が見られサヅキはそんな子を目にしては微笑ましく思い微笑をつい浮べてしまう。
「サヅキ、何ニタニタと笑み浮かべているの?」
「うおおお!いたのかよ、いたのかよ!マジ、焦るわー、てかめっちゃ恥ずかしいわ!」
じたばたと羞恥を殺すサヅキ、そんな彼をみてサラはクスクスと物珍しそうに笑い、
「サヅキって、変なの」
変なのっておい、完全僕、変人だと思われてしまった。
サヅキはあまりにも自分の羞恥を隠しきれず下にいっていた目線を彼女へ向ける。
と、サラは先ほどまでの格好とは違い、結んでいた長い赤毛の髪は腰まで垂らし、真っ白のワンピースを着ている。
そんな綺麗な彼女にサヅキは見惚れ、目は彼女に釘付け。
「サヅキ、どうしてそんなに見ているの?私変かしら?」
ジーッと見つめてくる視線が気になりサラは少々上目遣いとなって聞いてくる。またそんな姿を見てしまうサヅキは無意識に左手でニマリと押さえきれない笑みを覆い隠しながら、
「いや、可愛いですね」
「ストレートにそう言われると何だか恥ずかしいもんだね」
直球すぎたサヅキの言葉に照れ隠しをするようにサラは己の赤毛をねじねじとする。
互いに照れあっているとらちが明かないと感じ始めたサヅキは自分から口を開く事を決意し、
「さ、サラさんって今からどこかに行くような格好をしているけどどこかに行くのですか?」
サヅキの問いにサラは驚き目を見開く。
「あれっ?うそ、言ってなかったけ?今から一緒に王都に行くんだけど・・・」
いや、聞いていませんよサラさん。僕、それ初耳ですよー。
って、感じに心の中でツッコミを入れ、サヅキは己の姿に目を向けた。
小汚い茶色のTシャツに半ズボンに靴を履いていない、てか、持っていないので素足。
こんな格好で王都に出てサラさんと一緒にあるいたら僕は一体周りからどんな目で見られることやら。まあ、僕はともあれ、サラさんまで変な目で見られるだろう。
「あのー、サラさん。この服以外に他に服とかってあります。でしょうか?」
「えっ、サヅキ、その服でも別におかしくないと思うけどなー」
――うん?
「いえ、王都って色々な方々がいるわけだし、流石に僕みたいな服を着ている人っていないと思うしその・・・・」
「別に気にしなくていいじゃないの?普通にサヅキと似たような服を着ている人って数人見かけるよ」
だから王都で見かけるその数人は例外だろ。おい。
こりゃダメだと吐息を外に吐き出した刹那、サラの背後から、
「いや~渡し忘れていたけど、昨日辺りに買っていた服持って来たよ」
用意をしてくれるのはありがたかったが流石に持ってくるタイミングが遅くサヅキは苦笑を浮かべ、
「遅いよ。危うくこの醜態丸出しの格好で王都に行くところだったよエルさん」
誰にも聞こえないように小声で言ったのだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
エルさんから貰った服、それは綺麗なTシャツに長袖長ズボン、そしてスニーカー。
これらを身につけ感想が二つ。
不思議だなー、なぜだろう。気温は半そででも暑いくらいだったのにこの服を着ている方が涼しく感じる。
と、
って、これ、よく見たらジャージじゃねえか!!
だった。
相変わらず、同じDNAが入っていると思考とかが似ているんだな。と思うサヅキ。
「着心地はどうだ?サヅキ」
エルは自分が好意で買った物を貰うサヅキの喜ぶ表情を求めるように聞いてくる。
流石に「着心地イイッスネ!高級品ですか?ってこれ、よく見たらジャージじゃねえか!!」ってツッコミを入れたら怒るというか悲しむよな。
若干、ノリツッコミを入れやがるサヅキであった。
「すごく着心地がいいです。ありがとうございます」
感謝の気持ちを顔で表現をすると、エルは満足そうに、
「ええ子やのー」
意味が分からない涙を流したのだった。
え、意味不明。なんで泣いたの?
