第99話 お風呂
二人は食べ終わった食器を片付けていると、柚子が風呂から上がって冷蔵庫から牛乳を取り出す。
豪快な飲みっぷりを披露すると、柚子は二人にお風呂を勧める。
「ふぅ、時雨と香ちゃんもお風呂に入っちゃいなよ」
「香ちゃんはもう帰るから、お風呂に入っている時間はないよ」
「それなら平気よ。私が香ちゃんのお母さんに連絡しておいたから、今日は時雨と仲良く泊まるって報告してあるよ」
いつの間にそんな連絡をしていたのかと柚子の行動には頭が下がる思いだ。
寝巻は柚子が昔着ていたサイズがぴったり香と合うので、準備は万全に整っていた。
「ほらほら、良い湯加減だから早く入っておいで」
柚子に背中を押されると、半ば強制的にお風呂へ直行する形になった。
脱衣場に時雨と香が二人っきりになると、時雨は香に背を向けてお風呂の順番を先に譲った。
「私は自室で待っているから、ゆっくり湯船に浸かるといいよ」
前世の弟でも、今は幼馴染の女子高生だ。
お互いに前世は男で背中を流し合った兄弟なのだから気にする必要はないかもしれないが、生真面目な性格と女性経験が乏しかった弊害が割り切れない部分として残っている。
脱衣場から出て行こうとする時雨の腕を香は両手で抱き締めて引き止める。
「待って! 僕は一緒に入りたい」
「私は騎士として……たとえシャインの頼みでもそれはやっちゃいけない気がする」
時雨は声のトーンを抑えて冷静に答える。
凛と一緒にお風呂に入った時もそうだったが、特に自分の前世を知っている人物と裸になってお風呂に入るのはそわそわしてしまう。
そんな時雨に香は諭すようにして説得する。
「僕も最初の頃は他人の着替えやお風呂で抵抗や罪悪感はあったけど、笹山香として生活するのなら受け入れるしかなかった。前世は六歳ぐらいで死んじゃって、今は女性に転生して倍以上の人生を歩めてすっかり女の子の仕草や言葉遣いが様になったよ。でも、僕の恋愛対象は前世と変わらず女性で幼馴染の時雨ちゃんが初恋だった。ああ、この人ともっと一緒にいたいし将来は結婚できたらいいなぁって淡い期待を寄せるようになったんだ」
「シャイン……」
「でも、きっと私の中で潜在的に時雨ちゃんをお兄ちゃんと重ねて見ていたのかもしれない。僕は立派な騎士のお兄ちゃんは誇りに思うし、幼馴染の時雨ちゃんはカッコよくて可愛い女の子だよ。だから、気兼ねなく一緒に入ろ」
香はそのまま時雨の背中を抱き締めると、もう大事な人を手放さないようにする。
偽りのない素直な気持ちが背中を通して伝わると、時雨は自然と涙が溢れ出てしまった。
(何泣いてんだよ……)
香の境遇を自分と重ねて共感できる部分はあったし、弟の人生に時雨は重要な位置にいたんだと再確認できた。
時雨は目を擦って涙を拭くと、軽く頷いてみせた。
「分かったよ。一緒に入ろう」
「やった! お兄ちゃん大好き」
香は浮かれた足取りで堂々と服を脱いでいくと、時雨も脱ぎ捨てた衣服を洗濯機に放り込んで二人は一糸まとわぬ姿でお風呂場へ入って行く。
「えへへ、お互いエッチな姿だね」
「ば……馬鹿!? あまり変な事言うなよ」
冗談交じりで香が言うと、時雨は身を縮めて恥ずかしがる。
二人は背中を流し合うと、兄弟揃って久しぶりのお風呂を楽しみながら湯船に浸かった。




