第63話 裏路地で
放課後、加奈は自転車で一旦自宅に戻ると寝巻を用意して香の家に合流する事になった。
時雨は加奈と手を繋いで駅まで歩いていると、女生徒達の視線と小声で噂が耳に入って来た。
「あの子……如月先輩の他に違う女の子にも手を出している」
「私はこの前、桐山先輩と二人っきりで歩いているのを見たよ」
「えっ? 無害そうな顔して、三股してるの!」
そんなつもりは毛頭ないのだが、こうなると噂に尾ひれが付いて収拾がつかなくなるような気がする。
軽率な行動で周囲の目から誤解を与えるような事をしたのは事実なので、自分が蒔いた種として反省するしかない。
「時雨もいつの間にか時の人って感じになっちゃったね」
「私のせいで、香に嫌な思いをさせてごめんね」
時雨は申し訳なさそうに謝ると、香は首を横に振ってみせた。
「時雨は何も悪くないよ。悪いのは勘違いしている周囲だし、しばらくすれば自然と噂も消えてなくなるよ」
優しい言葉を投げ掛けられて、香は笑顔で時雨の手を引く。
小さい頃から時雨の後を付いてきた香だったが、今では頼もしく思える。
電車を乗り継いで、帰宅途中にあるコンビニでお菓子や飲み物を購入すると、ささやかな女子会の準備を整える。
裏路地を通って近道をしようとすると、人通りが少なく二人っきりになった。
コンビニ袋をぶら下げて、香は照れながら時雨に訊ねる。
「あのさ……二人だけの時は昔みたいに時雨ちゃんって呼んでもいいかな?」
「いいよ。香は高校デビューで昔のイメージを刷新して学校の皆の目を気にしていたのは知っていたからね。私も合わせてお互いに呼び捨てにしていたけど、二人っきりなら私も昔のように香ちゃんって呼ぶよ」
中学生までは互いに、『ちゃん』付けで呼び合うのが当たり前であった。
中学から一緒だった加奈も当然知っていたが、高校に入って地味な眼鏡と三つ編みからコンタクトと金髪に髪を染めたギャルに変貌したのを目の当たりにした時は驚きを隠せなかった。
「今更だけどさ……時雨は今の私より昔の地味な私がよかったのかな?」
「香ちゃんは香ちゃんだよ。見た目が変わっても、中身は昔から変わっていないのは私が一番よく知っているからね」
「これでも泣き虫な性格とか直したつもりなんだけどね。それに……時雨ちゃんの事を今でも好きって気持ちは変わらないよ」
香がコンビニ袋を手元から離して時雨を見つめる。
香の好きは友人の枠組を越えているのを以前泊まった時に確認している。
たしかに時雨は女性を恋愛対象にしているが、小さい頃から一緒に過ごした香は可愛らしい妹のような存在である。
お互いに心と身体は成長を遂げて現在に至るが、香は時雨に思いをぶつける。
「時雨ちゃんのためなら、私はどんな困難も頑張れる。引っ込み思案で友達付き合いも苦手だった私だけど、傍に時雨ちゃんがいたから克服できた。勉強は相変わらず苦手だけど、時雨ちゃんが大学入学を希望するなら、私もそれを目標にして沢山勉強するよ」
「私は香ちゃんが想像する程の人間じゃないよ。中途半端で嫌な現実から逃げていただけだからね」
前世の騎士としての性分が抜けきれず、幼馴染の香を護衛対象だった凛と重ねていた。
いじめっ子や困った事があれば率先して香を守ってきたつもりであったが、今の香は芯もしっかりして時雨の護衛はいらないくらいに成長している。
「今度は私が時雨ちゃんを守ってあげる。だから、自分を卑下するのだけはやめて」
香が時雨を抱き締めると、彼女の優しい温もりが伝わる。
前世を隠して香を騙していると言う背徳感が芽生えていると同時に真実を話すのが怖くてたまらない。
加奈は理解を示してくれたが、香が好きなのはあくまで鏑木時雨と言う女性で前世のロイドと言う男性ではない。
「ごめんね……」
時雨は精一杯の気持ちで言葉を捻り出すと、涙が頬を伝った。




