第74話 お好み焼き屋②
「それでね。弓道部の先輩がバイト先の大学生に告白して付き合っているのよ。つまり、私もバイトすれば彼氏ゲットのチャンスかもって訳よ」
「へぇ……そうなんだ」
掘りごたつの席に、時雨と香が並んで対面に加奈が座っていると、加奈が色恋沙汰の話を始めて、時雨はドリンクバーのジュースをストローで飲みながら適当に相槌を打っていた。
(この手の話は苦手なんだよなぁ)
人の恋路は自由だと思うし、加奈の彼氏が欲しいと言うのは日常的になりつつあるような気がする。
香も興味があまりない様子で適当に提案を持ち掛ける。
「加奈は思考がオッサンだから男に敬遠されるんだよ。彼氏じゃなくて彼女作れば?」
「じゃあ、時雨と付き合おっかなぁ」
突然の告白で時雨は飲んでいたジュースが気管に入って咳き込んでしまう。
何を言い出すんだと加奈に視線を向けると、香は頬を膨らませて時雨に抱きついて反論する。
「時雨ちゃんは私のだから駄目!?」
加奈は悪戯っぽく笑うと、こうなる事を予測していたのだろう。
「いや、私は誰の者でもないから……」
時雨は恥ずかしそうに声を小さくして突っ込むと、そこに店員が三人分のステンレスボウルをテーブルに並べた。
焼き方はメニュー表と一緒に一筆添えられていて、三人はマニュアル通りに鉄板でお好み焼きを作っていく。
「普段、お好み焼きはスーパーで買ったのを食べてたから、こうやって自分で焼いて食べるのは新鮮ね」
加奈は子供のようにわくわくしながら鉄板のお好み焼きをひっくり返す。
香も慣れない手つきでお好み焼きをひっくり返すと、形が一部崩れてしまった。
「崩れた部分は私の分を切り分けて交換してあげるよ」
「あ……ありがとう」
時雨は香の皿に自分の切り分けたお好み焼きを渡してあげると、香は嬉しそうにお礼をする。
このぐらいは当然のようにこなす時雨を加奈が茶々を入れて評価する。
「ほほぉ、さりげなく女子のハートをがっちり掴んでいくね。私もご相伴に預かろうかしら」
「加奈はちゃんとできてるよ」
「私も時雨の切り分けたお好み焼きが食べたいなぁ」
「はいはい、加奈の分も切り分けてあげるよ」
甘えた声で加奈がおねだりすると、要望に応えてあげた。
加奈も自分のお好み焼きを切り分けて時雨の皿に盛ると、その上からソースを念入りに塗って手渡した。
「私のささやかなお礼だよ。時雨ちゃん」
「それはどうも」
加奈は含みを持たせて言うと、時雨は皿を受け取って驚いた。
お好み焼きの上に掛かったソースにはハートの形に時雨LOVEと描かれていたからだ。
その横で香が皿を確認すると、目を見開いて対抗意識を芽生えさせた。
「負けないからね!?」
一旦火が付いた闘争心はすぐには消えず、香は自分のお好み焼きを全て使って、ソースとマヨネーズでありったけの愛情を注いだ。
(嫌な予感が……)
時雨が隣で見守っていると、当の煽った加奈は美味しそうに時雨が切り分けたお好み焼きに舌鼓を打っていた。
「できたよ。時雨ちゃん、召し上がれ」
美術の分野が得意な香の皿に盛られたお好み焼きにはハートの形に女の子二人が描かれていた。
食べるのが勿体ないぐらいの完成度に、周囲を通りかかった店員や客が一瞬足を止める程だ。
「い……いただきます」
その場の雰囲気に負けて時雨が口にしようとすると、香が食べやすいように切り分けて箸で食べさせてくれた。
「沢山食べてね。あっ……」
時雨の口許にソースが付いているのに気付いた香は顔を近付けて口許のソースを小さな舌で拭いてみせた。
予想外の出来事に時雨は顔を赤くして身を引くと、加奈も呆けてその様子を窺っていた。
「ふふっ、甘いソースだね」
香が意味深な台詞を吐くと、最早時雨の中で食欲は吹き飛んでしまった。




