第80話 生徒会長と副会長の甘い蜜
「ありがとう。お姉さんにもよろしく伝えておいてくれ」
玄関先で紅葉を見送ると、紅葉は手を振って時雨と別れた。
大きな紙袋をぶら下げていたが、時雨の家に来る前に何か買い物でも済ませていたのだろうか。
(お風呂に入って、さっぱりするか)
誰もいなくなった我が家で、時雨も汗を洗い流そうとする。
脱衣場で衣服を脱いでいくと、スマホに着信が入った。
相手は先程別れた紅葉からだった。
「もしもし、時雨です」
「ああ、時雨か。言い忘れた事があったのだが、今喋っても大丈夫か?」
「ええ、平気ですよ」
時雨はスマホを片手に喋りながら下着を洗濯機に放り込むと、紅葉の用件に耳を傾ける。
電話越しで伝わり難いが、紅葉は喉の調子を整えて咳払いをすると言葉を濁しながら喋り始める。
「時雨も人の子だったんだなと伝えたかった。若い子なら興味がある事だと思うし、健全だと思う」
「えっ、何の話ですか?」
時雨は首を傾げると、どうも話の内容が見えてこない。
「話はそれだけだ。じゃあ、また明日学校で会おう」
電話は一方的に切られてしまうと、何の事だか分からなかった。
考えられるとしたら、柚子に何か吹き込まれたのだろうか。
時雨にとって人に喋られて困るような秘密は前世の記憶があるぐらいだし、当然ながら柚子を含めた家族はその事実を知らない筈だ。
湯船に浸かりながら意味を考えると、年甲斐もなくピーマンが苦手なのは柚子も承知だ。
仮にそれを喋ったとしても、若い子なら興味がある事だと語った紅葉の言葉が引っかかる。
天井を見上げて思考を繰り広げると、そういえば柚子の部屋の掃除を手伝っていた事を思い出す。
お世辞にも綺麗な部屋とは程遠く、片付けても数日経たない間に衣服や雑誌が散乱している事は珍しくもない。
時雨も以前に柚子の部屋を片付ける手伝いをした事があったが、本棚を整理していたらエロ同人誌を見つけてしまった事があった。
それが一冊だけではなく、本棚にあった全ての本がエロ同人誌だったので始末が悪い。
エロ同人誌とは知らずに中身を開いてしまった時雨は当然ながら赤面して柚子に文句の一言を言うと、本人は反省するどころか時雨に貸してあげると得意気になった。
あの時、手に取った同人誌の題名と内容は今でも鮮明に覚えている。
『生徒会長と副会長の甘い蜜』
文武両道、容姿端麗の生徒会長の女子高生と献身的に慕っている副会長の女子高生による百合をテーマにした作品だ。
当たり前だが、前世にそのような代物はなかったし、全く興味がなかったとは言えなかった。
柚子も時雨の心情を理解した上で勧めてくれたのだろう。
結局、本棚は柚子が引き継いで片付ける事になったのだが、あれからどうなったのかは知らないでいた。
(まさか、本棚の整理をしたのか)
時雨は青ざめた表情で湯船から慌てて出ると、身体をタオルで巻いて柚子の部屋を目指した。
部屋の扉を乱暴に開けると、床に塵一つなく綺麗に片付けられていた。
時雨は周囲を見渡すと、部屋の隅に探していた本棚を見つけた。
本棚には紅葉が付箋で書いた字体に、『百合』、『BL』、『略奪』とご丁寧にジャンル別されていた。
お風呂に入ったばかりだと言うのに、嫌な汗を掻いてしまった。
電話の内容を思い返すと、紅葉の真意を理解した瞬間であった。