そんな感想を最後にサヅキとサラは家を出た。
家の外、それは太陽がちょうど真上に近いくらい日が昇っていた。日の光をもろ浴びるサヅキは思わず片手で遮ってしまうくらい目には刺激が強かった。
「まぶっ、てか、地味に暑いしもう帰りたいよ」
外に出てから数秒、ヘタレた言葉を発したサヅキに、白ワンピースをヒラヒラさせるサラは次の瞬間、サヅキの行く気力をぽっきり折る言葉を発した。
「何言っているのサヅキ、まだ昼にもなっていないのよ。これからもーっと暑くなるわよ」
「帰ります。この数秒楽しかったです。あっざあした!」
一礼し、再び家へ入ろうとしたサヅキの首根っこを掴み、
「面白い冗談だね。さあ行くよ」
ジタバタと暴れるサヅキを引きずるサラであった。
あれから一通り村をサヅキが村の人たちにあいさつをするため一周したのだが今は大人達は見当たらなかった。がはしゃぎまくるサヅキと同世代、またそれよりも幼子は見かけてはいた。大人へのあいさつはまた次の機会にすることになり、サヅキとサラはユキの木村と森の境になる門の前で立っていた。
「でわ、これから王都に向かいます」
「いえーい」
全くもって楽しみ感を出さない無感情の声音。この時、サヅキはの気持ちは暑い、疲れた、帰りたい、あと暑苦しい。というまたしてもヘタレた気持ちがあり王都に向かう事を心の中では拒否っていた。
すると、
「痛い痛い、耳引っ張らないでサラさん。いや、まじで取れそうなくらい痛い!」
「あら、そうかしら。じゃあやめるね」
「その笑っているけど目が笑っていませんを僕に向けないで、あと言動が一致してませんよあたたた」
パッとサヅキの耳から手を離し、
「サヅキは男の子なんだし、その歳からヘタレていると将来結婚できないよ?」
引っ張られ赤く染まる耳を擦るサヅキにそんな言葉を放たれ「別にまだそんなことは考えていないです」と言い返そうとサラの方へ目を向ける。とその目に映ったサラの表情は冗談で言っているような表情ではなかった。
サラの瞳の奥には悲しみ、苦しみが混じった・・・・・色だった。
「それは、経験からの言葉ですか?」
「別にそういう、わけでもないよ。ごめんね、今のは忘れてサヅキ」
赤毛の彼女――サラ・ヴァルバレインには何かを抱えていると初めて感じたサヅキだった。
「サラさん――」
「あっ、しまった!お金家に忘れてきちゃった!ごめんサヅキ、少し待っていて」
何か言おうとしたサヅキの言葉を掻き消すようにサラは己が身につけていたポーチの中を見てその言葉を残しヴァルバレイン家に早足で後戻りした。
「あ・・・・また置いてかれた」
炎天に近い気温の中、日陰となる場所も無く放置されたサヅキは「はあ」とため息し、額に浮かぶ少しの汗をジャージの袖で拭う。
ちなみに、この炎天なのになぜジャージでいるかというと、それは不思議とこのジャージを着ていると普通よりかは涼しく、逆に着ていないとヘタレのサヅキには耐え切れない程に暑くなるからだ。
この死ぬほど暑い気温、どうにかならないかな・・・・。
少しでも太陽が雲で隠れないかと右腕で日の光を遮りながら上を向くが「そんな考えは叶いませんよ」と太陽に言われたのではないかと思うほどに雲一つなくギラリと輝いていらっしゃった。
「ああ、あちいー、空を見ていたら余計に暑くなったかも。いや、それは無いか。でも、見るのはやめようそうしよう」
そんな事を一人で語り、再び視線は壮大に見える森林へ。
すると、視界の右端で一瞬、誰かが家の裏へ無理やり連れて行かれる姿がサヅキの視界に映りこんだ。
「ええー、まだ日が出ているこんな暑苦しい時に人を誘拐でもしているのか?悪人の考えはわかんないや。まあでも、ピンチの人がいたら助ける!それが正義の英雄なんちゃって」
