第78話 湯上がり姿
夕刻を過ぎると、同級生達と加奈を駅まで見送って別れた。
「また明日ね」
時雨は軽く手を振って別れの挨拶をすると、香と手を繋いでそれぞれの自宅へ戻るために歩き出した。
「今日は楽しかったね」
香が満面の笑みを向けると、今日一日の感想を一言で述べる。
時雨にとって昼食、ボーリング、カラオケでの一連の出来事は今まで生きてきた中でベスト3に入るぐらいの衝撃的なハプニングの連続であった。
「うん、そうだね」
香が楽しかったのなら、それならそれでいいと時雨は同意する。
一悶着はあったが、最終的に香と加奈は普段通りの感じに戻っていた。
香は時雨の腰に手を当てると、甘えるようにして声にする。
「声の調子も良かったし、時雨ちゃんとこうして一緒にいられて最高の休日だったよ」
「私でよければ、今度のゴールデンウィークにまた付き合ってあげるよ」
「本当に! それなら、スカイタワーに今度行ってみようよ」
スカイタワーとは都心で一番大きな電波塔で周辺には観光施設や商業施設が立ち並んでいる。
時雨が小学校の高学年になった頃に開業したのだが、訪れる機会は一度もなかった。
時雨の好みを熟知している香は高所の展望台から眺める景色を気に入ると思って誘う。
「よし、行ってみようか」
時雨は乗り気で答える。
前々から言ってみたいと思っていたし、香から誘ってくれたのは有難い申し出だった。
凛と遊園地へ行く予定もあるので、被らないように調整しないといけない。
「やった! 時雨ちゃん、約束だからね」
「うん。詳しい日程とかはメールで連絡しながら決めていいかな?」
「時雨ちゃんの都合に任せるよ。今度こそ、二人っきりのデートだね」
時雨はデートと言う言葉に反応して赤面すると、香は寄り添うように喜びを分かち合おうとする。
(本人が喜んでいるなら、まあいいか)
些細な表現の違いはあるが、二人はゴールデンウィークにデートをする約束が成立した。
時雨は自宅前に到着すると、香と玄関先で別れた。
「ただいま」
いつもの様子で玄関を上がると、冷蔵庫から麦茶を取り出して喉を潤す。
「おかえりなさい」
脱衣場から湯上がりのタオルを巻いて、髪の毛をドライヤーで乾かしながら時雨の帰りを出迎える者がいた。
「うん?」
最初は姉の柚子かと思って聞き流していたが、声の様子がいつもと違う事に気付いた。
柚子なら『おかえり』と砕けた感じで対応する筈だし、母親はパートの仕事で今日はこの時間にいない。
「お姉ちゃん?」
時雨は様子が変な柚子を確認するために脱衣場を覗くと、後ろ姿で顔は見えなかったが見覚えのある白銀の長髪が目に飛び込んだ。
「キャアァ! こら、勝手に覗くな」
「ご……ごめんなさい!」
悲鳴に似た声を出されると、時雨は反射的に謝ってしまった。
騒ぎを嗅ぎ付けた柚子は自室から飛び出して来ると、圧倒された時雨を見つけて声を掛ける。
「時雨、おかえり。まるでスケベな男子が女子の入浴を覗いたようなやりとりね」
「お姉ちゃんがそこにいるって事は脱衣場にいたのはまさか……」
「紅葉って子だよ。せっかくだから、シャワーで汗を流してもらってたのよ」
時雨が慌てて閉めた脱衣場の扉が再びゆっくり開かれると、そこにいたのは湯上がり姿の紅葉だった。




