第77話 キスの味
香は同級生達に誤解であると訴えると、加奈が「私は遊びだったのね」と話をややこしくする始末。
「特に何にもないから、安心してよ」
時雨が背後から加奈の口を手で塞ぐと、苦笑いを浮かべてフォローする。
その甲斐あって何とか納得してもらうと、同級生達と合流して、場所を変えてカラオケ屋で気分転換を図った。
香が先陣を切って歌い出すと、手拍子でノリノリな雰囲気が場を包み込む。
食後の軽い運動のつもりが、余計なエネルギーを使い果たしたような脱力感が時雨に纏わり付く。
気苦労な性格の持ち主だと言うのは分かっているつもりだが、こればかりは持って生まれた性分なので、どうしようもない。
時雨は深い溜息をつくと、隣に座っていた加奈がジュースの入ったコップを手渡して労ってくれた。
「若人よ。元気がないぞ」
「加奈のおかげでえらい目にあったよ」
「そのおかげで、香との好感度を上げるきっかけになったじゃない。香とキスされたのは予定外だったけどね」
たしかに香は同級生達の前でも『ちゃん』付けで呼び合って仲の良さをアピールした。
その分、加奈と香との好感度が下がってしまったような気がする。
香や同級生達で有耶無耶になったが、あのまま加奈は時雨とキスするつもりだったのだろうか。
時雨はそれとなく訊ねてみた。
「あのさ……香が間に入らなかったら、私とキスしてたの?」
「してたよ」
迷いもなく加奈は即答すると、続けて言葉にする。
「賭けとは言え、時雨とキスすれば香の性格からして嫉妬するのは明白だったし、さっきも言ったけど、時雨と香の好感度を上げるきっかけになればそれでよかったんだよ」
「好感度のために好きでもない相手とキスするのはよくないよ。こう言うのは加奈が大切な人と出会った時のためにとっておいた方がいいよ」
「あら、私を気遣ってくれるのは有難いけど、時雨の唇に興味があるのは本当よ?」
加奈は時雨を上目遣いで見ると、不覚にもドキッとしてしまった。
説教していたつもりが、加奈のペースに持っていかれそうになる。
「何なら、今ここでする? 前世が騎士だった男が女に転生した唇の味は果たしてどんな味がするのか。ふふっ、とても興味をそそるじゃない」
「味なんて変わらないよ……」
キスなんてした事もないので、味に差異があるか何て分かる筈もない。
それにこんな場所でまた騒動を起こせば、学校中で四股女と揶揄されて誤解されかねない。
「お互いに転生した身だし、確かめておいて損はないわよ」
加奈が身を乗り出すと、今にもキスをする体勢だ。
マイクを握って歌に熱中していた香は時雨と加奈に視界が入ると、歌を中断して二人をマイクで制止する。
「こら! カラオケ屋で不純異性交遊は禁止だよ」
盛り上がっていた同級生達も時雨と加奈に視線が移ると、「時雨はすけこましさんだね」や「あら~」と言った声が飛び交う。
「残念、女同士だから不純異性交遊じゃないです」
相変わらず、加奈の口が減らない言い訳は磨きがかかっている。
(もう帰ろうかな……)
時雨のそんな思いとは裏腹に、香と加奈はそれぞれ時雨の両腕を掴んで離さないようにする。




