第52話 午後の時間
昼休みが終わると、三人は剣道場の戸締りを確認して校舎に戻った。
凛と紅葉は別校舎なので途中で別れると、凛は紅葉の背中を軽く手を当てて姿が見えなくなった。
時雨は自分の席に着くと、丁度そこに世界史担当の先生が現れて教壇に立つと、午後の授業が滞りなく始まった。
暖かな午後の日差しが教室を包み込むと、女子生徒達の眠気を誘い込む。
「笹山、昼休みはもう終わっているぞ。うとうと寝ようとするんじゃない」
先生が教科書を読ませようと、運悪く香を指名してしまった。
昨日は英語の宿題も頑張って仕上げているのも相まって、眠気が後押ししているに違いない。
時雨は教科書とノートを眺めていると、剣道場での紅葉を思い返していた。
(あんなリュール殿は初めてだ)
少なくとも、時雨が士官学校時代には見せなかった表情だ。
幸せになるつもりが、夫に裏切られたのだから無理もない。
本人は平静を装っているが、転生後も忘れる事はできずに苦しめている。
せめて、紅葉のために何かしてあげられる事はないだろうか。
隣の席にいる女子生徒が時雨の肩をそっと叩いて、小声で時雨の名前を連呼しているのに気付くと、時雨は我に返って状況を理解した。
「鏑木! お前もか」
どうやら、先生は香の次に時雨を指名していたようだ。
慌てて席を立って教科書を読み上げると、周囲の女子生徒達は「同調して仲が良いね」と小さな笑いが起きた。
別に眠気はなかったのだが、先生や女子生徒達には勘違いしてもらった方がいいだろう。
教科書を読み終えると、時雨は苦笑いを浮かべてその場をやり過ごす。
その様子を香は黙って見守ると、その後は問題なく午後の授業を終えて放課後を迎えた。
帰りの身支度を整えて、放課後は香と体育の時に約束したパンケーキの店へ行こうとする。
「英語のプリントを職員室に提出してくるから、校門前で少し待っててね」
「うん、分かった」
時雨は了承すると、先に教室を出ようとする香を見送る。
すると、香がいなくなったのを見計らって、加奈は時雨に接触してきた。
「お姫様と女騎士様の対面はどうだった?」
「……昔話に花を咲かせて楽しかったよ」
楽しいどころか複雑な心境だった。
紅葉の前世で起きた事は誰にも悟られずに、そっとしておくのが一番いいだろう。
「三人揃って夢の再会は感動もあるだろうし、積もる話は沢山あるだろうからね。さっきの授業も夢心地で現実に引き戻されたってところかな」
「まあ……加奈の想像に任せるよ」
相変わらず勘が鋭いなと時雨は感心する。
ボロが出ない内に時雨は話題を変えて、加奈もパンケーキ屋に誘ってみる事にする。
「香と新しくできたパンケーキ屋に行くけど、加奈も一緒にどうかな?」
「うーん……美味しそうなお誘いだけど、二人のデートを邪魔したら悪いし、体調も気になるから止めとくわ」
体育の時から万全の体調とは言えないようで、加奈は丁重に断った。
校門前まで雑談を交わしながら、二人は並んで歩くと、自転車に乗り継いだ加奈に別れの挨拶を済ませた。
(香を待つか)
時雨はスマホを取り出して時間を確認すると、しばらくして紅葉が今朝と同様に風紀委員の腕章を付けて現れた。




