第81話 姉妹
柚子が自動車教習所から帰って来ると、時雨は柚子の部屋で座して待ち受けていた。
「お姉ちゃん、おかえりなさい」
「ただいま。そんな怖い顔してどうしたのさ?」
柚子はいつもの調子で部屋に入って来ると、片手に何か袋をぶら下げていた。
「途中でたこ焼きを買ったんだ。タコみたいに膨れた面をしてないで、時雨も一緒に食べよう」
袋から、たこ焼きを取り出すと受け皿を用意して時雨を持て成すが、時雨は机に同人誌を数冊並べる。
「紅葉先輩に自分の掃除を手伝わせた挙句に、こんな物まで整理させて何考えてるの!」
「いやぁ、最初は私一人で部屋の片付けをしてたんだけど、あの子が是非とも手伝いたいと願い出たからね」
時雨が机を叩いて柚子に怒りの形相で迫ると、柚子は罰が悪そうに言い訳を始めた。
紅葉は時雨を待っている間に、柚子が部屋の掃除をしている事に気付くと、一人でじっと待って暇を持て余しているより身体を動かしている方が気晴らしになるからと願い出たらしい。
そう言う事ならばと、柚子は遠慮なく手伝いを受け入れて本棚の整理をさせると、紅葉は面白い反応を示したらしい。
「BLや百合の同人誌は初めて見るようで、しばらく読み耽っていたわ。特にBLは気に入ったようで、『このような代物がこの世界にあるとは……』と感慨深い表情で眺めてたわ」
前世の世界にBLの同人誌がある筈もないので、紅葉にとっては衝撃的な出会いだっただろう。
時雨も柚子の部屋を整理した時に百合の同人誌を見つけてから、興味本位で調べていく内に様々なジャンルの同人誌を目にして見分を広めた。
「それに時雨も私がお気に入りだった百合本をこっそり持ち出していたし、私を責める資格はあるのかなぁ?」
「う……それは」
時雨は言葉を詰まらせると、反論できなくなってしまった。
時雨が不可抗力で掃除の時に手にした『生徒会長と副会長の甘い蜜』は続きが気になって柚子が出かけている時を見計らって、持ち出して読んでいた。
「この事を香ちゃんや紅葉ちゃんが知ったら、どう思うだろうねぇ」
完全に主導権を柚子に握られると、時雨は黙っている他なかった。
紅葉に知られたら風紀委員として注意されそうだし、何より軽蔑されそうで怖い。
香に至っては軽蔑どころか受け入れてしまいそうで、それはそれで困った展開が待ち受けているだろう。
加奈は笑いのネタにしそうだし、凛はどうだろうか。
(凛先輩には一番知られたくないな)
紅葉と同様に軽蔑されたくないのは勿論だが、凛に仕えていた騎士として面目が立たない。
絶対に知られる訳にはいかない。
「この事は……内密にお願いします」
恥を忍んで時雨は柚子に願い出ると、優越感に浸っている柚子はどうしたものかと時雨の顔を眺めながら思案する。
「そうねぇ。お姉ちゃんと今晩一緒に寝てくれるなら誰にも言わないでおこう」
「一緒に? 分かった……それぐらいならいいよ」
「約束よ。それじゃあ、お姉ちゃんはお風呂に入って汗を流して来るから、今晩は楽しい夜を迎えましょう」
時雨は渋々了承すると、柚子は愉快そうに部屋を後にする。
一人部屋に残った時雨はたこ焼きを摘みながら、不安が募っていった。




