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第51話 紅葉の転生

 凛は剣道部員が使用している更衣室から救急箱を持ってくると、時雨の両肩に湿布を貼って応急処置を施す。


「紅葉と剣の手解きをすると、大抵の子は今の時雨みたいになるのよね」


 本人は稽古のつもりで手合わせしているのだろうが、剣道に精通している女子高生には荷が重いだろう。


「それは胆力がないからですよ。凛……いえ、姫様は日頃から肉体と精神を鍛えて私と互角に戦えているではありませんか」


 たしかに紅葉の言う通り、凛は剣士として才能を開花させている。

 時雨に負い目を感じて絶え間ない努力や研鑽を積み重ねていった結果だろうが、動機はどうあれ紅葉と互角に肩を並べられるのは凄い。


「凛でいいわよ。私は紅葉が想像しているような女じゃないわ」

「ご謙遜を……」

「朝はギリギリまで布団に潜っているし、料理も時雨が教えてくれるまでロクな物を作れなかったわ。普段の生活は他の女子高生と変わらないと思うけどね」


 実際、時雨は凛と一夜を過ごしているので凛の主張は大体合っている。

 そういえば、遅刻こそしていなかったが、今日は予鈴が鳴る前に凛が登校してくる姿を教室から見かけている。

 丁度、紅葉が風紀委員の仕事を終えたところに、凛と入れ違いになっている。


「それでしたら、私が起こしに参ります。登校前に朝のランニングは欠かさずやるのが日課ですし、料理も一日のカロリー摂取量を決めて献立を作っています。明日から、私と実践してみませんか?」

「それは……大丈夫よ。気持ちだけ受け取っておくわ」


 紅葉は鼻息を荒げて凛を誘い込もうとするか、プロ顔負けのストイックな紅葉の行動に凛は言葉を濁して丁重に断った。


「それより、紅葉が転生した経緯を知りたいわ」

「……分かりました。お話ししましょう」


 凛が話を切り替えると、紅葉は自身の転生について語り出した。


「私は士官学校の教官を退任した後、縁談を受けて地方領主の元へ嫁ぎました。当時は三十過ぎたばかりで独り身である事を覚悟していましたが、剣術しか能がなかった私にも幸せな家庭を作れると神に感謝しました」


 時雨は複雑な心境で、初恋の相手に対して耳を傾けていた。

 紅葉が望んだ結婚なら、最早何も言う事はない。

 紅葉は続けて言葉にする。


「身支度を整えて、夫の治める領土でしばらく生活を営んできましたが、夫から寵愛を受けることなく、冷めた夫婦関係が続きました。ある時、夫は領民の査察と言う名目で、村々を回る機会が増えると、領民のために尽力を注いでいるのだと改めて見直しました。自分の幸せばかりに目移りして領民の生活について何も考えていなかったと反省して、私は夫に内緒で査察の様子を窺うと……目を疑いたくなる光景が飛び込んできました」


 紅葉がそこまで語ると、両手の拳を強く握って悔しそうな表情を浮かべていた。

 その理由は紅葉にとって裏切られた結末だった。


「夫は……若い村娘を(たぶら)かして寵愛していたのです。気が動転した私は夫に詰め寄り、言い逃れできなくなった夫は真実を語ってくれました。『お前は腐っても上流貴族出身の女だ。女盛りを過ぎたお前と結婚したのも出世の足掛かりになるだろうと思ったまでだ』とね。私は怒りに任せて、携えていた剣で夫を斬り捨てると、私もその場で自刃して果てました。その後、意識が目覚めると如月紅葉の身体に転生していました」

「リュール殿、少し落ち着きましょうか」


 時雨は紅葉の背中を優しく擦ると、慰めの言葉が全く出てこない。

 下手に慰めたところで、彼女の心を傷付けてしまうと思ったからだ。


「いや、大丈夫だ。ロイド君のような男性と結婚していたら、幸せになれたのかもしれないな」


 紅葉は口許を緩めると、どこか寂し気に遠くを見つめていた。

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