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第60話 前世②

 士官学校を卒業してから間もない頃、城下の警備に就いていた。

 新人の騎士は街の治安維持に務めるのが習わしのようで、街の様子や人々の行き交う姿を観察する。

 思い返せば、騎士として登用された初任務に緊張感と街を守ろうと使命感が湧き上がっていた。


「へぇ……熱血漢のある好青年だったんだね」

「あの頃は念願の騎士になれて、一人で突っ走る傾向があったかな」


 凛と出会ったのは時雨が警備の仕事を終えると先輩の騎士に誘われて酒場で一杯を楽しもうとした時だった。

 酒はあまり飲めなかった時雨だが、上下関係はどの世界も万国共通で無下に断る訳にもいかなかった。


「さあ、遠慮せずに飲め」

「い……いただきます」


 ジョッキの麦酒(エール)を無理して一気飲みすると、酔いが回って気分は最悪だった。

 そんな時雨を気にも留めず、先輩の騎士は時雨の飲みっぷりを気に入って、同じジョッキを用意する。


「うわぁ……最低ね。完全にパワハラ案件じゃないの」

「平民だった私と違って先輩の騎士は下級貴族の貴族出身だったからね。逆らったりしたら、騎士をクビにされてしまうかもしれない」


 加奈はドン引きすると、貧しい家族を養うには我慢するしかなかった。

 貴族でもない時雨を蹴落とそうと思っている騎士は何人もいたが、実力で這い上がった功績と教官だった紅葉の推薦もあって、簡単に時雨をクビにする事はできなかった。

 弱みを握られたら、騎士としての生命線は断たれる。

 時雨は先輩に勧められた二杯目のジョッキを手に取って、決して弱音を吐くものかと思った時――。


「騎士様! 路地裏で息巻いた若者達が喧嘩をしています。どうか仲裁に入って下さい」


 酒場に一人の娘が息を切らして乱入すると、先輩の騎士に近寄って懇願する。


「それなら詰め所に問い合わせろ! 俺は今日の仕事を終えて一杯駆け付けているんだ」


 先輩の騎士は乱暴に娘を振り払うと、意地でも動こうとしない。

 時雨はどうにか頭を振って娘のために力になろうとするが、娘は先程までの態度を豹変して先輩の騎士に詰め寄る。


「へぇ……困っている民より酒を選びますか。あなたの発言はここにいる酒場の人達が証人になってくれますよ。この国の騎士は酒に溺れて民を見殺すと風潮されても文句はありませんね?」


 娘がそう言い終えると、先輩の騎士は周囲を見渡して客達の視線が集まっている。


「ちっ、路地裏だな」


 お代をテーブルに置いて先輩の騎士は罰が悪そうに酒場から出て行く。

 一人残された時雨は娘に介抱されると、竹筒の水を時雨にゆっくりと飲ませてくれた。


「飲めないお酒は無理に付き合わない方がいいよ」

「す……すまない。私も喧嘩を仲裁に行かなくては」


 時雨も先輩の騎士の後を追おうとすると、娘は可笑しそうになって笑った。


「ふふっ、そんなの嘘に決まってるでしょ。最近の騎士は根性が腐りきっているかと思ったけど、君のような純粋な騎士がいるなんて嬉しいわ」

「君は一体……」


 時雨の問いかけに娘は耳元で一言囁く。


「この国のお姫様よ」


 何かの冗談かと思ったが、時雨は酒のせいで思考が上手く纏まらず気が動転してしまった。

 これが凛と初めての出会いであった。

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