第83話 姉妹③
小学生の頃まで、柚子に誘われてお風呂やベッドを共にした事はあったが、ここ最近はご無沙汰であった。
「おっ、こうして近くで見ると結構胸も大きくなったね」
「そ……そんな事ないよ!」
時雨は月明かりで映る姉の顔から視線を逸らすと、自然に身体を委縮させてしまう。
当たり前だが、小学生の頃とは違って大人びた身体の柚子が密着しているような状態でどうしていいか分からないでいる。
今は女性なのだから変に意識しないで毅然とした態度で臨めばいいのだが、前世で女性経験がなかった時雨にとってそれは難しい。
時雨の耳元で柚子が意地悪そうに囁く。
「ふふっ、童貞の男の子みたいな反応で可愛らしいわ」
「私は童貞じゃないし……」
むきになって反論すると、数秒経ってから後悔してしまった。
(女の子なんだから、童貞も何もないだろ)
前世の記憶が継承している弊害とも言えるが、これではまるで自分は童貞だったと間接的に柚子へ伝えているようなものだ。
「ふふっ、時雨も冗談を言える年頃か。小さい頃から、真面目で芯がしっかりした子だと思っていたけど、香ちゃんのような同級生や紅葉ちゃんのような先輩がいるおかげで、最近の時雨は何だか明るくなって楽しそうな高校生活を送れているなぁ」
感慨深く柚子が語ると、どうやら冗談として捉えてくれたようだ。
たしかに、香や紅葉のおかげで高校生活は賑やかで華やかなものになったと同時にトラブルが勃発する機会は多くなった。
時雨の心労は重なる一方だが、皆と過ごすこの世界は悪い気がしないと思えるようになった。
「ところで、昨日は香ちゃんの家で泊まったけど、進捗はどうだったのよ?」
「進捗って何の話?」
「片思いの女の子と一つ屋根の下で何もイベントが発生しない筈もないでしょうに」
「お姉ちゃんが期待するような百合要素はないし、それに昨日は加奈も一緒にいたからね」
「加奈ちゃんも一緒だったのか。ふーん……じゃあ、3Pか」
どうしてそんな発想しかできないのかと時雨は残念に思う。
それに香はそんな状況を認めないだろうし、修羅場になるのは火を見るよりも明らかだ。
「時雨は『生徒会長と副会長の甘い蜜』を愛読するぐらいだから、女の子に興味があるのは知ってるよ。それは悪い事じゃないし、むしろお姉ちゃんは興奮しちゃう」
「それは……否定できないかもしれないけど、香や加奈は私の大切な友達ってだけだよ」
罰が悪そうに一部を認めてしまう時雨だが、香と加奈を恋愛対象にする段階ではない。
「じゃあ、手始めにお姉ちゃんがその気にさせてみようかな」
「えっ?」
柚子は大胆に時雨をベッドの上で抱き着くと、時雨の耳たぶに異変が起きた。
荒い吐息と共に耳たぶから生暖かい感触が感じ取れる。
「ひゃ……お姉ちゃん、何してるの?」
時雨は胸の高鳴りを抑えながら、柚子に問い掛ける。
しかし、柚子は無視して続けて荒い吐息はさらに加速する。
時雨は勇気を振り絞って何をされているか確認をすると、柚子は一心不乱に時雨の耳たぶを舌で舐め続けていた。
「お姉ちゃん、少しスイッチ入れるね」
柚子がそう言うと、今度は身体全体を時雨に覆い被さるようにしてみせる。
シャンプーの良い香りと女性独特のフェロモンのような匂いがする。
「私達、姉妹だよ」
「大丈夫、大事な部分は時雨のためにしないでおくからね。本当に好きな子とするんだよ」
柚子は時雨の口許に顔を近付けると、時雨の唇に生暖かい感触が伝わる。
(ああ、お姉ちゃんとキスしてる)
姉妹だからなのだろうか、本気ではないと本能的に悟ってしまうと不思議と嫌悪感は感じられなかった。
むしろ、もっとして欲しいと受け入れてしまっている。
「時雨、すごく可愛らしい顔しているよ」
「お姉ちゃんこそ、とっても可愛いよ」
普段の時雨なら到底考えられない台詞だが、時雨も柚子によって何かのスイッチを入れられてしまった。
濃厚な二人の時間がしばらく続いていると、机に置いていた時雨のスマホに着信が入った。
「電話に出るね」
「もう、空気の読めない電話ね」
時雨がベッドから出ると、スマホを手に取って着信の相手は凛だった。




