第87話 ゴールデンウィーク一日目③
園内はどこのアトラクションも盛況で、長蛇の列が出来上がっていた。
目当てのジェットコースターはSNS等のネットを介してリピート率が高く、他のアトラクションに比べて列の並びが多い。
最後尾に係員が立っているのを確認すると、二時間待ちの立札を持っている。
「結構並びますね」
「まあ、お喋りしながら気長に待ちましょうか」
二人は列に並ぶと、凛は学校生活について訊ねた。
「学校で困っている事とかない?」
「いえ、大丈夫ですよ」
学校中で三股している女とあらぬ誤解をされたりしているが、これは時雨が蒔いた不注意な行動に起因するところがあるので噂が風化するのをじっと待つ他ない。
「あなたは昔から真面目な人だから、無理していないか心配になっちゃうのよ。この前だって私のマンションで泊まった時もお風呂は目を瞑っていたじゃない。体育の着替えやトイレは余計な気苦労を重ねているんじゃないかと」
「凛先輩は私の正体を知っていますし、同性同士になっても……セクハラは成立しますからね」
まるで思春期の子を持つ母親みたいだなと時雨は思う。
凛の言う通り、着替えやトイレは細心の注意を払って行動に移している。
その事を加奈に見破られて、気にする必要はないと悟られると気持ちは幾らか楽になった。
前世の記憶がある時雨にとって女性は恋愛対象であり、柚子からこっそり拝借した『生徒会長と副会長の甘い蜜』は実際に時雨が似たような体験をするかもしれないと考えていた。
凛は時雨の腕を強く掴むと、顔を近付けて耳元で囁いてみせた。
「私は時雨にならセクハラされてもいいよ」
「なっ……いけません!? 姫様」
時雨は赤面して大声を上げると、思わず姫様と呼称してしまった。
並んでいた周囲の人々は時雨の声に反応して視線が集まると、我に返って縮こまってしまう。
「そんなあなたが好きなんだけどね」
凛が小さく呟くと、時雨はそれに気付かずヘッドフォンを耳に当てて気持ちを落ち着かせるために音楽を流す。
(私、何やってるんだろうな)
時雨の胸中は途方もない憤りを感じると、凛はヘッドフォンを取り上げて自分の耳に当てた。
「なかなか良い曲だね。でも、今は私とデートを楽しむのだから、これは没収ね。それとも、自分の殻に閉じこもるのが時雨の騎士道かしら?」
「それは……」
騎士道を説かれては、ぐうの音も出なかった。