正義感、というよりも興味本意が強くサヅキは誰かが連れさらわれたと思われる家の裏に小走りで近づき、顔を覗かせた。
「お前さあ、髪の色が水色ってキモいんだよ!鬼の子かよ」
「鬼の子とか今時言わなくね?言うなら悪魔の子だろ」
「きゃっは!マジ笑える」
サヅキの眼前、三人の柄の悪い輩が水色の髪をした少女をいじめる姿が目に映ったのだ。
「わ、私、お、鬼の子じゃない。エルフ。ハーフエルフだよ」
弱々しく言う少女はビクビクと体を震わせていた。
「なーにほざいていんの?」
「気色悪いんだよテメエは」
そんな怯える少女の顔面や体に蹴りや泥を掛け始める三人。
サヅキはこの光景を目にして思った。
――よかった誘拐じゃなくて。まあイジメならどこにでもあるよな・・・・。
この思考をした時、サヅキはある部分に違和感を持ち始めた。
『どこにでもある』という自分の思考に前の過去にそんな事を目にした。あるいは実体験をしたではないかと思い始めた。が、頭を左右にその思考を消すように振り払った。
まあ、なんにせよ、僕が彼女の前に出てどうこうできる話じゃないのでこれにてさらば少女。強く生きてくれ。
苛められる少女を見捨てるという最低な行為をすることは承知の上でサヅキはこの場から去ろうと少女から目を逸らそうとした刹那、
「――っ!!」
世界の時間がゆっくりと、ていうよりも世界全体がスローモーション化したのではないかと思ってしまう程に全てがゆっくりと動き、
――僕は、少女と目が合ってしまったのだ。
しまった、め、目が合っちまった。
後ろを振り返ると同時にサヅキは少女と目が合う。その時は世界がゆっくりとなったが一瞬にして世界がまた動き始めたのではないかとパッと後ろを向きその場から動く事ができないサヅキ。それはまるで体が石になったではないかと思うくらいに硬直していた。
息を詰め、額から滝のように滲み出る汗。何もされてないのに体が震え始める。
なぜ震えているのか?それは彼の爆発的に凄い勢いで次から次へと考えられる思考が恐ろしすぎたからであった。
どうしよう。もしこのまま逃げてしまったら、あの子から復讐されるのか?
または、僕が逃げたせいで彼女が死んでしまって助けることができたはずの僕は・・・・どうなるんだ?
彼女が死んで僕は後悔するだろう。でも、残された遺族の方々から僕が助ける事ができた唯一の人間だったことが知られたら僕は殺されるのか?
もしもそうなってしまったら?怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
「痛い、やめて、お願い、お願いだからやめて!」
「うるせえ!とっとと泣け!悪魔!」
「お前なんて生きる価値無いんだよ!」
「こうなるのもお前の髪の色が悪いんだからな!」
徐々に酷くなっていく暴行。最初のほうは加減していたのは傍からでもわかる程度だったが今では少女の命が危うい程、加減をせずに暴行をする三人の輩は次第に目には殺意を表しているように光が保つ。
この光景を子供が見たら誰もがその殺意が自分に向けられるのではないかと思い、少女を助けるのを躊躇ってしまうのだろう。
でも、今、この場を見ていた彼は違った。
「お、おい、お前らその辺でやめろよ。その子、お前らのせいで死ぬぞ」
殺意が己に向けられるのが怖い訳でもなく、少女から見返りが欲しい訳でもない。
彼――サヅキは、後から自分にくる不利益がただ怖かったのだった。
震える拳を握り締め、サヅキはこの苛めを終わらすために立ち上がったのだった。
始まりはこんな感じですね。
まあ、ここからもっと展開を入れていきます。