第98話 二人の料理
時雨は香を家に招き入れると、空腹を満たすために二人は台所に立つ。
柚子は夕食を済ませているようで、先にお風呂へ入ると言うので鼻歌交じりで脱衣場へ向かった。
冷蔵庫にめぼしい物がないか探ると、豚肉、ネギ、卵が目に入って炒飯にしようと決めた。
「炒飯作るから、シャインはそこの冷凍庫からお米を出してくれないかな?」
「うん、分かった」
香は言われたとおりに冷凍庫からアルミホイルで包まれたご飯を取り出すと、時雨は食べ易いサイズに豚肉とネギを切っていく。フライパンに油を敷いて、先程切った豚肉とネギを炒めると、卵を流し込んで、ご飯を加えて混ぜる。
「お兄ちゃん、冷蔵庫にほぐした鮭があるけど混ぜちゃ駄目かな?」
「悪くないね。そこの調味料が置いてある棚から胡椒を取ってもらっていいか?」
「はーい」
香は元気な声で答えると、フライパンにほぐした鮭と胡椒を適量に入れる。
食欲のそそる匂いが部屋全体に充満すると、二人分の皿に炒飯を盛り付ける。
二人は向かい合って食卓の席に着くと、食前の挨拶を済ませて炒飯を口にする。
「あっ、鮭入れて正解だね。とっても美味しいよ」
「気に入ってもらえて嬉しいよ」
美味しそうに食べてくれる香を見ると、一緒に作った甲斐があるというものだ。
「まだフライパンにおかわりがあるから、遠慮せずにどうぞ」
香の食べっぷりを見てるだけでお腹が一杯になりそうだ。
口の周りにご飯粒が付いているのを発見すると、時雨は席を立ってご飯粒を摘んで取り除いた。
「ほら、ご飯粒が付いているよ。誰も取ったりしないから、ゆっくり食べなさい」
「あ……ありがとう」
こういうところは子供のままだなと時雨は可笑しくなって笑みがこぼれる。
香は小さく呟いて礼を言うと、時雨の言われた通りペースを落としてよく噛んで食べ始めた。
「あのね……一つお願いを聞いてもいいかな?」
「私にできる事なら何でも言ってごらん」
甘えた声で遠慮がちに香がお願いごとをすると、時雨は優しい言葉で応じる。
香は自分のレンゲに炒飯をすくってみせると、時雨の口に食べさせようと試みる。
「お兄ちゃんに食べさせてあげるから、その……僕にも同じ事して欲しいな」
「いいよ。じゃあ、少しもらうね」
香は照れながら申し出ると、甘えん坊だなと思いながら快く承諾する。
香のレンゲに乗っている炒飯を口に運ぶと、ほぐした鮭と豚肉が交互に混ざって口いっぱいに広がっていく。
時雨もお返しに自分の皿から炒飯をレンゲにすくうと、同じように炒飯を香の口へ流し込む。
「私の炒飯より、お兄ちゃんの炒飯の方がとっても美味しい」
「同じ材料なんだから、味に大差ないよ」
「そんな事ないよ。一人で食べるより、こうして会話を楽しみながら食べた方が全然いいよ」
たしかに一人で食べるより複数に囲まれて食べる方が料理は美味しいかもしれない。
それが数十年ぶりの兄弟の再会ともなれば、最高の調味料にもなりえる。
時雨は頭を掻いて反省すると、改めて香に同意する。
「シャインの言う通りだな。それじゃあ、もう一度食べさせてあげる」
「わっ、ありがとう。私ももう一回」
今度はお互いのレンゲを差し出して食べ合うと、二人は前世で失った時間を埋めるように食事を楽しんだ。




