第65話 全部聞かれていた
時雨の困惑した様子に、香は意地悪そうに微笑む。
「その様子だと、まだ決め兼ねているって感じだね」
「もう……からかわないでよ」
時雨は頬を赤く染めると、恥ずかしそうにして香と視線を逸らす。
恋だとかこの手の話はどうも苦手だ。
特に自分の関わる事については尚更だ。
「逆に聞くけど、香ちゃんは私のどこがそんなにいいの?」
時雨は転生してから鏡で自分の姿を何度も見てきたが、見た目は普通の女子高生だ。
凛のような教養やカリスマ性は持ち合わせておらず、紅葉のような体力も転生後は全くない。
自分で言うのも何だが、他者から見て興味を引くような要素は皆無に等しいと時雨は思っている。
香は両手で時雨の頬を触れると、額を寄せ合ってみせた。
「全部だよ」
「えっ?」
「私は時雨ちゃんの全てが大好きなの。こう言うのは理屈より、好きって感情が大事だと思うよ」
「また私をからかって……」
「からかっていないよ。時雨ちゃんの優しい匂いや可愛らしい表情は勿論だけど、私の事を真剣に考えてくれたり、時には叱ってくれたり、喜びを分かち合える相手は時雨ちゃんだけだよ。鏑木時雨なら私の全てを委ねてもいいと心から思える人」
面と向かって言われると、時雨は動揺を隠しきれずに胸の奥で鼓動が激しくなるのを感じる。
香の純粋な気持ちが直接肌で伝わってくると、目を閉じて時雨の唇に一瞬何かが重なり合う感触を覚えた。
「はいはい、お楽しみタイム終了。まさかとは思ったけど、あんた達大胆ねぇ」
部屋の入口から聞き覚えのある声がすると、加奈が寝巻等の入った袋をぶら下げて立ち尽くしていた。
時雨は慌てて香から離れると、咄嗟に敷いてあった座布団を顔に包んで身を隠した。
「せっかく、良い雰囲気だったのに!」
「悪い悪い。そこの駅前で香の好きなプリンを買ってきたから、機嫌を直して下さいませ」
横槍が入って香は機嫌を損ねると、加奈はなだめるようにしてテーブルにプリンを並べる。
「ほら、いつまでも蹲っていないで時雨も食べるわよ」
「加奈……どこから聞いていたの?」
加奈が座布団を取り上げると、時雨は恐々と訊ねる。
加奈の事だからしばらく二人の様子を観察していたと思っている。
「んー、香が時雨にどっちの先輩が好きかって辺りかな」
ほぼ全部じゃないか。
玄関先で香の母親が夕食の買い物に出かけようとしたところに加奈と鉢合わせて家に入れてくれたらしい。
すると、香の部屋の前から意味深な二人の会話が廊下まで筒抜けだったようで、足を止めていたようだ。
「それならすぐに部屋へ入ればよかったのに」
「二人の青春を邪魔したら悪いと思ったけど、あのまま続行してたら私が部屋に入る機会がなくなりそうだったからね」
加奈の野次馬根性には困ったものだと時雨は呆れると、座布団を戻して三人はプリンに舌鼓を打った。
 




